第77話 真相解明
俺がリビングまで通されると、マリアンは俺から受け取った鍋を、アルケナさんに手渡した。
「あらぁ、すごく綺麗に並べられて、美味しそうですね! ほら、お嬢様ごらんになって!」
鍋を受け取ったアルケナさんは、マリアンの気を紛らわそうとしてか、鍋の中身を見せながら笑顔で話しかけていた。
だが、当の彼女はチラッと視線を移しただけで、返事もせずにすぐ視線を逸らした。
そんなマリアンを叱ることもせずに、アルケナさんは俺を夕食に誘った。
「モブ様も、せっかくいらっしゃったのですから、ここで一緒にお鍋を食べていきませんか?」
俺は困惑した。
アルケナさんが、俺たちが話す機会を作ろうとしているのが伝わって来たから。
しかし、さすがの俺でも、この状況で気が乗るわけがない。
「あ、すぐ帰りますから大丈夫です。」
と、即答で断った。
「ご遠慮なさらずに、ゆっくりしていってくださいな」
そう言うと、アルケナさんは強引に俺の背中を押して、近くにあったソファーへと座らせた。
優しさには感謝するが、マリアンにあらぬ疑いをかけられたままでは、何も解決しない。
俺は大きな溜め息を吐いてから、話しはじめた。
「……女たらしってなんだよ。身に覚えがないことで文句言われるのは、納得いかないんだが?」
アルケナさんの優しさに応えるため、まずは冷静に事情を聞こうと試みた。
「本当に覚えていないと? 呆れましたわ。それなら、思い出させてさしあげますわ。あの日、わたくしが見たことを……」
何かを見たというんだ。
何故、俺はこんな風に言われているんだ。
それでも、俺は何もやっていない。
身に覚えが……、ん? あれかな。
もしかして、あれを見られて誤解されているのかな。
「一週間前、あなたは廊下で女生徒と一緒に……、仲良く歩いていましたわ」
「は? それだけ? あれはな、日直の仕事で、先生に頼まれて職員室までノートを運んでいただけだ」
アルケナさんもそれを聞いて、「なんだ」という顔をした。
「お嬢様、お仕事で一緒に廊下を歩いたくらいで、心配なさってはなりません」
「この話には、まだ続きがありますの。その日の放課後のことです。あなたはA組の教室で、廊下を一緒に歩いていたその女生徒と……」
ここで、マリアンは言葉に詰まって目をウルウルさせた。
「お嬢様、教室でその女生徒との……何をご覧になったのですか?」
アルケナさん、週刊誌の記者か?
「うっ、うううう……教室でその女生徒とマナブさんが……抱き合っていたのをこの目で見ましたの。それが、たらしという紛れもない証拠ですわ!」
マリアンは俺のことを、キッと睨みつけた。
「一週間前の放課後……?」
やっぱり、根本のことだ。
マリアンに見られていたのか。
「そうですわ! マナブさんに話したいことがあって、マナブさんのクラスに行った時のことです!わたくしというものがありながら……あなたは、あなたは……」
マリアンの大きく綺麗な瞳から、とうとう大粒の涙が零れ落ちた。
「……あぁ、あの日の事か」
一週間前の放課後なら、根本の件しかない。
あれを、遠くから見たら、確かに誤解されるような状況だったかもしれない。
腑に落ちた俺の表情を見て、アルケナさんが激高した。
「モブ様! お嬢様の言うことに心当たりあるのですね!? あなたはそんな方ではないと、信じておりましたのに!」
その言葉と同時に、俺の頭に衝撃が走った。
ガツーン!!
「痛っ! ちょっ、待って、待って、違うんですよ、アルケナさん!」
アルケナさんは、台所に置いてあったお玉を持ち出して来て、俺の頭をそれで力いっぱい叩いてきた。
いつも落ち着いた雰囲気のアルケナさんなのに、マリアンのこととなると性格が変わる。
職務に一生懸命なあまり、たまにこうして暴走を始めるのだ。
本当にマリア……、どこかのご令嬢にそっくりだ。
さすが専属メイド。
「マジで痛いですから! お願いだから話を聞いて!?」
俺は必死に頭を守りながら訴えた。
お玉といえども、力いっぱい叩かれていたら、ものすごく痛い。
「何が違うと言うんですか!? お嬢様を傷つけるなんて! このわたくしが許しません!!」
アルケナさんの攻撃は止まることはない。
そして、マリアンはハンカチで涙を拭いていた。
「わたくし……あなたは、引き籠りの陰キャで、友達もいない、厨二病の、どうしようもなく残念な人だとはわかっていましたけど、こんなことだけはしない、誠実な人だと思っていましたのに……」
泣きながら俺をけなしているのか?
「誠実な」の前の描写の方が文字数多くね?
あの……俺ってそんな風に思われていたの?
軽くショックを受けながら、それでも、誤解を解こうとして声を大きくした。
「本当に誤解だから! 一週間前のその日、俺は日直で! 痛っ! 痛っ!」
説明中でもお玉で殴ってくるアルケナさん。
頼むから、せめて説明させて!?
—一週間前、俺は日直だった。
同じく日直になった根本が、俺の代わりに学級日誌を書いてくれた。
教室には俺と根本の二人だけになってしまった。
あのとき、俺は根本に告白されたが、根本は配信のリスナーだったから、マリアンと俺の関係はよくわかっていた。
「ごめん、わかってる……」
そう言って、席を立った根本は、椅子の足につまずいて転びそうになった。
ちょうど俺の方へ倒れてきたため、俺は反射的に受け止めた。
その一瞬の間に、根本は全てを悟って身を引いた。
その後、先生に日誌を渡しに行って帰った。
真相はこれだけだ。
決してやましいことなどしていない!
まぁ…ないとは言わないが、柔らかかったなぁって思ったくらいで……
もしかして、ハーレム展開かもなんて、思っていないから。
少ししか……
しかし! 決してやましいことなどしていない!
大事なことなので二回言いましたっ!
その瞬間をタイミング悪く、マリアンが見て誤解したのだろう。
ようやく、ここまで事情を説明し終えると、アルケナさんは攻撃をやめて、俺の顔を覗き込んで言った。
「真実でございますか?」
真剣な眼を俺に向けてきた。
この人が、どれだけマリアンのことを大事にしているのかは知っていたが、改めて実感した。
「本当にそれだけですよ」
その気持ちに応えるように、俺も真剣に返した。
「本当の本当に、嘘ではないと誓えますか?」
俺の反応を伺うように、言葉を続けるアルケナさん。
「はい、神に誓って嘘は言っていません」
俺らが知っている女神ジョイに誓ったところで、大した効果はないような気がするな……
とりあえず、何か別の神に誓っとこ。
「どうしますか? お嬢様。彼の眼からは、嘘をついているような印象を受けませんが」
マリアンに改めて話しかけるアルケナさん。
こんなおっちょこちょいでも、マリアンは一応お嬢様だ。
アルケナさんやセバスワルドさんは、彼女に変な虫が近付かないように、見極めるための鑑識眼や審美眼が備わっているのだろう。
……某忍者アニメとかにいそうでカッコいいな。
「そうですわね。アルケナ、ありがとう。もう大丈夫ですわ。わたくしの早とちりだったようです」
ようやく、いつものように落ち着いてくれたマリアン。
あの状況下で嘘なんて吐けるはずがない。
本当のことを聞き出すために、アルケナさんはあそこまでしたのか?
だとしたら、手段を選ばない辺りはご主人様にそっくりだな。
そんなことを考えていると、
「きちんと確認もせずに、ごめんなさい」
マリアンが俺に謝ってきた。
普段のマリアンからは想像もできないくらい、素直で潔い謝罪だった。
「あぁ…べ、別に大丈夫だ」
と、俺はかえって戸惑ってしまった。
「では、仲直りということで、一緒にお鍋を食べましょうか! さぁ! お嬢様、お座りになって。モブ様はそちらの席に……」
アルケナさんはパンッと手を叩いて、場の空気を切り替えようとしたが、俺はそんな気分になれないままでいた。
「いや、今日はやることもあるんで、もう帰ります。長々と失礼しました」
せっかくのお誘いだったが、そう言って断った。
マリアンは、残念そうに悲しい顔をしていた。
それには気が付いていたが、俺も天邪鬼なんだな。
俺はそれに気付かないフリをして、そのまますぐにマンションを出た。
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