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魔法使いには向かない職業  作者: 有世けい
新しい魔法使い
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12






―――――でも、私には記者を名乗る資格があるかどうかも怪しいのに……

―――――だって、私が記者に転職したのはあの子の無念を晴らすためで…

―――――あそこの高等部の元教師だってことをアピールしたから中途採用されたようなものなのに……




今朝、あの記者の女は確かにそう言っていた。

心の中で。

俺が新聞記者がいかに優秀な人間で、大変な仕事かと訴えた直後のことだった。


つまりあの女は、昨年記者になったばかりといっても新卒だったわけではなく、俺と同じ転職組だったわけだ。

女が若く見えたことから、てっきり昨年大学出たての新人だとばかり思っていた。

あれほど先入観云々(うんぬん)と偉そうに語っておきながら、己こそ先入観にどっぷり浸かっていたいたなんて、情けない。


そして女があそこの高等部の元教員ということは、議員になるまでの副大臣と同じ職場だったということだ。

だが二人に直接の面識がなさそうで、副大臣の方は女のことも記者としか認識してなかったことから、おそらく、副大臣が議員になるために退職したあとで女が働きはじめたのだろう。

その証拠に、副大臣は女が元教師だということも今の今まで知らなかったようだ。



「それは本当なんですか?」

「ええ。本人がそう言ってましたから。まあ、心の中で…ですが」


驚くのは無理もないが、副大臣は「そんなまさか……」と、想定以上の動揺を見せていた。

それだけでなく、「じゃあ、あのときの……」と、何か心当たりを思い出したように呟いたのだ。


「何かご存じのようですね」


俺の問いかけに、副大臣は顔色を冷やしたように強張らせた。

一瞬、誤魔化されるかに思えた。

大切な弟のことが絡んでくるのだ、それも仕方あるまい。

だがややあって、彼は覚悟したように深く呼吸し、俺に告げたのである。



「………あなたのお話が済んでからで構いませんので、こちらの話も聞いていただけたらと思います」


どうやら副大臣は自身のみで対処するには厄介が過ぎると判断したようだ。

それは、女の情報をひとつでも得たい俺にとっても好都合である。


「もちろんお聞かせください。では、手短にこちらの話をさせていただきます」


俺はあの女が副大臣のスクープになる内容をほぼ独占的に握っていることや、それがあの学校に関すること、あそこの中等部でいじめがあったが多額の寄付金によって隠蔽されてしまったこと、他にも、もともと寄付金の額で生徒の扱い方に差があると訴えていたことを伝えていった。

そして最後に、あの女が心の中で ”二人も自殺者がでている” と語っていたことを伝えた。


すると、ずっと黙って聞いていた副大臣が最後の点についてはすぐさま否定の言葉を発したのだ。


「いえ、亡くなったのはお一人です。その方は事故なのか自死なのかは明らかになっていません。ですが………もう一人は、意識不明の重体です。彼は、自殺未遂でした」



自殺未遂……?



俺は反射的に副大臣の発言に嘘がないかを探った。

もちろん結果はシロだ。

当然だ。彼は俺が嘘を見破れると知っているのだから。



「意識不明の重体……ということは、入院されてるんですね?」

「はい。もう、半年以上、彼は眠ったままだそうです」

「あなたもご存じの方なんですか?」

「……そうですね。弟のクラスメイトですから」

「自殺未遂をしたのが弟さんのクラスメイトだったんですか?では、もう一人の亡くなられた方というのは……」

「弟の通う中等部の、新任教師でした」


その回答で、俺は大体の関係性が見えてきた気がした。


おそらく、あの女記者はその亡くなった新任教師と親しかったのだろう。

もしかしたら同期だったのかもしれない。

だとしたら、あそこまで学校側を憎む気持ちも理解できるだろう。


そして俺の推測を裏付けるように、副大臣が続きを説明した。


「去年、その方が亡くなられた直後、高等部の教員が退職したと聞きました。きっとそれがあの女性記者だったのだと思います」

「二人は親しかったのですか?」

「そこまではわかりません。ただ、中等部高等部合同の研修なども多かったはずですし、親しかったとしても不思議はないように思います」

「だとしたら、中等部内での出来事にあんなに詳しかったのも頷けます。箝口令が敷かれたことも、内部の人間なら知ることはできたでしょうから」

「待ってください、箝口令?彼女がそう言ったんですか?」


副大臣が眉をしかめた。


「ええ。いじめの件は箝口令が敷かれていると。だから外部には漏れてこないのだと言ってましたが」


違うのですか?

俺がそう問いかけるまでもなく、


「それは違います」


副大臣ははっきり否定した。

1mmの揺らぎもなく、そこには疑念の欠片さえ存在していなかった。


「箝口令なんて出されてませんし、弟含めて生徒、保護者、学校関係者があの件を外に漏らさないようにしているのは箝口令みたいに強制的なものではなく、彼らの…………想いがあってのことです」


最後の言葉には、わずかばかりに逡巡が滲んでいた。


「想い…とは?」


ここで副大臣の心を読めば、その先の説明は不要になるのかもしれない。

だが俺は、彼自身の口から聞きたかった。

すると副大臣は唇にきゅっと力を込めて、俺と目を合わせてきたのだった。



「先ほどあなたに聞いていただきたいことがあると言いましたが、まさにそれが、今お話しした ”想い” に通じているんです。聞いていただけますか?」



仕事で会うときの彼は、童顔や年齢のこともあってどこか明るく軽めの雰囲気を纏ってることが多い。

仕草や物言いも同様で、人懐こさも感じさせる。

重鎮の議員達から目を付けられぬよう、意図的にそうしているのかもしれないが、俺は、それだけが彼の姿でないことを知っている。

例の法案関連で動いていた彼がそうだった。

そして今目の前の彼は、その、俺が知っているもう一人の彼の表情をしていた。










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