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「いつからここに?」
正面出入口から表の通りに出た俺は、そこでMMMコンサルティング本社を見上げていた女に声をかけた。
「あ………」
見上げるのに夢中になっていた女は、急に現れた俺に驚き、面白いほど焦った顔をしていた。
「用があるなら、直接俺に連絡を寄越せばいいだろう?そのためにあのカードを渡したんじゃないか」
それがメインの理由ではないが、俺の連絡先を知らせていることに違いは無い。
そしてこの女も、変に遠慮したりする性格でもないだろうに。
俺は腑に落ちないまま女の前に立った。
すると、女は俺の姿をじっと見つめてきたのだ。
「………やっぱりここ、MMMコンサルティング本社で間違いないんですよね?」
「そうだが?」
「今、あなたはその本社ビルから出てきたんですよね?」
「ああ。それがどうした?」
女は、俺と俺の後ろのMMMコンサルティング本社を交互に見やった。
そして
「それが、私………ここがMMMコンサルティングの本社だというのはわかるんですけど、なんていうか……いざその前に立つと、本当にここがMMMコンサルティング本社で間違いないのか不安になってしまって………。すみません、意味がわからないですよね。話してる私自身も、ちょっと混乱してて………うまく説明できなくてすみません」
しきりに混乱しながらそう言ってきたのだ。
だが俺にはそれが ”認識阻害の魔法” の影響だとすぐにわかった。
ここに全面ガラス張りのビルが建っているのは見えているのに、そのビルがMMMコンサルティング本社だと認識することはできない………女が言いたいのはそういうことだろう。
もちろん、”魔法” についての記憶を消去済みの女にとっては、不可思議な現象に感じるのだろうけど。
「はじめての場所なら、そういうこともあるんじゃないか?」
俺は適当にはぐらかして話題転換を試みる。
「それで、うちの本社に何か用があったのか?」
男子生徒に何かあったら俺から連絡すると伝えていたのに、わざわざここまで来るなんて、女の方でも何かあったのだろうか?
まさか、俺の知らない間にあの父親とでも接触したか?
にわかに警戒が走った。
ところが、女は若干きまり悪そうに答えたのだ。
「用、というか……。いただいたカードが本当にMMMコンサルティングのものなのかを確かめたかったんです。今まで名前は有名でもどこに本社があるのか知らない人ばかりだったので……」
「つまり、俺の渡したカードに疑いを持ったということか?」
スッと目で刺すと、女は慌てて否定する。
「疑ったわけじゃないんです。ただちょっと気になっただけで……」
その慌てようから、本人にも後ろめたさはあったということだろう。
俺は「否定しなくていい」と告げた。
「疑うことは記者の仕事だからな。それに、記者なら裏取りは必要だ」
そう続けると、女はあからさまにホッとしていた。
まあ、こんなにわかりやすく表情を変える記者なんて見たことないが。
そう呆れつつも、俺は、せっかくだからこの女も今よりこちらの監視下にいてもらうことにした。
その方がおかしな邪魔は入りにくいからな。
「だがちょうどよかった。俺もお前を探していたんだ。今日このあとの予定をクリアにできるか?」
「もちろんです。まさかあの子に何かあったんですか?」
女はすぐに食い付いてきた。
その必死の形相に、やはり記者向きではないと思う。
と同時に、”魔法使い” としてMMMコンサルティングで働くにも不向きなんじゃないかと、一抹の不安も過る。
依頼内容にもよるが、時として ”魔法使い” は、任務のために人を欺かねばならないことがあるからだ。
だが………
あの男子生徒を懸命に心配している女の姿を目の当たりにして、俺は、こんなふうに人を想う気持ちや強い正義感を持っている彼女なら、今過った不安も杞憂に終わるような気もした。
だから、”認識阻害の魔法” を周囲に施したうえで、女に告げたのだ。
「ああ。意識が戻ったようだ」
「ほ、本当ですか!?本当に!?本当に意識が戻ったんですか!?」
飛びかからんばかりの勢いの女に、俺は一歩だけ足を退いた。
「本当だ。こんなこと嘘吐くわけないだろ」
「だって、あなたがあの子の意識が戻るかもしれないと言ったのは今朝のことですよ?………もしかして、やっぱり今朝の段階で何らかの兆候があったんですか?」
「いいや、それはない。あの生徒が意識を取り戻したのはついさっきだ。ほとんど奇跡みたいなものだろう。或いは、誰かが ”魔法” をかけたのかもしれない」
冗談めかして言ったが、女にはそんなことどうでもよかったみたいだ。
「奇跡でも魔法でも手品でも、あの子が目を覚ましてくれたんなら何でもいいです。それで、無事なんですよね?」
「ああ。体調に問題はない。だが、今すぐに会わせることはできない。色々な調整が必要だからな」
「ええもちろん、それはわかります。でも、しばらくしたら私も会えるんですよね?」
女は意外に物分かりの良さを見せ、「いつになったら会えますか?」と訊いてきた。
「今日中にはその機会はあるだろう。だがそれがいつ頃になるのかは未定だ。深夜に及ぶ可能性もある。その際、一分一秒も無駄にしたくはない。よってお前には、これからこちらの指定する場所で待機していてもらいたい。できるか?」
「もちろんです。社に一本連絡を入れておけば問題ありませんから」
「よし。ではこれから待機場所まで案内する。連絡はその車内でしたらいい」
俺は女に返事の隙も与えず、サッと片手を肩の高さにまで上げた。
すると一台の車がMMMコンサルティング本社地下駐車場から俺達のいる正面口にまで流れるように移動してきた。
黒塗りのセダンだ。
MMMコンサルティングの実情を知らない女に、まさか ”転移の魔法” を使えるはずもなく、移動には社有車を利用することにしたのだ。
だが当然、この車にも複数の ”魔法” が仕込まれており、運転手もMMMコンサルティング社員である。
突然横づけされた車に女は一瞬怯んだようだったが、後部座席のドアが開かれ、俺が「乗って」と促すと、覚悟を決めたように頷いたのだった。




