第53話 ドラゴン戦―④モブ!飛べぇ!
ドラゴンを見付けた場所まで戻った俺は、再度スマホの【追尾】機能を確認した。
そして、Siriに聞いた。
「ドラゴンの体を一瞬で解体し、中にあるクリスタルを取り出す方法は?」
「ドラゴンの体を一瞬で解体する方法は、破壊力の強い爆弾を仕込む方法があります」
「だが、それだと……、中のクリスタルも吹き飛んでしまうんじゃないか」
「先にクリスタルを取り出してから、爆弾を仕込む方法があります」
「いや、先にクリスタルを取り出すことができないから、それを聞いている」
「……」
「ちっ、聞こえないふりか。使えねぇな」
すぅーーーはぁーーー……
俺は大きく深呼吸をした。
「リスナーのみなさん、ラストバトルだ。
最後にかっこいい戦い方しようぜ。力を貸してくれ」
改めて、俺はリスナーさんに向けてよろしくと頭を下げた。
心の準備は出来ている。
頼もしい仲間もいる。
俺はもう、拾われた使用人じゃない。
“任せろ!”
“ガッテンでぇい!!!”
“当然!”
“ようやく私たちも、役に立てるのね”
気持ちのいい返事が流れる。
“おい! 誰か何人かで、回復薬飲んだマリアンを安全な場所に移動できないか?”
“さっき確認したらギフトに【風魔法】ってあったから、それを何人かで使えば可能かも…”
“ここに来てギフトアイテムまでファンタジー!!”
“じゃあ私はそっち担当する!”
“私も!!!”
“あとの奴らはモブの援護だ!!!!”
“[[[おー――――!]]]”
マリアン、君が作ったリスナーは、最高に頼もしい仲間だよ。
俺の不安を吹き飛ばし、気持ちをポジティブに変えてくれる。
コメント欄、マリアンを【風魔法】で安全な場所に移動させるって?
それを見て俺は、少しだけ笑った。
頼むぜ、リスナー。
カメラに向かってグッドサインをして、そのあとはスマホに背を向けた。
二、三歩進んだ所で、俺はドラゴンの姿を探した。
まだ濃い霧が辺り一面を包んでいる。
しかし一点だけ、霧でも分かるほどに、黒い影の中から鋭い眼光がこっちを睨んでいた。
この距離でも、グルル……と威嚇するような声が聞こえる。
「……いたな」
もう迷わないと決めても、やはり本物を目の当たりにすると緊張が走る
それに、さっきの衝撃で俺の剣はどこかに飛んでしまっている。
今の俺は丸腰状態だ。
「マリアンの仲間、リスナーさんの力を信じる他ないな……」
そのまま俺は、真正面からドラゴンに向かって走り出した。
タイミングを合わせたように、ドラゴンは大きく口を開けた。
その様子から、再び咆哮をあげようとしているのがわかった。
——来る!
また緊張と恐ろしさで、全身が硬直して動けなくなるかも。
俺はそう思って、少し身構えていたが、
いつまで経ってもその咆哮は全く俺に届かなかった。
いや、正確には“聞こえなかった”。
耳に違和感を覚えて、耳を触ってみた。
なんと、栓のような物が俺の耳にすっぽりと収まり、音を全て遮断していた。
そのおかげで、動けなくならずに済んだようだった。
「ふっ、耳栓か。リスナーさんたち、やるなぁ」
応援された気持ちになった俺は、リスナーさんから勇気をもらった。
そして、ドラゴンに向かって走り続ける。
足を止めない俺を見たドラゴンは、次の手と言わんばかりに、今度は頭を低い位置に構えてきた。
「噛みつくつこうってか? そうはいかないぜ!」
俺はドラゴンの攻撃を先読みし、足に力を込め、思いっきり地面を蹴った。
“モブ!!”
“今だ!!!”
“飛べぇーーーーーーー!!!!”
ドラゴンの鋭い牙が襲ってくると同時に、俺は高く跳躍した。
目標を見失ったドラゴンは広げた口を閉じ、飛んだ俺を追うように目線を上へあげた。
俺はその見上げる動きを利用して、ドラゴンの頭を踏み台にし、さらに上空へと飛ぶ。
すると、空中で俺は、今までにないほどの大きな光に包み込まれた。
驚くほどに身体は軽く、力がみなぎってくる。
リスナーさんが言っていた、極限まで怒ると金色の戦士になるとは
このことか!
そして、そのまま両手を大きく頭上に構える。
「今度は俺の番だぁぁぁ!!」
その言葉と同時に、光の中から何かが姿を現した。
「え? これ?」
リスナーさんから送られてきたのは、
俺の背丈の数倍はある、とんでもなく大きい“ハンマー”だった。
「えー? 剣じゃないのかよ!」
だが、躊躇している暇はない。
俺はその柄を強く握り締め、ドラゴンをめがけて振り下ろす。
と言うよりも、正確にはハンマーの重さでそのまま“落下”した。
「なんで巨大ハンマー! 重すぎるぅぅぅぅぅ!!」
俺は体勢を立て直す事も出来ず、そのままハンマーの重さに任せて急降下。
落下する先には、ドラゴンが翼を広げ、後ろに下がろうとしているのが見えた。
だが、こちらの落下速度のほうが圧倒的に早い。
ドラゴンの背中に到達する直前、俺は思いのたけを叫んだ。
「喰らえ!これが“愛の鉄槌”だぁーーー!」
——ドガッ!!
ハンマーがドラゴンの背中を直撃。
鈍い音と共に、それを掴んでいた俺の身体にも衝撃が貫き、
同時にドラゴンは悲鳴を上げた。
——グオオオオ!
そして、俺は落下の勢いのまま、ドラゴンの背中に強く叩き付けられ、
バウンドしながら地面に投げ出された。
——ドン! ザザザザ……
激しい土埃がたつ。
全身が痛い、息が苦しい。
辛うじて動く頭だけで、辺りの様子を窺った。
そこには、さっきまで俺が握っていたハンマーに潰されて、ぐったりと横たわるドラゴンの姿があった。
「や、やった……か……?」
ドラゴンのそばに転がった巨大なハンマーは、役目を果たすと光の粒となって拡散し消えた。
リスナーさんにもこの状況がしっかりと見えていたようだ。
俺の周りには、次々と回復薬らしき小瓶や包帯、またしても日本茶まで送られてきた。
「ふっ、日本茶かぁ。懐かしいなぁ」
久々に、日本のお茶が飲みたい。
でも、体が思うように動かないよ。
リスナーさん、ありがとう。ごめんな。
俺がそのまま目を閉じようとした、その時だった。
グルル……という低い唸り声が鳴り響き
さっきまで横たわっていたドラゴンの巨体が、ゆっくりと起き上がった。
「っ……!?うそ…だろ……? まだ、生きていたのか」
もうさすがに、戦う力が残っていない……。
俺はやっぱり、モブキャラだったか……。
悔しくて、思わず拳を握り締めた。
もうダメだ……そう諦めかけた時、
俺はドラゴンの異変に気が付いた。
ドラゴンは何か知らんが、もがき苦しんでいた。
——オエッ、オエッ……
いったい、何をしているんだ……?
ドラゴンは、頭を大きく左右に振り、地面に叩き付ける動作を止めない。
まさか、まさか、これって……、何か吐く?
汚いから、やめろーーー!
——グォォォォォォーーーーーッ!!!!
しばらく続けると、
——ぽろっ
ドラゴンの口から“何か”が飛び出し、それは地面を転がった。
光り輝く石。それはまさしく、俺が探していた“クリスタル”だった。
必死に這いながら、そのクリスタルを拾った。
ヨダレだらけだったが。
俺がハンマーごとドラゴンの背中に落ちた衝撃で、クリスタルが飛び出したということか。
「今すぐ、俺に爆弾を送ってくれーーー!!!」
叫ぶと、俺の目の前に秒で、黒くて丸い爆弾が現れた。
すぐさまそれを、落とさないようにがっしりとつかみ、
まだ、口を開けながらフラフラしているドラゴンの口の中へと放り投げた。
「頼む! ストライクしてくれ!」
運がいいのか、スマホの力か、はたまたリスナーたちの想いなのか、
見事に爆弾はドラゴンの喉奥、ど真ん中ストレートで入った。
ドラゴンは驚いた拍子に、それを飲み込んだ。
ゴッ……クン
爆発するぞ。
俺はうつぶせのまま身を屈めたが、何しろ至近距離だ。
ドッカーーーン!!!!
爆風が吹き上げ、煙とともに、俺も吹き飛ばされた。
爆弾に破壊されたドラゴンは木っ端みじんだ。
やがて、もうもうとした煙が徐々に消えていった。
そこにはもうドラゴンの姿は無かった。
「やった」
しかし、俺の意識はだんだん遠くなっていく。
少しは、かっこいい所を見せることができたかな。
薄れゆく意識の中で、周囲を覆っていた霧が少しずつ薄れ、
辺りには静寂が訪れていくのがわかった。




