第57話 ゴブリンアングル再び
俺は日本に帰って来た。
バイト先の休憩室にひとりで座っていた。
一緒に帰ってきたはずの、マリアンの姿は……ない。
あの女神ジョイ、また座標を間違えやがって……!
バイト先の店長が休憩室にやって来た。
「あ、いたぁ大森くん。お前! 無断欠勤な、クビだ。と、言いたいところだが,
人手不足なんだ。出勤してくれて助かったわー」
「すみません、俺、バイト辞めます」
「ちょっ……! 困るよ、やめられたら」
「そんじゃ、家に用事あるんで帰ります」
「何しにきたんだ? あいつ」
俺は、バイト先を飛び出して家まで走った。
そして、家に着くなり部屋中をまわってマリアンを探した。
もしかしたら、俺の部屋にと思っていたのだが、マリアンの姿はなかった。
それから、三日間探し続けた。
この先は、どうやって探したらいいんだ。
まさか、警察に相談するわけにもいかない。
女神ジョイは、絶対に座標ポイントをミスったんだ。
*
そういうわけで、マリアンと離れてしまった俺は、部屋にこもってゲーム三昧だ。
「さぁ、いこーか。久々のクエストだ!」
異世界から帰ってきて、今は自分の部屋でネッ友含む三人でオンラインゲームをしている。
ゲーム自体は、どこにでもあるようなアクションRPG。
今回受けたのは、夜な夜な叫ぶゴブリンを討伐するクエスト。
ゴブリンの住処である薄暗い洞窟では、そこら中からゴブリンの鳴き声が響いてくる。
このゴブリンの声、あの時倒した奴の声に似ている。
懐かしいな。
俺も異世界でゴブリン退治に行ったけなぁ。
あの時のマリアンは、いつもより可愛く見えたのを今でも覚えている。
そんなことを考えていると俺の操作しているキャラが、ゴブリンたちに見つかってしまった。
「あっ、やべ」
そんな初歩的なミスをした俺を、ネッ友がイジってくる。
“気付かれたようだな”
“ちっ! 久々にインしたと思ったら相変わらずどんくせぇな! これだからモブはよぉ……”
「俺はモブじゃねぇ!」
誰がモブキャラだ!
主人公の器だろうが!
夢はでっかく世界チャンピオンだ!
……何かのな!
そんないつものやり取りをしていると、ゴブリンたちは、ギャッギャッと叫びながら襲ってきた。
俺は、襲い掛かってくるゴブリンを次から次へと倒しまくった。
異世界で実戦をつんだ俺は、間合の取り方や立ち回りが異常なほど上手くなっていた。
ゲーム以外で役立つことないけど。
「はい、撃破。これで問題ないよな」
三体いたゴブリンを、俺一人で討伐
“つえー!!! 前まで俺らと実力変わらなかったのに”
“いつの間にそんなに上手くなったんだ? お前”
どのゲームをしても、実践を経験した俺としては現実味がなく、つまらない。
いくらやっても所詮、ゲームはゲームだ。
「まぁまぁ、元から備わってた実力よ! じゃ、俺、そろそろ落ちるわ。お疲れー」
俺は、ゲームからログアウトしてベッドに寝転び天井を見つめた。
「つまんね」
異世界に居たほうが、毎日が楽しかったな。
元の世界に戻るために、ドラゴンの棲む山へ行くと言った時の、マリアンの決意の表情。
あの顔が今でも忘れられない。
俺の目を真っ直ぐ見つめながら言った言葉。
『最後の瞬間まであなたと一緒にいられるのなら』
あの真剣な表情にドキッとした俺は、
何も言えなくなってしまったのを覚えている。
その時だけじゃない
笑った顔も、怒った顔も、照れた顔も、言われて嬉しかった言葉も
全て忘れられずにいる。
「マリアン……どこにいるんだよ」
こんな世界でくすぶっているくらいなら、モンスター討伐などの依頼を受けて、のびのび暮らせる、異世界での生活の方が性に合っていた。
早死には嫌だが。
それに……
「マリアン……」
またその名前が出てしまう。
「どこにいるんだよぉ。俺、もうつぶれてしまいそうだ」
彼女との思い出を頭から振り払いたくて、俺はベッドから飛び起き、窓へ近付いた。
窓から眺めると、家の前には、新築マンションが完成間近だった。
俺が転移する前は、確か未完成だった。
まだ、内装業者の車などの出入りが頻繁にある。
「ほぇー。こんな立派なマンションが建ったんだなぁ」
窓際に頬杖をつきながら、新築マンションをぼんやり眺めていた。
日本に帰って来てから、ずっとマリアンを探すことに夢中で、家の前の景色なんて気にも留めなかった。
マンションを高層階から下に向かって視線を動かした。
すると、俺の部屋と同じ高さにあるバルコニーに、同じように頬杖をついて
こちらを見ている一人の女性がいた。
綺麗なブロンドの髪に、青主体の主張しすぎない控えめな可愛らしい服……
相手もこちらに気付いたようで、目が合った。
なんだか、マリアンに似ている気がするな。
まさかな、三日間も必死に探して見つからなかったのに。
ダメだ、周りの人がマリアンに見え始めたら終わりな気がする。
末期症状?
考えすぎて、こんなんになっているとか、アイツには絶対に言えない。
調子に乗らせるだけだからな。
「いたーーー! 見つけましたわ!!!!」
あー、とうとう幻聴まで聞こえ始めたか……
こちらを見ていたバルコニーの女性は、俺に向かって大きく手を振っている。
元気な人だなぁ……
そんなことを感心しながら眺めていると、女性はすごい勢いでバルコニーから中へ戻り、部屋を飛び出して行くのが見えた。
……まさか、本当にマリアン?
マンションの外階段をハイヒールで駆け降りてくる音がする。
カンカンカンカン、カンカンカンカン……
近所に鳴り響くほどの大きな靴音だ。
「マリアン!」
俺は部屋を飛び出し階段をドタドタと降り始める。
遠目だったが、あれは絶対マリアンだ。
あんなに騒がしい女を、俺はマリアン……と母親しか知らない。
家の玄関から道路に出た。
そこには、あの日「ずっと一緒にいる」と、言って抱き着いてきたマリアンが立っていた。
ってか、ヒールなのに降りてくんの早くね?
それと、立ってる場所が道路の真ん中なんだけど?
マリアンは、ブルーの瞳をウルウルとさせて、あの日と同じように俺に抱きついてきた。
「もう二度と会えないかと思ってた!」
もう会えないと思ってただって?
お前が勝手に、魔法陣の中に飛び込んできたじゃないか。
勝手すぎるマリアンの言葉を聞き、
俺は戸惑うことなく、彼女の腰に手を回した。
「バカ、お嬢様なんだから、階段くらいお淑やかに降りてこい」
俺は、マリアンをこの胸の中に抱きしめた。
時が止まったような瞬間だった。
と、思ったのはつかの間。
マリアンは、ポーチからスマホを取り出した。
「おい、それ俺の……」
「今はわたくしのスマホですわ。あたなが、わたしにくださったじゃありませんか」
そう言いながらマリアンは、俺が止めるより早く、配信アプリを開いてしまった。
素早い。さすがに手慣れている。
「じゃ、配信はじめるわよ、よろしくって?」
いや、日本に戻ったらスキルは消えるって聞いたから、【追尾】出来ないはずだ。
俺は、速攻でカメラを手で隠して、画像が見えないようにした。
リスナーさんが来る前に、伝えたいことがあるからな。
「……ちょ、何ですの?」
「ここには、ゴブリンもドラゴンもいない。俺も討伐に行かないぞ? それでもいいのか?」
「えっと……?」
「君はそれでも、ここにいたいと思うのか? 俺は、どんな世界でも君を守りたいと思ってる」
おそらく、コメント欄は今頃、物凄い速さで流れているだろう。
「あなたに、わたくしが守れますの?」
久々の配信だし、マリアンは人気者だ。
でも俺にはそんなこと関係ない。
どんなにファンが増えようと、マリアンは俺の彼女だからだ。
それをここで公言しておきたい。
「大丈夫。俺、TUEEEE系だから」
“やったー、一番乗り!めっちゃ久々!!”
“マリアン、来たよー!無事だったんだね”
“何もみえないwww”
“え? どこにいるのマリアン?”
“ドラゴンがどうのって言った? これはモブの声じゃないか?”
“まさかまさかの愛の告白?”
“どこにいるんだよぉ”
“モブ……ビビアンのこと、お遊びじゃないだろうな?”
「そこまで言うのなら……。ただし、もしまた、わたくしから離れようとしたら許しませんからね。その覚悟はよろしくって?」
マリアンは、抱きしめられながらも俺を見つめて、真っ赤な顔で言った。
「ああ、上等だ。君こそ後悔するなよ?」
“あ! 空だ。空しか見えないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃい!!!!”
“ゴブリンの時と同じパターンじゃん”
“このアングルを、ゴブリンアングルと名付けよう! みんな使っていいんやで?”
“そう呼ぶのはきっとお前だけだ。許可なんて出さなくていい安心しろ”
“モブとマリアンがどうなってるかは、想像しろってか?”
俺とマリアンは、道路の真ん中で抱き合いながら、リスナーさんに心から感謝していた。
ここまでが異世界編です。
次から現代日本へと物語の舞台が変わります。
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