第56話 魔法陣―②勢いこそすべて
「おい、俺のマリアンから手を離せ!」
よし! かっこよく決まった。
が、それを言った瞬間、勢い余っておれは魔法陣から足が出ていた。
「あ、出てしまった」
勢いで出てしまったせいで、地面に書いた魔法陣を踏んだ部分が消えている。
「マナブ少年、魔法陣の一部分が消えてるじゃないの。もう! ……ま、また書けばすむ話だけど」
「すみません」
女神ジョイに叱られた俺のところに、マリアンが近づいてきた。
「モブさん、今、何て言ったの? もう一度おっしゃって」
マリアンが俺を熱く見つめてくる。
「え、マリアンから手を離せと」
「マリアンの名前の前に、何か別の言葉をつけていましたわ」
「おい、……か?」
「おい、とマリアンの間に」
「何か付けたっけ。覚えてないよ」
俺たちの間に、女神ジョイが割って入って来た。
「お二人さん、ごちゃごちゃ言ってないで。魔法陣を直すのを手伝いなさいよ」
「すみません」
俺とマリアンと女神ジョイは、三人で地面にかがみ込んで、魔法陣の修復作業を黙々と続けた。
なんだか、この構図はおかしくないか?
「モブさん、大きなことをするときは勢いが大事だって……」
地面に魔法陣をかきながら、マリアンがボソリとつぶやいた。
「ああ、言った」
マリアンは、独り言を聞かれたかという顔をして俺を見た。
「さっきは、勢いで魔法陣から出て来たけど、その勢いは、まだ続いていたりします?」
「たぶん」
「じゃ、わたくしも勢いをつけようかしら?」
「お前の勢いは、悪い予感しかしない……」
一体何を考えているんだ、マリアン。
しばらくして、魔法陣の修正は終わった。
「さてと、じゃ、マナブ少年。そろそろスマホを切ってください。ここから先は、配信はできません」
「配信中だって、知っていたんですか?」
「さっき、気が付いたの。わたしの美しい姿が、世界に晒されてしまったわ。今頃、バズりまくりでしょうね。サーバーがダウンしているかもしれません」
「それは無いと思う」
サーバーがダウンすることはないと思うが、俺は空中のスマホに手を伸ばして配信を切ろうとした。
すると、マリアンが叫んだ。
「待って! 最後に一言だけ、リスナーさんにお礼の言葉を言わせて!」
「そうねぇ、三分よ。三分だけだからね」
「ありがとうございます。優しいお姉さま」
マリアンに優しいと言われて、気分が良くなったのか、女神ジョイは岩の上に腰かけて化粧を直し始めた。
まさか、映ろうなんて考えてないだろうな。
「みなさま、これが本当に最後になります。いままで応援してくだり、ありがとうございました」
“マリアン、いいのか! モブを止めろ”
“もう、マリアンが観られないなんて……明日からマリアン・ロスだ”
“魔法陣から出ちゃった所を見てたけど、このまま異世界に居ればいいじゃん、モブ”
“そうだ、そうだ!”
“悔しいけど、お前たちお似合いのカップルじゃね?”
“あなたたち、離れちゃダメよ”
女神ジョイが、いきなり横入りしてきた。
おい、まだ三分たっていないぞ。
やっぱり、映る気満々だったんだ。
「どうもー! 異世界転生転移を司る、女神ジョイでーす。みなさん、見えていますー?」
“白衣を着てる? 女医?”
“このおばさん、保健室の先生に似ているけど……”
“バカ!違うだろ、この綺麗なお姉さんは女神様なんだぞ”
“女医のお姉さん、マリアンとモブを切り離さないでください”
“モブを日本に帰さないでください。お願いします”
「あらぁ、この二人を切り離すだなんて、人聞きが悪い。わたしは忠実に任務遂行しようとしているだけです」
“お姉さんなら、できますよね。モブが帰らなくてもいいように”
“お姉さんのやさしい判断を、世界中のリスナーが今注目しています”
「そうなの? でも、本人からは何も聞かされていません。異世界に残りたいというお願いもされていないし」
“モブならきっと言うよ。自分の気持ちをマリアンに伝えるはずだ!”
“どこまで、ツンデレなんだ、マリアンもモブも”
“ここで配信を切るなら、おれにも言わせてくれ。モブ、頑張れw”
“もう、わたし達もアドバイスできないよ”
“うわーん、モブ言えよぉ~”
「って、みんなコメントしていますけど? モブとはマナブ少年の事でしょ? 何か言いたいことは?」
「……別にありません」
“無いのかよ!”
“オワタ”
“日本に帰ってきたら、絶対晒す!”
「ですって、リスナーのみなさん。本当に、ドラゴンからクリスタルを奪還する戦いに協力してくれて、ありがとうね。ほんと、大したものだわ。
今だから言うけど、正直言ってクリスタル奪還は無理だと思っていたのよ。
クリスタルなんか諦めて、ここで暮らしているうちに死んじゃうかもしれないって、
そう思っていたんだけどね。だって、異世界移転は転生と違って、長生きできないから……。よかったわねー、帰ることができて。よくやったわ」
「なんですか、それ」
「あれ? 言ってなかたっけ? 異世界転移は寿命が縮むのよ。マナブ少年の場合、あと2・3年ってとこだったかしら」
「聞いてないよーー!」
「お嬢さん、それでもいいかしら。ここにいたら、彼は早く亡くなる運命です」
「ここにいれば、早く亡くなる? そんなの嫌です。モブさんの命が短くなるなんて」
「そんなの脅しに決まっている。俺はここに残ってと言われれば、残ってもいいんだけど?」
「誰が残ってなんて、言うものですか!」
「マリアン、俺がここに残るって言ってんだから、それで納得しろよ!」
「また、そういう乱暴な言い方して! そういうところが嫌なのよ」
「嫌だって?」
「ここで死なれても困ります。あなたが先に逝くことを知りながら、一緒になんかなれませんわ!」
「そんな……」
俺は喜んでいいのか悲しんでいいのか。
「あなたを死なすわけにいかないですわ! 早くお帰りになって!」
“聞いたか?”
“モブは異世界にいると、あと2・3年の命”
“俺はそれでもかまわんが”
“マリアンが悲しむだろ”
女神ジョイは俺たちの混乱などお構いなしで、リスナーに呼びかけた。
「だそうでーす。残念ながら、意見が分かれました。この状態で異世界に転移者を置いておくことはできません。マナブ少年は日本に戻しますねー。
では、配信はここまでで終了しまーす」
“あーーーー、待って”
“女神さま、お慈悲を!”
“マリアンに幸あれーーー!!”
女神ジョイの手で、スマホの電源は切られた。
「はい、スマホをお返します。あなたが日本に戻ったときに、スマホのスキルも消滅します」
「……」
俺はマリアンにスマホを渡した。
「これ、お前にやる」
「こんな物、持っていたって、もう意味がないわ」
そう言いながらも、マリアンは俺のスマホを受け取った。
女神ジョイが両手を広げて、呪文を唱えると魔法陣が青白く光り始めた。
「アド、キャルナガ、ドサ、エサ…………、さあ、マナブ少年、早く魔法陣の中へ!」
「やっぱり、いや、いやだ、いやだ、いやだ。俺は帰りたくない!」
「この期に及んで、何を言ってるんですか! 早く魔法陣の中へ立ちなさい!」
「俺は嫌だ。帰らない。帰りたくない! マリアンと一緒になるんだ!!」
すると、マリアンが勢いをつけて叫んだ。
「なんて情けないひとなの! そんなに嫌なら、わたくしが行きますわ!」
「おい、マリアン、お前が行ってどうする。意味不明だし! わかった、帰るよ。帰ればいいんだろ。帰ります!」
俺は、マリアンに脅される形で魔法陣の中へ立った。
*
魔法陣の真ん中に立って、マリアンを見た。
あんなに強がっていたマリアンの目が、ウルウルしている。
「バカ、なんて顔して俺を見てんだよ」
女神は両手を挙げて
「今さら帰還魔法を止めるわけにはいかないわ! このまま……、帰還の魔法を唱えます」
「え? 既婚の魔法?」
「帰還よ、帰還!」
魔法陣が、再び青白く光り始めた。
魔法陣の青白い光はいっそう強くなり、俺はその光に包まれていく。
その時、マリアンがも魔法陣の中心へ飛び込できた。
え! 嘘だろ!
女神ジョイが叫んだ。
「ああああああ、あなた何するのよ」
「何やってるんだ。お前は来るな! 勢いつけすぎだろ!」
「嫌よ。一緒に行く。ずっとそばにいる!」
「マリアン……、ジョイさん……絶対に座標を間違えるなよ」
「もう、しょうがないわね! リスナーの願いを聞き入れてあげるわよ。 わたし、失敗しないので!」
「いや、一番信用できねー」
「これでミスったら、わたし左遷されちゃうんだから。お嬢さん、マナブ少年にしっかり捕まってなさいよ! 二人まとめて送ってあげるから」
「はい」
ギューーーーーーー !!!!
「おい、くっつきすぎだ。もう少し離れろ」
「だって、離れるなって女神さまが……」
「言ってない、言ってない」
「似たようなことを言ってましたわ」
「しょうがねえな」
俺たちは、ものすごい光と風の渦に飲まれていった。
あまりの眩しさに目を思わず閉じる。
遠くの方で、女神ジョイの呟いた言葉が
耳に入ってきた。
「あっ! またやっちゃった。……まぁ、大丈夫でしょ」
えーーーー? またミスったのかぁ?




