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二四年後 母親たち

 この話から、舞台を現在に戻します。


 1


 時と場所は二三年後の現在に戻る。

 海原摩魚うなばら まなが、蛇轟秘密教団から誘拐されてからもうすぐ二週間を迎える。そして、その週の中で潮干ミドリの動画が拡散されてから約三日ほど経っていた。


 長崎市内港町の百貨店立体駐車場六階。

 叩く音が響き渡っていった。

 平日昼間という時間帯なのか、人手も少なく停めてある車もスポーツタイプのシルバーとシャンパンゴールドのファミリーカー、他見えるのは、白いワンボックスカーとダークブルーのフェアレディZなどちらほら。あとは端のほうに、ダークシルバーの乗用車が一台。

 稲穂色を長い髪をした三角白眼の美しい女が、横に振った手のひらを止めていた。ビンタをした相手を睨んではいるが、その黄緑色の瞳は涙で潤んでいた。怒りに食いしばっていた鈍色の尖った歯を開いていく。

「あんたんとこの馬鹿娘、いつになったらマインドコントロール解けるんだよ! そのうちそのうちって、いったいいつなの! いい加減にしてちょうだい!」

 ビンタを食らった上に言葉を投げつけられた女は、頬を赤く腫らせて、猫のような目を反らして沈黙していた。肩まである軽い天然ウェーブの髪を細かいソバージュにしていた、こちらも稲穂色の瞳が特徴的で、美しい女だった。しかし、稲穂色の髪の女も細かいソバージュの女も目もとから病んでいるのがうかがえた。

 ビンタを出した相手に顔を向けないまま、ソバージュの女が口を開いていった。

「そのうちって言ったら、そのうちよ……」

「だからその、そのうちがハッキリしないからじゃないの! 亜沙里ちゃん、いつになったら目を覚ましてくれるのさ。そのあんたの娘が、虹色の鱗の娘を見つけたら磯野フナに連絡する係りになってしまっているんだよ。ーーー去年のミドリちゃん、一昨年の真海ちゃん、そして五年前の“あたし”のひとり娘の有子!」

 稲穂色の髪の毛を持つ女は、自身の娘の名を上げたあとに、ショートジャケットのポケットからシャンパンゴールドのスマホを取り出して、ソバージュの女にへとその画面を見せつけていった。

「今年は誰だと思う? 紅子から写メもらったときは心臓が飛び出るかと思ったわ。今年はこの子よ! 誰のだと思うよ。あんたの知らない顔じゃないでしょ」

「摩魚ちゃんでしょ?」

 ソバージュの女のさっぱりとした返しに、稲穂色の髪の女は少し驚いて質問していく。

「知ってたの?」

「知ってた」

「なんで知ってんの?」

「先週、彼女と会ったもん」

「会ったんだ」

「うん。ーーー摩魚ちゃん、本当に可愛いよね」

「可愛いよねー。鱗子ちゃんにソックリ」

 自身のスマホの写メを微笑んで見ながら、稲穂色の髪の女が呟いた。

「この子、推せるわ……」

 険悪なムードが和みかけていたそのとき。

 

「あなたたち、いつの間にそんな良い関係になっていたのよ」


「……え?」

 新たに登場した、黄金色こがねいろの髪の毛を持つ美女にそう指摘されて、二人の女は思わず声をハモらせた。緑色の瞳が特徴的で、ダークグリーンのヘアバンドをしていた。割れた痕を修復して、セロテープで巻いていたのがさらに特徴的なヘアバンドだった。

 ソバージュの女が若干しどろもどろになる。

「い、いや……。これはその……。違うのよ、リエ……」

「そうそう。べ、紅子から写メもらって驚いちゃって、それで……。亜沙里ちゃんのマインドコントロール解けてないから……あの……」

 うしおと言う稲穂色の髪の毛の女も、同じようにしどろもどろに言い出した。リエと呼ばれた黄金色の髪の毛の女は、この二人の女の様子にご機嫌斜めなようだ。こちらも目もとが若干病んでいるもよう。

「なに言い訳してんのさ。紅子からの写メなら私も見たよ。こっちは心臓止まるかと思ったんだから。あとなに? 久しぶり顔を合わせてみれば、できてたんだ。二人とも」

「もう、いい加減にして。私たち喧嘩するために集まったわけじゃないんでしょ。こちらのお二人からお話しを聞かせてもらうためじゃないの」

 そう言ってまた新たに出てきたのは、強面でありながらも美しい女で赤い瞳が特徴的であった。その強面美女は、後ろに立つ榊雷蔵さかき らいぞう瀬川響子せがわ きょうこを三人の美女に見せた。雷蔵は、身長百八五センチに達する鍛え上げた身体を持つ、好青年。彼は榊探偵事務所の所長であり、護衛人でもある。どちらかと言って、後者が“本職”。そして雷蔵の隣に並ぶ響子は、身長百六五センチにもなり女性としては長身で、細身でありながら鍛えた身体をしていた。彼女も榊探偵事務所に所属する従業員、というか“本職”護衛人で雷蔵の相棒であった。二人とも衣服は白いカッターシャツに、雷蔵はベージュのスラックスと革靴、響子は同じ生地で作ったベージュの膝丈スカートと革靴というある意味ペアルック。このようなひと目見て分かるほどに男女二人とも仲良しな姿に、険悪だった女三人はたちまち顔をかすかかに赤らめて、黄金色の髪の毛の女がソバージュの女と稲穂色の髪の毛の女の肩に腕を巻いてヒソヒソと喋り出していった。

「ねえねえ。ちょっと、あのポニテの、推せない?」

「推せる推せる」

「デザイン違いのペアルックって最高に可愛いじゃん」

「絶対あれ、仕事着じゃないでしょ。お揃いよお揃い」

「マキちゃんが言っていた強いポニテの娘ってあの娘かもよ」

「え? 可愛いだけじゃなくて強いの? ますます推せるわ」

 そんなヒソヒソ話しの女三人を見ていた強面の女。

 半分呆れていたようで。

「まったく……。険悪ムードのお次はヒソヒソ話し? なにやってんだか、本当に……」

 放置された後ろの二人の様子が気になって振り向いたとき、響子の化粧と唇、とくに口紅が目に入った。とたんにに赤い瞳の目を見開いて、ヒソヒソ話し女三人組に加わった。

「わ、私もいいかな」

「どうしたんです?」

「隣のポニテの娘、化粧最高じゃない。とくにリップが」

「でしょう。あれ、可愛くない?」

「可愛い可愛い。クリアーピンクって控え目がもう最高」

「私たち、あの娘推そうって思うんだ」

「私も推すわ私も」

 どうやら、意見が一致したみたいである。

 いい歳をした女四人の井戸端会議が終了するまで待っていた雷蔵が、自己紹介とともに述べていく。

「お話しはまとまりましたか? お取り込み中のところすませんが。自分は榊探偵事務所所長の榊雷蔵です。こちらは従業員の瀬川響子。改めて言いますが、本日はお忙しい中で時間を取っていただきありがとうございます」

 彼は歯を見せて笑顔でいたが。

 隣にいた響子は、そんな彼の様子に少し青ざめていたようだ。

 ーうっわ! 雷蔵、怒ってんじゃん! こんなに怒ってんの久しぶりに見たわ。どうすんの? ねえ、どうすんの?ーー

 そう。探偵事務所の所長の目だけは笑っていなかったのだ。

 べつに人様の井戸端会議を見にきたわけではない。

 そのような雷蔵の気持ちを知ってか知らずか。

 黄金色の髪の毛の女が両腕で大きな丸を作った。

 話しはまとまったらしい。

 終わりよければすべてよし。

 ということで。



 2


 改めて。

「本日は、お忙しい中時間を取っていただきありがとうございます。はじめまして、私は榊探偵事務所所長の榊雷蔵です。そしてこちらは従業員の瀬川響子」

「はじめまして。瀬川響子です。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 各々自己紹介のあと、雷蔵がしめた。

 場所は立体駐車場から百貨店の地下に構える喫茶店へ移動。

 集まってもらった女四人が横並びに座れるソファーがあるので、雷蔵はその店を選んでアポを取った。所長の役目でもある。女四人は、左から順に、ソバージュの女、黄金色の髪の毛の女、稲穂色の髪の毛の女、強面の女、と並んで座っていた。彼女たちも自己紹介をしていく。

 ソバージュの女

「はじめまして。浜辺銀はまべ しろがねです」

 黄金色の髪の毛の女。

「はじめまして。潮干リエです」

 稲穂色の髪の毛の女。

黄肌潮きはだ うしおです。はじめまして」

 最後は強面の女。

海淵海馬うみふち みまです。はじめまして」

 四人が四人、美しい女性であった。

 美人は世間にもいるが、この四人は突出していた。

 そう。華やかだったのだ。

 女四人の白く細い薬指には、結婚指輪が輝いていた。

 響子は頬を赤くして、見とれてほうけてしまう。

 隣の雷蔵から軽く肘でゴツかれて、我に返る。

 この男は、突出した美しい並びに動じていないらしい。

 正直、興味があるのは相棒の響子だけである。

 響子は雷蔵を見上げてニコッとした。

 雷蔵も響子を見てニコッと返した。

 二人とも、人目くらいはばかったらどうか。

 そして資料を片手に、雷蔵は切り出していく。

「今日、あなたたちに集まっていただいたのは、私たちが受けた二つの依頼と重なっている上に重要な人たちだと判断したからです」

「二つ? タヱから聞いていた話しの他にあるのですか?」

 潮干リエの疑問に雷蔵は答える。

「はい。ひとつは、虹色の鱗の娘として誘拐された海原摩魚うなばら まなさんを取り戻してほしいという依頼。そしてもうひとつは、陰洲鱒町のみんな、主に鱗の娘たちを護衛してほしいという依頼の二つです」

「二つ目は、スケールが大きいですね」

「はい。大きいです。大きいですが、依頼を受けた以上は私たち護衛人としてやらなければなりません。依頼人の方が今までに虹色の鱗の娘として生贄にされてきた女の人たちのリストを写真入りで作ってくれたのです。二三年前の出来事も書類にしてくれて、大変だったでしょう。ありがたいと思っています。なので、私たちはそういう依頼人の努力に応えられるように、必ず護ります」

 これを聞いていた黄肌潮が、涙目で話してきた。

「あたしとリエと海馬さんの娘たちは、もう、いないですが、これから先の町の女の子たちが護れるなら……、護れるなら、喜んで話をお聞きします。よろしくお願いします……!」

 最後は声を絞り出して頭を下げてお願いした。

 海淵海馬が続いた。

「私も、お願いいたします」

「私からもお願いします」

「あたしも……。マインドコントロールされた娘がいるけれど、町の女の子たちために、どうかお願いします」

 潮干リエから続いて浜辺銀で閉めた。

 隣で涙目を指で拭っていた響子。

 そんな相棒を微笑んで見ていた雷蔵。

 四人の母親たちに向き直り、語りを再開していく。

「まず、私たちはあなた方四人を信頼しています」

「そう言ってもらえて、嬉しいです」

 リエは微笑みを見せて感謝を述べた。

 語りを続けていく雷蔵。

「ありがとうございます。ーーーで。ひとつ目の依頼人は、海原摩魚さんの妹の海原みなもさんです。今月の初めに依頼を受けました。そして、二つ目は今年からさかのぼって半年前に東京から依頼を受けました。聞いた話しだと、依頼人は生贄から脱出に成功したとおっしゃっています。あなた方四人と、ここにはいませんが他に四名の女の人たちの協力があってのことだったと、夫ともどもこの恩は忘れないとも述べていました。ーーーその二人目の依頼人は、有馬鱗子さんです」

「え? 鱗子ちゃん……!」

 その名を聞いた瞬間、浜辺銀は口元を手で塞いで声を抑えた。

「あの子が言っていたこと、本当だったのね」

 隣に座っていたリエは、そう嬉しそうに笑顔を見せて浜辺銀の手を握っていった。ソバージュの美しい女が驚いた顔で隣に向けて、恥ずかしそうに頬を赤くする。それを見ていた響子は、キャーっといった感じで両手を頬にやった。そんなやり取りすら意に介さない感じで、雷蔵は言葉をさらに続けていく。

「ええ、そうです。あなた方とその友人たちが助けた人が依頼してきたのです。その有馬鱗子さんは今、朝のニュースバラエティーのワンコーナーに出演されています」

「私たちも知っています。彼女、女の子どうしの恋愛を研究している人といった肩書きで番組に出ているんですよね」

 海淵海馬の言葉に、隣の女三人がうなづく。

 相づちを打った雷蔵の語りは続く。

「そうです。有馬鱗子さんは芸能活動もされています」

「芸能活動、“も”……?」

「はい。彼女は本職を持っていまして、芸能活動は副業です」

 黄肌潮の疑問を拾って、雷蔵が答えていった。

「有馬鱗子さんの本職は、漫画家です。今や、月刊の連載漫画を持っていて、そっちの方が忙しい売れっ子です。主に、女性向けの青年誌で連載されています。ーーーただ。ペンネームを使用されていて、性別も顔も完全に伏せられてというか、ご本人が性別も顔も伏せています」

「へえ。鱗子ちゃん、売れっ子漫画家かあ。あの子、町にいるとき、私たちと私たちの友達にも漫画家を目指していることを語っていました。どんなの描いているのかしら?」

 懐かしそうに過去を振り返るリエに、雷蔵が続けてきた。

「読まれたこと、ないんですか」

「ええ。一度も。ペンネーム使っているなら、探そうにも分からないですし。だいいち、顔も性別も伏せているんでしょ」

「そうですね。そうだろうと思い、彼女のペンネームを聞いています」

「なになに? なんて名乗っているんですか?」

 ワクワクしてきたのか、リエは身を乗り出してきた。

 そして、あとの女三人も身を乗り出してくる。

 その問いに、雷蔵は表情ひとつ変えることなく答えていった。手元の資料を確認しながら。


「『おめしゃんGUYガイ』です」


「……? え……?」

 女四人の声が、驚きにハモった。




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