第76話 様子が変なんだが
最近、マリアンの様子がおかしい。
あんなに毎日、俺の家に上がり込んでいたのに、朝すら家に寄らなくなった。
俺の母さんのお弁当を誰よりも楽しみにして、わざわざ俺の家に寄ってお弁当を受け取ってから登校していたのにだ。
学校には来ているみたいだが……何かあったのか? と気にはなっている。
修学旅行を楽しんだ人ほどロスに陥る人がいると聞いたことがある……
もしかしてそれか?
このことに関して、母さんも心配している。
「マナブ? マリアンちゃん最近来ないけど。風邪でもひいたの?」
と、聞いてきた。
「学校には来てるよ」
本当に俺もこれ以上のことは知らない。
だからこれしか言えない。
俺は少し寂しさを覚えながら答える。
「あら、ならいいんだけど。……ひょっとしてマナブ、あんた何かしたの?」
母さんの、じとーっとした視線がこちらに向けられた。
「は? 何かってなに。何もしてねーよ」
何で俺が何かした前提なんだよ。
……もしかしてあれか?
俺の家に置いてあった、マリアンのプリンを食べたのがバレたか?
いや、それは家に来なくなる前に買い足しておいたから、バレていないはず。
というか、そもそも人ん家の冷蔵庫に入れるなよ。
「本当に? 気付いてないだけで、実は、マリアンちゃんに嫌われるようなことしたんじゃないの?」
プリンのこと以外は、本当に全くもって心当たりがない……
と、思ったが、ひとつだけ引っかかった。
もしかしたら、根本のことか?
廊下ですれちがったとき、根本と一緒にノートを運んでいただけだ。
あれは、日直の仕事だったんだし、それはないな。
放課後に告られたけど、ちゃんと断ったし結局何もなかった。
「ないってば!」
あまりにしつこく食い下がる母さんに、俺は少し強めに返した。
ってか、息子なのにこの信用の低さは何なのか。
「そう? じゃあ、何もしてないなら、この豚バラ白菜鍋。マリアンちゃんに持って行ってくれるわよね?」
鍋の透明なガラスの蓋越しに中身が見えた。
そこには、豚バラと白菜が綺麗なミルフィーユ状に並べられていた。
「すっげーー! いつもよりもだいぶ綺麗なんだが……。こんな綺麗に並べられたミルフィーユ鍋見たことがない」
普段でもたまに作っている料理だが、今までの中でも、格段に綺麗に隙間なく埋められていた。
「当たり前でしょ。あちらは、セバスワルドさんとアルケナさんもいるんだから」
食べたら全部一緒精神のくせに、こういうとこ見栄っ張りなんだよなぁ。
まぁ人様……特にあの二人が見るとなったら、力が入るのもわかる気はするが。
「ってか、鍋ならこの家に呼んで一緒に食べれば早くね?」
俺は料理の出来栄えに格差を感じながら提案した。
どうだ、合理的ではないか。
持っていくのが面倒とか、そんな気持ちは一切ねぇよ?
「はぁ? ……あんたが嫌われてないか心配だから! きっかけを作ってあげているこの親心がわからないの? まったく、鈍いんだからマナブは! 四の五の言わずに、早く持ってけ!」
俺は鍋を持たされ、家から追い出された。
え?強制すぎない?
しぶしぶ、向かいのマンションへ鍋を持って歩いて行く。
スープが冷めない距離とは、まさにこのこと。
異世界のオラエノ邸だったら、家の中でも運んでいるうちにスープが冷めていが……
道路を渡り、オートロックの付いた自動ドアの前まで来て、少し立ち止まった。
何もしてないものの、今までこんな状況になったことなんかなかったから、
どうしても不安が拭えない。
俺は大きな溜め息をつきながら、部屋番号を押した。
するとすぐに
「はい」
と、アルケナさんの声が聞こえた。
「あ、大森です……」
不安を抱えつつ、恐る恐る声を出す。
「あら、モブ様。どうかなさいましたか?」
最近ビビアンの配信では、ゲストとして、
たまにアルケナさんやセバスワルドさんが、コラボしているらしい(堀田談)。
根本の情報によると、配信はそれでもたまにしかないとのこと。
以前から配信では、リスナーが俺をモブ呼びしているからか、すっかりモブと呼ばれることが定着してしまった。
……ここでもモブかぁ。
俺が主人公の世界線は、アカシックレコードにすら記載されていないらしい。
これは…どっかのマッドサイエンティストが、ゲートの選択がどうのって騒ぎ出しそうだな。
それにしても、アルケナさんの反応は普通だな。
俺が何かしたなら、アルケナさんにも話は行くはず。
やっぱり、マリアンは、ただの修学旅行ロスだったっぽいな。
「いや、母さんが持ってけって言うもんで……」
俺は安心して、手に持った鍋をインターフォンのカメラに映るように持ち上げてみせた。
「あら、ありがとうございます。今、開けますね」
エントランスのドアが開き、俺はそのままエレベーターに乗った。
二階で降りて、ビビアンの家の前まで進みインターフォンを押した。
ピンポーン
聞き慣れた音が鳴り響き、少しすると
ガチャッと、玄関のドアが開いてマリアンが顔を出した。
「何の御用かしら?」
修学旅行ロスだと安心しきっていた俺は、突然の塩対応に面喰った。
「あー…いや、母さんがこれをマリアンにって……」
気まずくなりながらも、鍋を持ち上げて、ビビアンに見せた。
「そう、ありがとう。それでは、ごきげんよう」
鍋を受け取るとビビアンは、さっさとドアを閉めようとした。
「ちょ、待てよ! 最近、俺ん家に来ないって、母さんが心配しているんだ。」
明らかに俺を避けている行動の理由をはっきりさせたいと思った。
そして、どこかのモノマネ芸人のようになりながらも、俺は慌てて閉められかけたドアを手で止めた。
「俺も心配だし」
と小声で呟き、
「何かあったなら話してくれよ」
と、言葉を続けた。
こんな状況でも、恥ずかしいもんは恥ずかしい。
しかし、彼女の態度が変わる様子はなく、
「別に……何もございませんわ」
どこかの女優のような態度と言い方だった。
再びドアを閉めようとするのを、今度は足を入れて止めた。
「まだ何か御用ですの?」
理由も話さず、依然として態度を変えないマリアン。
「いいかげんにしろよ。俺が何した? 気に入らないならそう言えよ!」
俺もさすがにしんどくなり、ストレートに聞いた。
「自分でおわかりにならないなら、話すことなどございません。たらしに使う時間なんて、もったいないですわ」
その言葉に、いっそう訳が分からなくなった。
「たらし……? どういうことだよ!」
そんなことを言われるようなことはしていない。
俺の頭は混乱していた。
「ご存じありませんの? 女たらしって意味に決まっていますわ! 本当に、あなたの考えてることは、意味不明です!」
なおさら、意味が分からない。
さすがに理由も話してくれないうえに、一方的すぎる発言。
とうとう、俺の語気が強くなってしまった。
「意味不明なのは、そっちじゃないか!」
ついつい声が大きくなり、言い争いになったところに、アルケナさんが飛んできて俺たちを止めた。
「ここでは、ご近所迷惑になりますので…… 一度、お家に入っていただいて、お話されてはいかがでしょうか?」
アルケナさんの言葉に、不満そうな顔をしながらも、マリアンは渋々俺を中に入れてくれた。




