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魔法使いには向かない職業   作者: 有世けい
憂いの魔法使い
31/85






女は続けざまに吐き捨てる。


「あなたもそちら側(・・・・)の人間だったんですね」

そちら側(・・・・)とは?俺から見れば、むしろあなたの方が人と人の間に境界線を設けているようだ。この人はこちら側、あの人はあちら側と、勝手に線引きして分断させたがる。相手がどう思うと構わず、自分の考えを押し付ける野蛮人だ。違うか?」

「や……っ?」


今まで野蛮人などと言われたこともなさそうな女は、反論の言葉さえ咄嗟に出てこなかったのだろう。

俺はその隙を見逃さない。


「ひとつ聞かせてほしい。あなたは察しもよく、きっと頭もいいのだろう。正義感だって強そうだし、倫理観だってしっかりしている。なのになぜ、あのいじめの件に関してはそんなに一方的な見方しかできないんだ?例え友人を亡くしているとしてもだ、証拠動画の存在を知っても尚、それを否定できてしまうのは何故なんだ?」

「証拠動画……そこまで聞いてるんですね。でもそんなの、今どき動画なんていくらでもフェイクで作れるじゃないですか!」



………驚いた。

まさか本当にそんなことを言い出すなんて、正気か?

にわかには信じられない。

だってこいつは記者なんだぞ?


だが…………


”人は信じたいものしか信じない”


それがそのまま当てはまっているということか。

俺は驚きよりも軽蔑の眼差しを女に向けた。



「そんなことを言い出したらきりがないだろう?じゃああなたは、ドライブレコーダーや防犯カメラの映像もすべてフェイクだというのか?だから記事の裏付けには値しないと言うつもりか?どんな証拠や証言が出てきても自分の信じる筋書き以外は絶対に認めない記者がいるが、あなたもそういうタイプなのか?そうやってフィクションのように勝手に真実を作り上げて自分の都合のいいように報道する、そんな記者がいるから新聞やテレビは偏向報道だと反発を食らうんだ」



俺は、記者という職業の信頼性を失墜させるような連中には常日頃から心底腹を立てているのだ。

報道、表現の自由を掲げては自分達の好きなように事実を作り上げていく不誠実な連中。

自分達の都合のいい証言しか採用しないくせに、いかにも自分達が正義の味方だと言わんばかりに記事を書き、テレビやラジオ、ネットを使って拡散し、反論は聞く耳持たず、それに異を唱える者は異端者扱いだ。

そして毎日に忙しい世の人は情報の取捨選択にじゅうぶんな時間を割けないまま、名のある媒体からのアナウンスを信じて受け入れてしまう。


もちろん新聞、雑誌、報道関係、全員がそうではなかったが、はじめは謙虚で公平性を重んじていた者も、己の言葉ひとつで誰かの人生が変わるという経験を積んでいくうち、まるで生殺与奪の権利を与えられたかのような思い違いをするようになる。

そんな記者を、俺は大勢見てきた。

そしてそんな連中のせいで、真実を公平に伝えようとする良識のある記者までもがあらぬ疑いをかけられたりするのだ。

例えば、どこどこの政治家と懇意だから記事を歪めたんじゃないか、あの会社の取締役に頼まれて記事を取り消したんじゃないか………そんな噂は枚挙にいとまがない。

元記者である俺にとっては、実に腹立たしい現状である。


だが俺は、この女は、そういった腹立たしい記者連中とは違うと感じていた。

俺が誤りを指摘してもそれを受けれる姿勢を見せていたし、何より、俺の確認した限り彼女は嘘を吐いていなかった。

だからこそ、動画はフェイクだという、荒唐無稽にも聞こえる主張を本当に彼女が口にするのだろうかと、副大臣の説明も半信半疑のところがあったのだ。


それがどうだ、やっぱり彼女は、隠し撮りされた例の動画を迷わずフェイクだと主張した。

その瞬間、俺の中では彼女を記者として見ることに拒否感を示したのだった。



「これは偏向報道なんかじゃありません!」


ありありと怒りを乗せて反論してくる女。


「だったら、”先入観だらけの報道” か?」

「先入観もありません!事実は事実です!だって彼女は私に全部話してくれたんですから!」

「彼女というのは亡くなった中等部の教師のことだな?」

「そうですよ!どうせもう全部聞いてるんですよね?私と同期で中等部の教師になって、あのいじめの件で被害生徒のために一生懸命やってたのに、まるでそれがずべて間違ってたかのような扱いを受けて、その結果自殺を選んだ彼女のことですよ!」


女は自分の発した言葉を自分自身で聞いて、さらに怒りを増幅させたようだった。


「だが警察はまだ事故とも自死とも断定していないはずだ」


俺の質問にも、間髪入れずに反論してくる。


「自殺じゃないとも断定してませんよね!?」



こんな興奮した相手に理路整然と説くのは無駄だとわかっているが、ここで話を打ち切っても女の怒りが増すだけだろう。

俺はやれやれとため息つきたいのを堪え、腕を組みながら口を開いた。


「だから、その彼女の証言がすでに先入観に染め上げられていたらどうするんだ?」

「そんなわけありません!彼女はすべての生徒に公平に接していました!本当にいい教師だったんです」

「なにも悪い教師だったなんてひと言も言ってないだろう?ただ、先入観があった、それだけだ」

「だから先入観なんてなかっ…」

「寄付金」


女のセリフに重ねて告げると、「え?」と女の表情が変わる。


「多額の寄付金でいじめを隠蔽しようとしている、そう言ったな?」

「………言いましたけど?」

「それはあの副大臣の家からの寄付だろう?」

「そうですよ!時期も額も調べたらすぐわかります!」

「遺贈寄付」


俺は声をやや張って告げた。


「………はい?」

「遺贈寄付だ。知らないのか?新聞記者のくせに」


ちょっとつついてやるだけで、女は素直に苛立ちを走らせた。


「新聞記者だからって何もかも知ってるわけじゃないですよね?しかも私は去年記者になったばかりなんですから!」

「知ったかぶりをしないだけまだましかもしれないが、その寄付金について調べればすぐに ”遺贈寄付” という単語に出くわしていたはずだ。それが初耳だということは、つまり、寄付金についての取材が不十分だったと白状してるようなものだ」

「ちゃんと調べました!」

「だが不十分だった。遺贈寄付というのは、遺言で金額と贈り先を指定する寄付のことだ。通常、寄付者は亡くなった故人の名義になる。ちょっと調べたら、いつ頃に作成された遺言書によって寄付されたのかも明らかになるだろう。個人情報だの何だの言っても、記者が本気で調べればわからないこともないはずだ。絶対にな」


語尾を強めると、女はグッ……と反論を飲み込んだのだった。










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