98話 影無と姉妹
今回はアーシャ視点です。
お付き合い下さい
「アーシャさんこっちです!」
「ああ、早く案内しろ!」
夜中の旧居住区はほとんど人通りがなく、明かりも少ないため見通しも良くない。
そんな闇の中を、アタシは自警団の仲間とランプの灯りを頼りに走る。
そして数分後、前方に複数の灯りが見え始める。
アタシと同じ自警団の仲間達だ。
「みんな! アーシャさんを連れて来たぞ!」
何かを囲い警戒していた仲間達はアタシに気づくとホッとした表情を見せる。
「姉御! 来てくれたんですね!」
「当たり前だ! とにかく現場を見せろ!」
仲間の間を掻き分け、皆が囲っていた物をランプで照らす。
そこには……。
「っ……!!」
血生臭い臭いと、光で露わになった“それ”に背筋が冷え、思わず息を呑む。
今も地面を塗り潰している赤い液体に。
その上に横たわっているピクリともしない女性に。
胸に刻まれた、凄惨な深い傷に。
そう、それは紛れもない“死体”だった。
「チクショウ……!」
凄惨な殺人現場を目の当たりにし、怒りと悔しさの余り地面に拳を打ちつける。
だが、起きてしまった事は変えられない。
大きく息を吐き呼吸を整え、仲間たちの方を振り返る。
「お前達、発見時の状況を説明してくれ」
「はい、この女性は巡回中に発見し、既に息絶えてました。犯人、凶器共に不明です」
「……目撃者は?」
「いいえ……怪しい人物を見た者もおらず、それどころか被害者の悲鳴や騒ぎすら聞いた者がいなかったそうです」
「……また影無の仕業か?」
「恐らくは……」
「チクショウ!」
悔しさのあまり唇を噛み、血が滲み出る。
この事件は犯人が分からないまま通り魔事件として処理されるんだろう。
“いつも通り”に……。
……その後、遺体は町の兵士によって処理された。
奴等は旧居住区には手が回らず、代わりにアタシ達自警団が巡回している。
その中で起きた事件だ、職務怠慢だと言われても何も反論が出来ない。
……だが、兵士達はアタシ達を責める事はしなかった。
何故なら……同じ悔しさを持つ者同士だからだ。
「……そろそろ帰らねぇとな」
また何も出来なかった。
その事実に無力感を感じながらも仲間と別れ、暗闇の中ランプの灯りを頼りに帰路に着く。
事件が起きたと聞いて飛び出したのは、ダンジョンから帰って来たエレン達の冒険譚を聞いている途中だった。
余計な心配をさせたかもしれねぇ。
焦りから次第に足が速くなっていく。
その時、前から同じくランプを持った誰かが近づいてくる。
ぼんやりと光で映し出されていたのは……妹のカーシャだった。
「カーシャ……こんな時間に一人でどうした?」
「さっきこの近くで殺人事件が起きたって聞いてね、心配で様子を見に来たのよ。……それにしても元気がないね。もしかして……また『影無』の仕業?」
意気消沈してるアタシの様子を見て、ある程度察したらしい。
「……ああ、恐らくな」
影無。
それはヴェインに何年も前から存在が噂されている無差別殺人鬼だ。
誰を狙うかも、どの場所で犯行が行われるかもわかっていない。
だが一つ共通するのは、一切の痕跡を残さない事だ。
自警団が目を光らせ、兵士が町を巡回し、ボディーガードをつけていようとも影無には関係ない。
影無の凶刃は誰もが気づく事なく襲い掛かり、瞬時にその姿を消す。
まるで、最初から存在しなかったかのように。
「……カーシャ、お前も捜査を手伝っちゃくれねぇか? このままやつに好き勝手させるわけにはいかねぇ」
「アタイが手伝ったって何も出来ないでしょう? それに、アタイはこの町のためにダンジョンで稼がなきゃ行けないからね。そんな暇は無いよ」
「……そうか」
これはカーシャが冷たいわけじゃない。
存在するかも分からない相手に出来る事はないと分かっているからだ。
「すまねぇ、お前だって忙しいのにな。気が滅入って変な事言っちまった」
素直に頭を下げる。
「いいよ姉さん。にしても、人手が足りないのなら姉さんのとこに居候している彼女達に頼んでみたらどう?」
「……何言ってんだ。この事件にあいつらは関係ないだろう?」
アタシの家に居候しているエレン、アルテナ、ミラの三人。
確かに頼めば手を貸してくれるかもしれねぇ。
だが、これはヴェインに住む自分達の問題だ。
よそ者であるあいつらの手を借りるわけにはいかねぇ。
「それに、あいつらだってそんな暇はねぇよ。ダンジョン攻略があるんだからな」
「いや、あいつらにはもう攻略は無理だと思うよ。足手纏いがいるからね」
「足手纏いだと?」
顎に手を乗せ、カーシャの言葉の意味を考える。
そして、脳裏に浮かんだのは。
「……まさかエレンの事か?」
「なんだ、姉さんもわかってるんじゃない」
カーシャの言うことは理解できる。
あいつは一目見た時から体を鍛えてないことがわかっていた。
後衛で戦う魔法使いの方がまだマシというレベルだ。
「……今日あいつらから聞いたが、ダンジョンでお前と会ったんだってな。まさかその言葉、エレンに言ったのか?」
「ええ、ついでにアルテナとミラを紅蓮の鉄槌に勧誘したんだけど、断られちゃったよ。全く、惜しいったらありゃしな……!?」
怒りが爆発した。
無意識にランプの持ち手部分を握りつぶし、ランプが地面に落ちガチャンッと音を立てる。
だがそんな事はどうでもいい。
カーシャを睨みつけながら無言で近づき、胸ぐらを掴んだ。
「カーシャ……!! テメェ夫の恩人に何してやがるんだ!!!」
そう言い放つが、カーシャはこの程度で動じるやつじゃない。
冷静な顔で言葉を返してくる。
「何よ姉さん、アタイが悪意を持って足手纏いなんて言ったと思ってるの?」
「いや、テメェの事だ。寧ろ良かれと思って言ったんだろう。アタシが怒っているのはそこじゃねぇ。……なんで勧誘なんて真似しやがったんだ……!?」
「……一旦離してよ」
胸ぐらを掴む手をカーシャは強引に振り払う。
そしてため息をつきながら……。
「……はぁ。姉さん、ダンジョンは仲良しごっこで攻略出来る場所じゃない。アタイは何回も見て来たよ、弱い仲間のせいでパーティが瓦解したり、最悪全滅するところもね。あの子達にそんな轍を踏んでほしくないし、だからと言って優秀な人材を放っていくのも惜しい。だから勧誘したのよ。あの子達にパーティを考え直す機会を与えるためにね。……何か間違ったこと言ってる?」
カーシャの紡ぐ言葉に一瞬黙る。
確かにダンジョンは危険な場所だ。
その上、そんな場所で日々活動している冒険者としての意見だ。
アタシが何を言ったところでカーシャの考えは覆らないだろう。
……いや、そもそもそれはアタシの役目じゃないな。
「カーシャ、確かにお前のいうことは正しいぜ。たった一つの間違いを除けばな」
「何よ? その間違いって?」
「ま、いずれ分かるだろうぜ。じゃあアタシはこの辺でな」
ずいぶん帰るのが遅くなった。
カーシャの横を通り過ぎ、再び家へ帰るため歩を進める。
ランプは壊れたが、この辺の地理はよくわかっている。
暗闇でも家まで辿り着くのは問題ないだろう。
「ちょっと姉さん! 答えを教えなよ!」
「いずれわかるっつってんだろ! またな!」
振り返らずに手を振ってそう答える。
これは自分の口からいう事じゃない。
エレン、お前が証明して見せろ。
自分は決して弱くないってな。
次回はまたコメディに戻ります




