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魔法使いには向かない職業   作者: 有世けい
怒りの魔法使い
39/85






レンガ壁の廊下とは異なり、扉の中はコンクリートの無機質なだだっ広い部屋が広がっている。


窓はひとつもなく、だが照明のおかげで昼間のように明るい。


その部屋の中央にぽつんと存在しているのは、一枚の扉。



俺は背後の、廊下と隔てる方の扉を閉じ、まっすぐ部屋中央に進んだ。


コツン、コツン、という足音の主張が止むと、目の前には扉。


俺は再び、自分のカードをその扉に触れさせた。



今度は何も音は鳴らない。


だがその代わり、カードと扉が触れた刹那、空気がわずかに歪むのを感じた。


部屋の様子は何ら変わりないのに、何かが(・・・)変わったと確信できるような違和感が、室内に弥漫(びまん)していくのだ。



ここがMMMコンサルティングである以上、違和感の元が ”魔法” であるのは当然だ。



俺はカードを扉から離し、逆の手でその取っ手を握った。

指先からは、”魔法” の気配をひしひしと感じる。

それは、扉の向こう側(・・・・)から流れ込んできているものだ。



部屋の真ん中に置かれた扉の向こう側(・・・・)なんて、同じ部屋、同じ空間のはずだが、ここではそんな常識は成立しない。


向こう側(・・・・)は、こちら側(・・・・)とは違うのだ。



俺はゆっくり、扉を開いていく………


ゆっくり、扉の向こう側(・・・・)が現れていく………



やがて完全に開ききった扉の枠の中、向こう側(・・・・)の景色が広がっていくと、そこは、こちら側(・・・・)とは全く異なる空間だった。



煌々と明かりが灯されているこちら側(・・・・)

だがあちら側(・・・・)は、こちら側(・・・・)に比べれば薄暗さも感じさせる。

決して暗いわけではないが、必要以上に明るさを設定していない、独特な場所だ。

歩行などにその薄暗さが影響していないことは、すでにわかっている。

なぜなら扉の向こう側(・・・・)に広がるその場所は、俺がさっき足を踏み入れた空間だったからだ。



俺はあちら側(・・・・)に人の気配がないと判断し、速やかに扉をくぐった。



扉の枠を通り抜けるとき、わずかに、ふわりと風に当たった感覚があった。



完全に向こう側(・・・・)に入った俺は、後ろ手で扉を閉じた。


するとまたもやふわりと風を感じ、いつの間にか扉は消滅していた。




これで、俗に言う ”転移の魔法” が完了したのだ。



俺が扉を介して移動した場所は、男子生徒の入院先である病棟の階段室だった。



”転移の魔法” は、MMMコンサルティング社員であれば大抵の者が使える、そこまで難しくはない ”魔法” だ。

だが、”魔法” を使うためには ”力” を消費する必要がある。

その量は個人差があり、一度の ”転移魔法” で自身の ”力” をほとんど消費してしまう者もいるのだ。

それでは転移先でMMMコンサルティングとしての仕事が不可能になるだろう。


そこで設置されたのが、今の扉だ。

扉自体に ”転移魔法” が組み込まれており、MMMコンサルティング社員は皆ごくわずかな ”力” の消費で移動できるわけだ。

そして扉の鍵となるのが、このカードである。



俺はカードをワイシャツの胸に差し入れ、フロア確認をした。

間違いない、男子生徒の特別室があるフロアだ。

今朝、ここで俺はあの女記者を捕まえた。


あの女にはまだ詳細を伝えていないが、それは男子生徒の意識が戻り、体調に問題なしと医師が診断したあとにするつもりだった。



ともかく、急ごう。

時間は有限だ。

俺が急ぎ足で特別室に戻ると、扉の前にはすでにMMMコンサルティング社員が待機していた。

おそらく警護担当だろう。

俺の姿を見ると、簡単に挨拶してくる。

俺も挨拶を返し、特別室の扉をノックした。




「はい、どうぞ」


母親の声と同時に開くと、病室内では複数の人間が男子生徒のベッドを取り囲んでいた。

MMMコンサルティング社員もいれば、医療関係者もいる。

その中には、俺が以前顔を合わせたことのある事務長もいた。

MMMコンサルティングから話が通っている証拠だ。



「あの、今こちらの方々から、ご説明いただいておりました」


母親が真っ先に知らせてくる。

その姿は、誰よりも積極的に見えた。


「そうですか。では、早速転院先の病院に移っていただきます。事務長も、ドクターも、よろしいですね?」


見知った顔に問うと、事務長の年高の男性が「ええ、もちろん」と頷いた。

そして


「転院前の診察はこちらの担当医がすでに終えております。転院には付き添いませんが、代わりにこちらの看護師が同行いたします。もちろん両名とも事情は把握しております」


隣にいた白衣姿の男性と看護師のユニフォームを着た女性を紹介した。


「急な申し出を聞き入れてくださり、ありがとうございました。転院に問題はありませんね?」

「ええ。すべて安定してます」


テキパキと応じる男性医師は、初対面だった。

俺は医師に「ありがとうございます」と返してから、次に同行する看護師に尋ねた。


「これまでに ”魔法” に関わった経験はおありですか?」


すると女性看護師は小刻みに首を振った。

中堅どころの風情だが、明らかに ”魔法” に対する不安を感じていそうだ。


「あ、でも、MMMコンサルティングの方にお世話になったことは何度もあります」

「そうでしたか。こちらこそお世話になっております。ですが、直接 ”魔法” に関わるのははじめてということですね?」

「はい、はじめてです…」


看護師の返事を受け、俺は男子生徒の母親にも同じ質問をする。


「お母様も、はじめてでいらっしゃいますよね?」

「ええ、はじめてです。ですが、何があっても大丈夫です」


母親も不安が大きいだろうに、それ以上に息子の意識を取り戻したいという思いが強いのだろう。


「わかりました。では、これから行うことをご説明いたします」


俺は母親と看護師に殊更ゆっくりと告げたのだった。




「これより、そちらにいますMMMコンサルティングの者が病室の扉に ”魔法” を仕込みます。そうしましたら、扉の向こうが転院先に変わりますので、扉をくぐっていただくと、転院先への移動が完了となります。皆様には扉をくぐる以外に何かしていただく必要はありません。扉をくぐる際、風を感じたり、体がふわりと浮くような感覚が生じることがありますが、身体に影響はありませんのでご安心ください」


おそらく事務長以外は ”魔法” に接するのははじめてのはずだ。

それにもかかわらず、変に驚いたりはしないで、それぞれが神妙に耳を傾けていた。



「転院先では、すぐに担当医が付いてくださることになっております。まず、転院で体調に変化がないことを確認していただき、その後、今度は意識を回復するための ”魔法” に取りかかります。その ”魔法” は専門のMMMコンサルティング社員がおりますので、その者にすべて任せることになります。すでに転院先の病室にて待機しているはずです。黒い服を着た、丁寧な話し方をする女性です。彼女は俺よりもキャリアが長く、”癒しの魔法” の専門ですので、医療関係者の間でも有名な魔法使いです。お母様がご心配なさることは何ひとつありませんので、どうぞ彼女に任せてください。作業自体はすぐに終わり、直後に彼の意識が戻るでしょう。その後はあちらの担当医によって異常がないか診ていただきます。問題がないようでしたら、そのまま病室で好きに過ごしていただいて構いません。ですが、こちらがよしと言うまでは一切の面会、連絡を控えていただきます。申し訳ありませんが見張りとしてMMMコンサルティング社員を置かせていただきます。同行していただく看護師の方については、転院先のスタッフの方と相談の上、戻られるかそのまま転院先に滞在していただくかはお任せいたします。我々は別件の仕事がありますが、それが終わり次第、転院先の病室にうがかいます。そこで、ある人物と面会していただきます。その面会終了後、あなた方親子に対する制限は解除となります。好きに人と会っていただいて構いません。ただ、時間的なお約束はできません。夜が更けているかもしれませんので、その場合は翌朝以降に延ばしてください。急ぎ足でのご説明となりましたが、何かご質問はおありですか?」



俺の問いかけに一番に反応したのは男子生徒の担当医だった。


「”MMMコンサルティング” も ”魔法” も、存じ上げてはおりましたが、自分の担当患者さんが対象となるのははじめてでして、こういったケースでの後対応について教えていただきたいです。都合により転院し、その後奇跡的に意識回復……という段取りでよろしいのでしょうか?」

「そうですね。それが怪しまれなくていいのではないでしょうか。転院理由については個人情報もありますし、明らかにする必要はないと思います」

「わかりました」


「他にご質問は?」

「あの、よろしいですか?」


母親が口を開いた。


「なんでしょう?」

「息子の件では、本当にありがとうございます。感謝してもしきれません。それで、面会してほしい人物というのは、いったいどなたなんでしょうか?それから、このことなんですけど、父親にはいつまで黙っていればよろしいでしょうか?」

「面会していただきたい人物についてはまだ確定ではありませんので、今はお答えしかねます。そして、ご主人の件は、もし連絡することが(・・・・・・・・・)可能であるならば(・・・・・・・・)、こちらからの制限が解除されましたら好きにご連絡いただいて構いませんよ。ああ、それから、皆様に注意事項を付け加えさせていただきます」



俺は室内にいる全員を見まわしながら告げた。


「ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、いつもでしたら、我々MMMコンサルティングは ”魔法” について口止めすることはいたしておりません。それは、万が一漏れて騒ぎになったとしても、こちら側で(・・・・・)いくらでも対処ができるからです。ですが、今回の ”魔法” は、患者の意識を回復させるというものです。それを聞いた人間によっては、患者である彼に対し、ネガティブな感情を持つ者もいるかもしれません。例えば、同じ状態の家族がいる人間は、どうして彼だけが…と恨む可能性だってあるでしょう。そうならないためにも、どうぞ今回の件につきましては、他言無用でお願いいたします」


もしそうなったとしても、”魔法” を使えばどうとでもできる。

だが、一時的にでも男子生徒が不必要に傷付くのは防いでやりたい。



「わかりました」

「もちろんです」

「私も誰にも話しません」

「皆さん、息子のためにありがとうございます」


全員が了承したところで、扉に ”魔法” を仕込んでいたMMMコンサルティング社員が作業を終えたようだ。

彼らは ”転移の魔法” 担当で、あの地下の扉の管理も行っており、転移全般における責任者でもあった。

俺や、一定以上の ”力” を持つ者は非魔法使いを転移させることも容易いが、そうでない場合は、彼らのような専門の魔法使いが重要となってくるのだ。



「では、準備が整ったようです」



俺のひと言が合図となり、扉が開かれたのだった。












誤字報告いただきありがとうございました。

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