第75話 日直当番
朝、家から学校へ向かう前に、必ずマリアンは俺に家に寄ることになっている。
「おはようございまーす。マリアンでーす」
「あ、マリ姉ちゃんだ。母さーん、マリ姉ちゃんが来たよー」
「あら大変、もうそんな時間? もう、マナブったら何やっているのかしら。
ごめんなさいね、マリアンちゃん。これお弁当ね」
「いつもすみません。お母さま」
「マナブ―! マナブ―! もうマリアンちゃんが来たよ。たまには、二人で一緒に登校したらいいのに」
母さんは、俺とマリアンが仲良く登校するところを見たがっているのだ。
そんなことをしたら、学校中の噂になることくらい想像がつかないのか、母さんは。
「いいんですのよ。わたくし、もう通学路は慣れましたからひとりで行きます」
弟まで、わざわざマリアンが来たことを俺に知らせてくる。
「あ、兄ちゃんが降りて来たよ。兄ちゃん、マリ姉ちゃんが来たよ」
「ああ、聞こえてるよ。毎朝、毎朝、でかい声で大騒ぎしなくてもわかるから」
ここで母さんの痛い一言。
「でかい声を出さなきゃ、あんた降りてこないじゃないの」
「るっせーな。弁当はどれ? これ? 中身間違えてないだろな」
「なんだろねーこの子は。お弁当を作ってもらっているくせに偉そうに!」
「あー、はい、はい。申し訳ありませんでしたぁ。じゃ、行ってきまーす」
俺は、速攻で家を飛び出した。
できるだけ、マリアンと並んで歩く姿を見られないためだ。
「こら! マリアンちゃんを置いていくんじゃないわよ!ごめんねー、マリアンちゃん。
わたしも朝はバタバタしちゃって、次は下の子を送り出しで忙しくって……」
「大丈夫です。いつものことですから。今日、お父様は?」
「今朝早く、もう出たのよ。出張なんだって」
「しゅっちょう?」
「ほら、ほら、マリアンちゃんも急いでマナブをおいかけないと。遅刻しちゃうわよ」
「あ、はい!」
実は電柱の後ろで、俺はこの会話を聞いていた。
俺が先に行ったとみせかけて、実は後ろからマリアンを警備しながら見守っているのだ。
ちょっとした、デカ?
いや、見守っているんだから、SPか。
通学路でマリアンが変な奴に絡まれたりしないか、尾行しながら登校。
今日もマリアンは無事に学校に着いた。
よし、よし。
俺も、安心して教室へ向かった。
教室に入って、黒板の右下を見て気が付いた。
今日、俺、日直か。
しかも、根本とペアか。
ひぇー、最悪な日。
「おはよう、大森君。日直だからね、今日一日よろしくね」
「おはよ、根本」
「あの花瓶のコスモス、水替えしておいたから。あとは黒板消しよろしく」
「あいよー」
根本は物事をテキパキとなすタイプで、クラスには一台、いや一人いれば重宝がられる生徒だと思う。
根本と一緒に日直なんて、身バレの件もあるから気が重いが、仕事は積極的にやってくれるので、ある意味ラッキーだ。
二時限目の終わりに、先生にみんなが提出したノートと資料を、日直が職員室まで運ぶようにと言われた。
「重いだろうから、俺がノートを運ぶよ。根本は黒板消しの方をやってくれ」
「何言ってんのよ、これくらい大丈夫。大森君は黒板消しの係でしょ」
いや、女の子一人じゃ絶対無理だって。
かなり重いとおもうぞ。
根本は両手に、資料とノートを抱えながら、フラフラしながら教室を出て行った。
ったく、誰かさんみたいに素直じゃねーな。
誰かさんって、あれだよ。
あの、おしかけ令嬢さま。
今朝も、俺んちにお弁当を取りにきたっけ。
などと考えながら、速攻で黒板消しを終わらせた。
そのあと、根本のいるところまで急いだ。
「ほら、持ってやるよ」
「ありがとう……黒板消しは?」
「そんなの秒で終わらせたよ。いいから、よこせって!」
「……、やっぱりモブ・マネージャーって優しいんだね」
「はぁ? 知らねえっていっているだろ」
職員室までの廊下を山積みのノートを持って歩いていると、向こうからマリアンが歩いてきた。
堀田がいなくてよかった。
あ、違うか、ここにもう一人リスナーがいるんだった。
マリアンは俺を見つけたが、根本が近くにいるとわかるとすぐに目をそらした。
俺は別に悪いことをしているわけじゃないし、正々堂々とマリアンとすれ違った。
マリアンが通り過ぎてから、根本は俺の方を振り向いた。
「大森君、マリアンさんだったね」
「ああ」
「大丈夫? 誤解されない?」
「荷物運びしているだけじゃん。誤解も何もないだろ」
「うん、そうだよね」
何が誤解なんだか、俺にはさっぱりだね。
「ねえ、最近、配信やめちゃったの? 楽しみにしていたのに、やっていないよね」
「ああ、俺がいなくても、ときどき配信しているらしいよ。もう異世界じゃないからさ、真新しさがないんだよな。あいつも配信やろうって言わなくなったし」
「そうなの? 残念。じゃあ、わたしの配信を手伝ってもらおうかなぁ」
「配信やってんの?」
「興味ある? だったら、マネージャーになってほしいんだけど」
「いや、そういう話は困る」
「それなら……」
「あ、職員室着いたよ。先生! これ、どこに置きますかー?」
俺は根本の誘いから逃げた。
その日の放課後。
日直は、学級日誌なるものをしたためなくてはならない。
「俺、学級日誌って面倒くさくて嫌いなんだ」
何を書こうかと悩んでいるうちに、放課後になってしまっていた。
「あれー、大森君。配信ではよくメッセージ投稿していたじゃない。どうして書けないの?」
「興味がある内容は筆が進むんだが、興味がないことに関しては、全く筆が進まない」
「何、作家みたいなことを言っているのよ。わかった。じゃあ、わたしが書くよ」
「悪いな、根本」
根本は、学級日誌を書き始めた。
一生懸命に書いている根本を残して、先に帰るわけにもいかない。
俺は、根本の机の向かい側に座って、書き終わるのを待つことにした。
「ごめんね、大森君。迷惑だったでしょ」
「へ? 俺? 学級日誌を書いてもらって、逆に助かっているんだけど」
「そうじゃないわ。配信マネージャーの話よ。あれ、嘘だから」
「嘘? なのか」
「もしかして、一瞬でもやってもいいかなぁって思ってくれた?」
「無いよ」
「だよね。モブはマリアンが最推しだものね」
「別に、そんなことないけど」
俺は照れ隠しのため、わざとそんなことないふりをした。
「本当? じゃあ、わたしと付き合ってくれる」?
「……。いや、早く日誌書いてよ」
「ごめん、わかってる……」
根本は真剣な目で俺に告白してきた。
だが、俺はそれを軽くかわした。
「書いたわよ! さあ、帰ろう」
根本は勢いよく立ち上がって、一歩目を踏み出そうとして椅子に足をひっかけ、倒れそうになった。
俺は、条件反射で根本の体を受け止めた。
「大丈夫か!?」
「大森君……」
誰もいない教室で、根本と俺は抱き合っているような形になってしまった。
これは、ヤバいシチュエーション?
俺は、すぐに根元から手を離した。
「あの、根本……」
「嫌だ! それ以上言わないで! 聞きたくない。わかっているから、わたし、振られるってわかっているから……」
「ごめん、俺にはあいつがいるから」
「わかっているってば! 日誌は大森君が職員室に持っていってね。じゃ、お先に、さようなら」
わかっていると言った根本の目は潤んでいた。
根本が帰って、誰もいなくなった教室で、俺はため息をついた。
「俺って、いつからモテる男になったんだ」
ちょっとニヤニヤしていたかもしれん。




