第49話 ドラゴンは寝ている
「おそらく“ヤツ”だ。どうやら寝ているようだな。」
マリアンの耳元でそうささやいた。
すると、マリアンの顔はみるみる赤くなって照れはじめた。
バカ! そういう意味でささやいたんじゃない。
今、ドラゴンを見つけたって言ってるだろ!
「準備をするので、少し待っていてくださいませ」
おい! おい!
何の準備だよ。まさかメイク直しじゃないだろうな。
マリアンは少し後ろに下がって、腰に付けているアイテムポーチから、
何やらゴソゴソと出そうとしていた。
何やってんだ。
そこから口紅とか出したら、俺は本気で怒るぞ。
俺は、ドラゴンの影を見つめて警戒を続けていた。
マリアンはまだ戻って来ない。
あ、もしかしてトイレとかか?
それならしょうがない。
レディの方を振り向いたらいけないってことか。
少しの間だけ、待ってやるか。
しばらくして、マリアンは戻って来たかと思うと、俺の耳元に顔を寄せてささやいてきた。
「すみません。三脚の使い方がわかりませんの」
うわっ!
俺はビクッとし、思わず耳を押さえて振り向いた。
耳は急所だ、やめろ!
「何がわからないって?」
俺はそう言いながらも、自分の顔が熱くなっていくのがわかった。
たぶん、今、俺、赤い。
「この間の配信で、『ゴブリン退治の時の失敗を考えると、大事な道具だよ』って、
リスナーさんが投げてくれたアイテムの三脚です。今さらなんですけど、使い方がわからないことに気付いちゃって……、ちゃんと使い方を聞いておけばよかったですわ」
「三脚? 要らないじゃん」
「どうして、そんな冷たいことをおっしゃいますの?」
「いや、だって、スマホに【追尾】機能がついているから。配信をスタートさせれば、いつでも動いているマリアンを自動的に映すんだよ」
「やだ! そうでしたの?」
「……ったく! さっき【追尾】の説明しただろ。なんも聞いてないのかよ」
今まで配信してきて、これだもの。
天然すぎないか、マリアン。
俺は空中からスマホを手元に引き寄せて、配信アプリを開いた。
マリアンがいつものツンデレに戻る。
「んもう! そんな不機嫌そうに眉をひそめなくたって……。でも、いつもと変わらない態度でよかったですわ。安心しちゃった」
それじゃまるで、俺がいつも不機嫌みたいな言い方じゃないか。
「ところで、あなたはわたくしと離れても平気なのかしら……もし負けてしまったら? その先はどうなさるおつもり?」
「その質問にはノーコメントだ。配信スタートしてもいいか?」
俺はまた、マリアンの質問はスルーした。
そして、マネージャーとして最後の配信メッセージを、リスナーに送った。
“いつもビビアンの部屋をご覧いただきありがとうございます。
本日で、この配信の最終回となります。
マリアンとわたくしマネージャー(モブ)は、現在、ドラゴンがいる山に来ています。
最後のバトルシーンをご覧いただければ幸いです。
また、皆様におかれましては、無理のない範囲で応援アイテムを投げてくださいますと、マリアンはきっと喜ぶと思います。
応援のほどよろしくお願いいたします”
スマホの【追尾】機能を確認し、配信開始のボタンを押した。
——配信スタート。
見慣れた配信の画面に切り替わるとほぼ同時に、リスナーさんが一人、また一人と入室してくる。
あっという間にランキングも上位に達し、画面はリスナーさんのコメントで埋め尽くされていった。
“応援しに来たよ!”
“よっ! 待ってましたぁ!”
“ビビアン今日も可愛いね”
“てか、ここどこ?”
“ビビアン、お疲れ様。いよいよ始まるね”
コメントを確認し、俺はマリアンにキューサインを送った。
マリアンはドラゴンに聞こえないよう、声を潜めながら話しはじめた。
「今、わたくしは、例のドラゴンが住み処にしている山にいますわ」
話の最中、画面を流れていくコメントの中に、
“大丈夫? 緊張してない?”
というコメントを見つけたマリアン。
マリアンは冒険者登録の時と同じように答えた。
「緊張? わたくしに、緊張なんて言葉はございませんわ!」
冒険者登録をしたばかりの頃のマリアンは、裏付けのない自信に満ち溢れていた。
しかし今のマリアンは、声が強張っている。
マリアンのカラ元気な様子が、背中で聞いている俺でもわかった。
「彼が、元いた世界に帰るために、今からドラゴンと戦いますの」
事情を知らないリスナーさんにも分かるように、マリアンは簡潔に説明していた。
急にそんなことを言われても、リスナーはさすがに困るだろう。
“ドラゴン!?”
“どうしてもなの?”
“やだよー!”
“なになに、どういうこと?”
案の定、配信画面は初めて事情を知ったリスナーさんの困惑するコメントでいっぱいになった。
その中、あるコメントが再び俺の心に突き刺さった。
“モブもマリアンも、本当にそれでいいの?”
画面を高速で流れるコメントの中で、その一言だけがやけにゆっくりと流れていくように感じた。
―いいはずねえだろ。だって、マリアンと別れるんだぞ。
そう言いたくなるのを、俺はグッと堪えた。
マリアンは、スマホのカメラを見つめ小さく頷き、口を開く。
「どうか、いつものようにわたくしを支えてください」
“もちろん!!”
“いつも最後まで見ているんだから!”
“今日だけは寝落ちしません”
“お前は常習犯だから信用できんww”
“言うなwwwwwwwww”
リスナーさんは、いつも通りに愉快なコメントを返してきてくれた。
それだけで、俺は元気が出てきた。
マリアンも、それは同じみたいだ。
「絶対に……勝ちますわよ!」
マリアンはカメラに向かってそう言い残し、リスナーさんに背を向けると、
俺の隣に戻って来て、ドラゴンと向かい合った。




