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魔法使いには向かない職業   作者: 有世けい
怒りの魔法使い
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10






タワーマンションの高層階というだけあって、都心のマンションにしては広々とした間取りだった。

特にリビングは何十畳あるのか知らないが、十や二十でないことは明らかだ。

あの男が別邸を持っているとわかった段階で、同じマンション並びに同フロアの空室状況は調べ上げられ、契約可能な部屋が見つかり次第交渉にあたっていた。

もちろん、それもMMMコンサルティングの仕事のうちだ。

まあ、万が一空きがなかった場合はそれなりの手段(・・・・・・・)で空けてもらうことも選択肢にはあったが、幸い、今回はそれ(・・)を使わずに済んだようだ。


リビングにはMMMコンサルティング社員と大臣、副大臣以外にも数名の議員と秘書、警護担当者、それから他にもダークスーツの男が数名待機していた。

彼らは警察関係者で、俺も面識のある男達である。

もちろん、全員が俺達 ”魔法使い” のこともMMMコンサルティングのことも把握している。

何も知らないのは、この女ただ一人というわけだ。

俺はそれを周知させるためにリビングに入るなり開口一番に告げた。



「お疲れさまです。諸事情がありまして、こちらの女性を今夜は帯同させていただきます。なお、彼女は我が社のこと(・・・・・・)我々のこと(・・・・・)も詳細までは把握しておりませんので、みなさまにはその旨お知らせしておきます」


この女は ”魔法” のことを知らないから、余計なことを言わないように。


伝わる相手にのみ伝わる業務連絡だが、この場にいる人間ならそれでじゅうぶんだろう。



「承知した」

「わかりました」


彼らを代表するように、大臣と副大臣が返事をする。

女は自分のことを言われている自覚はあるようだが、”何も話さない” という条件を律儀に守っていた。


例え女の前で ”魔法” や ”魔法使い” などと口走ったところで、あとで記憶を消せば問題ないのだが、この先事態がどう転ぶか読めない今夜は、この女に割いてる時間が惜しい。

場合によっては1分1秒で結果が大きく変わってしまうだろうから。

だから前以てこの場の人間に伝達しておくことで、女にいらぬ疑惑を持たれるのを回避できるのなら、その方がいい。

そう思っていたのだが………



「お疲れ―――っす!」


玄関とは反対にある洋室の方からリビングに入ってきた陽気な同僚が、俺と女を見るなりにこにこ顔で近付いてきたのだ。

おそらく ”転移の魔法” を使ったのだろうが、それはいい。

だが男は女に向かって大声でこう言ったのだ。


「あ!こちらの方が新しいお仲間さん(・・・・・・・・)っすね!?」



俺は間髪入れずにその男の口を封じた。


「むぐっ…」


男の着ているパーカのフードが形を崩す。

こいつに口止めしておくのを失念していたのは俺の落ち度だ。

MMMコンサルティング本社で別れたときも、こいつは ”魔法の元” の持ち主である女に興味津々だったのだから。


突然声を出せなくなった男は、ようやく事情を飲み込めたようで、俺に目で『わかったから解いてくれ』と訴えてきた。



「余計なことは言うなよ」


さっきMMMコンサルティング社員以外の関係者には言わずに済んだことを、MMMコンサルティング社員のパーカの男に小声で告げる。

男はコクコクコクと素早く頷いた。



「………っぷはぁ………!久しぶりに食らうと、やっぱビックリするもんっすね!」


パーカ男はハハハッと声をあげて笑った。


「あ、どうもはじめましてっす。MMMコンサルティングの者っす!」


にこにこ顔で女に挨拶した男は、女の返事は待たず、俺にまた向き直った。


「そんで、言われたモノ、持って来たっすよ」


男はバックパックを体の前にまわし、中からくしゃくしゃになった紙袋を取り出した。


「お前な、もっと丁寧に扱えないのか」


その紙袋の中身をリビングテーブルの上にぶちまける男には、おそらく俺の小言は聞こえていないのだろう。


男が持ってきたのは、ワイヤレスイヤホンだった。


「言われた通り、追加で魔ほ……あ、いや、例の設定(・・・・)を仕込んでおいたっすよ」


じろりとひと睨みしてやると、パーカの男はサッと表情を変えた。


このワイヤレスイヤホンはMMMコンサルティングが用意したもので、当然 ”魔法” が仕組まれている。

例えば、互いの音声だけでなく位置情報、健康状態も感知できたりするのだ。

他にも、どんな耳でもその形に完璧にフィットするとか、フィットしたあとはイヤホンだとわからないように認識阻害されるとか、マイクらしいものがないのに超高性能マイクなみの通話ができるとか、 ”魔法使い” どうしにしか聞こえないチャンネルがあるとか………

”魔法使い” 以外が使用するのは多少コツが必要だが、ここにいるメンバーはもう何度も使用しているのでその点は心配ない。



「みなさん、イヤホンが届きましたので装着願います」


俺はリビングにいるおよそ十名の関係者に告げた。

彼らはもう何度もMMMコンサルティングと仕事をしているので、”魔法のイヤホン” について把握している人間ばかりだ。


「了解しました」

「いつものですね?」

「チャンネルは?」

「みなさんがお使いいただけるのはオープンです。他には我々MMMコンサルティング社員用のものがひとつ」

「使い方はいつもと同じですか?」

「はい。みなさん、ご説明は必要ありませんね?」

「大丈夫だ」

「問題ありません」


各々が答える。


いつも使用しているイヤホンと物は同じなので、違和感を持つ者は誰一人いなかった。

だが俺は、このいつものイヤホンに、追加で、ある(・・) ”魔法” を仕込むように指示していたのだった。



「でも急にどうしてあんなオーダーしたんすか?」


パーカの男が俺にしか聞こえないボリュームで訊いてきた。

やや不思議そうな様子だ。


「念には念を入れたまでだ」


俺が急遽イヤホンに仕込ませた ”魔法” は、簡単に言えばそれを身に付けている者への保護のようなものだ。

といっても、攻撃を受けないだとか怪我を防ぐという一般的な(・・・・)プロテクトではなく、”魔法” による干渉を極力跳ね返す、というものである。



「ま、”魔法の元” の暴走はこれまでにもあったっすからね。念には念を入れるのには賛成っす」


囁くように呟いたパーカの男。

どうやら経験則からいろいろと納得したようだった。


俺はテーブルの上にまだ残っているイヤホンをふたつ拾い、ひとつを女に差し出した。


「ほら、お前も付けておけ」

「え、私もいいんですか?」

「俺が常に近くにいるとは限らないからな。もし離れてる際に伝達事項があるかもしれないだろ?」

「それもそうですね……わかりました」


女は俺の手のひらからイヤホンを受け取り、右耳に差し込んだ。

すると


「ひゃっ……?」


肩をビクンと震わせたのだ。

おそらく、イヤホンが女の耳にフィットした瞬間の感覚に反応したのだろう。

多くの人間は何も感じることはないのだが、さすがに ”魔法の元” の持ち主となると、多少は何かを感じ取ったのだろう。

俺がはじめてこのイヤホンを装着したときは、瞬時に耳がひやりとし、体が竦んだ。

だがすぐに冷たさは消え、耳にイヤホンを差し込んでいるという感覚も消滅していった。

俺の場合は、”魔法” 云々(うんぬん)を聞いたうえでの装着だったので、違和感や疑問があればすぐに手近な ”魔法使い” に訊けば済む話だったが、この女には何の説明もしていないわけだから、突然感じた不思議な現象に驚くのは無理もない。



「あの、すみません、いいですか……?」


女がパーカの男以上のひそひそ声で発言の許可を求めた。


「なんだ?」

「私、ちゃんと耳にイヤホン入ってます?なんだか何も付けてない感じがするんですけど……落としちゃったのかな」


言うなり、床を見まわす女。

女が不安になるのも仕方あるまい。

だが俺がフォローするよりも先に、盗み聞いていたパーカの男が「ちゃんと入ってるっすよ!軽すぎて慣れてない人はみんなそう言うっす!」と満面の笑みで教えてやったのだ。


女はパーカ男のにこやかな態度にホッとしたのだろう、「すみませんでした」と小さく頭を下げ、再び口を噤んだ。


その直後、イヤホンから報告があがってくる。



『対象者二名、マンション到着』

『こちらの対象者一名は間もなく到着です』

『ただいま三名の対象者を確認中。それぞれ議員会館を出て私有車に乗り換えるようです』



リビング内に、そこはかとない緊張感が広がった。









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