第50話 ドラゴン戦―①アイテム出現
俺は、すでに鞘から剣を抜いて構え、臨戦態勢をとっていた。
「リスナーさんとは、もう済んだのか?」
俺の隣に並んで、同じように剣を構えたマリアンに、声をかけた。
「えぇ」
彼女の返事はそれだけだった。
…………
濃霧の中で、姿が確認できる位置まで近付いても、ドラゴンは寝たままだ。
目を覚ます気配はない。
今一度、深く息を吸ってゆっくりと吐き出し、冷静にドラゴンを観察した。
全身は漆黒の鱗で覆われ、白い爪がよく目立つ。
翼は折り畳まれ、寝ているだけでもゴブリンとは比べ物にならないほどの威圧感があった。
ドラゴンは時折、低い呻き声にも似たいびきをかいている。
剣を構えたまま、じりじりと距離を詰める俺とマリアン。
「モンスターとは言え、寝込みを襲うだなんて何だか気が引けますわね」
マリアン、躊躇している余裕などないぞ。
俺は、先手を打つ覚悟を決めた。
俺は走り出し、ドラゴンとの距離を一気に詰めて行く。
「でやぁぁぁっ!!」
俺は跳躍し、大きく振りかぶった剣をドラゴンの首を目掛けて、振り下ろした。
——しかし、
カキンッ!!
「コイツ……硬すぎる!」
剣は堅い鱗に弾かれ、体勢を崩しつつも俺は岩場に着地した。
よろめきながらも、なんとかもう一度剣を構え直す。
突然の攻撃を受けて、異変に気付いたドラゴンは目を覚ました。
グルルル……
重低音の怒りとも取れる唸り声を上げながら、鋭い眼光で俺たちの方を見ていた。
「わたくしも加勢しますわ!」
マリアンは剣を握る手に力を込めて、走り出した。
「ここで、あなたの足を引っ張るわけにはいきませんわ!」
「ま、待て!」
俺が呼び止めるとほぼ同時に、ドラゴンは折り畳んでいた大きな翼を広げ、咆哮した。
「グォォォォォォッーー!!!」
咆哮は体の芯まで響き渡り、全身の筋肉が硬直する感覚に襲われた。
一瞬、動けなくなった俺に、翼を広げた勢いで弾丸のような風圧が直撃してきた。
ブワッ!
「くっ!」
情けないことに、俺は防御することも出来ず、吹き飛ばされてしまった。
「バカ!!! 何やってんのよ!!!!」
うわー!
男の俺が、お嬢様に怒鳴られた。
カッコ悪っ!
マリアンは、素早く防御の体勢に入っていた。
さすが!
俺が術を叩き込んだだけあるぜ。(自慢)
マリアンはすぐさま俺の前に立ち、低い姿勢で構えながら庇ってくれた。
あざーーっす。
幸いなことに、俺は上手く着地し、吹き飛ばされただけで怪我はなかった。
マリアンは体勢を立て直す。
すると、剣を握っている手と反対側の手が、眩い光に包まれていた。
なんじゃ、あれ。
いつの間にか、マリアンの手には小瓶が収まっている。
「皆さまに心配かけてしまったわね」
マリアンはつぶやいた。
それは、配信を見てくれているリスナーからのアイテムだった。
その小瓶には、何やら鮮やかな青色の澄んだ液体が入っている。
俺には、その小瓶の意味がすぐわかった。
回復薬だ。
「何ですの? これ。とりあえず、ポーチに閉まっておきましょ……」
マリアンは、空中で自分を映し続けているスマホの無事を確認しながら、小瓶をアイテムポーチに入れた。
いいけど、そこに入れたことを忘れるなよ。
俺たちは再び剣を構え直した。
しかし、ドラゴンは攻撃をしてくる訳でもなく、ただその場で威嚇するように唸るだけで、こちらを凝視していた。
「まるで、私たちの出方を伺っているかのようですわね」
「行けるか?」
俺は、ドラゴンから目を離さないようにしながら、マリアンに確認した。
「誰に向かって言っていますの? 行けるに決まっておりますわ。」
マリアンは強気で返してきた。
お互い、一瞬のアイコンタクトでタイミングを計る。
そして、今度は二人同時に走り出し、ドラゴンを左右から挟み込むようにした。
ドラゴンはどちらの攻撃に対応するか、迷っているようだ。
俺とマリアンを交互に見ながら、ドラゴンの足は全く動いていない。
その隙を俺は見逃さなかった。
一気に懐へと潜り込み、ドラゴンの腹部を切り上げる。
「はあぁっーー!」
不意を突かれたドラゴンは、大きな雄叫びを上げ前足であがいた。
剣で切り上げた勢いのまま、俺は後方へとジャンプした。
そのタイミングで、ドラゴンの攻撃範囲から大きく逸れるつもりだった。
瞬間、ギリギリ目の前を鋭い爪が、空を切って通り過ぎた。
あぶねー。
鱗のない唯一の弱点を突かれドラゴンは、再びグルルル……と低く唸った。
「ドラゴンってお腹が弱いんですのね!」
あのな、マリアン、こんな状況の中で、テンション高めの声でよく話せるな。
マリアンはドラゴンの弱点がわかり、目を輝かせていた。
「なんだか、その言い方は違う意味に聞こえるな。……下しやすい的な……」
「……え? 何かおっしゃいましたぁ?」
「いや、別に何も」
俺の発言など気にも留めない様子で、今度はマリアンがドラゴンの懐に踏み込んだ。
その瞬間、剣が眩い光の粒子に包まれて形を変えた。
「リスナーさんが、私の攻撃に合わせて、武器のギフトを投げてくれたようですわ!」
光が収まると、そこには柄と刀身の繋ぎ目に何かがついていているモノが……。
綺麗な刃文が目を惹く、美しい剣……?
あれ、日本刀じゃねぇか!
誰だ! マリアンに日本刀なんか投げたやつは!
「なんですのこれ、本当に剣ですの!? でも、信じるしかありませんわね!
でやぁぁぁぁーーーーですわぁ!!」
おいおい、日本刀で向かうのかよ。
嘘だろ。




