94話 命をかけた鬼ごっこ
91話で、洞窟には光苔のようなものが生えていて辺りを淡く照らしているという描写を追加しました。
ダンジョンに入ってからおよそ五日。
辛い野営や魔物との戦いを乗り切って、とうとう転移陣がある十五層に私達は辿り着いていた。
後もう少し……と思いながらダンジョンの通路を進んでいると、もう何回遭遇したか分からないクリスタルゴーレムの軍団が私達の前に現れる。
「ミラ、行くわよ! エレン、サポート頼んだからね!」
「ええ」
「うん!」
アルテナは赤の剣イグニス、黒の剣アビスからなる双剣を、ミラは青いメタリックなハンマー、オーガブレイカーを手にゴーレム達に突っ込む。
それに反応したゴーレム達は、ドシンドシンと走りだしながら拳を構える。
「悪いけど、その拳は振らせないわよ。『氷弾』」
氷の魔法をゴーレム達の足元に撃ち込み、地面を凍らせる。
ゴーレム達は凍った地面にツルっと足を取られ、ガシャン! っと音を出しながら思いっきり転ぶ。
よし、これでもう隙だらけ。
「えーい!!」
「喰らいなさい!『ブレイズ・カッター』」!
転んで何も出来ないゴーレム達に向かって、ミラがハンマーを振り下ろし、アルテナは炎を宿した双剣でゴーレム達を切断していく。
最初に遭遇した時は斬れなかったゴーレムだが、魔法を宿すことで斬れるようになっていた。
その後も、私がクリスタルゴーレムの足止めをし、そこをミラが粉砕、アルテナがバラバラに斬り刻んでいき、無事全滅させる事に成功した。
「ふ、あたし達に勝とうなんて百年早いわ! はーっはっはっはっは!」
「はいはい、良かったわね」
「ミラも頑張ったよ!」
「ええ、良くやったわねミラ。じゃあゴーレムの残骸を回収してくれる?」
「うんっ」
アルテナがクリスタルゴーレムの残骸を踏みつけながら高笑いするのを軽く流し、笑顔で戻って来たミラの頭を撫でた後、残骸を収納してもらう。
ここまで来るのに大量の鉱石とクリスタルゴーレムを収納できた。
全部買い取って貰えば、しばらく生活に困らない金額となるに違いない。
ギルドの査定が楽しみだと思っていたその時……。
「……? アルテナ、ミラ。何かが近づいて……」
「に、逃げろーーー!!」
「た、助けてくれーー!!」
探知魔法に反応があったかと思うと、冒険者達が叫び声を上げながら全速力で私達の間を突っ切っていく。
「何かしら? 何だか既視感……が……」
その時、冒険者が逃げて来た方向から巨大な反応が急速に近づいて来る事に気づく。
……こ、これは……!?
「ふ、強い魔物にでも追われていたのかしら? ここはあたしが返り討ちに……」
「……アルテナ! 喋ってる場合じゃないわ! 今すぐ逃げるわよ!」
「え?」
「良いから早く! ミラも急いで!」
「う、うん!」
ミラを連れて慌てて走り出す私を見て、ポカンと立ち尽くすアルテナ。
「ちょっと、一体どうし……」
「ギャォオオオオオオオ!!!!」
ゴゴゴゴゴ!! という地面の激しい揺れと同時に、巨大な咆哮が鳴り響く。
アルテナが異変に気付き振り向くと、そこには通路を埋め尽くす巨大なトカゲのような魔物が、黒い岩のようなウロコを壁に擦り付けながら突進して来る。その背には、不気味に輝く魔石が背びれのように存在していた。
「ぎゃぁあああああ!?」
アルテナは悲鳴をあげると全力疾走で逃げ始め、先に逃げた私たちに追いつく。
「こ、怖い……!」
「何なのよあの巨大な魔物は!?」
「ちょっと待って、確かマニュアルにこんな魔物の記述があった気が……思い出したわ! あいつはラディアドレイクよ!」
「どんな魔物なのよ!?」
「ブルーオーガと同じで稀に出現する、このエリア最強の魔物よ! とにかく今は逃げましょう! 通路じゃ勝ち目がないわ!」
追い付かれたらお終いだ。
だが、解決策はある。
それは……。
「二人とも! この先通路が分かれてるわ! 冒険者達とは違う道に行くのよ!」
「ええ!」
「うん!」
私の言葉に二人は頷く。
あの魔物が追っているのはさっきの冒険者だ。
つまり、違う方向に逃げてしまえばひとまず逃げられるはず。
そして、私達の前を逃げる冒険者達は、前と左に分かれている通路をそのまま曲がらずに直進した。
それを見た私達は左に曲がる。
これで大丈夫……と思った矢先、ラディアドレイクはそのまま直進せず、何と私たちの方向へ進路を変え、突っ込んできた。
「ちょっと!? 何であいつこっちに向かってくんのよ!?」
「もう……! 完全にターゲットをこちらに変えたみたいね……! こうなったら広い場所に出るまで逃げるわよ!」
冒険者達にその気はなかっただろうが、結果的に完全に魔物をなすりつけられてしまった。
一応逃げながら魔導銃を撃ってみるが、硬い肌に弾かれダメージを与えられない。
やっぱり逃げるしか……そう思った時、アルテナが急に立ち止まり、ラディアドレイクの方に振り返る。
「アルテナ!? 何のつもり!?」
「ふん、逃げるなんてあたしの趣味じゃないわ! 来なさいデスサイズ!」
アルテナはデスサイズを出現させ、両手で構えラディアドレイクと対峙する。
「アルテナ! この狭い空間じゃデスサイズは……!」
「あいつに向かって振るだけなら大丈夫よ! ミラ、あんたの力も貸してちょうだい!」
「う、うん! わかったアルテナ様!」
呼びかけに応じ、ミラもオーガブレイカーを持ってアルテナの横に立つ。
確かに二人の攻撃なら倒せるかもしれない。
ラディアドレイクもこの狭い通路では攻撃を避けることはできないだろう。
それに、アルテナにはあのスキルがある。
「行くわよ! 邪眼『麻痺の邪眼』!」
『ギャッ!?』
ラディアドレイクがアルテナの邪眼により動きを封じられる。
一瞬でも視界から外すと効果が切れるデメリットはあるが、それを抜いても便利なスキルだ。
「ふ、これで隙だらけになったわね! ミラ! 同時攻撃で一気に倒すわよ!」
「うん! 攻撃ー!」
アルテナとミラが武器を構え、ラディアドレイクに攻撃を仕掛ける。
決まった……!
そう思った時だった。
「ギャォオオオオオオオ!!!!!」
ラディアドレイクが力づくで麻痺の呪縛を解き、口を大きく開け強力な咆哮を放つ。
「な!?」
「うわー!?」
耳がどうになりそうなほどの爆音と強力な風圧で、近くにいたアルテナとミラが大きく吹き飛ばされる。
私も吹き飛ばされ、地面に転がりながらも何とか起き上がると、ラディアドレイクが口を再び大きく開け、背びれの魔石を不気味に輝かせているのが見えた。
とてつもなく嫌な予感に背筋が凍った私は、その瞬間魔導銃を抜き、光の弾丸をラディアドレイクに向けて撃ち込んだ。
『閃光弾!」
強力な閃光による目潰しがラディアドレイクを襲う。
『ギャォオオオオ!?』
洞窟という暗い場所に住んでたせいか、光には弱かったらしく予想以上にラディアドレイクは大きく怯み、背びれから輝きが失われる。
恐らくブレスか何かを吐こうとしていたに違いない。
何とか攻撃を中断できたが、安堵する暇はない。
「今のうちよ! 急いで!」
「……ちっ! 仕方ないわ!」
「う、うん!」
恐らく二度は通じない。
逃げ場がないこの状況でブレスを吐かれたら終わりだ。
急いで二人を起こし、再び走り出す。
「ギャオオオオオオオ!!」
ラディアドレイクも怯みから回復し、雄叫びを上げながら再び追いかけて来る。
更に、さっきので逆上したらしく、ブレスを吐いてこようとはしないがスピードが更に上がっている。
一瞬でも気を抜いたら、すぐ追いつかれて八つ裂きにされてしまう。
そして、命をかけた鬼ごっこしばらく続けた後、通路の終わりが視界に入って来る。
「エレン! ミラ! 後もう少しよ!」
「うん!」
「そうね、後もうすこ……し……」
その時だった。
急に足の感覚がなくなり、まるでスローモーションになったかのように膝から体が倒れていく。
その瞬間、何が起こったか分からず私は頭が真っ白になった。
「エレン!?」
「エレン様!?」
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
地面に崩れ落ちた私は、激しく息を切らしていた。
胸が焼けるように熱い。
膝がガクガク震え止まらない。
そこで私はようやく気づいた。
体力が切れた事に。
「こんな……ところで……」
嫌だ、死にたくない。
でも、体が言う事を聞かない。
振り返ると、ラディアドレイクはすぐそこまで迫っていた。
絶望が私を襲い、頭の中を走馬灯が走ろうとしたその時だった。
「邪眼!『麻痺の邪眼』!」
アルテナが引き返し、邪眼で動きを封じながら私の体を背負う。
ラディアドレイクは一瞬で麻痺を解き、私に向かって巨大な足を叩きつけて来るが、その瞬間アルテナが前に向かって跳躍。
足の攻撃をギリギリ避けることに成功し、その場から脱出した。
「アルテナ!? 何で……!?」
「ふん、従者を助けるのは主人として当たり前でしょうが!」
そう言って私を背負いながらアルテナは走る。
全く……こいつは……!
「いつもはポンコツな癖に、こういう時だけかっこいいんだから……!」
「そんな言葉言えるくらいなら大丈夫そうね! ミラ、エレンは助けたわ! 急ぐわよ!」
「う、うん!」
私の無事を確認して安心したミラと一緒に、全速力で通路の先へ逃げる。
そして、とうとう通路を抜けることに成功する。
「はぁ、はぁ……。やっと通路を抜けたわ!」
「アルテナ! 油断しないで!」
通路を抜けた事で、一瞬気を抜を抜いてしまったアルテナへ、同じく通路を抜けたラディアドレイクの足が上から襲いかかる。
「やば!?」
「エレン様! アルテナ様!」
ミラが足を受け止めるため、私とアルテナの前に出たその時。
「させるかぁ!!」
誰かの声が響いた後、ヒュンッという音と共に、鎖で繋がれた何かがラディアドレイクの横っ腹にぶち当たる。
「ギャォオオオオオオオ!?」
ガラガラと岩が砕けるような音を出しながら、ラディアドレイクの巨体が横に吹き飛ばされるも、すぐに体制を立て直し、攻撃を仕掛けた相手をそのギロッとした目で睨みつける。
「へぇ、頑丈じゃない。このエリアで一番強いってのは伊達じゃないわね」
じゃらじゃらと音が鳴る鎖を鎖を引っ張り、繋がれていた“鉄球”を自分の手元に戻すその人物は、私が知っている誰かに似ていた。
赤い燃えるような髪をした男勝りの女性……。
「あ、アーシャさん……?」
困惑しながら名前を呼ぶと、その人物はこちらを見て名乗った。
「違うね、アタイはカーシャ。アーシャの妹よ」
今回もまた文字数が長くなってしまいました。




