42 エレン、山賊にお礼を言う
山賊を倒した私とアルテナ。
私は商人の介抱に、アルテナは山賊を縛り上げるため二手に分かれた。
ひとまず私は傷を負い倒れていた商人の所に駆け寄る。
「大丈夫?」
「は、はい……傷はそこまで深くないので……。あの、助けて頂いて本当にありがとうございます」
「どういたしまして。とりあえず傷を治しましょう」
「荷馬車の中にポーションがあった筈です。それを持って来ていただけますか?」
「いえ、その必要は無いわ」
私は魔導銃を商人に向ける。
「え? な、何を!?」
「動かないで、『ヒール』」
弾にヒールの魔法を込め、商人に撃った。
弾が当たると、商人のお腹の傷が癒えていく。
「き、傷が消えた……」
「どう? 立てる?」
「あ、ありがとうございます。あの……治療代は?」
「治療代? 私が勝手にやった事だから良いわよ」
私の手を取り、商人が立ち上がる。
「私はエレン、冒険者よ。あなたは?」
「私はカルロと言います。この先にあるヴェインで雑貨屋をやっています」
カルロさんは、外見は茶色の髪をした三十歳ほどの男性だった。
自己紹介が終わったので、私は疑問に思ったことを聞いてみる。
「見た所護衛がいない様だけどどうして?」
戦う力がない者が旅する時は、基本冒険者などに護衛を頼むのが普通だった筈。
「この道は魔物も少なく山賊と出会った事も一度もなかったので……無駄に護衛料を払うのが惜しくなりまして」
「はぁ……それは護衛がいたから手を出してこなかっただけよ。いなければ狙われるのは当然だわ」
これは異世界だけじゃなく、地球でも当たり前の一般常識だ。
防犯設備に例えればわかりやすいだろう。
「はい……今回の事で身に染みてわかりました……」
「まあ分かったなら良いわ。ところで傷の方は大丈夫? まだ痛む所は無い?」
「はい、お陰様で。それにしても凄いですね、山賊との戦いで魔法を使っているのを見ましたが、まさか回復魔法まで使えるなんて……」
「大した事じゃ無いわ」
「いや、十分大した事ですよ! おまけに無詠唱だなんて……きっとすごい魔法スキルをお持ちなんでしょうね」
カルロさんの中で、どんどん私が優秀な魔法使いというイメージが構築されていく。
次に、カルロさんは私の腰につけた魔導銃に視線を向ける。
「ちなみにその武器はなんですか? 魔道具の一種だということがわかるのですが」
「これは魔導銃っていう魔法を撃ち出す魔道具よ」
「ほう……魔法を放つということは、杖の一種という事ですか?」
「え? 杖?」
一瞬何を言ってるか分からなくなる。
けれど、よく考えたらこの世界には銃という概念が無いのだった。
知らない人からすれば、魔導銃が武器かどうかすら分からないだろう。
よし、ここで私が考えた“設定”を試させてもらおう。
「カルロさん。実は私のスキルは器用になれるってだけで、魔法スキルを持ってないし、魔力も無いのよ」
カルロさんの顔が驚きの表情に変わる。
「え? でも魔法を使っていらっしゃいましたよね?」
「魔導銃はね、魔法がない人でも魔法を使いこなすことが出来る魔道具なのよ」
「えー!? そんな魔道具が存在するんですか!?」
うん、驚くのも無理はない。
そんな万能な魔道具があれば苦労はしないからだ。
私は説明を続ける。
「ただ、魔導銃はとても扱いが難しいうえに使いこなせなかったらヤバいことになるわ。私は技術が上がるスキルを持ってたから大丈夫だったけど……」
「え……使いこなせなかった人はどうなったんですか?」
「……悲惨な末路を辿ったとだけ言っておくわ」
カルロさんは絶句してしまった。
少し大袈裟に話しすぎたかもしれない。
でも納得してくれた様だ、大成功である。
これが私が考えた設定。
技術があればスキルがなくても魔法を使えますと言えば、この世界の常識が変わってしまう。
だから全部魔導銃のおかげということにしたのだ。
ヒールを魔導銃で使ったのもこのためである。
まあ何も嘘はついていないので、特に問題はない。
「あれ? でも斧を防いだ時は魔道具を使っていなかった気がするのですが」
「それはこれのおかげよ」
私は左手の中指に付けた指輪を見せる。
「これも魔道具で、使うとシールドを張れるのよ」
「ほう……これも魔道具なのですか。ただの指輪に見えますが……」
「ほら、そんなことより、これからどうするか考えましょう?」
シールドの件は魔導銃で誤魔化せなかったので、安物の指輪を用意して、魔道具という事にしたのだ。
これは完全に嘘なので、バレないうちにさっさと話を逸らす。
「そうですね、まずは荷馬車をどうにかしたいのですが……馬が殺されてしまった以上諦めるしか無いですかね……」
「商品を運んでるんでしょう? 諦めていいの?」
「ヴェインまでまだかなり距離があります。引く方法がない以上諦めるしかないでしょう。命の方が大事ですから……」
そうは言ってるものの、カルロさんはとても残念そうに荷馬車を見ている。
うん、丁度よく行き先が同じヴェインで、私は荷馬車を引く方法も考えついている。
カルロさんと一緒に行けば解決するだろう。
そう思っていると、アルテナがこっちにやってきた。
「エレン、山賊全員縛り付けてきたわよー」
「ありがとう。アルテナ、カルロさん目的地が同じみたいだから、一緒にヴェインまで行こうと思うんだけどいい?」
「あたしは構わないわよ」
「エレンさん、ありがとうございます」
「ついでに荷馬車も一緒に運んじゃいましょう」
「え、でもどうやって運ぶのですか?」
「アルテナが引いて行くから問題ないわ」」
「ええ、あたしにドンと任せておきな……ってちょっと待てー!! なに自然にあたしが引く事になってんのよ!? 車で引けばいいでしょ!?」
「……そう言えばそうだったわね」
どうにもアルテナが馬車を引くイメージが離れない。
以前アルテナのゴーレムを作ったのがいけなかったんだろうか?
……まあ別にいいか、なにも問題はないし。
「後の問題は山賊よね、ここに放って置くわけにもいかないし、どうすればいいと思う?」
「そうですね、山賊は基本その場で殺すか、犯罪奴隷として売るかですが……」
私の質問にカルロさんが答えてくれるが、どっちもかなり非人道的だ。
そんな事をして大丈夫なのかと思ったが、山賊の末路は基本その二つらしい。
山賊は殺しても罪に問われないし、町の兵士に引き渡せば奴隷として合法的に買い取ってくれるそうだ。
その後は、刑務所の様な場所で厳しい強制労働が待っているという。
「流石に殺すのは可哀想だし……アルテナ、町の兵士に引き渡そうと思うんだけどいい?」
「そうね、欠陥親父にカモられたせいで金が無くなっちゃったし」
「カモられたわけじゃないでしょう? じゃあそういう事で良いわね」
話し合いを終えると、私達はまず車と荷馬車をロープで結び、町まで牽引できる様にした。
その後、縛り上げられた山賊達を起こして町まで行く事を説明する。
「傷が痛くて動けねぇ」とか言っていたので、ヒールで全員回復してやった。
これで問題ないだろう。
最後に山賊一人一人をロープで繋ぎ、一人で逃げられない様にする。
これで準備は完了だ。
私は車を操作して荷馬車を引き、アルテナはロープを持って山賊を連れて行くという
役割分担となった。
カルロさんは傷が治ったばかりなので、安静にする為助手席に乗せる。
「さて、カルロさん。引っ張れるかテストするから立たないでね。
「あ、はい」
私は車を動かす魔力をマナから集め、車を動かしてみる。
荷馬車は重くて、最初は動かすのに力が必要だったが、一回動き出せばそれほどの力を必要とせず動かすことができた。
スピードは落ちそうだが、これなら大丈夫だろう。
まあ荷馬車の車輪は速いスピードには耐えられないだろうから、ゆっくり行くつもりだが。
「うん、これなら問題はないわね。町まで牽引出来そうだわ」
「凄いですね、こんな魔道具も持っているなんて……」
「あ、これは魔道具じゃなくて、魔法で作ったゴーレムの一種よ」
「え!? す、凄いですね……こんなものまで作れるなんて……」
「ありがとう、あとはアルテナの準備が終われば出発……」
「あんた達! 言うこと聞きなさいよ!」
外からアルテナの怒る声が聞こえてくる。
何かあったのだろうか?
私は車を降り様子を見に行ってみる。
「アルテナ、どうしたの?」
「こいつらが歩こうとしないのよ」
山賊達は立ち上がってはいるものの、全く歩こうとしていない。
アルテナが引っ張っても足を踏ん張って抵抗してくる。
イライラした私は話をつけようと山賊のボスに近づく。
「あなた達、傷を治してあげたんだからしっかり歩きなさい」
「あぁ? 命令してんじゃねぇよ!」
山賊のボスが私に蹴りを放つ。
いきなりの事で私は反応が出来なかった。
「きゃぁぁぁ!?」
「エレン!?」
山賊のボスにお腹を蹴られた私は数メートル吹き飛び倒れた。
アルテナが駆け寄って来るが、お腹に痛みが走り立つ事が出来ない。
「ぐ……」
「「「「「ぎゃははははは!!」」」」」
お腹を押さえて苦しむ私を見て、山賊達から笑いが吹き出す。
「おい、『きゃぁぁぁ!?』だってよ!? 可愛い声で泣くじゃねぇか! 本当に冒険者かよ!?」
「ボス! 俺こいつと商人の会話聞いてたんですが、こいつの強さ全部魔道具のおかげらしいですぜ!」
「マジか!? 強い武器持っていきがってたただけかよ!? バカだなこいつ! ぜってぇ早死にするぜ!」
山賊達が私をバカにし始める。
その言葉を聞いたアルテナが、山賊達に怒り始めた。
「あんた達、よくもやったわね!」
「はぁ? 弱い癖に調子に乗る方が悪いだろう? お前もこんな奴と組むなんて考え直した方が良いんじゃねぇか?」
「……あたしの従者をバカにするな!!」
アルテナが山賊のボスに殴りかかる。
「お、おい!? 止めろ!?」
「アルテナ……! 待って……!」
私は声を振り絞ってアルテナを止める。
「エレン、止めんじゃないわよ!」
「お願い……待って……」
私は必死にアルテナを止める。
それを聞いたアルテナは、振り上げた手を下ろしてくれる。
私は痛みを我慢しながらなんとか立ち上がった後、再び山賊達に近づく。
「なんだ? 蹴られた文句でも言いに来たのか?」
「……ありがとう」
「は?」
「蹴ってくれて、どうもありがとう」
「「「「「え?」」」」」
私の言葉を聞いて、その場にいた全員が困惑した。




