106話 エレン、タイマン勝負を挑む
砂の上を風の力により滑走する、ドラゴンスケーターに乗ってダンジョンを進む私達。
最初は慣れない操作に戸惑ったものの、スキルのお陰ですぐに運転技術をマスターし、思い通りに動かすことが出来るようになっていた。
それでも灼熱の熱風による暑さと、巻き起こる砂による視界不良が私達を襲ったが、前方部分に風魔法のバリアを貼ることで対処する事に成功し、その結果。
「わー! 早いねエレン様!」
「そうね。でも、あまり身を乗り出しちゃダメよ」
後部座席に座っていたミラは子供らしく乗り物にはしゃいでいて、身を乗り出して外の景色を楽しんでいた。
一方、隣に座っているアルテナは。
「ゴクゴク……ぷはー! いやー砂漠で飲む冷たいジュースって最高ね!」
足を組むポーズで果汁ジュースを楽しんでいた。
何だろう……ダンジョン攻略の筈なのに、完全に観光ムードで気が抜けそうだ。
「二人とも、楽しむのは良いけどダンジョン内だって事を忘れないようにね」
「はーい」
「分かってるわよ。にしても……」
ジュースを飲むのを止めたと思うと、ふと視線を落とし、腕を組んで難しい顔をし始めた。
「どうかしたの?」
「いや、楽しんでおいてなんだけど……本来暑さに耐えながら砂漠を歩いて進むのが普通なんじゃないの? 紅蓮の鉄槌だってそうやって苦労しながら砂漠エリアをクリアしたんだろうし……あたし達だけこんな乗り物作って楽して良いの?」
「は?」
さっきまでジュース片手に観光気分だった癖に、何を言ってるんだか。
おまけに、かなり今更な事だし。
「何言ってんのよ? これまでもミラの収納や、私の探知魔法でかなり楽してきたじゃない」
「まあ……それはそうだけど」
「そもそも紅蓮の鉄槌だって、何かしらの対策をとってここを攻略したに決まってるわ。マニュアルにも書いてあったでしょう?」
「あれ? そうだったっけ?」
頭に?マークを浮かべるアルテナに呆れながら、腰につけたダンジョンマニュアルを取り出し、とあるページを開いて、アルテナの眼前に突き出す。
「ここよ、ここ」
「えっと……『砂漠エリアは過酷な環境と強い魔物が多く出没する危険なエリアです! 暑さに耐えて歩くとか馬鹿正直な攻略を考えてるそこのポンコツ冒険者さん! きっと脳みそツルツルでしょうから、砂漠の砂みたいに細かいシワをつけ……あ、一生ムリですね! すいませーん!!』誰が一生脳みそツルツルなのよ!!」
怒ってマニュアルを突き返してくる。
全く、私に当たらないで欲しいんだけど。
「あと、乗り物を作ったからと言って危険な魔物も出没するんだから攻略できるとは思えないわ。辺りの警戒を怠らないよう気をつけ……」
「エレン様! オオカミがいるよ!」
ミラに言われ、探知魔法であたりを確認すると、斜め前方の小高い場所に黄色い毛並みと鋭い牙を持つオオカミを発見した。
あれは砂漠に棲むオオカミの魔物、サンドウルフだ。
こちらを見つけると『アオーン!!』と遠吠えを上げる。
すると、仲間のサンドウルフが現れ、合計六体となり、扇状に展開してじりじりと私たちを囲んでくる。
「アルテナ、ミラ。強行突破は難しそうだわ。降りて戦うわよ」
「うん!」
「ふ、任せなさい!」
ミラはやる気に満ちた顔をして頷き、アルテナは不敵な笑みを浮かべながらデスサイズを出現させる。
魔物が迫る中プロペラを止め、船を横に滑らせ砂の上に止めると、私達は船から飛び降りる。
同時に、サンドウルフ達が砂を蹴り上げ、鋭い牙を剥き出しに襲いかかってきた。
「来たわね……! ミラ! 迎え撃って!」
「分かったエレン様! 行くよー!」
私の指示で単身サンドウルフ達に突撃するミラ。
格好の餌食だと思ったのだろう。
中央にいた二匹がニヤリと笑い涎を垂らしながらミラに向けて飛びかかる。
よし、狙い通りだ。
「来て! ミラの“盾”!」
ミラが叫ぶと、私達全員を覆うほどの青く輝く巨大なクリスタルシールドがミラの手に現れる。
「シールドあたーっく!!」
サンドウルフが驚愕する間も無く、ミラの突進攻撃により、ドカン!! という音と共に、飛びかかった二匹のサンドウルフは悲鳴を上げる間もなく吹き飛ばされ、星のように消えていく。
私とアルテナを襲おうとしていた残りのサンドウルフ達は、その光景を目の当たりにしてしまい、思わずミラの方に顔を向けてしまう。
「よそ見なんて余裕ね?」
「よそ見してんじゃないわよ!」
その隙を逃すはずがない。
左側の二匹の眉間を正確に魔導銃で撃ち抜き、アルテナは瞬時に間合いを詰め、デスサイズの一閃により一匹を真っ二つにする。
だが、残るもう一匹は砂を蹴り、素早く飛び退いて間合いから逃げ出す。
「っち! 一匹仕留め損ねたわ!」
悔しげに舌打ちするアルテナ。
砂に足を取られ上手くデスサイズを振れなかったようだ。
残ったサンドウルフは仲間が全滅し、もう勝てないと判断したのかすぐさま振り返り逃げ出した。
「こら! 逃げんじゃないわよ!」
「止めなさいアルテナ、無理に追う必要はな……っ!?」
その瞬間背筋が冷え、気付けば探知魔法に巨大な反応が急速に近づいて来る事に気づいた。
見上げると、空を駆ける大きな影が砂漠の空を覆い、ズシーン!! と砂を爆発させながら巨大な何かがサンドウルフを叩き潰した。
「エレン様! あれって……!?」
「あれは……『ロック鳥』だわ……!」
砂漠エリアに出現する鷲のような見た目の、全身を強靭な岩の肌で纏った巨大な鳥の魔物だ。
ロック鳥は叩き潰したサンドウルフを嘴で掴み、丸呑みにした後こちらを鋭い目で睨みつける。
「ふ、『次はお前達だ』とでも言いたげな目ね。ロック(岩)鳥なんて直訳にも程がある名前してるくせに、威圧感は本物だわ」
「うん、すっごく強そう……!」
「同感ね。名前の件はどうでもいいけど」
ブルーオーガやラディアドレイク並の大きさと耐久を持った相手……。
まさかこんなに早く出くわすとは……。
「よし、エレンは後ろに下がってなさい! ミラ! 行くわよ!」
「分かった! アルテナ様!」
二人は私の前に立ち、武器を持ってロック鳥に立ち向かおうとする。
だが、私は二人の肩を掴んで待ったをかけた。
「……アルテナ、ミラお願いがあるの」
「何よエレン?」
「エレン様?」
……二人の肩を持つ手が震える。
強敵相手に何も出来なかった過去と、カーシャさんに足手纏いと言われた事実が頭を過ぎる。
だが、そのために新しい魔法を開発したのだ。
……今の私は違う。
「……こいつの相手、私に任せてくれない?」
「は!? あんた、本気?」
「エレン様……大丈夫なの?」
ふたりは心配そうに見てくるが、私は軽く笑みを浮かべて返す。
「大丈夫よ、信じて見てなさい。あ、でも負けそうになったら助けてくれる?」
ちゃっかり保険をかける私に対し、アルテナは呆れながらも……。
「あんたねぇ……カッコつけるなら最後までちゃんとしなさいよ。でも、そう言う事なら分かったわしっかりやってきなさいよ!」
「分かった……。エレン様……頑張ってね!」
「ええ、言ってくるわ」
信頼して送り出してくれる二人に対し、私はそう返事しながらロック鳥と対峙する。
鋭い視線と威圧感が私を震えさせるが、これは恐怖じゃない。
……“武者震い”だ。
「さて、行くわよロック鳥。私の力が通用するか…一つ、試して見ましょうか」
元の世界に無事帰る為、足手纏いという評価を覆す為。
そして……ついでにアルテナの信頼に応える為。
強敵と初めてのタイマン勝負が始まろうとしていた。




