160話 エレンVSダヴィド
エレン。
俺の暗殺を二度も邪魔し、あまつさえ愉悦の時間まで奪った女。
これほどコケにされたのはいつ以来か。
今すぐにでも奴に襲い掛かり、ナイフで喉元を掻き切りたい衝動に駆られる。
しかし……感情的になってはいけない。
奴が構えている魔導銃という武器は様々な魔法を扱える厄介な代物だ。
それに奴自身の情報は一切ない。
どうやって俺を探知しているかすら謎だ。
(……やりにくい相手だ……)
標的の情報が不足している。
おまけに、俺は今奴に視認されている。
暗殺者としてのパフォーマンスを発揮できる状況ではない。
(奴を確実に殺すため……ここは……引くのも手か……)
勝負所を見極めるのも、時には必要だ。
今はその時ではない。
金髪の女を殺し、ここは引く。
奴は俺を探知できるだけ。
影の世界に身を沈めてしまえば、逃げるのはたやすい。
魔物の暴走を止められてしまうのは痛いが、仕方あるまい。
行動を起こそうとしたその時……。
「まさか、逃げようだなんて考えてないでしょうね?」
「……っ!?」
目論見を見抜かれ、一瞬動揺が走る。
何故ばれた?
俺の行動を読んでるとでもいうのか?
いや、問題はない。
奴は俺を探知できるだけだ。
スキルの詳細までは……。
「別にいいわよ。あなたのユニークスキル、『影の境界』で影の世界へ逃げられたら、私にはどうすることもできないしね」
「な……!?」
馬鹿な……なぜ奴が俺のユニークスキルを知っている……!?
まさか……金髪の女との会話を聞いていたのか……?
いや、その時まだこいつはいなかったはずだ。
どこかに潜伏していたとでもいうのか?
いや、理由はどうでもいい。
スキルの正体を世間に知られるわけにはいかない。
奴はここで殺さなければいけなくなった。
「ほら、どうしたの? 早く逃げなさいよ」
「貴様……!」
逃げるという選択肢を潰したうえで、奴は不敵な笑みを浮かべ、俺を挑発し始める。
自信の表れか……それとも何か策があるのか……。
どちらにしろ、安易にのるわけにはいかない。
気づけば、額から汗が流れ落ちていた。
(こんな小娘程度に……ここまで追いつめられるとは……!)
奴の考えを読み取ろうと思考を巡らせていたその時、奴に変化が現れる。
(そうか……そういうことだったのか……ククク)
奴の変化……それはほんの一瞬、目線を斜め下にずらした事だった。
だが、それだけで理解するには十分だった。
「貴様の考え……読めたぞ」
俺は素早く腰に付けたナイフを二本片手で取り出し、奴に向かって投げつける。
「……!」
奴は魔導銃を使い、二本のナイフを撃ち落とす。
だがそれでいい、隙はできた。
「残念だったな……チェックメイトだ」
「……アルテナ!」
金髪の女をつかみ上げ、背後から首を腕を回して人質にとる。
「アルテナを離しなさい!」
奴の顔から余裕が消え、焦りが見え始める。
「ふ……やはりお前の狙いは……こいつを助けることだったか……。そのために俺を散々挑発したんだろう? 俺の意識を自分へ向けさせるためにな……」
「く……」
奴の顔が苦渋に満ちていく。
どうやら俺の読みは完全に当たったようだな。
「ほら、どうした? 早く俺を撃ってみろ。その瞬間……こいつの命も消えることになるがな……」
金髪の女の顔にナイフを突きつける。
たとえ奴がどんな策を講じていようとも、確実にこいつを殺せるように。
「え……れ……ん……」
こいつの掠れた声が静寂に響く。
既にこいつは死にかけだ。
体はボロボロで、胸の刺し傷からは、今も血が流れ落ちている。
応急処置をしなければ、あと数分もしない間にこいつは死ぬだろう。
だからこそ、奴を追い詰める格好の道具となりえる。
「こいつを死なせたくなければ……その魔導銃という武器を捨てろ」
「それは……」
「早くしたほうがいいぞ……。こいつが死ぬ前にな」
考える暇を与えず、現実を奴に突きつける。
すると奴は、諦めたかのように魔導銃を下ろし、素直に床へ放り投げた。
(ふ……。所詮小娘か)
魔導銃は床を転がり、俺と奴の中間付近に落ちる。
仲間のためとはいえ、こうも簡単に武器を手放すとは。
俺からすれば考えられないことだ。
こうなってしまえば、あとは簡単だ。
奴に精神的ショックを与え、隙ができた瞬間に殺せばいい。
つまり……。
「捨てたわよ……早くアルテナを離しなさい」
「ああ……開放してやろう。この世からな……!」
女の顔に向けナイフを振り下ろす。
「……!! 止めなさい!!」
奴が叫び声をあげる。
だがもう遅い。
ナイフは確実に女を捉え、刺し殺す……はずだった。
ガキィン!!
「……なに?」
ありえない金属音が響くと同時に、手ごたえが途中で止まり、ナイフを持った手が動かなくなる。
思わず女の顔に視線を向けると、そこには……。
「ぎぎぎ……!」
女が歯でナイフを噛み締め、受け止めている姿があった。
「な……なんだと!?」
予想外の光景に、一瞬理解が遅れる。
この死にぞこないにこんな力が残っていたとは。
「いじゅまでもぢょうじにのっでんじゃないわよ……ごのぐじょあんぁづじゃ……!(いつまでも調子に乗ってんじゃないわよ……このくそ暗殺者……!)」
「ぐ……!?」
反射的にナイフを引き抜こうと気を取られる。
その一瞬が命取りだった。
「だから言ったでしょ。止めなさいってね」
「……!」
視線を戻すと、奴は両手を構えていた。
親指と人差し指を直角にし、その形を俺へ向けている。
そして、奴の指先が緑色に発光した瞬間。
『魔法弾』
ドォン! という轟音とともに、奴の指先から緑色の小さな光弾が放たれる。
それは寸分の狂いなく、俺の額へと命中した。
「ぐあぁ!?」
衝撃で俺は人質を離し、後ろへ吹き飛ばされながら床を転がる。
「お……おのれ……!」
仰向けに倒れた俺はすぐに立ち上がろうとするが、激しい眩暈が襲い、体が言うことを聞かない。
その間に奴は捨てた魔導銃を回収し、俺にゆっくりと近づいてくる。
「これで終わりよ」
「……く! 『影の境界』……!」
すかさずスキルを発動する。
その瞬間、世界から色が消える。
床も壁も、目の前にいる奴もすべてが灰色に塗りつぶされる。
音もない、風もない、自身の呼吸音だけが静かに響く。
「ククク……バカめ」
ここは影の世界。
表の世界からは決して干渉できない俺だけの領域。
この世界にいる限り、どんな魔法も刃も、俺に届くことはない。
もう奴は俺に手出しすることができない。
安心し、息を吐いたその時。
「終わりと言ったはずよ」
「……は?」
俺以外の声が影の世界に響く。
ありえない。
この世界に入れるのは俺だけのはずだ。
しかし瞼を開けると、そこには灰色ではなく、色づいた奴が俺の前に立っていた。
「き、貴様……!? どうやってこの世界に……!?」
『魔力封印』
理解が追い付かないまま、俺は奴の魔法を食らった。




