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160話 影の境界

 ナイフを胸に刺され、仰向けに倒れたあたし。

 その姿を、ヴェインの町へ戻ったはずのクソ暗殺者……ダヴィドが目をニヤつかせながら見下ろしていた。


「なんで……あんたが……ここに……」


 胸に熱い痛み走るなか、声を絞り出す。


「なんだ? 俺がダンジョンを出たとでも思ったか? 敵の言葉を信じるとは……バカな奴だ……」

「なん……ですって……?」

「俺の目的は……魔物の暴走(スタンピード)を使い俺の存在を知ったこの町の住民……すべてを皆殺しにすることだ。まさか……魔物の暴走を止められる可能性を……見逃すとでも思ったのか?」

「あ、あんた……もしかしてずっと……」

「ああ、ダンジョンを攻略するお前たちの後をずっと追っていた。町へ戻るフリをしたのは、俺の存在を警戒させないようにするためだ。俺を探知できるエレンという女が俺を探すため、町へ戻るかは賭けだったが……どうやら上手くいったようだな」

「くっ……!」


 あたしたちがダンジョンを攻略する事も……エレンがこいつを探しに町へ戻るのも……全部……こいつの目論見通りだったって事……!?

 

「町の混沌と絶望を見られなかったのは残念だったが……その甲斐はあったようだな」


 そう言うとダヴィドは、部屋に転がったネクロザルムの頭部を見る。


「まさかこの化け物を倒すとは……お前には驚かされた。俺では奴の目を欺きコアを傷つけるだけで精一杯だったからな。だが……それも無駄に終わったな。お前は……ここで俺に殺されるのだからな……。ククク……」

「この……クソ暗殺者……!」


 こいつの目論見通りにさせてたまるもんですか……!

 あたしは力を振り絞り一気に立ち上がると、胸に刺さったナイフを勢いよく引き抜き、投げ捨てる。

 

「ほう……? 貴様……まだ立てるのか……」

「ふ……調子に乗ってんじゃ……ないわよ……!!」


 傷口から血が流れながらも、最後の力を振り絞りデスサイズを出現させ、ダヴィドに斬りかかる。

 間合いもスピードも十分。

 デスサイズは完全にダヴィドを捉え、斜め一閃に斬り裂いた……筈だった。


「……へ?」


 一瞬頭が真っ白になる。

 刃が触れる直前、空間が歪んでダヴィドの姿が煙のように掻き消えた。

 姿が消えただけならまだわかる。

 けれど、デスサイズはそのまま空を斬り、その瞬間、元いた場所にダヴィドが現れた。


「どうなって……ぐぅ!?」


 あたしはダヴィドに顔を鷲掴みにされ、床にたたきつけられる。


「惜しかったな……ククク……」

「あんた……一体何をしたのよ……!?」


 こいつのスキルは姿や気配を隠す能力だと思ってた。

 でも、それならデスサイズの攻撃は当たっていたはず。

 まさか……それだけじゃない!?

 

「ふ……せっかくだ。冥土の土産に教えてやろう。俺のユニークスキル……『影の境界(シャドウ・リミナル)』は、薄皮一枚隔てた裏側の世界に身を沈める事ができるのだ」

「裏側の世界……ですって……?」

「そうだ。その世界にいる間……姿気配はもちろん……俺に触れることさえ誰もできなくなる。それが俺のスキルの正体だ……」

「なん……ですって……?」


 違う世界に隠れるですって……?

 まさかそんなチート能力持ちだったなんて……。


「もっとも……裏にいる間は表に干渉できず、常に魔力を消費し続けるのが難点だがな。それでも……暗殺者にとってこれほど有用なスキルは存在しないだろう? ククク……」


 ダヴィドは笑いながらしゃがむと、あたしの首を掴み、ナイフを顔に突きつけてくる。


「ぐぐ……体……動きなさいよ……」


 おかしい。

 体に力が入らないどころか、口以外全く動かせない。


「こ……これってまさか……」

「ふ……ようやく気付いたか。お前を刺したナイフには……強力な麻痺毒を塗っておいたのだ……」

「こ……こいつ……あぁぁ……!」


 首を絞める力が強まり、口からうめき声があふれる。


「くくく……いいぞ……もっとその苦痛にゆがんだ表情を見せろ……!」

「が……がが……」


 ダヴィドが愉悦に満ちた表情であたしを見る。


(どうにか……しないと……!)


 どうにかして体を動かそうとするも、毒と怪我のせいで動かない。

 魔法ならと思ったが、魔力が集中できず、邪眼も発動できない。

 そうしているうちに、ダヴィドのナイフがゆっくりと迫ってくる。


「やはりたまらないな……人が死の間際に見せる絶望の味は……! それがお前のように強くて傲慢な奴ほど最高だ……!」

「がが……」


 さらに首を絞める力が強まり、必死につなぎとめていた意識が徐々に消えていく。


(こんな……ところで……)


 すべてを諦めようとした……その時だった。

 

「ずいぶんと無様な恰好ね……アルテナ」


 聞きなれた声がすると同時に、ガキィン! と金属音が響き、眼前まで迫ったナイフが弾かれる。

 

「なに……!?」


 ナイフを弾かれた瞬間、ダヴィドが動揺し、声がした方向を振り向く。

 そこには。


「お楽しみ中だったみたいだけど、邪魔させてもらうわよ」

「き、貴様は……!?」

「クックック……。来るのが……遅いのよ……」


 入り口の巨大な門の前で、魔導銃を向けたエレンだった。

 

「はぁ……全く。ピンチの時に現れるとか、こんな主人公みたいなタイミングで登場させるんじゃないわよ」


 エレンがグチグチ文句を言いながら歩いてくる。

 うっさい。

 あたしのせいじゃないわよ。


「なぜ貴様がここにいる……!? 俺を追い、町へ向かったんじゃなかったのか……!?」


 ダヴィドが立ち上がり、動揺しながらエレンのほうを向く。

 エレンはあたし達のいる場所から少し離れた位置で止まると、口を開く。


「なに? まさか敵の……しかも暗殺者の言う事を鵜吞みにするとでも思ったの? あなたの目的は町の住民を皆殺しにすることでしょう? なら、万が一にでも魔物の暴走を止められないよう行動しそうだと思ったのよ」

「なんだと……!? なら、貴様がこいつと共に行動しなかったのは……」

「私が一緒にいたら、あなたは警戒して出てこなかったでしょう? だから町に戻ったフリをしたのよ。みんなに嘘つく羽目になったけど、その甲斐はあったようね」

「く……!」

(いい気味だわ……)


 ニヤニヤが止まらない。

 ダヴィドより、エレンのほうが完全に一枚上手だった。

 おまけにさっきあたしとしたやり取りをほぼそっくり返されている。


「それに何より……アルテナが成功するとは微塵も思ってなかったし」

「……へ?」


 キョトンとしたあたしを見て、エレンが呆れた顔をする。


「なによその顔? アルテナ、あなたの強さは認めてるけど、あなたを信じるわけないでしょう? もう少し日ごろの行いってものを考えなさい」

「……はぁ!?」


 別行動するとき、「私の命、預けたわよ」とかあんた言ったじゃない!

 と心の中でツッコむと、表情を見て察したのかさらに呆れた目をしてくる。


「あなたのやる気を出させるためのウソに決まってるでしょう。あなたに命を預けるくらいなら、飢えたオオカミに預けたほうがまだマシよ」

「……ちょ!?」


 どんだけあたし信用無いのよ!?

 いや、ちょっと失敗したことはあるけれど……。


「だから確実にコアを手に入れて、魔物の暴走を止めるため、ここに来たのよ。ていうかミラとマルタはどこ? 二人の事だから、多分無事だと思うけど」

「え……?」


 エレンは、二人が下でエロ骸骨と戦ってることを知らない?

 いや、それよりも……()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんなあたしの疑問をよそに、エレンはダヴィドと向かい合う。


「……貴様がここに来たことは驚いた。だが……それだけだ。探知出来るからといって、プロの暗殺者である俺に勝てると思っているのか……?」

「いつまでその余裕が持つかしらね? 覚悟しなさい。町のみんなのためにも、今まであなたに殺された人々のためにも。ダヴィド、あなたを倒させてもらうわ」


 二人はそう言って、武器を構えた。

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