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魔法使いには向かない職業  作者: 有世けい
プロローグ
1/52

俺が魔法使いになった理由






いったい、この世の中でどれほどの人が ”魔法” の存在を信じているのだろう。


…………いや、信じられる(・・・・・)のだろう?



箒や絨毯に乗って空を飛んだり、杖を振って呪文を唱えたり、つばの広いとんがり帽をかぶっていたり、全身黒ずくめの服を身に纏っていたり、人間をカエルや獣に変えたり、火を吐くドラゴンと闘ったり、姿を消したり現したり、遠く離れた場所にもあっという間に転移したり、ウィンクしたり指をパチンと鳴らすだけで部屋が片付いたり料理がテーブルに並んだり…………


まあ、一般的に ”魔法” と聞いた人が思い浮かべるのはこんなとこだろう。

だがもちろんそれらは映画や小説、アニメやコミックといったフィクション世界での出来事だ。

彼らもまさかそれらが現実世界に起こるなんてはなから想像もしちゃいない。

”魔法” とは、そういう存在なのだ。

いや、そういう存在でいてもらわなきゃ困るんだろうな。

だって、 ”魔法” が実際に存在し、”魔法使い” が一般社会に普通に生息しているなんて、彼らの常識ではあり得ないのだから。



人は、自分の物差しを基準にしがちだし、信じたいものしか信じない生き物だ。



それは、俺がまだ前職の記者だった頃に、嫌というほど経験してきた事実だった。

人間とは、無意識のうちに都合よく情報を取捨選択する生き物なのだ。

これは有り得る、こっちはあり得ない、そちらは可能性はあるかもしれない、あんなのは信じる方が馬鹿げてる………と。

ゆえに、自分基準の判断で是とならない現象については、現実ではないと脳が自動的に拒否するわけだ。

かく言う俺だって、”魔法” の存在を目の当たりにしたときは面食らったものだ。

普段からファンタジー世界に浸りがちなタイプならともかく、現実世界で忙しく生きている人間だったら、俺の反応が正常だと同情を示してくれることだろう。


だが、記者として、己の推論や目算と全く異なる結果が出たとしても偏ることなく報じるべき、そう常に意識していた俺は、そのおかげで、目の前で繰り広げられた不可思議な現象もある意味フラットに受け入れられたのかもしれない。


また、俺が出会った自称魔法使いの彼らが全員MMMコンサルティングの現役社員だったというのも大きかっただろう。

MMMコンサルティングといえば、知る人ぞ知る日本有数の超優良かつ人気企業でありながら、なかなか新入社員を募集しないことで有名なコンサルティングファームだ。

だから俺も学生時代から名前は聞いたことがあるものの、実際に社員を含む関係者に遭遇したことは一度もなかった。

俺だけでなく、周りの記者仲間、さらには記者生活数十年といった大ベテランの上司でさえ、現役社員には会ったことがないと噂していたほどだ。

にもかかわらず、その社名だけはここぞという場面で登場しては、まるで各界に多大な影響力を持っているかのような働きをする。

もちろん、あくまでも又聞き、伝聞の範疇だったけれど、とにかくその社会的有意性に疑う余地はなかったのだ。

なのに、その実態はいつになっても掴めない。

登記もあるし、実在はしているはずなのに、関係者を知る人間を見かけない………MMMコンサルティングとは、まるで(かすみ)の中にあるような存在だったわけだ。

陰謀論や都市伝説よりはリアルなれど、日常よりは現実度が低い。

例えるなら、滅多に人前に姿を現わさないスーパースターのような希少価値のある存在。


そんな貴重な存在と対面したからには、俺とて、ただ狼狽えて呆けているだけではいられなかった。

記者としての矜持が、そんな愚行を許すはずもなかったのだ。


だが、気を取り直した俺に向かって、MMMコンサルティングの彼らは、自分達だけでなく、俺も彼らと同じ ”魔法使い” だと(のたま)ったのである。



自称魔法使いの彼らの説明によると、この世の中には、将来 ”魔法使い” になり得る要素である ”魔法の元” の持ち主が数多くいるらしい。

つまり、”魔法使い” と言っても、極端に珍しい存在ではないのだという。

だが、自分が ”魔法使い” になる資格を持っていると知らないまま人生を終える者が少なくないことから、実数が表に出てこないということだった。

いや、それは当然といえば当然の話だろう。

だってまさか、自分が ”魔法使い” だなんて、一般的な人間の物差しでいえば基準から大きくはみ出るんだから気付かなくても仕方ないはずだ。

むしろ気付く方がどうかしている。

でもだからこそ、彼らは、”魔法使い” になれる ”魔法の元” の持ち主を見つけては、MMMコンサルティングにスカウトしているのだと言った。

では、その ”魔法の元” とはいったい何なのか。



それは、”人と違っていること” である。



人と違っていることとは、わかりやすく説明すると、人にはない才能や特徴のことだ。

だが才能と言っても、何も他人の嘘を見抜けるとか、人の心を読めるとか、未来を予見できるとか、そういういかにも(・・・・)な特殊能力だけを指すわけじゃなくて、例えば料理が上手いとか、運動神経がいい、逆に運動神経が悪い、記憶力がいい、悪い、人並み外れた人見知り、人並み外れた社交性、目がいい、耳がいい、正義感が強い、感受性が強い…………他にも挙げていったら枚挙にいとまがない。


ともかく、そういった ”人とは違っている” 何かを持っている人は、それだけで、もしかしたら ”魔法使い” になれるかもしれないということだ。

そして俺が持っていた ”魔法の元” は、人より優れた記憶力だった。


俺は、一度見たり聞いたりしたこと、五感で認識したことを、完璧に記憶できるのだ。


おかげで受験は失敗知らずだったし、他にも生きていくうえで役立つことは多かった。

だがそれと同時に、この絶対的な記憶力のせいで悩むことも少なくはなかった。

だって、周りの人間が覚えていないことさえも、俺はいちいち覚えてるのだから。

明確に。

そしてそれは、俺に、決して小さくはない疎外感を芽生えさせたりもしたのである。


ただそれでも、人の役に立ちたいという動機で就いた記者の職で、この記憶力は大いに役に立ってくれた。

俺の記憶力で疑惑を明るみにしたことも、解決させたこともある。

多少の疎外感や悩みと引き換えにしても、この特技を以て世間に数多ある疑惑を暴き、真実を明らかにし、世間に周知することが、俺なりの正義だったのだ。



けれど、彼らと出会って、俺は、”魔法使い” として生きていく方が、今よりも更に人のためになるのではないか、或いは、更に正義に近付けるのではないかと考えはじめた。

MMMコンサルティングに入れば、記者とは違った角度から物事の真実に辿り着けるはずだから。

なにも己の署名入りの記事を世に出さずとも、人の役には立てるし、正義は貫けるはずだ。

そう考える大きなきっかけとなったのは、一人の ”魔法使い” の言葉だった。

残念ながら、その ”魔法使い” はもうこの世界にはいないけれど、彼が最期に俺をMMMコンサルティングにスカウトしてくれたことが、最終的に俺を決断させた。




そうして、俺が記者人生に別れを告げ、MMMコンサルティングに…………”魔法使い” に転職するのに、そう時間はかからなかったのだった。











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