第47話 閑話:セバスワルドの祈り
わたくしはいつものように日が昇る前に起き、支度を始める。
今日はマリアンお嬢様が、ついにドラゴンとの戦いに出向かれる日。
正直、わたくしは心配で仕方がない。
マリアンお嬢様がまだ幼い頃、アルケナと共に仕え始めた。
仕え始めの頃は、『主従など関係ない!』 とおっしゃって、アルケナとは姉妹のように接してくださった。
わたくしとも、まるで親子のように接してくれていたが、さすがに、それではよろしくないと説得し、最近ではお家のために直してくださった。
そのように、誰よりも周りをよく見て、思慮深いマリアンお嬢様。
わたくしも娘のように思っていた。
「娘…か……」
そんなことを人前で口に出すことなど出来ないが、仕事で忙しい旦那様の代わりになれれば…と思って、お育てしてきた。
「ふふっ…我ながらおこがましい考えだ」
しかし、実際に救われていたのは、わたくしの方だったのかもしれない。
素敵な方に仕えることが出来た。
こんなことが恩返しになるかはわからないが、戦いに関して何も出来ない分、道中で何があってもいいように念入りに準備だけはしておかなければ。
——屋敷前
「いってらっしゃいませ、お嬢様方。ご武運をお祈りしております」
アルケナに見送られ、モブさんとマリアンお嬢様、そしてわたくしは
馬車に乗り込み霊峰シエロへ向かった。
屋敷から馬車で一日かかるため、今日は麓の村まで行くことになっていた。
足を踏み入れるのは明日という話を、マリアンお嬢様から聞いている。
「お嬢様。本当にドラゴンと戦いに行かれるのですか?」
わたくしは、マリアンお嬢様に確認した。
「行かなければならない事情は、配信に立ち会っていたら、おわかりでしょう?
心配してくれるのは嬉しいですけど、これだけは譲れません」
彼女の強い決意の言葉の裏に、少しの迷いを感じた。
わたくしは、その隣に座るモブさんに向き直り、アドバイスした。
「モブさん、霊峰シエロは、天国まで続くかのように高くそびえ立つ霊峰です。
麓の村では神聖な山として祀られている反面、道は険しく毎年事故が起きていると、報告がある山です」
オラエノ領では常識だが、他国どころか異世界から来た彼が、こんな知識を持つはずがない。
迷いのあるマリアンお嬢様を守るためにも、危険な山であることを、伝えておく必要があると思い、あえて説明した。
「なるほど、そんな山なのか」
やはり、モブさんは知らなかったか。
いきなり決まった話だ。
調べる時間もなかったのだろう。
モブさんが使用人としてオラエノ家に来てから、彼がどのような人物なのか、わたくしは注意深く観察してきた。
ギルドでの仕事を副業としている事を、上に隠し通すのは正直大変だった。
しかし、仕事は丁寧で、やることはしっかりとこなす人物だということは、彼の言動を見てわかった。
クエストへ行く前日も、行く場所やそこに出現するモンスターについて、下調べをする勤勉さ。
約束も守る。
配信マネージャーとしての仕事ぶり。
そして何よりも、マリアンお嬢様が心を許している。
事実、モブさんが来る以前よりも、お嬢様の笑顔は日に日に増えていった。
それだけで信用に足る人物、と判断するには十分だ。
そんなモブさんが、今回だけ下調べもせずに来るはずがない。
マリアンお嬢様を死なせないために、二人で特訓でもしていたのだろうか。
自分の時間など、取れなかったのかもしれない。
「そうです、モブさん。しかし、モンスターはあまり出現せず、そういった面では安全なようですが」
マリアンお嬢様の笑顔が増えた。
そして今では、初めてご自分のために行動し、生き生きとした姿を見せてくれるようになった。
昔の彼女を知る者にとって、これ以上喜ばしいことはない。
わたくしは、そのきっかけとなったモブさんに感謝している。
彼は気に留めることもないだろうが、受けた恩に報いるためにも、精一杯協力をしようと、わたくしは心に誓った。
「モンスターが少ないなら、ドラゴンの索敵に専念できるな」
わたしとモブさんが、行先の霊峰シエロについて話している間じゅう、マリアンお嬢様は、ずっと窓の外を眺めて物思いにふけっていた。
「お嬢様」
「どうかしたの? セバスワルド」
ハッと気が付き、こちらに視線を向けるマリアンお嬢様。
「わたくしとアルケナは、どこまでもお嬢様について行きます。ですから……無事にお戻りください。そして……」
わたしは、改めてモブさんに向き直り
「お嬢様をどうかよろしく願いいたします」
そう伝え、わたくしは頭を下げた。
それに答えるかのように、モブさんは小さく頷いた。
馬車は三人を乗せ
霊峰の麓の村へと向かった。
――翌朝
「お二人とも、いってらっしゃいませ。お帰りをお待ちしております。ご武運を」
天高くそびえる霊峰シエロ。
その入り口で、わたくしは激励のつもりで、見送りの言葉をかけた。
二人は緊張した面持ちで頷き、山の奥へと進んで行った。
姿が見えなくなったところで、わたくしは村の宿屋へと戻った。
宿屋のベッドに腰かけ、自分を落ち着かせるように目を閉じた。
奥様が亡くなってから、お嬢様はどれだけのことを我慢してきたのだろう。
どれだけの重圧に耐えてきたのだろう。
強くあろうとし、厳しい英才教育に耐え、周りの期待にも応えようとして、弱音一つ溢さなかった。
泣き言も、子供らしい素振りも見せないで、いつも「周りが求める自分」を演じていらっしゃった。
わたくしの心配は変わらない。
やはり、お嬢様は優しすぎる。
「マリアンお嬢様は、昔から本当に頑張っておられました」
誰に聞かせるでもなく、わたくしはひとりぽつりと呟いた。
配信をするようになったお嬢様は、子供の頃の時間を取り戻すかのように、よく笑うようになった。
モブさんが、マリアンお嬢様を変えてくれたのだ。
そう気付くのに、時間はかからなかった。
「本当に感謝しております。お嬢様とともに無事にお帰りになられることを、心よりお待ちしております」
祈るように呟いた。
(セバスワルド……)
「お嬢様!!」
マリアンお嬢様の声が聞こえたような気がして
わたくしは立ち上がり声を上げた。
気付けば日は傾き、夜の帳が下りようとしていた。
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