第54話 爆ぜろリア充
「うぅっ……うっ、うっ、うっ」
誰かが泣いている。
俺は死んだのか?
そっと瞼を上げると、美しく茜色に染まった空が目に飛び込んできた。
流れる雲を目で追いかけていると、全身に痛みが走った。
痛い……どうやら俺は生きているらしい。
あの戦いからどれくらい時間が経ったんだ。
それにしても、なんだか温かくてフワフワしたものに包まれているようだが。
なんだか、すごく気持ちが良くて安心する。
「やっぱり、あのとき、何が何でも反対すればよかった。わたくしのせいですわ……
わたくしが最後の配信をしたいなんて言ったから、あなたは……」
マリアンの声が近いんだけど……
なんなら、俺の顔の上から聞こえているんだけど。
……もしかして俺、マリアンに抱きしめられているのか!?
すると、この温もりはマリアンの!? OPPAI !
夢みたいだ! マジかよ、このまま死んでしまってもいい。
いや、それはダメだ!
できれば、死なないでずっとこのまま、マリアンの声と温もりを堪能していたい!
身体中痛いことだし……
もうちょっとだけ、このまま死んだフリをしていても罪にはならないよな?
俺は再び目を閉じた。
「マナブさん! 目を開けてください!!!」
マナブ……!?
言えているじゃないか、俺の名前。
初めて俺の名前を呼んでくれた!?
だが、ここで反応してはいけない。
死んだふり、死んだふり……
そう思いながらも俺の顔は、自然とニヤけてしまう。
耐えようとすればするほど、唇の端がピクピクしてしまう。
「女神さまが間違えて、あなたをこの世界に召喚したと言っていましたけど、もし、女神様が間違えなかったら、あなたがここで命を落とすことはなかった。いいえ、そうじゃないですわ。もし、わたしがあなたを拾わなかったら、あなたはすぐに元居た世界に帰るつもりだったのでしょう?
そうですわ、拾わなければよかったのよ。
わたくしじゃなくて、真っすぐギルドへ行っていれば、ここで死ぬことはなかったのに」
そのマリアンの言葉を聞いた瞬間、
「ちょっ、ちょっと待て。拾わなければよかったって何んだよ」
俺は我慢できずに、思わず反応してしまった。
マリアンは驚いて俺から手を離し、俺の身体は地面に落ちた。
「痛っ! 何すんだよ!」
俺は頭をさすりながら、痛む身体をゆっくりと起こした。
「あなた、生きて…… まさか、お化けじゃないですよね? え? え? いつから目を覚ましていたのですか? まさか……聞いていましたの?」
マリアンは困ったような、気まずそうな表情で聞いてきた。
「お化けじゃねぇよ。何か、聞かれたら困る話でもしていたのか?」
話は全部聞いていたが……
一応、聞かれて困る部分を再確認したい。
ドラゴンとの戦いを配信するって言って、俺に付いてきたことへの懺悔か?
それとも、元の世界に戻りたいと言った俺を、止めなかったことへの後悔か?
それとも、実は俺の本名をちゃんと発音できるくせに、今まで言えないふりをしてきたことか?
いったい、どの話のことなんだ。
俺にとっては、全部嬉しいことでしかなかったけどな。
まぁ、『拾わなければよかった』は、激おこだが。
「いいえ、何でもございませんわ。狸寝入りとはいい根性をしておりますこと」
マリアンの態度がいつも通りに戻った。
「狸だと!? この俺をモブから狸に降格させる気か。失礼だな、せめて犬にしてくれ」
まぁ、犬寝入りなんて言葉、知らないが。
「あーはい、はい、失礼いたしました。野良犬大魔王さま」
「……」
そんな軽い言い合いをした後、しばらく沈黙が続いた。
まさか、またこんな風に話せるとは思ってなかったし、
安心しすぎて、何を話していいかわからないじゃないか。
マリアンの様子をチラッと伺うと、明後日の方向きながら、恥ずかしそうにしている。
きっと、俺と同じようなことを考えているのだろうと察した。
お互いがモジモジとしている中、
沈黙を破ったのはマリアンだった。
「あー…ま、まぁ、あなたから回復薬をいただいた後から、スっと意識が飛んでしまって、その後のことは、正直言うとわかりませんの。とりあえず、お互い無事でよかったですわね。ドラゴンに逃げられたのは残念でしたけど」
「はぁ? マリアン、何も見ていなかったのか」
「仕方ありませんわ。またドラゴン探しからやり直し……それとも、元居た世界に帰るのを諦めるかですわね。ドラゴンが、この近くにまだ居ればいいんですけどねー」
俺の命がけのドラゴン戦を……、マリアンは見ていなかったのか。
軽くショックだ。
俺は、一体なんのために戦っていたんだ。
マリアンに最高の戦闘シーンをプレゼントするためだったのに。
俺の超絶かっこいい姿を見ていなかったとは……
マリアンは気を失っていた。
それなら、何も知らないのも無理はない。
いっそのこと、このまま何も言わないで、もう少しマリアンとの時間を過ごすのも悪くないかもな。
でも、それは、リスナーさんに失礼だ。
俺の口から事実を知るよりも、リスナーさんから聞いた方が、マリアンは、事実を受け入れるかもしれない。
そう思って、俺はマリアンの後ろの方を指さした。
「聞いてみれば? リスナーさんが一部始終を見ていたはずだ」
マリアンはその指の先へ視線を移した。
そこには、傾いた太陽を反射させているスマホが空中に浮いていた。
今もマリアンを【追尾】し、配信は続いていた。
マリアンは、スマホまで駆け寄り、リスナーさんに挨拶をした。
俺は、こっそりとコメント欄を空中に映して、マリアンとのやりとりをのぞき見しようとした。
コメント欄は映し出されたけど、のぞき見とは変だよな。
これは、配信マネージャーとしての、コメント欄確認。
あくまでも、業務だ。
“うわー! マリアン、回復してよかった!”
“悔しいけど、モブを抱きしめていた画像。絵になってた”
“大丈夫? モブがドラゴンをやっつけたんだよ”
“いや、正確には、俺たちとモブがドラゴンと戦ったんだ”
“そう、そう、ドラゴンの背中の上に、巨大なハンマーごとモブは落下してた”
“そのせいで、ドラゴンはクリスタルを吐き出したんだよ”
“そこへ、俺たちがモブに爆弾を送った”
“モブは爆弾をドラゴンの口めがけて投げたんだよ”
“ドラゴンは爆破された”
“モブも吹き飛ばされて倒れていたら、そこへマリアンがやって来たってわけ”
「そ、そうなの……、クリスタルを手に入れたのね」
“モブは自分の人生は自分で決めるってさ”
“マリアンのために、この戦闘の配信を見せてやろうぜ、なんて言ってたけど”
“勝手な奴だよな。マリアンが悲しむかもしれないのに”
「皆さんで、戦ってくれたんですね。ありがとうございます」
“めっっっっっちゃ嫌だったけど、マリアンのために助けてやったよww”
“そうそうw いろいろアイテムを送ったのはマリアンのためだからな!”
“さっきは、まるで映画のワンシーンのようで素敵でした///”
“ほんとに!全俺が泣いた!!”
「ドラゴンからクリスタルを取り出せたのも、彼の命を救ったのも、スマホで応援してくださったリスナーさんのお蔭なのですね」
“ほんとに! 全俺が泣いた!! 俺たち、余計なことをしたかな”
“マリアン、残念? 悲しい?”
「いいえ、ちっとも。彼が幸せなら、わたくしも幸せですから」
“泣ける”
“マリアン、きちんとモブには伝えた方がいいぞ。本当の気持ち”
「ええ」
マリアンは、カメラに向かって笑顔でそう言うと、俺がいるところまで戻って来た。
「全部、聞きましてよ。持っているんですって? クリスタル」
「お、おう。ま、まあな」
「じゃ、もう決まりね」
「ああ」
俺は何気なく、コメント欄に目をやった。
“爆ぜろリア充……バルス!!!”
“せっかく無事なのに滅びろとww”
“さっき、マジで爆ぜたばっかりじゃんww”
スマホのカメラから、俺たちはそんな風に映っているのか。
そんなにリア充な感じに見えていた?
自分でも、外から見た様子を妄想してみた。
ヤバい、妄想だけでもかなりハズイ。
「ちょっと、コメント欄を見ているでしょ。わたくしにも、何が書かれているか教えなさい」
マリアンの声に、俺はビクッと肩を揺らし
「べ、別に、何も書かれていねーよ! とにかくこれで帰る準備はできた。そろそろ始めるぞ」
そう答えて、俺はマリアンから顔を背けた。




