第78話 お嬢様にハッキングされた家
マリアンのマンションから帰ってくると、
「あら、食べないで帰ってきたの? てっきり、あっちで食べるもんだと思ってたから、あんたの分はないわよ?」
母さんからの情け容赦ない一言が、俺を待っていた。
「はぁ?……なら、いらない」
くるりと踵を返し自分の部屋へ向かおうとすると、
「マナブ待ちなさい! あんた、マリアンちゃんと仲直りしてきたんでしょうね?」
という母さんの声。
俺は、精神的な疲れと腹立たしさで返事をする気もなかった。
階段をわざと大きな音を立ててのぼって、俺はそのまま自分の部屋に戻った。
喧嘩をしても腹は減る。
俺はうるさい腹の虫と共にベッドに横になった。
母さんといい、アルケナさんといい、
女を敵に回すのは危険だということを、俺は高二にして悟った。
マリアン? そんなん言わなくてもわかるだろ?
ああ、時間を戻せたらどんなにいいだろう。
俺があのとき、教室の窓からマリアンのブルマ姿を見て、にやついていなかったら……
根本が自分でノートを運ぶって言ったのだから、俺が追いかけなければ……
そして、あの時とっさに倒れそうな根本を助けなければ……
結局、根本とは何もなかった。
それなのに、マリアンとの仲が壊れてしまいそうになっているのは、なんなんだ。
やっぱり、告白されて一瞬でも喜んでいた俺が悪いんじゃないか?
これって、天罰というのもの?
*
次の日の朝。
以前のように、マリアンが俺の家の玄関を開けて挨拶してきた。
「おはようございまーす。マリアンでーす」
「あらぁ! マリアンちゃん、久しぶりね。今朝はきっと来てくれるって思っていたのよ。ほら、ちゃんとお弁当を作って待っていたんだから」
「ゆうべはご馳走様でした。とても美味しかったです。アルケナもセバスワルドも、感激しながらいただきました」
「いいのよ。あんな手抜き料理でよければ、いつでも食べに来てね。ちょっと、マナブ―! マナブ―! マリアンちゃんが迎えに来たよー」
「マリ姉ちゃん、おはよー。僕ね、兄ちゃんのすっごい秘密を見ちゃったんだ」
「え? な、何のことかしら……」
「内緒だよ。マリ姉ちゃんにだけ教えるね。兄ちゃんさぁ、夜中にお腹空いて、カップラーメン食べてた」
弟が俺の秘密を暴露したのを聞いて、歯磨き途中だった水を吹き出した。
「ば、ばかやろー、余計なことを言うな!」
タオルで口元を拭きながら洗面台から顔を出したら、マリアンが笑顔で手を振って来た。
とりあえず、俺は気まずい。
俺は怒っているんだからな!
母さんは、マリアンが来ると予測して弁当を作っているし
弟はマリアンが来てはしゃいでいるし
とにかく、この家全体がマリアンにハックされている。
「おー、マリアンちゃん、久しぶりだね。そうだ、出張みやげがあるんだよ。渡したいから、帰りにまた家に寄ってくれないかな」
「お父様、ご無沙汰しております」
父さんまで!
マリアンに完全にハッキングされた家族は、俺には冷たい。
「じゃ、俺いってきます。弁当は?」
「はい、これ。マリアンちゃんと一緒に行くんのよ、マナブ」
「関係ねえだろ」
俺は、母さんから弁当をむしり取ると、玄関で靴を履きながらそのまま外へ飛び出した。
「あ、また! マナブ! マリアンちゃんと一緒に行けって言ったでしょ!」
「まあ、まあ、母さん。あいつはまだ思春期なんだから、そっとしといて……」
「あなた! だいたい、あなたがマナブに甘いからよ!」
「あ、あの……、お父さま、お母さま、わたくし、行ってきますわね」
俺はいつもの通り、電柱の後ろで親の喧嘩を聞きながら、マリアンが家を出るのを待っていた。
そして、気づかれないようにマリアンを背後で見守りながら登校した。
そして、昼休み時間。
いつものように、弁当を広げると花柄の弁当箱だった。
母さん、また間違え……
いや、今回は確信犯だな。
マリアンと俺の弁当をわざと間違えて渡し、それをきっかけに会話をさせて、俺たちを仲直りさせるという魂胆だ。
「はぁー、この調子だと俺、痩せていくかも……」
そういえば、昨夜のマリアンの話によると、放課後に俺を迎えに、うちのクラスに来たんだよな?
学校では関係性は明かさずに、お互い他人のフリをする約束なんだけど、おかしいな。
何か俺に話したいことがあるからって言ってたけど……。
急用だった……のか?
あれ? 前に堀田のやつ、生徒会がどうのって言ってたな。
もしかして、マリアン、俺に相談したかったとか?
……あるわけないか。
マリアンは、自分で進む道を決めるような、我が道を行くタイプだ。
いつも、だいたい決めてから結果を事後報告してくるからな。
じゃあ、なんだってうちのクラスに……?
そんなことを考えているうちに、あっという間に弁当を食べ終えて、片付けた。
しかし、その後も理由が気になって、俺は授業に集中が出来なかった。
い、いつもは真面目に授業受けているんだけどな!
信じてくれ。




