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マーメイドファイル

 2万文字を超えてしまいましたが、よろしくお願いします。


 1


 時間は前後する。

 物事ものごとは、いろいろと重なるものであり。

 移動中の赤いシトロエン。

 運転席に八百比丘尼やおびくに

 助手席に鯉川こいかわふな

 真夏の風を切りながら、鮒の指示のもと目的地へと走らせていた。

 八百比丘尼の愛車のラジオから、国会から蛇轟ダゴン秘密教団に解体解散命令が下されたという速報を聞いたふなは、運転中の彼女に銀色の瞳を流して「ねえ。ちょっとその先の広場に車を停めてくれないかしら?」と頼んだところ、切れ長な一重目蓋の黒い瞳からチラッと流されて「いいよ」と快諾された。砕石一面で舗装された仮設の有料駐車場の角に、赤色のシトロエンを停めてもらった。エンジンを切った八百比丘尼は、シートに背をもたれて寛ぎだす。

 帯に掛けたポシェットからホワイトパールのスマホと黒色のUSBを取り出した鯉川鮒は、ダッシュボードに人差し指を向けると、空間に横長四角を画く形に動かしていって始点終点を結んだときに、車内とは全く別の景色が一部現れた。これに、あら?という好奇心を示した八百比丘尼。お隣の反応に構わずに、ふなは横長四角に腕を突っ込んで、木製デスクに置いていた四角く黒く薄い物を取り上げて、空間から引っ張り出してお膝の上に乗せると、軽く指を鳴らした。すると、あら不思議なことに、横長四角が急速に収縮していった結果、消失した。一部始終を見ていた八百比丘尼は、ダッシュボードと“人魚姫”のお膝に乗せている物体に目線を二往復させたのちに、鮒の美しい顔を見て。

「いまのは?」

洞穴水域どうけつすいいき。という妖術じゃ」

「ふーん。その黒いのは?」

「私の“ノーパソ”じゃ」

 と、若干嬉しそうな感じで答えながら、鮒はお膝の上の黒色の揚羽蝶が彫刻されたノートパソコンを開いて電源を入れた。㈱長崎ながさき大黒揚羽おおくろあげは電電でんでん工業が製造生産しているノートパソコンである。起動音が鳴ったあとに現れた待受画面は、龍宮紅子によく似た美しい女性の立ち姿とクラシカルな国産車の写真であった。それは、鯉川鮒と仲良く並んでの記念撮影と思われた。

「綺麗な人だね」八百比丘尼の感想。

龍宮りゅうぐう龍子たつこと言ってね。私の大切な人なの」

 そう、鮒は僅かな笑みを浮かべて、本当に懐かしそうに答えていってスマホとノートパソコンをケーブルで接続したあと、この隣の穴にUSBメモリーカードを差し込んだ。次に、スマホの画面を指先で操作していったのちに、通話を始めていく。呼び出し音が数回鳴ったのち、左手に軽く持って、鮒は顔から画面を離したまま会話をしていった。



 2


 長崎市陰洲鱒町。

 『萬屋 磯野商事』二階。

 鮭川育良と、その妹の紅佳。

 小袖の和装メイド姿で仕事をしていた姉妹。

 向かい合わせの木製デスクでノートパソコンを開いて帳簿の整理をしていた育良いくらのサーモンオレンジと紅佳べにかのサーモンピンクのそれぞれのスマホに鯉川鮒からの着信が入ってきたので、二人はトコロテンを“すすって”いた箸を止めて、姉妹同時に通話に出た。


 同じく陰洲鱒町。

 未だに復旧工事中の摩周安兵衛の家。

 の、少し離れた倉庫の地下。

 摩周マルの部屋。

 壁一面に八つの液晶画面を上下二列に並べているところで、開きっ放しのノートパソコンを置いたスチール製デスクで、摩周マルはデスクチェアーに腰を下ろしてソーメンを“すすって”いた。天然シャギーの入った色素の薄いオオカミヘアーをポニーテールにして、烏賊のような白く長い脚を組んで、父親の安兵衛やすべえから八束ほど湯がいてもらった揖保の糸を堪能していた。“ズルズルズルル”と豪快な啜り音を鳴らして、チョーコーのアゴダシめんつゆに浸けて、彼女は昼の腹ごしらえをしていた。箸に麺を取って、つゆに“ひたひた”と浸けて“ズルルズルルル”と旨そうに啜っていたところで、スマホに着信が入ってきた。小刻みにバイブレーションして、鮒からの受信を知らせていく。啜り終えて“もぐもぐ”しながら、マルは箸を握った触手の先端部を器用に縦に丸めた“指先”で画面をタッチして電話に出た。


 市内。浜ノ町商店街。

 商店街大交差点の角にある、大きな洋服屋。

 一階には、軽食屋カフェと珈琲豆専門店があった。

 商店街交差点でも一番高い土地に建つ、このブランドショップビルの二階で、潮干しおひタヱは臼田うすた幹江みきえに連れられて新しい洋服を選んでいた。二人に同行していた片倉かたくら昇子しょうこが店内をグルっと一周閲覧してきたとき、タヱの片腕には衣服が掛けられていた。美女二人に微笑みかけるタヱ。黄金色こがねいろの髪の可愛い娘へと、微笑みを返していく幹江と昇子。会計を済ませて更衣室からカーテンを開けて出てきたとき、タヱは真新しい黒衣の上下に身を包んでいた。上はノンスリーブの、真ん中に左右三列ずつ縦に走るフリルレースが装飾されたシャツと、下は膝下五センチほどのギャザースカートという、彼女のパーソナルカラーである黒色であった。そして、本革製ベルトは白色の組合せ。それから、ボロボロになった前の衣装に手を突っ込んで“モゾモゾ”とまさぐっていったら、あら不思議なことに、どこからしらかグロスブラックのヘアバンドを取り出して、これを黄金色の頭髪に装着したとき、タヱの身なりは完成した。アハハ可愛い可愛いと軽く手を叩いていた幹江みきえ昇子しょうこに、タヱが飛びついて腕を巻いた。

「ありがとうございます! 私、本当に嬉しい!」

 感極まるタヱの頭を、幹江と昇子が優しく撫でていく。

「いいってことよ。これは私と昇子ちゃんからのプレゼント」

「タヱちゃんが喜ぶと私たちも嬉しいからさ。こちらこそ良かったよ」

 それから店と商店街を出て有料駐車場で再び赤いスカイラインに乗り合わせた美女三人は、目的地にへと走らせていく。と、浜ノ町をだいぶん離れたところで、タヱの黒色のスマホに着信が入ってきた。スカートの左ポケットから取り出して受信相手を確認したタヱは、電話に出る。


 稲佐町。

 院里学会長崎支部。

 空飛ぶ聖剣エクスカリバーの二機が、潮干ミドリの魔改造トヨダAAから撃墜されてからの訪れた静寂の一時ひととき。オレンジ色のカウルの750㏄バイクに腰を掛けていた磯野マキと、シャインレッドのカウルの450㏄バイクのシートに腰を下ろしていた磯野カメのそれぞれのスマホに着信が入ってきたのに気づいて、Gパンの後ろポケットから取り出して相手を確認。

「あら? お母さまからね」と、マキ。

「本当ね。なにかしら?」と、妹のカメ。

 細く白く長い人差し指を伸ばして、美人姉妹が画面に触れていく。

 同じ駐車場にいた龍宮りゅうぐう紅子べにこ

 愛車の銀色に紅色のラインが横に走るボディの1300㏄バイクに腰を掛けていたところで、Gパンの後ろからバイブレーションを感じたとき「んっ」と、驚きに声を出した。紅子が後ろポケットから赤いスマホを取り出していたところに、潮干リエと浜辺銀や磯野姉妹から「紅子のエッチ」「エロいっつの」「エッチですわよ」「紅ちゃんエロカワ」と浴びせられた。これらの声に、赤面した紅子は歯を剥いて「今度カープが日本一になったら、お前ら“よおー”覚えとけよ」と睨み付けて返したのち、人差し指を伸ばして画面をクリックして鯉川鮒からの電話を受けた。


 毒島ぶすじま家。

 長崎市の“どこか”にある、おおとり麗華れいかの実家。

 代々から武家である彼女の邸宅は、敷地が“バカみたいに”大きく。

 離れにある道場も、百人以上は稽古しても余裕のある広さ。

 その武家道場は、一時的な避難場所として提供していた。

 もちろんこれは、麗華から進んで名乗り出たこと。

 護衛人の元締めを勤める以上は至極当然の行動だったと言える。

 救出した鱗の娘たちを、母校の私立紫陽花女子高等学校の体育館に避難をさせたのとは別に。新世界十字軍による被害者たちや、“お勤め”に関与した容疑者たちの身柄を保護する目的で護衛人元締の麗華れいかの指示で実家に集めて、一同に保護することになった。さすがは由緒正しい武家、邸宅外の敷地面積は駐車場枠は十台、枠外に停めても最大七台。しかし、今は警察車両も含めて玄関の外にあふれているせいで、これは当然目立つ。よって、多数のパトランプをピカピカさせているのは“いろいろ”と不味いと判断した麗華れいかは、蛭池ひるいけ愛美まなみ刑事に耳打ちしていった。玄関から出てきた愛美まなみ刑事の白色の三つ揃いが、夕刻前の眩い日の光を反射して、警察官たちの顔を渋くさせていく。七三に分けられた赤茶色の長い髪の毛が光りを透かして、雪のように白い肌は光りを反射して、それらがキラキラと輝いて愛美刑事の美しさをより一層際立たせていった。膝丈スカートから伸びる細く長い脚が玄関の仕切りを跨いで、五センチのヒールで駐車スペースの砂利を力強く踏みつけていく。色素の薄い茶色い瞳は日射しに弱いのか、普段は穏やかな彼女の目付きが鋭くなってしまい、隊員たちを睨んでいるかたちになってしまった。なので、心境としては、ご機嫌斜めな美女に見渡されている感じ。

 そんな周りの部下たちの心中など関係なかった愛美刑事は、大きく二回手を叩いたのちに、両腕を天高く上げて、手刀で“シッシッ”と外に払う仕草を見せていった。

「はい、君たち。ご苦労ーーさん。あとは私たちに任せて。さっさと帰った帰った」

「え? 人数大丈夫ですか?」県警一の美男子からの質問。

「大丈夫大丈夫。私と“あかり”ちゃんと“ひかり”ちゃんとクラリスと康成やすなるちゃんがいるから心配ナッシング」

 愛美刑事の言葉に、“え?”と驚いた川端刑事。

 この指示に、瀬峨せが流蔵りゅうぞう刑事が質問する。

 女子枠に入れられた川端刑事には疑問は持たなかった。

「蛭池はん。刑事だけの五名で大丈夫ですカ?」

「セガール。あんた、誰に向かって聞いてんの?」

 と、薄笑いを浮かべたあと、愛美刑事は言葉を続けた。

「今現場に誰がいるか分かってんの? 護衛人の元締、鳳麗華だよ。お前たちヒラの刑事がたばになってももちろん、この私だって勝てないんだからね。彼女は強いよ」

「蛭池はんが、そこまで言うんなら。大丈夫でっしゃろ」

「でしょう。ーーー分かったなら、早く稲佐に加勢に行きなさい」

「了解」

 瀬峨刑事を含めた数名の刑事と全ての警察官たちと機動隊員が、毒島邸から移動していった。

 そして。

「はーい、皆さん、ひとつにまとまって私の方を見てください」

 と、両手を天井高く上げて手招きしながら総勢五〇名ほどの道場の者たちへと呼びかけていく麗華。被害者をはじめに、自主した容疑者と洗脳が解けた者、警察の連絡通信班に衛生医療班、五名の刑事に護衛人が数名。あと、鳳自動車産業の秘書課から二名。

 まず、教団または十字軍からの被害者。

 わにめぐみ

 長女、わに頬白ほほしろ。次女、わに夢香ゆめか。三女、わに愛香あいか

 橦木しゅもく朱美あけみ

 長女、橦木しゅもく朱火あけび。長男、橦木しゅもく朱勇あきお

 野木切のこぎり鱏子えいこ

 娘たちの鱶美ふかみ鱏美えいみは、師匠の梶木かじき有美ゆうみに同行中。

 次に、教団に関与していた容疑者。

 鯛原たいはら銭樺せんか

 長崎県警。強行課。

 班長、蛭池ひるいけ愛美まなみ刑事。

 部下、川端かわばた康成やすなる刑事。

 鬼束おにつかあかり刑事。

 倉田くらた理沙りさ刑事。通称、クラリス。

 福岡県警。強行課。

 鬼束おにつかひかり警部。

 護衛人。

 おおとり麗華れいか

 八爪目やつめ那智なち八爪目やつめれん

 補欠、キャサリン・ルビー・ボンド。

 ㈱鳳自動車産業。秘書課。

 難波なんば瓜子うりこ弥勒みろく睡蓮すいれん

 連絡通信班、五名。衛生医療班、五名。電脳班、五名。

 以上の計三五名。

 そして。 

 道場にピシッと響いた、軽く手を打ち合わせる音。

 雑談していた各々が、その音の発信元に注視した。

「はい、お疲れさま。みなさん、お利口さんですね。ーーー改めて、私は鳳麗華。今日から約二週間、私の指示の下で長崎の護衛人の半数以上が“あなた”たち陰洲鱒の人たちを全力で保護します」 

 鰐恵、挙手。

「はい。私たち、戦力になれますか?」

「恵さん。お気持ちは嬉しいけれど、残念ながら“あなた”たちは護衛の依頼対象なの。だから、一番安全だと思われるこの私の道場で避難生活をしていてほしいんです」

「そうなんですか」

「そうなんです。しかも、こちらの美人双子と秘書課の綺麗どころという特典付きで、お得ですよ」

「ありがたいオマケですね」微笑む恵。

「でしょう?」ニッコリする麗華。

 照れくさそうに頭を掻く、八爪目やつめ姉妹と瓜子うりこ睡蓮すいれん

 仲間四人に笑顔を向けたのちに、麗華は再び保護した皆を見た。

「それからあとは。稲佐町の四〇〇人の女の子たちを救出したあとで、残りの陰洲鱒の綺麗どころと“ここ”で合流して一緒に避難生活を送ってください。ただし独身組は、私の後輩、榊雷蔵の家に行ってもらいます」

「はい。質問いいですか?」

「朱火さん。なんでしょう?」

「その独身組には、私と朱勇は入りますか?」

「良い質問ですね。ーーーあなたがた姉弟きょうだいと恵さんの娘さんたちは、教団からマインドコントロールをされていたという被害者なので、こちらで保護する対象です。対して、“お勤め”から陰洲鱒の女の子たちを救出に協力してくれている人たちは現在進行形では被害者ではないので、教団と新世界十字軍が町から撤退するまでのしばらくは雷蔵君の家で寝泊まりしてもらいます」

「はい、分かりました」

 朱火が納得をしたのと重なるように、めぐみ銭樺せんかのスマホに着信が入ってきた。手を繋いでいた愛香にひとつ断って放して、恵は電話に応じていく。連絡通信班の女子職員から葡萄色ぶどういろのスマホを返してもらった銭樺は、キラキラと微笑んで「ありがとうございます」と両手で“そっと”受け取ってから、その細く長い人差し指の先で通話をクリックした。彼女の場合、自主した際に通信手段であるスマホを念のために没収されて県警強行課の証拠品ボックスに入れられていた。あと、長崎県警の署長をはじめに、重役の数名や多数の刑事や警察官などの約九割以上が院里学会の学会員であったために、銭樺の身に危険が及ぶ可能性を考えた麗華とプルートと麗子は、彼女の身柄を拘置所よりも毒島邸の道場で保護することが最善だと判断した。


 移動中のハイエース車内。

 運転中の蛙男かえるおとここと磯辺いそべつよしの後ろ頭に、後部座席中央でスマホで自社の記事と情報をチェックと整理をしていた片倉かたくら日並ひなみが声を投げた。

「毅。適当な路肩か拡幅部を見つけて停めてくれ。鮒さんから用事だ」

「り、了解したんだ、な……」


 長崎大学。

 医務室。

 摩周ホオズキは、ショルダーバッグからバイブレーションを感じ取ったので、バッグを開けてスマホを取り出した。着信相手を見て、この場にいた娘のホタルと有馬教授と石神里美と真嶋聡子と秋富士恵美にひと言断って電話に出ていく。そしてホオズキは、右肩と右頬でスマホを挟んで、ショルダーバッグからノートパソコンも取り出していった。


 同じく、長崎大学。

 テニスサークル部室。

 新世界十字軍ニューワールド・クルセイダー第七団隊隊員の人魚マーメイドアリエルと対峙していた、深者ディープ・ワン黄肌きはだ玲子れいこと“鱗の娘”の熊之実くまのみ橙子とうこ。玲子は友達を庇いながらも、目の前で構えていくアリエルから目を離さないでいた。上げた両腕をゆっくりと左右に広げたアリエルは、緑色の瞳を金色に光らせて意識を集中していく。すると、周りの空間から極小の泡が現れてきたと思ったら、次は数を増していき、大きさも拳くらいに膨らんだのがアリエルの背後で四つの集合体を形成した。そしてその両腕を胸元でクロスさせた彼女が。

「バブルスマッシュ」

 と呟いたとき、両腕の拳を前方に突き出した。

 直後、アリエルの背後から発射されていく四つの泡集合体。

 杭のようになって伸びていき、先端部を鋭くして二人に迫る。

 これを玲子は、頭を前後に振って三発避けて、身を沈めた。

 最後の四発目が虚しく部室の壁を貫いて消失した。

 その肝心の標的である玲子は無傷な上に、橙子も自身の前に移動させていた。この可愛らしいディープ・ワンは、マーメイドの泡の砲撃を余裕を持って避けながら、ついでに橙子を庇いつつ移動をさせていたというのか。と、ここで玲子のスマホに着信が来た。なんだろう?と思いスカートの左ポケットから右手で取り出して、指先で受信許可してすぐに録音もクリックしてから彼女が耳に当てていく。隙ありだ!とばかりに白い歯を見せて口を吊り上げたアリエルが、再び胸元で両腕をクロスさせて、霞から泡の集合体を生み出していった。今度は、先ほどの四つと違って、ひとつの大きな集合体であった。先の四つを合わせた物を上回る大きな集合体の球体。クロスさせたまま両腕を天井高く突き上げたあと、アリエルは玲子を目掛けて振り下ろした。

「バブルボム!」

 高速回転しながら、泡の球体が上下に潰れて前後に伸びていく。

 先端部を鋭角化した“それ”は、渦を描いて飛んできた。

 振り下ろす前から彼女の動きを見ていた玲子。

 銀色の瞳を光らせて、左手の指先で空間を突いた。

 コン!と高い音が鳴って、玲子の前に波紋が広がっていった。

「波紋水域」と唇が動いた。

 その波紋は天井や床に当たって中心に返って、また波紋どうしが当たって広がり、を繰り返していき、直撃したバブルボムを瞬く間にバナナの皮を剥くように先端部から割いて拡げて粉々に分散させた。この攻撃を受けている間、玲子の波紋の結界はただ小さく波打つだけで電話の邪魔にはならなかった。水泡の技を意にも介さない素振りの玲子に、アリエルは驚愕から歯軋りに変わり、両腕の拳を引いて腰に当てて意識を集中していく。すると、拳の中指あたりに渦を巻いて空間から水を出現させてきた。

「スクリュースマッシュ!」

 アリエルがこう叫んで両拳を前に突き出したとき、水の渦が鋭利な先端を向けて飛んでいった。が、玲子の妖術結界に直撃をしたものの、渦の槍は無限の波紋から緩和と粉砕されて結界に溶け込んで消失した。そして、玲子は相変わらず電話の内容に耳を傾けている。

「舐めやがって! クソガキが!」

 額に青筋を立てて、拳を振り上げたアリエルが駆け出していく。

 スマホに気を取られて(いるように見える)玲子にへと早々に間合いに入ったアリエルは、床を力強く踏んで真っ直ぐと拳を打ち出した。水を爆ぜらせるほどに飛沫を上げて、彼女は自身と部屋中を濡らした。しかし、激しく弾けた割には、波紋水域は大きく波打たせて広がり打ち合うばかりで、結界の向こう側にいる玲子と橙子にはなんの変化も無かった。水を滴らせながら拳を引いていったアリエルは、己の技と力がなんの効果も出せない事態に震えていく。顔中と身体中に小粒の脂汗が吹き出して、彼女の皮膚にアンダーウェアを張り付けていった。

「な……、なんだよ! これ!? 畜生! ふざけんなクソガキ!」

 アリエルは、この叫びとともに今度は拳を複数撃ち込んでいった。

 それは、ガトリングガンのように正確に正面、このときは結界の波紋水域に向けて垂直に拳の連打を浴びせていった。

「ふざけんなふざけんなふざけんな! お前ディープ・ワンのクセに舐めた真似すんじゃねえぞ!ーーー私はなあ! 私たちはなあ! 伯爵様と……ウチの旦那と幸せいっぱいな家庭を築いて生涯を送りたいんだ! そのためには、日本の西の端の島のインスマウスが最適だとみんなで決めたんだ! 東の楽園エデンが螺鈿島に当たるってな! いろいろな国のいろいろなインスマウスに侵攻して見て回ってきたんだよ! でも全て旦那と私たちの肌に合わなかったんだ! しかし日本のインスマウスは違った! 磁場が異常に強い以外は全部問題が無かったんだよ! やっと見つけた楽園エデンなんだ! やっと見つけた楽園だからこそ、旦那と私たちは“じぶんたち”の子供に“たくさん”囲まれて、家族のために料理を腕をふるって作って幸せいっぱいに暮らしたいんだよ! そんな私の気持ちなんか、最下層民族のお前らに分からんだろ! あの島と町は、旦那と私たちに相応ふさわしいんだ!」

 と、アリエルの思いの丈を全力でぶつけた最後の一撃にさえも、ただ単に波打つのみで“びくとも”しなかった結界が、突然“スッ”と消えたせいで、彼女は駄目押しの拳を思わず止めてしまった。

「え……っ?」

 低いひと声を洩らしたアリエル。

 玲子は内容を聞き終えたのか、スマホを右ポケットに仕舞い込むなりに右の拳に“ギュウウウッ”と力を入れて、銀色の瞳でアリエルを“ギロッ”と睨み付けた。額に青筋を浮かべて口を結んだ、玲子の顔は怒りを堪えていた。この、コンマゼロゼロ秒の隙がしょうじた直後、「ブン」っと蚊の羽音に似た物を耳の至近距離で聞いたアリエルの眼前には、玲子の白い拳が迫っていた。

 メチッ!

 暗転。


 八百比丘尼の赤いシトロエンに戻り。

「お疲れ様です。鯉川こいかわふなです」

『お疲れ様です』と、複数の女性の声が重なった。

「鮭川育良さん。紅佳さん。摩周マルさん。潮干タヱさん。磯野マキさん。カメさん。龍宮りゅうぐう紅子べにこさん。わにめぐみさん。片倉日並さん。鯛原たいはら銭樺せんかさん。黄肌玲子さん。そして、摩周ホオズキさん。ーーー日本が、国家が、教団に解体解散命令を出しました。これは恐らく、陰洲鱒町の制圧も考慮に入れたものと予測します。約六〇から七〇年も関わっておいてなんですが。私は教団が滅ぶのは一向いっこうに構いません。しかし、陰洲鱒町を日本から消すことは、決して許しません。あってはならないことです。けれど、私たちにも打つ手はあります。それを今から実行します」

 こう呼びかけを一区切りして、鮒は白く細いその人差し指の先でノートパソコンのクリックを操作していく。“人魚姫”のその指先の動きは、心なしか艶かしく撫でていっている印象であった。

「まずは、各々が持っているパソコンまたはスマホにUSBを差してください。次に、私が“あなた達”の機器に転送します。その転送されたデータは、あらゆる場所のサーバーに侵入することのできるウィルスを持っています。なので、読み込み完了を確認したら、各自のスマホから画面上の『拡散』をクリックしてください。以上で作業は終了です」

 そう言い終えた鯉川鮒は、口もとからスマホを離してお膝に乗せて、皆からの連絡を待った。



 3


 長崎大学構内。

 再びテニス部サークル部室。

 の、扉を蹴り開けて、玲子と橙子がアリエルを脇に抱えて出てきた。

 口をボロい包帯で塞がれ。手足首を縄で縛られ。

 横向きの赤毛の人魚マーメイドは鼻孔から血を滴らせていた。

 ムッとした玲子と橙子から脇に抱えられた姿は、滑稽でもある。

 部室を十数メートル出たところで、二人の背中に声が投げられた。

「お願い待って! アリエルを連れて行かないで!」

 自称クレオパトラこと、ミイラ女が気絶から目覚めた。

 銃剣を部室の床に投げ捨てて、クレオパトラは追いかける。

 気づいてはいたが、娘二人は無視して足を進めていく。

「ねえ、待ってったら! その子になにする気よ!」

 必死な顔で駆けてきた、自称クレオパトラ。

「お願いだからやめて! 喧嘩しちゃったけれど、仲間なのよ!」

 先刻ほどアリエルから顔面ド真ん中に正拳突きを喰らったにも関わらず、このミイラ女は本気で連れ去られていく彼女を心配していた。なんという仲間思いなのか。だが、そんな訴えも虚しく、玲子と橙子の足は止まらない。しかし、追い付いてこの距離が縮まったとき、ミイラ女の突き出した手首から放たれた複数のボロい包帯から、橙子は後ろから口もとと腰に巻きつけられた上に、首にも腕を巻かれてアリエルの脚から引き剥がされてしまった。不意に支えを失ったアリエルは、足首を床に強打して「んぐぐ!」と苦痛をあげた。このときもしかしたら、良くても捻挫、最悪は骨折したかもしれない。そして、玲子は後ろ重量が突然軽くなったことに気づいて足を止めて、アリエルにヘッドロックを極めたまま後方を確認した。すると、そこには、ミイラ女から後ろから包帯で拘束されて、首に腕も巻かれてチョークスリーパーを極められていた熊之実橙子の姿があった。

「橙子ちゃん!」心配して声を投げた玲子。

「んん! んん!」先に行って!とジェスチャーをする橙子。

「ここから近い、写真部で待ってるから!」

「んん!」分かった!と玲子に向けて親指を立てた橙子。

 それから再び足を進めていく玲子に、ミイラ女が。

「あ! こら待って! 待ってったら!」

 この一瞬気を取られた隙を突いて、橙子はミイラ女の腕を下から両手で叩き上げた。たちまちチョークスリーパーが緩んでスルッと腕が上がり、首から離れた。ミイラ女が「わ!」と体勢を崩したところを狙って、橙子は肘を後方に振り上げて、後ろの包帯女の顔に肘鉄を叩きつけた。続いて、オレンジ色の髪の毛を下と左右に伸ばして、口もとと腰を巻いていた包帯を切断した橙子は、すかさず前に一歩二歩と踏み出して間合いを確保したのちに後ろへ真っ直ぐと足を突き出して、ミイラ女の腹を蹴飛ばした。「げふ!」と胸に橙子の後ろ蹴りを食らって、ミイラ女は後退してしまった。それからさらに、橙子は身を捻りながら床を蹴って力強く垂直に跳んで宙でスピンしたとき、瞳を橙色に光らせて足刀を放った。鱗の娘の陰洲鱒の全力から五割抜いたちからの跳び後ろ廻し蹴りを顔面に“まともに”喰らってしまったミイラ女は、再び意識を遥か彼方へと翔ばして壁に後頭部を強打するなりにズルズルとずり落ちて床に尻もちを突いた。着地してオレンジ色の瞳に戻した橙子は、腰を落とした半身で数秒間の残心を取ったのちに、きびすを返して玲子の後を追っていった。

 同構内。

 写真部。

「はーい、ごめんなさいよー」

 横蹴りで部室の扉を開けて入室してきた、玲子と橙子。

 もがいてもだえる横に抱えられた赤毛の美女付きで。

「きゃあ!」

「なんか!」

「ひええ!」

「おわあ!」

「うひゃあ!」

 写真部部員・四年生の春風はるかぜ若葉わかば撒風まきかぜ木葉このはと漫画研究部総監督・四年生の加賀利かがり睦美むつみと写真部副部長・四年生の仲町なかまち羽美はねみと写真部臨時顧問の大城おおしろ菖蒲あやめの全員が、各々に驚愕の声をあげていった。玲子が「そこ借りますね」と部室のすみにセットしていた、木製テーブルを縦横二列に四つ合わせた上に「よいしょ」とアリエルの腰を下ろさせた。んんー!んんー!もがもが!と訴えていた赤毛美女の口もとのボロい包帯を下ろした橙子に、「お前ら、誰に向かってこんなことしてんだ! 舐めてんのかよ!」と吐きつけたアリエルの両頬を力強く“グイ”と両手で持ってオレンジ色の瞳で至近距離で見つめていく。んぐぐ!となるも、アリエルの目に写るのは、キラキラとした橙子のオレンジ色の瞳と髪の毛。

 ーか……っ! 可愛い!ーー

 侵略地の“先住民族”に思わずキュンときたアリエル。

 橙子から玲子にバトンタッチして、タオルティッシュで鼻血と口もとの血を丁寧に拭われていった。このとき、アリエルは玲子の顔も初めて至近距離で見た。先ほどまでは彼女と距離があったり、顔面パンチを喰らったときは怒りを溜めていた顔だったりしていたので、このような普通の表情をした玲子を間近まぢかに見たのは、けっこう印象に違いを覚えた。文字通りの白い肌に黒い眼と銀色の瞳にチラチラと見える銀色の尖った歯、そして細い首筋の左右に五つのえら、という異形ではあったが、その顔立ちと造形はほぼ左右対称に整った“ずいぶん”と可愛らしい二十代の娘の相貌であった。

 ーやっっば! っっいい!ーー

 予想外に深者ディープ・ワンにキュンキュンしていくアリエル。

「はい、終わり。元の美女に戻ったね」

 というふうに、玲子はアリエルとは対称的に、この赤毛のマーメイドに対しては“特に”感情移入などしておらず。ただただ単に、出血させた箇所を拭っていっただけである。元の綺麗な顔に戻したアリエルから、玲子と橙子は身を翻して“さっさと”離れていき、臨時顧問の菖蒲のもとにきた。

「突然お邪魔してごめんなさい。私は、黄肌玲子です。ノートパソコンをお借りしてもいいでしょうか?」

「え? ああ。どうぞ、良いですよ。隣の机にあるアレを使ってください」

 そう言った、長身で色白な美女が隣を指差した。

 ありがとうございます。と頭を下げた、玲子と橙子。

 黒色のノートパソコンを開いて、立ち上げていく玲子。

 その机の椅子を引いて腰を下ろした橙子。

 起動音が鳴り、準備中に入った。

 数秒の待ち時間を利用して、玲子が話しかけてきた。

「キャンパスの内と外も侵略者たちに囲まれているのに、あなたたちは避難しなかったんですか?」

「漫画研究部の子たちと古武道部の子たちは全員避難所に行ってもらったんだけど、この子たちは間に合わなかったの」

「そうだったんですか」

「ええ。ーーーあと、教授たちや他のサークルの生徒たちの動きは分からない。だけど、有馬教授と漫研の二人と歴史研究部のひとりと古武道のひとりが、まだ医務室にいるみたいなんです」

「医務室に? 有馬教授って、有馬哲司さんですか?」

「ええ。そうです」

「他の人の名前は分かりますか?」

「漫研の二人は私の部員です。真嶋聡子と摩周ホタル」

 そう答えてきたのは、“けしからん色香いろか”の加賀利睦美。

 睦美を見て微笑んだ菖蒲は、再び玲子に話していく。

「歴史研究部は石神里美。古武道は秋富士恵美。ーーーあとはそれから…………、なんかこう、背の高ーーい素敵なマダムが医務室に向かっていったというのを聞いたけれど。“つば”の広い黒い帽子をしていてお洒落だったんですって」

「菖蒲さん、それ、ホタルちゃんのお母さんですよ」

「え? そうなの?」睦美の指摘に軽く驚く菖蒲。

 臨時顧問の菖蒲は今年の五月に入ったばかり。

「ああ。ホオズキさんも来ていたんですね」

 状況を把握した玲子。

「彼女が来ているなら、“そこ”は大丈夫です」

 そして、安心した玲子。

「どう、大丈夫なんです?」菖蒲の疑問に。

「ホオズキさんは、私が話しにならないくらいに強いです」

「ん?」相手が可愛い娘であるため、理解できなかった。

「ほら。漫研に“ときたま”出張にくる摩魚まながいますでしょ。あの子、美姫さんの薙刀も恵美の刀も触れることができなかったくらい大学一だいがくいち強い女の子なんですけれど」

「うんうん」

「その摩魚よりも“だいぶん”強いのが、ホタルちゃんのお母さんことホオズキさんです」

「ええと。なんとなく分かったわ。ホオズキさん強いのね」

「ええ、はい」

 睦美と菖蒲の微笑ましい会話を聞いていたうちに、ノートパソコンの準備は“とっくに”整っていた。椅子を引いて腰を下ろした玲子が、スマホをスカートのポケットから取り出してパソコンの傍らに置いた。机の引き出しから接続ケーブルを取って、接続穴の形と仕様を確認してから、スマホとノートパソコンを繋いだ。先ほど録音した、鯉川鮒からの電話内容を再生していく。スマホを開いた画面の上部に、ステータスバーに『外部受信のダウンロードデータ保留中』の表示に気づいて、玲子は思わずクリックしようとしたが、鮒による手順が流れてきて、“人魚姫”から事前に受け取っていたUSBメモリーカードを思い出してスカートのポケットから取り出してパソコンに接続した。そして次に、外部受信していたダウンロードデータの保留中を開いて、インストールを開始していく。その読込み速度も意外と速く、ものの数秒で完了した。次に、藤紫色の画面に『拡散』という極太明朝体の赤い文字が表示されたので、玲子は鮒の解説通りに“これ”をクリックした。すると、スマホ画面にはUSBを経由してパソコンにへとデータが流れていく動きの簡単なアニメーションに変わった。それからこの数秒後、スマホと連動したパソコンの画面に藤紫色の背景に『拡散完了』と赤色の極太明朝体で作業終了の合図になった。そうして、データの移動を終えたスマホは自動的に受信した物が削除消失して、通話に切り替わった。

 これを見ていた橙子は、“はえー。すっごい。”と感心。

 操作をしていた玲子当人はというと、ほくそ笑んでいた。

「くっ……。殺せ…………!」

 と、部室のかどからアリエルの悔しい声が聞こえてきたので。

「あー、はいはい。あとで、あとでね」

 と、玲子から後ろすら向かずに“こう”返された。


 同構内の医務室。

 鮒からの内容を聞きながら、ホオズキは開いたノートパソコンをグレーのスチール製机に置いて、本体下部にケーブルを挿したのちに娘のホタルへと手招きした。

「はーい」

 と生体電気感知車椅子に乗ったまま、母親の隣に来たホタル。

 共同開発したこのハイテク車椅子にあるシート後部の小さい台形カバーを外したホオズキは、「ちょっと電力を借りるわね」そう微笑んで残り一方の端末部を挿して本体と繋いだ。続いて、パソコンの横にある二ヶ所の穴にUSBメモリーカードとスマホとケーブルを挿して繋いで、準備完了した。

「ねえ、母さん。いったいなにが始まるの?」

「うふふ。理不尽に出来上がった世界を“ひっくり返す”のよ」

 覗き込んできた我が娘の愛らしさに、目じりを下げた。

 このひと言に、不思議に思った石神里美と真嶋聡子と秋富士恵美。

 そして、この言葉の意味をちょっと考えているホタルと有馬教授。

 読込みを待っている間、ホオズキは語りを続けた。

「結論から言うと。鮒さんは悪いことをしていたの。磯野商事の波太郎さんと一緒にね。幹部の人魚の三人と、その子どもたち部下や信者。あと、院里学会の人たちも協力していてね。毎年の“虹色の鱗の娘”といった儀式の他にも、“お勤め”と言っている違法売春の斡旋。そして、世界各国の秘密組織や大富豪に売るために、目撃された“鱗の娘”の誘拐。いわゆる人身売買。これら全部、非人道的で残酷な行いよ。消えた娘たちの親御さんたちは、永遠に癒えない心の傷を負ったままなの。しかし、私と安兵衛さん、弟の刃之助さんと妻の七重さん、そして彼らの子どもたちは、この状況をただ黙って見ていただけじゃないのよ。ーーーまずだいいちに、他の住民たちのためにも自警団は避けたわ。みんなが不安になるからね。だから私たちは、町中と島全体に防犯カメラを設置したわ。このおかげで、毎年起こっていた誘拐が一昨年から無くなったのよ」

「それは、めでたいですね」と、微笑む有馬教授。

「うふふ。ありがとう。ーーーでもね、町の女の子たちの“お勤め”は私たちも黙認するしかなかったの。鮒さんから、“お勤め”の間は絶対に町の女の子たちを傷つけないようにする、と約束をされていたから。そして、彼女はずっとその約束を守っていてくれていた。でも、悪いことは悪いことよ。彼女も自身の行いには自覚しているわ」

 そう言い終えたときに、ホオズキは横目でスマホを確認した。

 読込み完了していたので、USB経由で本体へと転送と拡散。

 拡散が完了する間の待ち時間に、ホオズキは再び語り出す。

「私たちはね、彼女と波太郎さんたちの誘拐と斡旋を止めるために警察に何度も行って訴えてきたんだけど、全て棄却、全部駄目だった。なぜだか分かる? 長崎県警の署長と副所長と幹部に重役たち、そして六割の現場の刑事に警察官たちが全て院里学会の学会員だったからよ。訴えを持ちかけるたびに、揉み消されるから、学会員以外の刑事さんたちは悔しい思いをしてくれていたわ。ーーーでもね、それが今日は、地元の刑事さんたちだけではなくて、福岡県警の人たちも協力してくれて、私たち陰洲鱒のために動いてくれているの。嬉しい……」

 早々と転送から拡散まで完了していた画面に顔を向けて、ホオズキはノートパソコンを“そっと”閉じた。んふふ、とパソコンを見て微笑んだのち、再び皆に顔を向けた。

「そうそう。あと、主犯の二人について言うとね。ーーーまあ、波太郎さんと弟の海太郎さんに関しては分からないのよね。考えが読めないというか、行動がよく分からないというか。なんで、誘拐という人身売買を始めちゃったのかしら…………? それも後々に解決できるかな? あの兄弟は関わりたくないわ。ーーー横道に逸れちゃったけれど、鮒さんに関してはハッキリしてくれたわ」

「どういうふうに、ですか?」秋富士恵美の問いに。

「『私が今までしてきた事の報いは受けます。ただし、この町の女の子たちを犠牲にしてきた事は無駄にはしません』…………と、言ってくれたの。だから私たちは彼女に“今回だけ”協力したわ。ーーーというわけで、私からの話しは以上。あとは侵略者を迎え撃って、あなたたちを避難させなきゃね」

 “ふふ”と、皆に愛らしく微笑みかけたホオズキ。

 まあ、なんとなく納得しようとしていたホタル。

 現に、昨年の生贄の現場で鮒と日並が悪事を自白したゆえ、ホタルは内心では正直にあの主犯の女二人を許せずにいた。あのとき、ハッキリと聞いた「人身売買は金になる。この島の金鉱脈を掘削するよりも」との言葉。彼女の隣には、姉の摩周ヒメもいた。ハッキリ言って、私の気持ちでは鯉川鮒と片倉日並に協力することなど無理であり、出来ない。

 と、ここで、ホオズキへ石神里美からの質問。

「あのー。おばさま。侵略者ってなんですか?」

「うふふ。あのね。さっきから、窓の外で、同じ格好をした武器を持った男たちと女たちが“ポーンポーン”と飛んでいるんだけど」

「あ……!」指摘されて、その光景に気づいた面々。

「あと……。もう少ししたら、感じの悪い人たちが三人ばかり“ここ”に来るんじゃないかしら」

 そう、ホオズキが指差した医務室の扉のドアノブが、ゆっくりと回っていった。


 車道拡幅部に停車中のハイエース。

 電話内容を聞きながら、車体後部を出て助手席に移動してきた片倉日並。ダッシュボードを開けて取り出したのは、青黒いノートパソコン。これを閉じた両膝の上に乗せて、本体を開いていく。そして、電源を入れてコントロールパネルのコンセント穴にケーブルを挿して本体と繋いだ。日並の手際の良さに感心しながらも、陰洲鱒の蛙男は、隣から感じるモノになにやら危険な反応を自覚していった。日並が青紫色のスマホとUSBメモリーカードを本体の横に接続して外部データの読込みを開始したときに、磯辺いそべつよしの目線に気づいて大きな赤褐色の瞳を流した。チラッと下にやって、再び運転席のトレンチコート姿の蛙男を見た。

「どうした? 一丁前いっちょうまえに? 五〇近いオバサンの身体にチンポおっ立てて?」

「ひひ、日並、さんは。みみ魅力的、なんだな……」

「はぁー。ーーーお前、最っっ低ーーっだな」

「かかっ身体だけじゃなくて、匂いも、雰囲気も、空気も、髪の毛も、ひひ瞳も口もとも、ぜぜ……全体的におおお俺は興奮してしまうんだ、な……。ーーーほほっ……他の男たちは、我慢強いんだな」

「なんだそれ? 照れくせぇ。あと、腹立つ」

 頬をわずかに赤くした日並は、歯を剥いて言葉を吐いた。

 そして、衣服の上からでも分かるほどに豊かな胸の膨らみに隣から緑色の手が伸びてきたので、彼女は素早く手首を掴んで制止した。

糞餓鬼クソガキが。おぇ、幾つだよ?」

「ささ三二歳、なんだな……」

「畜生、本当に私よりガキじゃねえか。マジで私をヤるつもりなら、法廷でかね取るぞ」

「ひひ酷い」

「彼女でも嫁さんでもねえ女の身体を触ろうとしてんのは手前てめェだろうが! ひでェのはお前だよ。その“おっ立てた”チンポ仕舞って、ちったぁよく考えろ!」

「そそそれなら、日並さんに、おさめてほしいんだな……」

「はああ? 舐めてんのか? わたしゃ“そういう”ボランティアじゃねえよ!」

 掴んでいた毅の手首を振り払った日並が、怒りを投げた。

「ヤりたきゃ手前テメェ自身でヤりやがれ! 馬鹿!」

「い……いい、いいのか、な……?」

「ああ、ああ。勝手に妄想でもして大人しくシコっとけ! 私は私でやらなきゃならないことがあるんだよ。隣で好きにしてろ! チンポ野郎!」

「分かった……。ひひ日並さん、の、邪魔にならないように、するん、だな……」

「できるんなら、終わるまで“そう”してくれ」

 ということで。

 日並が外部データの移動と拡散の作業が終了するまで、スラックスのジッパーを開けて“イキリ立つ一物イチモツ”を取り出したつよしは、本当に彼女の横でみずからの手で“ソレ”を上下に擦り始めたのだ。ハァハァと息づく成人男性の快楽の喘ぎを耳に入れながらも、日並は両膝の上に乗せたスマホとUSBからノートパソコンへの転送を確認していた。それからデータの転送が終わり、拡散も無事に完了したので本体を閉じてスマホとUSBを外したとき、毅の顔が胸の膨らみに接近していたことに日並は気づいた。男の小刻みな熱い息が乳房に当たっていくのが衣服の上からでも伝わってきた日並。用心はしていたが、相手が触らないでいてくれるなら大丈夫かな?と思い、彼女はしばらくその様子を見ていた。しかし、正直、嫌悪感はあった。日並の身体を“オカズ”にして、隣の蛙男は堂々と遠慮なく自慰行為という名の性欲処理をしていたからだ。好意を抱いたことなど一度も無い男から、隣でシコシコされるというのは気持ちの悪いことである。鼻で溜め息を着いた日並は、毅がこれ以上余計なことをしないように、赤褐色の瞳でジロリと睨み付けていった。

 そうして。

「ティっ……! ティッシュ! ティッシュ!」

「はいよ」

 ダッシュボードからティッシュボックスを取り出した日並が、運転席のコントロールパネルの上に置いてあげた。震える手でシュシュッと複数枚取った毅は、それを重ねて乗せた手を己の亀頭に寄せた瞬間「ウッ……!」とりきんで目蓋を閉じて口を尖らかせて、ビクッビクッと身体を痙攣させながらティッシュを重ねた器の中に白濁した体液を放出していった。この一連の光景を見ていた日並は、言葉には出さないが「マジかよ……」とドン引きした表情を出していた。“出涸らし”の無いように“搾り出し”を徹底して亀頭を拭き取って車内のゴミ箱に大きなティッシュの丸めた塊を捨てた毅は、ハンドルを握ろうかとしたとき、助手席の日並からウェットティッシュのケースで頬を叩かれた。

「そのままの手で運転する奴があるか。馬鹿」

「そ、そうだったんだな……」

 毅は三枚取ったウェットティッシュで両手を綺麗にしたのちに、今度こそ本当にハンドルを握ってキーを回してエンジンに点火した。

「ももっ目的地は、稲佐町までだったんたな?」

「ああ、そうだ。頼むよ」

「オーケーなんだな」



 4


 毒島ぶすじまてい。道場内。

麗華れいかさん。ノートパソコンをお借りしても良いですか?」

「私も。私もノートパソコンをお願いできますか?」

 わにめぐみ鯛原たいはら銭樺せんかが、おおとり麗華れいかへとこう申し出てきた。

「ええ、構いませんよ。ーーーっちゃん、二人に予備の二つを貸してあげて」

 快諾した麗華からの指示を受けた八爪目やつめ那智なちは。

「オッケー」

 こう親指を立てて、妹の煉に手招きしたのち、道場の壁側に長机の脚をを広げて設置してパイプ椅子を二つとノートパソコンを二つとをセッティングし終えたところで恵と銭樺を呼んだ。

「お待たせしました」那智と煉がそろって言った。

「あらー。ありがとうございます」目じりを下げた恵。

「ありがとうございます」微笑んで手を小さく振った銭樺。

 小音中型発電機の紐を引いて、エンジン点火と発電開始させた煉。

 ガソリン補充の発電機であるので、馬力がありパワフルであった。

 恵と銭樺がアイコンタクトしたのちに、それぞれがスマホとUSBメモリーカードを本体横の穴二ヶ所に挿して、転送移動と拡散の準備に入った。そんなとき、“ふと”道場出入口の方ーーーつまり、麗華と那智と煉にキャサリンや弥勒睡蓮と難波瓜子、あとは数名の刑事たちの班が立っている場所。ーーーに目をやってみたら、そこには、倉田くらた理沙りさ刑事と手を繋いで立って皆の様子を見ていためぐみの末娘ことわに愛香あいかの姿があった。

「そのお姉さんが気に入ったの?」

「うん。気に入った」

 微笑みながら聞いてきた母親に、愛香は軽く頷いた。

 そして、愛香が理沙刑事と笑顔を交わした。

 理沙は百六三センチ、愛香は百五五センチ。

 二人は約八センチの身長差。

 んふふ。と我が末娘の愛らしさに満足した恵は、自身のやるべき事に意識を戻した。そのような超長身美女人魚の手前で座って同じ作業をしていた、美女町議会議長の銭樺が恵へ。

「愛香ちゃん、相変わらず可愛いですね」

「でしょう? ありがとう」

 と、お互いに和やかに言葉を交わした。

 この銭樺も、町議会議長という政治家以前に二人娘の母親であった。

 やがて。

 各々がデータの拡散を終了したのちに、麗華たちに礼を述べて備品を返却した。


 稲佐町。

 院里学会稲佐町長崎支部。

 の、隣の建物の駐車場。

 鯉川鮒からの電話の作業手順を聞きながら、マキとカメと紅子の美女三人は各々の愛車ことバイク後部のボックスからノートパソコンを取り出して、スマホとUSBメモリーカードを本体横に接続すると外部データの読込みと本体への移動を待った。

 そんなバイク組の前例に停めていた潮干リエが、愛車の白いファミリーカーのルーフに片肘を乗せて院里学会の施設を見ていた。

「なんか、静かになったわね」

 先ほどまで、彼女の長女の潮干ミドリが魔改造したトヨダAAで、新世界十字軍ニューワールド・クルセイダーの爆撃機エクスカリバーを二機全て撃破させてしまってからは、施設を占拠して立て籠っている十字軍の兵隊たちと長崎と福岡の合同県警の刑事や機動隊たちとの銃撃戦が一時的とはいえ、おさまっていた。かと言っても、侵略者軍隊と現地警察官の双方は気を抜いているというわけではなく、互いの様子見という緊張感漂う膠着状態に入っていた。

「ミドリったら、どこに隠れてんのかしら?」

「本当ね。あんなバカデカイ車が“どっか”行っちゃったわ」

 リエの疑問に、浜辺はまべしろがねが乗ってきた。

「さっきまで奴ら、刑事さんたちにイキって“ドンパチ”やってたのに、ミドリちゃんの車にびびっちゃったみたいね」

「あはは。そうね。下手に刑事さんたちに銃撃したら、あの子から強力な銃弾を“お見舞い”されちゃうもんね。戦力を削りたくないんでしょ」

「あと“表”で三人仲良く見てんの、あの軍隊のあたまだと思う」

「そうみたいね。ーーーそれとさ、さっき兵隊の女の子が一階に武器を抱えて走って行って“それっきり”よね。ウチの娘の反撃に用心してんのかな? でも、一階に町の女の子たち四〇〇人くらいいるんでしょ? 巻き込まないでほしいなあ」

「リエ」

「ん?」

「“それ”なら大丈夫だと思うよ」

「大丈夫かな?」

「心配することないんじゃない。あんたの娘でしょ?」

「それもそうね。ーーーありがとうね」

「いいえ、どういたしまして」

 “ふふ”っと微笑みを交わした二人をよそに、マキとカメと紅子のバイク組のデータの拡散作業が終了していた。

「よーし、終わり。お母様に報告しますわよ」微笑むマキ。

「はい、お姉様」ニッコリするカメ。

「おーし。終了!」ホッとした笑みを見せた紅子。

「ねーえ。さっきから“あんた”たちなにしてんの?」

 リエから投げられきた質問に。

「世界を“ひっくり返す”の」紅子が簡潔に答えた。


 移動中の赤いスカイライン車内。

「お願いします。幹江さん、どこか適当な路肩で停めてください」

 後部座席の潮干タヱが、運転中の臼田幹江に頼んでいった。

 交差点を通過したバス停の後部に停車したスカイライン。

「ありがとうございます。あと、ノートパソコンがあれば、しばらくのあいだだけ私に貸してください」

 鯉川鮒の電話を聞き終えていたタヱは、手順を頭に入れていた。

 なので、ファイルの拡散を“できれば”自身も早くしたかった。

 サイドブレーキを上げて完全停車したあと、後ろを向いた幹江。

「いいわよ。ノートパソコンね」

「はい、そうです。お願いします」

「ちょっと待っててね」

 まるで我が妹を見るかのように、幹江は笑顔を浮かべた。

 鼻歌を歌いながら運転席を出て車体後部のトランクを開けて、メタリックレッドのノートパソコンを取り出したのちに後部ドアを開けてタヱに手渡した。

「はい、タヱちゃん」

「ありがとうございます」

「んふふ」目じりが下がって“しょうがない”。

 どうやら、本当にタヱが可愛くて“たまらない”らしい。

 当のタヱは、お膝に乗せてノートパソコンを開いて準備に入る。

 そして幹江は、再び鼻歌を歌いながら運転席に戻った。

 本体横の二ヶ所の穴に、タヱはスマホとUSBメモリーを接続。

 外部データの読込み終了を数秒待ったのちに、パソコン本体への転送を開始していく。最近の電子機器は容量が増えたのか、はたまたパワフルになったのか、膨大な量のファイルを短時間での読込みと転送を済ませていった。それから、本体の液晶画面に『拡散』という極太明朝体が表示されたのを確認したあと、タヱはクリックして多方向多方面の機関に拡散をした。そして、鯉川鮒のスマホへと作業完了のメールを送ったのちに、タヱは幹江に声をかけた。

「ありがとうございます。終わりました。現場に向かってください」

「よーし、お姉さん張り切っちゃおうかな」

 フンッ!と気合いを入れた幹江。

 これに昇子も便乗した。

「隣のお姉さんも頑張っちゃうぞー」

 以上、出発進行。


 陰洲鱒町。

 萬屋の磯野商事の鮭川育良と紅佳。

 復旧中の摩周安兵衛の家の摩周マル。

 こちらの三人も、鮒から転送されたデータファイルを本体から拡散し終えたので、彼女にへとショートメールで報告をした。


 そうして三度みたび

 停車中の赤いシトロエンに戻る。

 助手席で鯉川こいかわふなは、自身のも本体から拡散作業を終えたあと、それぞれの“協力者たち”からの作業完了の報告をメールで受けたのちに、白銀色の煙管キセルに火を点けて一時ひとときの休憩に入っていった。三口みくちから四口よくちほどタバコを味わって、ふながカーナビに目線を移した。

 運転席から黙って見ていた八百比丘尼は、隣の“人魚姫”に。

「なにをしていたの?」

「一部の身勝手な人間たちへの“仕返し”じゃよ」

 このように、鮒は含み笑いで返してきた。

「私と私の“協力者たち”は、ウィルス付きで致命傷になるファイルを“あらゆる通信機器”に送信した。どのような強固なセキュリティが整っていようが、私と“彼女”が協力して生み出した電脳の猛毒は防ぐことはできぬ。そして、それぞれの発信元を特定することを難解な物にした。まあ、その内いずれかは特定されるがの。だが、時間は大いに稼げる」

「データはすぐ消えるの?」

「いいや。十二時間以内にフェードアウトして消失するようにしてあるから、気になった者だけがコピーしておけば良い」

「へえー。スッゴイ。ーーーでも、なんか、アメリカが言うには衛星探査機が兵器を兼ねて監視と特定ができるって聞いていたけれど?」

「そういったのも込みで、今のことをしたのだよ。身バレした際には、私が“奴ら”のまととなり、全ての罪を被る。ーーー陰洲鱒の“みんな”には指一本さえも触れさせん。手を出したそのときは、奴らの指と首を斬り落としてやるよ」

 “トントン”と、携帯灰皿にへと人差し指の先でキセルから灰を叩き落としていきながら、“人魚姫”は八百比丘尼に微笑みかけた。


 そしてこのあと。

 このサイバーテロを受けた石橋政権は、蛇轟秘密教団へと解体解散命令を正式に下すこととなる。



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