7 異世界初日の終わり
アルテナが騙されてからしばらくして、目的地である街が見えてきた。
日が傾きかけていたので私達は安堵する。
「これなら日が暮れる前に到着出来そうですね」
「エレン様とアルテナ様のお陰です。本当にありがとうございます」
マリンとコーラルにそう言われ、私は少し照れてしまう。(何もしてないけど)
「いえ、そもそも私は何もしてませんからお礼なんて言わないでください」
「あの……そんな堅苦しい喋り方はなさらないでください。私達の仲ではないですか」
私たちの仲ってなんだろう? この子の将来が心配になる。
「じゃあ普通に話すわね、後一つ聞いていい? その……マリンの……」
「エレン殿、言いたいことはわかります。お嬢様の頭についてですね」
「……ええ」
私が言いづらかった事をコーラルが代わりに切り出してくれた。
「それならばご安心下さい。お屋敷に回復魔法を得意としたものがいますので」
「回復魔法で髪も生えるの?」
「はい、問題ありません」
「それなら良かったわ」
私は心底安心した。マリンが気にしなくても家族など他のものはそうもいかない。最悪処刑されるかもと思っていたからだ。今だけはご都合主義な展開に感謝する。
「それにしてはコーラル、あなた結構ショックを受けていたように見えたけど?」
「治るとはいえあのようなお嬢様の姿を見て平気でいられると思いますか?」
「全面的にごめんなさい」
深々と頭を下げる。そうしているうちに街がもう目の前というというところまで来ていた。
街の周りは城壁に囲まれていて、大きな門の前に門番が二人立っている。……そして何故か慌てている……どうしたのだろう?
「着きましたよエレン殿。ここがクリス家が治める街『ルベライト』です」
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俺はガイル。ルベライト南門の守りを任されいる守備隊長だ。今の俺は心穏やかではない。本日お帰りになられる予定のマリン様がまだご到着されていないからだ。俺はどうしようもない不安に駆られる。
「まさか何かあったのでは……」
マリン様が通られる道には賊もおらず弱い魔物しかいないはずだ。警護をしているコーラルなら何も問題はないはずなのだが……。
「魔物の大量発生でもあったのか?もしや“あれ”が原因で……」
「隊長!」
勢いよくドアを開け部下が部屋に入って来る。何やら慌てているが緊急事態か? く、どうしてこんな時に!
「どうした、一体何があった?」
「妙な連中が門に近づいてきました!」
「何だと? 一体どういう奴らだ?」
「それが……その……説明しづらいので直接見ていただけませんか?」
「は?」
俺は部下を連れ門の前へ行く。すると確かに妙な連中が門に近づいて来るのが見えた。
「な、何だあれは?」
近づいてきたのは馬車と馬を連れた騎士の風貌をした女性だった。いやそれはいい。だが何だあの馬車は? 襲撃や事故に遭い傷ついた物なら特に珍しくもない。しかし上半分が最初からなかったかのように無くなっているじゃないか。そして何故それを少女が引っ張っているのだ?疲労のせいか顔色がとてつもなく悪い。奴隷だとしても扱いが悪すぎる。
「ん?あれはまさかコーラルか?」
よく見たら知った顔だ。という事は馬車に乗っているのはマリン様か。布を被っておられるがまさかお怪我でもなされたのだろうか? もう一人の黒髪と馬車を引いてる金髪の奴は知らん顔だが。
「ガイル隊長。ただいま戻りました。」
「やはりコーラルか、マリン様は大丈夫なのか?」
「はい、大丈夫です。それよりもすぐ変わりの馬車を用意してもらえませんか。今すぐにお願いします」
「あ、ああ。それは構わんのだが一体これはどういう状況……」
「後で説明します。それと彼女たちは恩人です、門を通して構いません。それよりも早く馬車を」
「わ、わかった。おい、馬車を呼べ」
コーラルから今までにない圧力を感じた俺は言われた通りにする。正直問い詰めたいが知ってはいけない事なのだろうか? 見慣れぬ二人も気になるが恩人だというし疑うのは失礼だろう。そもそも馬車を引いてる奴が本当にヤバそうだ。俺は黙って通す事にした。
無事にルベライトの街に到着したエレン達。手配してもらった馬車も到着し四人は別れようとしていた。
「ではエレン殿、アルテナ殿。我々は屋敷へ戻るのでこれにて」
「ええ、ここまで助かったわ」
「いえ、助かったのはこちらです。後これを渡しておきます」
コーラルは膨らんだ袋を手渡してくれる。その中には貨幣らしき物が多く入っていた。
「これはお金? いいの? こっちも迷惑をかけと思うけど」
「いえ、私一人であったらゴブリンを倒せてもその後動けなかったでしょう。ぜひ受け取ってください」
「分かったわ。それじゃあ受け取らせてもらうわね」
私はせっかくの好意に甘える事にした。そもそも無一文だったし素直に助かる。
「ではお嬢様、馬車にお乗り下さい。お嬢様?」
「アルテナ様、大丈夫ですか?」
「これが……はぁはぁ、大丈夫に……はぁはぁ、見えるわけ……?」
マリンのそばにはボロ雑巾になったアルテナが倒れていた。マリンはしゃがんで心配そうにアルテナに声をかけている。
「アルテナ様……こんな姿になってまで私達のために……アルテナ様のように強くて慈愛に満ちた方を見たことがありませんわ……うう……」
「ちょ、いきなり泣き出すんじゃないわよ……」
アルテナに対する感謝の心から涙を流す天使、いやマリンに困惑するアルテナ。そんな場面を見た私とコーラルは若干引いていた。
(ねぇ? あれ狙ってやってるの?)
(いえ、信じられないでしょうがお嬢様は本当に心から泣かれているのです)
(貴族のお嬢様でしょ?もっと現実を教えた方がいいわよ)
(それはそうなのですが……あの純粋さが失われると思うと……)
(……確かに言いにくいわね……)
私はますますマリンの将来が心配になってきた。
「お嬢様、そろそろ行かなくては……あまり今のお姿を見られるのも困りますのでお早く」
「……わかりましたわ。エレン様、アルテナ様、名残惜しいですが私達は屋敷に戻ります。今日は本当にありがとうございました。」
「ええ、また会いましょう」
そのやり取りを最後にマリンとコーラルは馬車に乗った。そして馬車が走り出した直後、マリンが窓から顔を出して手を振る。
「エレン様ー! アルテナ様ー! 絶対またお会いしましょうねー!」
「お嬢様! 窓から顔を出さないでください! 頭の布が外れます!」
私は愉快なやりとりをしている二人を見えなくなるまで見送る。正直に言うと少し寂しかったが気持ちを切り替えないと。
「さて、もう夕暮れ時だし宿を取りに行くわよアルテナ……アルテナ?」
「…………」
……アルテナはぴくりとも動かない。
「……さようならアルテナ、短い付き合いだったけどあんたの事……全然好きじゃなかったわ」
「何ですって!?」
「元気じゃないの」
その後、倒れたアルテナを肩に背負い何とか宿を見つける。部屋で落ち着ける頃にはすっかり夜が更けていた。
「ふぅ……今日は本当に疲れたわ……」
「私ほどじゃないでしょ絶対……」
「良かったじゃない。異世界冒険を早速満喫できて」
「馬車を引くのは満喫したとは言えないわよ……」
ピクピクしながらベットに倒れ込んでいるアルテナ。その姿を見た私も今日は眠る事にした。
「じゃあ私は寝るから……明日は色々やることがあるから寝坊するんじゃないわよ」
「当たり前よ……あんたも寝坊すんじゃないわよ、明日は冒険者ギルドに行って冒険者登録するんだから……ガクッ」
「私は冒険者になる気はないわよ。もう聞こえないだろうけどおやすみ」
アルテナが力尽きたようなので私も目を瞑った。すると今日の出来事が瞼の裏に浮かんでくる。
(今日は本当に色々あったわね……いきなり変な女神に召喚されて……異世界に行くハメになって、マリン達と出会って……)
今日のことを思い出すうちにどんどん眠気が増してくる。
(絶対この世界を無事に生き抜いて……帰ってやるんだから……)
そう決心しながら私は眠りについた。
この時の私は知らなかった。明日、更なる厄介ごとが私に降りかかってくる事に……。




