第81話 マリアンしか勝たん
ヤバい!見つかる!
俺は、猛ダッシュでその場を後にし、昇降口まで走った。
俺はバタバタと下駄箱の前で急いで靴を履き替えながら、さっきのマリアンの言葉を頭の中でリフレインした。
『彼は永遠の勇者なのです』
よっしゃーーーーっ!
俺は小さくガッツポーズした。
勇者って、本当に俺のことだよな?
間違ってないよな?
これで間違いだったら……、
恥ずかしすぎて、穴があったら入ってもう二度と出てこないからな?
なんなら穴をブラジルまで繋げるから!
ニヤケが止まらない。
今の俺は、たぶん、ものすごーーく気持ち悪い顔をしているという自覚がある。
……そうだ! 今日くらいは一緒に帰ってやるか。
異世界では、いつもガゼボで待たせてばかりいたからな。
今回くらいは俺が待っていてやろう。
下駄箱の向こう側に、揺れるブロンドの髪が見えたっ!
俺は、さも今来たばかりですとでもいうように、昇降口で靴を脱いだり履いたりしてタイミングを計った。
ところが、思っていたのと違った。
俺には気付かずに、目の前を通り過ぎようとするマリアン。
「よう!」
俺が声をかけられる予定だったが、思わず声をかけたのは俺の方だった。
今日くらいは許してやろう。
「きゃっ!? なに? 驚きましたわ。どうしましたの? こんな時間までいるなんて珍しいですわね。テストの点数が悪すぎて、居残りでもさせられましたの? あー、もしかして、わたくしを待っていたとか?」
イタズラっぽく笑ったマリアン。
「ばーか。うぬぼれるな」
図星を突かれたものの、俺は上手く誤魔化した。
「ふふふ」
マリアンは先ほどとは違い、今度は柔らかく楽しそうに笑う。
「何がおかしい」
俺は不思議に思って、素直に問い掛けた。
「わたくしね、思い出しちゃったの。いつもガゼボであなたのことを待っていたでしょう? いつか、あなたがわたくしのことを待っていてくれる、そんな日が来るのかしら? なーんて妄想してましたのよ?」
少し照れながら答えるマリアン。
「来たじゃん。今」
誤魔化せたと思っていたが、どうやらバレバレだったようだ。
俺も照れくさくなって、素直に短く答えた。
「えぇ、そうね」
マリアンは屈託なく笑った。
俺はその可愛い笑顔を、独り占めしたいと思った。
俺とマリアンは、初めて一緒に下校している。
俺は思い切ってマリアンと手を繋いだ。
「マナブさん、下校途中ですよ」
「誰も見てないだろ」
マリアンは、ポッと頬を染めながら嬉しそうに微笑んだ。
「生徒会はいいのか?」
どうなったかは知っているが、一応気にかけてみる。
「もういいですわ。だって、毎回こんなに帰りが遅くなったら、お腹が空きませんこと? わたくしには、きっと務まりませんわ」
腹減るから生徒会を辞めるって、どんな理由だよ。
相変わらずのワガママお嬢様だ。
「お腹空いた、で思い出しました。お母様、またお弁当箱を間違えていらしたわね」
マリアンは、さっきからずっと隣で笑っている。
「ああ、それさ。ここで交換しようぜ。でも、母さんには言うなよ?」
俺はごそごそと鞄の中から、ランチクロスに包まれた弁当箱を出しながら言った。
「なぜ、言ってはいけませんの?」
疑問を持ちながらも、マリアンもカバンの中をゴソゴソし始めた。
「今日は黙って出したほうが……占い的にいいんだよ!」
その言葉に、マリアンは腑に落ちないような顔をしていたが、とりあえず、弁当箱は交換してくれた。
マリアンと仲直りしたとわかれば、間違いなく母さんは、ニヤニヤしながら俺をもてあそんでくるからな。
それだけは避けなければ!
弁当箱を洗う時に、母さんが来ないことを祈ろう。
「まぁ、いいですわ。そういえば、わたくし、お母様の料理でコロッケが一番好きですの。
今日のお弁当にも入っていて、美味しかったですわぁ。あぁ……またコロッケが食べたくなってきましたわ。お腹が空いてきちゃった」
何、その連鎖反応。
俺はおかしくて笑ってしまった。
コロッケと言われて……、思い出した。
「そういえば、俺さー。母さんのコロッケより美味しいコロッケの店。知っているんだが……行くか?」
俺が小さかった頃の記憶だ。
母さんのコロッケより美味しいなんて言ったら、その味を超えるまで、当分の間コロッケ地獄になるという理由で、絶対に明かさないことになっている秘密。
父さんとの時にだけ、買ってもらえた思い出の食べ物。
それをマリアンと共有したいと思った。
「え? そんなコロッケが!? そこにわたくしを連れて行ってくださるの?」
目をキラキラとさせながら、俺の手を両手で握って近付いてくるマリアン。
「連れて行くというか、通学路の途中にあるんだよ」
俺は、目の前まで迫ったマリアンの顔にドキドキしながら答えた。
「素敵! わたくし初めてデートというものに誘われましたわ!!」
デート…まぁ下校デートと言えなくもないか……
でも、そこまで盛り上がられると、恥ずかしくなってくるんだが。
そんなことを思いながらも、上機嫌なマリアンを見て、俺も嬉しくなった。
学校を出て、少し歩いた先に見えてくる商店街。
そこに入ってすぐの肉屋の前で、俺は立ち止まった。
「ここだよ」
俺は、マリアンに店に到着したことを告げた。
「ここ? ……ここって……よく来るお肉屋さんじゃありません?」
不思議そうな顔をしているマリアンを横目に、俺はその店のおっちゃんに声をかけた。
「おっちゃん! コロッケ揚げたて二つください!」
おっちゃんとは昔からの知り合いで、快くコロッケを揚げてくれた。
「まいど! おや、坊ちゃん、今日は彼女を連れて来たのかい?」
「ま、そんなところだ。母さんには言わないでくれ」
「もちろんだよ。男同士の秘密だ」
肉屋のおっちゃんと俺のやり取りをキョトンとして見ているマリアンに、俺は説明した。
「マリアンさ、買い食いとかしたことないだろ? ここの熱々揚げたてコロッケが、最高に美味いんだよ!」
そう言いながら、俺はマリアンに一個渡した。
俺がコロッケを食べながら歩き出すと
「あら、食べながら歩くのは下品だと教わりましたわ」
俺が振り返ると、マリアンはその場に立ち止まったまま、俺とコロッケを交互に見ていた。
……まぁ、お嬢様にはなかなか難易度が高いのかもしれないな。
「騙されたと思って、食ってみ」
マリアンは戸惑いながらも、俺の隣まで走ってきてから、遠慮がちにコロッケを一口食べた。
「んんんんーーー! なにこれーーー! 美味しいですわ!」
歩きながら、満面の笑みでコロッケを食べるマリアンに
「だろ?」
とだけ声をかけて、俺も熱々のコロッケを口へと運んだ。
「お母様のよりも美味しいコロッケ!! これは教えなくちゃ!」
マリアンの一言に俺は焦りながら
「それはダメだって! これは母さんに内緒なんだよ」
残念そうに、しょんぼりとするマリアン。
しかし、すぐに顔を上げた。
「配信で言うのはダメかしら?」
どうしても誰かに伝えたいんだな。
マリアンの顔を見ていると、それがよくわかる。
マリアンは、俺に期待の眼差しを向けてきた。
「うーん、場所を言わなければ?」
それを聞いて、ビビアンはにっこりと笑った。
あ……、この反応は、配信だけじゃなくて、母さんにも言いそうな勢いだな。
コロッケ地獄……覚悟しておくか。
「いつか…こん……コロッ…マナ……作っ…あげるわね」
それは蚊の鳴くような小さな声で聞こえてきた。
「ん? 何か言ったか?」
それに反応して、俺は声をかけた。
「な、なんでもないですわ!!」
顔を真っ赤にして焦るマリアンを見て、俺はニヤリと笑った。
「いつか、こんな美味しいコロッケを作れるようになったら、食わせてくれよな!」
マリアンは俺の方を向いて、茹でだこの様に耳まで顔を真っ赤にしていた。
「聞こえていたんですのね!? マナブのおバカさん!!!!!」
俺をポカポカと叩いてくるマリアン。
そんな彼女を愛おしく思った。
いつか俺も、お前を本当の意味で守れるような男になりたい。
俺が勇者なら、ビビアンはお姫様だな。
まぁ、ずいぶんおてんばな姫だけど。
結局は、俺の最推し……ビビアンしか勝たんのよ。
そんなことを思いながら、俺たちは再び歩き出した。
いつもは一人で歩いていた帰り道に、二つの影が手を繋いで並んでいた。
―FIN―
最後までお読みいただきありがとうございます。
「面白かった!」
と思ってくださったら
下にある★★★★★から、ぜひ、作品への応援お願いいたします。
あなたの応援が、白神ブナの今後の原動力になります!




