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各部署から大勢が参加したにもかかわらず、ミーティングは1時間と経たずに終了となった。
そのほとんどが俺の報告と指示によるもので、警察担当、医療担当からはいくつかの補足があったのみだった。
警察からの補足としては、やはりあの事故死した女教師から ”魔法” の痕跡があったこと、それから、男子生徒の父親に関することが情報共有された。
どうやら警察側は、男子生徒の父親を外患罪も視野に入れて捜査しているということだった。
これには、警察担当以外からは俄かにざわつきが起こった。
外患というのは、『外国や外部からの圧迫や攻撃を受けるおそれ』と辞書にある。
そして外患罪というのは、外国と共謀し日本に対して武力を行使させるよう仕向けたり、外国が日本に武力行使した際に加担し、外国に利益を与える犯罪を指す。
未遂であっても、未遂にすら至らない段階でも予備罪、陰謀罪が成立し、外患罪のうち外患誘致罪についての法定刑は死刑のみである。
刑法で定められた中では最も重罪だが、これまでにこの罪で裁かれた者はおらず、警察や法曹界においても積極的な適用はされていないはずだった。
そんな罪を視野に入れられてるなんて、あの父親はいったい外国相手に何をしでかしたんだ?
商社という仕事柄海外とのやり取りも多いだろうし、本人もアジアの数か国に赴任経験がある。
そこでどんなコネクションを築いたのかまでは俺も把握していない。
だが、今回の法案は海外からの人や金の流れをクリアにするもので、それにあの父親は反対している。
そして先日のホテルでのネズミ騒動。
あのネズミは最初外国人のふりをしていたし、一匹は母親が海外にルーツを持っており、その関係でネズミのバイトを斡旋されたという。
成功報酬は、あの商社への中途採用。
状況だけ見たら、確かにきな臭い。
だがさすがにここまできたら、さあ疑ってくださいと名乗り出ているようなものだ。
そんな馬鹿な真似するだろうか?
まあ外患罪はあの父親だけでなく、父親と繋がりのある複数の政治家、その両方に対しての捜査になっているようだから、警察の本丸は胡散臭い政治家連中なのかもしれないが。
「でも複雑っすよね。その生徒さんにしてみれば、自分の父親のせいでトラブルになったっぽいのに、その父親が絡んでる新聞記者が ”魔法の元” を持ってたおかげで、意識を戻せることになったわけっすから」
パーカの男はセリフの通り、複雑そうに表情を変えた。
「この世は複雑なことだらけだろう?」
そう言い吐いた俺を、パーカの男はじっと見つめてから、
「ま、それもそっすよね―――。それを言ったら、だいたい俺らの存在自体が複雑すぎるっすからね!」
ハハッと軽快に納得した。
どこまでも明るい男の前職は、いわゆる芸能人だったらしい。
外見だけでなく、まとっている華やかなオーラがそれを物語っている。
俺は常々、人当たりがよくて明るく、ユーモアを持った若々しいこの男を、どこか副大臣と似ているように感じていた。
だが、どんなに難しい局面でもその雰囲気を保っていた副大臣は、弟のことを語るときは一変するのだ。
憂いと不安を重ねた顔色は、わざわざ魔法で心を読む必要などなかった。
そしてそんな顔色は、副大臣だけのものではなかった。
あの男子生徒の母親からも見られたし、それから、あの女記者からも。
それぞれがそれぞれの立場から、今回の件に似たような感情を向けているのだ。
なのに、立ち回り方が全員違う。
人間とは、複雑極まりない生き物なんだなと改めて思う。
ただそれゆえに、理解し合えたときの快感や達成感はすさまじいのだろう。
だが、中には絶対に理解し合えない者同士もいるのだ。
俺は男子生徒の父親と、その背後にいるであろう大物議員達を思い浮かべていた。
彼らにも彼らなりの言い分があるのだろう。
ひょっとしたらそれは彼らなりの正義なのかもしれない。
俺はあの父親とは面識がないが、少なくとも、議員達については完全極悪人というわけではなかった。
例え私利私欲のために動いていたとしても、誰かを傷付けるという悪意をもって動いてるわけではなく、むしろそれが誰かの役に立つことだと信じ切っている。
ただし、自分こそが絶対に正しいという思い込みが、他者の排除に繋がり、そんな状況で理解し合えるわけもないのだが。
「とにかく、俺は転院の手筈を終えたら父親の方を一度見ておく。警察は夜まで待機だが、お前はどうする?」
「そっすね………俺は一旦警察に戻るっす。もしかしたら警察担当になってはじめての大捕り物になるかもしれないっすから、しっかり予習しておくつもりっす」
「そうか。なら、また何かあったらすぐに連絡してくれ」
「了解っす!」
パーカの男は快活に返事したが、なぜか、いつも以上に生き生きしてるような気もした。
「………お前、妙に張り切ってるな」
「だって合同ミッションなんて久しぶりじゃないすか!」
男の答えに、俺は、ああ、そうか………と記憶を手繰り寄せた。
「正式にお前と一緒に仕事をするのは、あれ以来か……」
すると男は穏やかな笑顔に変わって呟いたのだった。
「そっすよ。あれ以来、十年ぶりっす………」
その笑顔が一瞬だけ揺れたのは、きっと、気のせいじゃないだろう。




