第48話 今ならまだ引き返せる
「……それで、そのドラゴンはどこにいますの?」
マリアンの前を歩く俺の背中に向かって、マリアンは無邪気に聞いてきた。
——ドラゴン。
俺にとって、ドラゴンといえばゲームや物語の中に登場する架空の存在だ。
強靭な身体と、大きな翼を有する空の覇者。
友好的だったり、お姫様を守ったり、はたまた革命軍のトップだったりする。
だが、マリアンのいるこの異世界で、ドラゴンは普通に実在している。
だから、マリアンは無邪気に『ドラゴンは……』なんて言えるんだ。
俺はスマホを取り出して、Siriに【ドラゴンを追尾】と伝えた。
それを見ていたマリアンは驚いて言った。
「今から、配信するんですか? こんな山の中で……あら、大変! メイクを直さなくては……」
「違う! 配信じゃない。スマホの【追尾】機能で、ドラゴンを探すんだ。このスマホの【追尾】機能は、もともとドラゴンを見つけるために授かったスキルだからな」
「あら、と言うことは、最初からスマホの【追尾】機能でドラゴンを探すのが本来の目的という意味なのかしら。転移して最初に出会った頃から、スマホで元居た世界に帰るつもりだったということ?」
「ああ、ごめんな。そういうことだ」
マリアンは、捨てられた子猫みたいな悲しそうな目で俺を見た。
俺はわざとそれに気が付かないふりをした。
騙したつもりはない。
今まで言う機会がなかっただけだ。
「ここを登った先、少し開けた場所に“ヤツ”はいるようだな」
マリアンを見向きもせずに、スマホが移動した先を見ながら俺は言った。
ここはオラエノ領にある有名な霊峰『シエロ』
目的のドラゴンの住処へ向かって、傾斜がきつくゴツゴツした岩場が続くこの山を、
かれこれ半日近くも歩いている。
マリアンは、きつくなっていく息を必死に潜めている。
たぶん、おれに心配をかけたくなくて、頑張って登っているのだろう。
そんなマリアンが健気でかわいいと、正直思う。
マリアンがもしも俺の彼女だったら、俺はどうするかな。
それでも、日本に帰りたいって思うかな。
もし俺の彼女だったら……
マリアンともっと一緒にてもいいかな。
それって、イチャラブ路線まっしぐらじゃん。
正直いうとそれも悪くない。
おっと、そうじゃない。
マリアンはオラエノ家を飛び出してきたとはいえ、伯爵令嬢であることに変わりはない。
俺なんか、クビになったし、配信だってマリアンのお陰で伸びているだけで、俺の実力じゃない。
身分に差がありすぎだろ。
どんなに好きでも、身分格差ってやつが邪魔をする。
どうあがいてみても、俺とマリアンをじゃ釣り合わない。
だから、俺はマリアンを諦めて日本に帰る。
マリアンだって、そのうちに別の貴族の男が出来て、さっさと結婚するかもしれない。
そのほうがマリアンだって幸せだろう。
で結局、考えた挙句の果てが、これ。
マリアンとの最後の冒険だ。
スマホに先導される形で、俺たちは山道を進んだ。
しばらくすると、山道は白い霧に覆われた。
霧のせいでスマホを見失いそうだ。
「……ストップ」
俺はそう言って歩みを止め、マリアンに制止の合図を送った。
マリアンの視線が、再び俺の背中へと向けられた。
白い霧が、足元の岩場さえも包み込もうとしている。
マリアンは、山の気候の変化に気づいて、怯えているように見えた。
彼女は、ゆっくりと深呼吸をして落ち着こうとしていた。
こんな山奥までお嬢様を歩かせるなんて、俺はどうかしているな。
俺はマリアンのためを思って、声をかけた。
「今ならまだ引き返せる」
「……はい? 今なんとおっしゃいましたの?」
「今度ばかりは本当に危険だ、これまで出会ったモンスターとは、ランクが違う。最悪、死ぬかもしれない」
俺は、真剣にマリアンのためを思ってそう伝えた。
「それはつまり、わたくしに“帰れ”ということかしら?」
マリアンは口調を強めて言い返してきた。
「……そうだ」
そんなことを言っている間にも、霧はどんどん濃くなり、視界を奪っていく。
「いいえ、お断り申し上げますわ。それに、今一人になる方がもっと危険じゃなくって? ただでさえ足場の悪い山を、霧が出てきた状態ですのよ。それを一人で山を下りろだなんて、それこそ自殺行為ですわ」
「確かに、それもそうか」
強気なお嬢様は、俺などお構いなしにどんどんと霧の先へと向った。
なんて、無謀で、強情で、気の強いお嬢様なんだ。
俺は足早にマリアンを追い越し、再び先導するように前を歩いた。
しかし、無情にも霧は【追尾】中のスマホを見えなくしてしまう。
このままでは、スマホを見失いそうだ。
スマホがまだ見えるうちに、回収したほうがいいかもしれない。
精神的にも肉体的にも疲労が溜まった頃だ。
「ここは無理をしないで、休憩しよう」
マリアンはほっとした顔で、腰を下ろせそうな空間をみつけて座り込んだ。
「もう脚がパンパンですわ~」
普段なら、ここでマリアンを元気づけたいところだが、俺も限界だった。
ただ、だまって座って霧が晴れるのを待っていた。
しばらく休憩していると、さっきよりは霧が薄くなった。
これなら先に進めるかもしれない。
出来れば、暗くなる前にドラゴンを見つけたいからな。
「ほら、もう行くぞ」
そう言い、俺は再び歩き始めた。
「なんでそんなに急ぐんです? そんなに早く帰りたいの? あなたの世界は、わたくしがいる世界よりも素敵なところなんですの?」
ごめん、マリアンその質問には答えられない。
それに今答えてしまったら、たぶん俺の決意が鈍る。
俺はひたすらスマホの行く先を目で追っていた。
またしばらく時間が経過すると、今度は今までの足場の悪い道とは様子の違う場所に出た。
霧の中でも分かるほど、大きく開けたその空間には傾斜がない。
しっかりと踏み固まった土になっていた。
そして少し先に、視界が悪くてもわかるほどの巨大な“影”を見つけた。
その影は、オラエノ邸ほど大きくないないが、荷馬車よりは大きいくらいか。
霧のせいで全容が見えないからか、得体の知れない恐怖で息が止まりそうになった。
「もしかしてあれが——」
不用心にもマリアンは声に出して驚いた。
すかさず俺は、しっ!と静かにするようにと促した。
俺は正面を見据えたまま、マリアンの真横までゆっくりと下がった。
「おそらく“ヤツ”だ。どうやら寝ているようだな。」
ついに、俺たちはドラゴンの姿を見つけた。




