18 ギルドでの騒ぎ
「この馬鹿野郎が!! 俺のいない間にとんでもないことにをしでかしやがって!」
時は少し遡り、ルベライトの冒険者ギルド。
そこの初老で筋骨隆々のギルドマスター、ガルシアは自室へ職員を集め怒鳴りつけていた。
原因は、エレンとアルテナを南の森へ行かせたことにあり、その原因であるライラは事情を掴めない顔をしている。
「ギルドマスター、何を怒っているの? 私は迷惑な奴を迅速に処理しただけよ。むしろ褒められるべきだと思うけど?
「ふざけるな! だからと言って危険な場所に向かわせる奴がどこにいる!?」
「大丈夫よ、あの子達はギルド登録すらしてないのよ?何があってもギルドの責任問題にはならないわ」
「ライラ、貴様本気で言ってやがるのか……? それ以前の問題だろうが……!」
「え?」
ライラの表情に初めて動揺が滲む。
「一般人をギルド職員がそそのかして危険地帯に向かわせるなんて、許されるはずがないだろう! 冒険者の方がまだマシだ! そんなこともわからないのか!?」
「え……」
冒険者ギルドは世界を股をかける組織であり、今まで魔物などの脅威から人々を守る役目を担っていた。
その信用を根本から崩す行為、ガルシアの怒りも当然だった。
「で、でもほら、あの子達スキルを偽って登録しようとしてたのよ? スキルの虚偽は犯罪行為だわ。そうよ、犯罪者ってことなら問題無いわよね?」
「じゃあ聞くが……そいつらのスキルしっかり“鑑定”したんだろうな?」
エレン達は知らなかったが、スキルは教会で視てもらう以外にも、鑑定魔法という人や物の情報を見る魔法で確かめることができる。
ギルドには必ず、持ち込まれた魔物の素材や、登録しにきた冒険者のスキルを確認する為、専属の鑑定士がいた。
「そ、それは……余りにも胡散臭かったので必要ないと……」
「基本中の基本だろうが! そもそも何故誰も口を挟まなかった!? お前達も聞いてたんだろう!?」
ガルシアは集めた職員達に問い掛ける。その中の一人が震えた声で答えた。
「ラ、ライラさんが決めた事だから……何も言えませんでした……」
「何だと?」
「ちょっとあんた! なに人のせいにして!?」
「お前は黙ってろ!!」
「ひぃ!?」
声を出した職員が話を続ける。
「ラ、ライラさんに逆らうと執拗ないじめを受けるので……ギルド内での権力を傘にいつも脅されて……ギルドマスターに報告したら辞めさせるぞって……ほ、ほんどうにもうじわげありまぜん……!」
遂に泣き出してしまう職員。
他の職員も同様に泣き出す者、謝るものが続出し、ガルシアは己の不甲斐無さに打ちのめされていた。
「ライラ……お前の悪い噂は聞いていたが、ここまで腐っていたのか……。俺の責任だ……俺がもっとお前らを気にかけていればこんな事には……。いや、後悔している場合ではないな。まずはその二人の足取りを追わなければ。まだ街にいればいいのだが……」
「ギルドマスター! 大変です!」
そんなガルシアの願いを打ち砕くかの如く、大きな音と共に、その場にいなかった他のギルド職員が入ってくる。
「どうした!?」
「南の森へ調査に出ていた冒険者の一人が帰って来ました! 報告によると統制の取られたゴブリンの上位種が多数いたとの事! ゴブリンキングが出現した可能性大です!」
「ゴブリンキングだと!?」
ゴブリンキングとは文字通りゴブリンの王。単体の力もさながら、最も厄介なのは指揮下にいるゴブリンの能力を底上げする事だった。
強化されたゴブリンは知恵もつき、繁殖力も高まる。
群れが大きくなった場合、周囲の町や村に甚大な被害を及ぼす。早急に倒さなければならない相手だった。
「それともう一つ! その冒険者が逃げ帰る際、二人の少女とすれ違ったそうです!」
「何だと!? クソ、最悪だ!!」
「そ、そんな……本当に行くなんて……」
一縷の望みが潰えた瞬間だった。
ライラも、エレン達はただギルドに迷惑行為を働きに来ただけの小娘で、本当に行くとは微塵も思っていなかったのだ。
自分のしてしまった事の大きさに今気づくが、すでに手遅れだった。
「今すぐ緊急クエストを発令しろ! ルベライトの冒険者全員でゴブリンキングを討伐、およびゴブリンに攫われた者の救出だ! 無論俺も出る! 他の者はギルドの業務、後ライラを見張っておけ!」
「「「「「は、はい!」」」」」
職員達は急いで駆け出した。ガルシアも装備を整えて向かおうとする。
「ライラ、俺とお前はクビが首が飛ぶことも覚悟しておけ!」
「……」
ライラはもう声を出すこともできなかった。権力を傘に好き放題やっていた女の哀れな末路だった。
だが不運な事に、彼女をさらにどん底に突き落とす出来事が起きる。
「そうだ、これを依頼ボードに貼って置いてくれ」
ガルシアがまだ残っていた職員の一人に紙を渡す。
「ギルドマスター? これは?」
「ああ、さっき領主様から渡されてな。先日ご令嬢が魔物に襲われた際、通りすがりの者に命を救われたそうだ。一度礼をしたいから探し出してくれとの事だ」
「分かりました……え」
紙には二人の少女が描かれており、それを見た職員は呆然とした。
「ギルドマスター……。この二人です、ライラさんが送り出した人は……」
「なん……だと……?」
ガルシアとライラの顔が酷く青ざめる。
領主の娘を救った恩人。
その人物をギルドの不手際で死なせたなんて事になればどうなるか……。
血を見る事態になるであろう事は明らかだった。
「直ちに出発するぞ! 一刻も早く二人を救出するんだ! 最悪ギルドが潰れるぞ! 冒険者達にもそう伝えろ!」
ガルシアはそう言って出て行った。
そして原因を作った本人は……。
「あ……あ……」
恐怖のあまり心が壊れかけていた。その姿にはかつての面影は微塵も残っていなかった。




