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魔法使いには向かない職業   作者: 有世けい
憂いの魔法使い
34/85






「意識が、戻りそうなんですか?」


男子生徒の関係者でもないのに、嬉しそうに尋ねてくる女。


「その可能性がないとは限らないだろう?ただ、今ここで俺からは何とも。保護者の了承を得てないからな」


「そっか、意識が………よかったぁ……」


「ただ、今後、偏りのない正しい情報や証言を得たお前が、先入観のない公平な記事を書きたいと言うのなら、協力してやらないこともない。例えば、男子生徒に直接話が聞けるように取り計らってやることは可能だ」


「本当ですか?」


「ああ。ただし、さっきも言ったように、これまでお前が正しいと信じていた真実とは真逆の真実に辿り着くかもしれないし、それを記事にすることによってお前の友達の名誉が傷付くかもしれないが、その覚悟はあるのか?」


「それは………わかりません。でも!もし私が今まで追っていたことが間違いだとわかったなら、そのときは当然記事になんかしません」


「まあ、それが普通なんだが。お前は強い正義感のせいで、今までが普通ではなかったんだろう」


「………そう思われても仕方ないかもしれません。あなたが言うように、私の見方が偏っていたことは………否定できませんから。学校や副大臣側への取材をじゅうぶんにできてないのに、友人やあの生徒の父親の方が正しいと判断していたのは事実ですし。こうやって冷静に考えてみればそんなの一方的過ぎるとわかるのに、これまでの私は、確かに視野が狭くなってました。だけど、今、男子生徒が母親に送ったメッセージの存在を知って………それだって、まだ本当かどうかも信じきれてはいませんけど、でも、もしそれが事実なら、私はいったい、今まで何を………」


着地点を失った女の声が尻すぼみになっていく。

視線を落とし、嘘のない心情を吐露する彼女に同情するわけではないが、俺も嘘のない言葉を返すことにした。


「同期の友人を亡くしたんだ、視野が狭くなっても仕方ないんじゃないか?それに学校側や副大臣側はもちろん、その他の生徒や保護者も口が堅いようだし、取材に応じないのは当たり前だろう?そこをどうにかしていくのが記者の腕の見せ所だ。そして彼らからじゅうぶんな取材をできない場合にどんな記事を書くのかも、記者の資質によって大きく違ってくるだろうな」


「………そうですね」


顔を上げた女の目は、ちゃんと前を向こうとしているように見えた。


そしてそのまるで憑き物が落ちたような目を見て、俺は決めたのだ。


彼女の ”魔法の元” を見定め、MMMコンサルティングにスカウトするか否かの判断を下すために、あの眠ったままの男子生徒を利用することを。



「だがそういうわけだから、一応お前の連絡先を聞いておこうか」


「わかりました。絶対に何かあったら教えてください。真夜中でも構わないので」


「ああ。お前はそれまでに覚悟を決めておけ。おそらく、そう時間はかからないだろうからな」


保護者の了承さえ取れたら、すぐにでも、彼の意識は回復するのだから。


他でもない、”魔法” によって。





その後俺が女から連絡先を聞くことで、階段室での取り調べは終了となった。

同時に俺は設定の魔法を解除し、女は病院から撤退、俺は男子生徒の病室に戻った。


三度のノックを鳴らすと、扉が開き、副大臣が顔を出す。

彼は廊下に誰もいないのを確認すると、


「もしかして、ハムスター(・・・・・)ですか?」


と問う。

ハムスターとはあの女記者を指す言葉だ。

彼がそれを用いたのは、病室にいる母親に気付かれないようにという配慮だろう。

俺は「はい。適切に対処しました」と報告した。

すると副大臣は若干渋い顔つきになり、俺に耳打ちしてきたのだ。


「例の法案関連で動きがありました。おそらくハムスター(・・・・・)は関与してないと思いますが、今から二、三、連絡するために病室を出る必要があります。ハムスター(・・・・・)に姿を見られても問題ないでしょうか?それとも、しばらくここで待った方が…」


「構わないと思いますよ。彼女とはある意味協定を結びましたので、もうあなたや弟さんを執拗に追い回すことはないと思います」


「え?協定って……いったいどんな?」


副大臣は訝しんだり不快に感じたというより、ただ単純に不思議そうに尋ねてきた。

当事者達に無断で事を進めたのだから、ある程度の批判は想定していたが、少なくとも彼からはそれを感じなかった。



「それはあなたが病室に戻ってきてからきちんとご説明いたします。とりあえず今は連絡すべきところへの連絡を優先させてください」


そう返すと副大臣は「わかりました」と言い残し、病室を出ていった。


必然的に室内は俺と母親、そして眠っている男子生徒の三人となる。



「バタバタして申し訳ありませんでした」


ベッド脇の椅子に腰かけて、まるで息子を俺から守るように見上げてくる母親だったが、警戒心などは感じられない。


「いいえ、私どもこそ、息子のことでお手数おかけしております。それで、あの、先ほどの息子の言葉は……」


そうだった。

眠っている男子生徒の心の声を伝えたところで、あの女記者に気付いたのだった。

改めて母親を見ると、もうその目に涙は残っていなかった。


「先ほどお伝えした通りです。ご心配なようでしたら、もう一度読み取ってみましょうか?」


バタバタして申し訳ないというのは本心だったので、俺はよかれと思ってそう申し出たのだが、母親はすぐに手を振った。


「いえ、それは結構です。この子も、あまり自分の心の中をのぞかれたくないでしょうし………強気なところが目立ちますけど、本当はシャイな子なんです」


そう言って息子の額を撫でる手つきも、添えられた眼差しも、どこを取っても母親の愛情そのものだ。

この人に関しては、今ここでこれ以上に心を読んだり嘘を疑ったりする必要はなさそうだ。

そう判断した俺は、母親に向かってある提案を振ってみることにした。



「”魔法” の存在をご理解いただけているようで、安堵いたしました。そこでひとつ、お伺いしたいのですが………もし、その ”魔法” で息子さんの意識を戻すことも可能だと申し上げたら、どうされますか?」


「そんなことができるんですか!?」


ほぼ反射的に、感情的に立ち上がった母親。


「もちろん答えは決まってます!お願いします!ぜひ、ぜひお願いします!」


飛びかかるように俺に掴みかかってきた母親は、何度も何度もお願いします、お願いしますと訴えてくる。

それはそうだろう。

つい今朝までは医学ではどうしようもできないと諦めていたことが、たった今この瞬間から可能になるのだから。


だが、気が急いたり興奮した状態ではこちらの言うこともちゃんと伝わらないだろう。

これまでにも、 ”魔法” をはじめて目の当たりにし、正常な判断ができなくなった人間を何人も見てきたのだ。

俺は母親の腕をゆっくりはがし、とりあえずは落ち着かせた。


「では、しっかりこちらの話を聞いてください。いいですね?」


コクコクコクと、繰り返し頷く母親。


「まずはお掛けください。それから、深呼吸をしてください…………そうです。これからお話することは特に他言無用というわけではありませんが、もしあなたがどなたかに漏らし、それが我々にとって不都合な事態になるようでしたら、あなたの記憶から我々と ”魔法” に関することを抹消しなければなりません」


「抹消……」


その顔色が若干蒼めく母親。

言外には、”魔法” でそんなことも可能なのかという恐怖が感じられたが、それでも返答に一切の迷いはなかった。


「わかりました。このことは誰にも話しません。あなた方のことも誰にも話さないと誓います」


「それが懸命です」


俺は母親と男子生徒が眠るベッドから離れ、となりにあるソファの背に軽く腰掛けた。

”魔法” に不慣れな相手とは一定の距離を取った方が互いのためなのだ。



「あの、本当に、息子の意識を目覚めさせることが可能なんですか?」


落ち着こうとはしているものの、やはり気持ちが急くのは抑えられないようだ。

俺はこの程度の逸りは許容範囲だと判断した。


「結論から言いますと、可能です」


「―――っ!!」


パッと顔じゅうに輝きが満ちる母親。

もうこうなった母親は、何を聞いても何を交換条件に出されても怯まないだろうなと思った。


「ただ、当然、いくつかの条件はあります」


「何でもします!」


「母親であるあなたに特に何かしていただくことはありませんが、保護者であるあなたの許諾が必要になることが何点かあります」


「何ですか?全部仰ってください!この子が目を覚ましてくれるなら、どんな条件だって受け入れますから!」


彼女は本気だ。

子を想う親というのは普通は(・・・)こうなのだろう。

だが俺は、あえて尋ねた。



「では、あなたのご主人…つまりその子にとって父親も、母親であるあなたと同じ意見だと思われますか?」



俺の問いかけに、それまで微塵も躊躇わずに答えていた母親が、一旦言葉を飲み込んだ。



「夫は…………この子のことなんか、どうでもいいんだと思います」


母親は悟りきった横顔で、愛息子を見つめた。


「そういえば、ここにもあまり顔を出してらっしゃらないようですね」


「そうですね………。この子は、あの人に認められたい一心であんなことをしたというのに………」


声に怒りの響きが混じったところで、母親はハッと俺に振り向いた。


「もしかして、両親二人の承諾がないといけないんですか?」


「ああ、いいえ、そういうわけではありませんのでご安心を。ですが、息子さんを取り巻く環境や事情を把握しておきませんと、後々面倒なことが起こりかねませんので。学校関係、交友関係、家庭環境などの調査はある程度必要になってきます」


すると母親はホッとした様子で、「家庭のことでしたら何でもお話いたします」と答えた。


「ありがとうございます。副大臣から伺った話では、今回の件が表面化した際、あなたとは何度も連絡のやり取りしたものの、父親の方はフェイクだという一点張りで、きちんとした話し合いもできなかったようですが、間違いありませんか?」


「………はい、間違いありません。あの人は、証拠となる動画もフェイク、息子が私に送ったメッセージもフェイクだと言って、ちっとも話を聞こうとはしませんでした。そればかりか、自分のことをあの副大臣が目の敵にしてるんだと怒ってました。そのせいで息子があんなことになったんだと………すみません」


「あなたが謝ることはありませんよ。失礼ながら、ご主人は自分の思い通りに事を進めなければ気が済まない人のようですから」


「仰る通りかもしれません………」


「そのおかげで優秀なビジネスマンになられたのでしょうが、ご家庭でも同じ態度では困りますよね」


「お恥ずかしい話ですが………そうなんです。あの人には逆らえないところがありますので、私も息子もあの人がいるところではいつも自分の意見を口にすることもできなかったんです。………でも皮肉なことに、こうやって息子が入院してあの人と物理的な距離ができてからは、あの人の目を気にすることもなく、私も自分の気持ちを言えるようになりました………息子のおかげです」


母親は息子の手を両手で握り、その甲を優しくさすった。

当然息子からの反応はないが、きっと母親は毎日毎日そうしているのだろう。

父親が訪れることのない病室で。



「……息子さんにとって父親の存在はずいぶん大きかったようですが、例え意識が回復しても、父親のせいでまた同じことの繰り返しにはなりませんか?」


「そうならないように、今度は私がしっかり見守ります」


その言葉に、確かに嘘はなかった。



「わかりました。では、この件は一度社に持ち帰り、正式な許可を得たのち、また息子さんのもとに戻って参ります。我々側にも少々事情がありますので、許可はすぐに下りると思いますが」


「本当ですか?」


「ええ。早ければ今夜にも、息子さんは目を覚ますことでしょう」


「今夜……!」


「ですので、その前にひとつ、急いでやらなければならないことがあります」


「何ですか?早く仰ってください!」


俺は必死な母親と穏やかな寝顔の男子生徒を交互に見つめて告げた。



「息子さんには、すぐに転院していただきます」










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