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男子生徒の転院を言い渡した俺に、母親は一も二もなく了承した。
彼がここに入院していることは関係者に周知されているわけで、”魔法” について何も知らない人間…特に父親のような男子生徒に影響力のある人間が変に介入してくるのを避けたかったのだ。
手短にそう説明すると、母親は深く納得した。
幸いこの病院はMMMコンサルティングと付き合いが長く、転院先も当然我々の関与先を用意するつもりなので問題はない。
俺が社の許可を得ればすぐに ”魔法” で移動させられるだろう。
許可が必要なのは、俺自身ではなく別のMMMコンサルティング社員の ”魔法” を使うためだ。
残念ながら俺は人を癒す魔法は使えない。
緊急時や魔法使いの援護、保護時などは許可の申請は不要だが、一般の人間相手に ”魔法” を使用する場合には個人の私利私欲での濫用を防ぐために、一定の規則が設けられている。
そうしないと、魔法使いの好き勝手に世界を動かせてしまうからだ。
今回は緊急時でもなければ対象者は魔法使いでもMMMコンサルティング関係者でもない。
ゆえに、本来であれば適切に社の判断を仰がねばならないところだが、今回はあの女の ”魔法の元” を断定し、MMMコンサルティングにスカウトするか否かの判断を下すという任務があり、その遂行のために必要だと申請すれば即許可されるだろう。
俺はあの女と男子生徒を直接会わせるつもりでいた。
動画もフェイク、メッセージもフェイクだという父親の主張を聞いたとしても、あの男子生徒本人から直接話を聞けばすべてが覆るはずだ。
そうして自分の信じていたことと真逆の真相を聞いたとき、人よりも強い正義感という ”魔法の元” を持つあの女はいったいどう動くのか………
俺は一刻も早くその結果を見てみたくて、副大臣の帰りを待たずに病室を出ようとした。
だがちょうどいいタイミングで彼が戻ってきて、俺に深刻そうな面持ちを見せてきたのだ。
母親には気取られぬように素早く場所を変え、事情を聞くと、どうやら例の法案関連の動きとは、男子生徒の父親のことだったらしい。
その男が法案反対の立場であるとは承知していたが、なかなか要領よく立ち振る舞う上に政界の重鎮達にもコネクションが強く、法案賛成派の議員達も手を焼いていたところがあったようだ。
俺はこの男と直接の面識はないが、噂通りの男なら、味方になれば心強いものの、敵対すると確かに面倒だろうと思う。
副大臣の話では、今夜、この男…つまり男子生徒の父親が、法案反対派の人間を集めて何やら怪しげな会合を開くという情報が入ったのだという。
場所は男が所有する別邸のタワーマンション上層階の一室。
会合の目的や出席予定のメンバーは不明だが、これまで前面に出てこなかった男が大きく動いてきたということは、向こう側で何か起こったのかもしれない。
叩くなら、今か?
俺と副大臣の考えは同じだった。
そしてその話の流れで、俺はあの男子生徒の意識を ”魔法” で回復させることを報告した。
癒しの ”魔法” があることは副大臣も聞き及んでいたらしいが、意識不明の患者を目覚めさせることも可能だとは知らなかったようだ。
驚きはしたものの、あの女記者同様、我が事のように喜んだ。
「弟も喜びます」と、頭を下げて感謝しきりの様子だった。
ただ、どうしてそこまで俺が関与するのかを不思議がったので、俺は昨夜と同じ説明をした。
あの女記者をMMMコンサルティングにスカウトするかの決定を下すために男子生徒の件を使わせてもらうのだと。
そのために、意識が戻った男子生徒と女記者を引き合わせるつもりでいることを。
「そうですか。あの……そのことについて、保護者の方への説明は?」
気遣わし気に確認してくる副大臣には、元教師の片鱗が見え隠れした。
俺は、そんな杞憂のせいで彼の今夜のパフォーマンスを下げたくはなかった。
「昨夜あなたに説明したような詳細までは告げていませんが、我々にも事情があるという旨はお伝えしましたよ。聡明な女性のようですから、何かあることは察しがついているでしょう。それに、息子の意識が戻るなら何でもすると仰っていましたし」
すると副大臣は「そうですね、あのお母様ならきっとそう仰るでしょう」と、無駄な杞憂は払拭されたようだった。
その後、俺はMMMコンサルティング本社へ、副大臣は病室に顔を出したのち、今夜のためのスケジュール調整をし、それぞれに準備ができ次第連絡を入れるということで、ひとまずは解散となったのだった。
俺はその足でMMMコンサルティング本社に向かうことにした。
道すがら、男子生徒の件の許可を求めるメッセージを送ると、すぐに許可の返信が届いた。
そこからは、転院に必要な各所への連絡を行い、十数分後には転院の手筈をすっかり整え終わっていた。
MMMコンサルティング本社にちょうど着くのと同じタイミングだった。
都会のど真ん中、街行く人々の目には見えても意識には届かない、ガラス張りの高層ビル。
ほとんどの人間には入口を認識することさえできないそのビルのエントランスに、俺は普段通りに入っていった。
「おはようございます」
「お疲れさまです」
エントランス受付の女性と警備担当の男性から挨拶を受ける。
もちろん二人ともMMMコンサルティング社員であり、魔法使いだ。
「お疲れ。何か俺宛てにメッセージは?」
受付の女性に尋ねると、彼女はメモなどを見ることもなく、「届いてます」と答えた。
「警察担当が戻り次第、ミーティングを始めるとのことです」
「警察担当?」
「はい。ああ、ちょうど戻って来られたようですよ。詳しいことは直接お聞きになられた方がよろしいかもしれませんね」
受付の女性が俺の背後を視線で指したので振り返ると、見知った顔がエントランスに入ってくるところだった。
パーカを着た、大学生風の、非常に容姿の整った男だ。
例えるなら、アイドルグループのメンバーだと言われても納得できそうな。
そいつは俺を見つけるなり、
「あ、お疲れ―――っす!合同ミッション、楽しみっすね!!」
底抜けに明るい笑顔を見せたのだった。




