神聖娼婦と魔女
ユダヤの美しい魔女、アニュスの声は、脳内では『水星の魔女』でスレッタ・マーキュリーの声優さんの声です。
1
虎縞福子は助手席にアニュス・アマダス・カリスを乗せて移動していた。次の目的地は、院里学会の施設がある稲佐町だったが、丸山町の糸依桃香ほか陰洲鱒の娘たち救出で銃撃戦のあとに榊雷蔵たちと合流と人員の振り分けしたのちに、有料駐車場に停めていたチリレッドの愛車へと戻っていた途中で新島光からのEメールに気づいたので、予定を変更して走らせた。料金を自動精算機に支払い愛車に乗って有料駐車場を出てその出入口付近で一旦停車した福子は、しばらく黙っていたが、助手席のアニュスに銀色の瞳を流して話しかけた。
「ダイヤちゃん。今から、お洋服を買いに行きましょう」
「はい、お姉さま」
そう福子から微笑みかけられて、彼女も瞳をキラキラとさせた。
そして、近くのコインパーキングにチリレッドの愛車を停めて、ボンネットに銃剣を収納したあと、浜ノ町商店街のとある洋服屋へとアニュスを連れて福子は入った。
それから。
買い物を終えた二人が洋服屋から出てきたとき、アニュスは新しい衣装を纏っていた。白い襟とボタンのダークシーブルーの膝丈ワンピースで、膝下の白いソックスと黒色の革靴に新一されていた。それは、彼女のオリーブ色の緑色がかった褐色肌に合わせたダーク系のコーディネートであった。さらに、リップもピンク系レッドも買ってもらい、その瑞々しい唇に引いていた。
商店街を出ての移動中。
福子はアニュスの喉の下と下腹部が気になっていた。
これは、丸山町で会ったときからである。
この美しいユダヤ娘の身体の二ヶ所から発せられている、超微弱な電磁波が福子の聴覚を刺激していた。正直言って、コレは具合が悪くなる電磁波である。しかし、福子はこのことを顔に出さないようにしてハンドルを操作していった。
「ねえ。ちょっとだけ遠くの広場に行こうか」
「え? 今からですか?」
「ええ。行きましょう」
「はい、お姉さま」
そうして、長崎市内のどこかの空地。
一面に砕石が敷かれて、虎ロープで駐車区画が仕切られていた。
目の前には一車線交互通行の道路と長い防波堤の先に広がる岩と海。空地の背には、落石防止工事している山の岩壁。とりあえず、人目が乏しい場所であることは間違いないようだ。エンジンを止めて、決意の一呼吸をしたのちに、福子は小さく「ちょっと、ごめんなさい」と囁くようにアニュスへと声をかけていき、両手で優しくユダヤ娘の顔を持つと、唇を重ね合わせた。突然の出来事にアニュスは目を丸くするが、福子の唇の触れ方が柔らかく優しかったので“これ”を受け入れた。顔を傾けて唇をより密着させて舌を絡ませ合っていったとき、アニュスの喉へと徐々に福子の舌が侵入していった。細いとしか言えないヒトの喉の管を、相手の舌が異形な物と化して上下運動をしながら舐め回して“まさぐって”いく。途端にアニュスの全身に緊張が走り太ももをキュッと閉じて、嗚咽を繰り返していく。離脱されないように福子の左手はアニュスの後ろ頭を掴んで押さえて、あとの右手は閉じた浅黒い太股を撫でていく流れでスカートを上げていき、その指先は股間へと向かっていった。このときアニュスは、身体を傷付けないような手と指のタッチの感覚から福子に信用と安心感を覚えて、下半身の力を抜いて太ももを“ゆっくり”と開けていった。
それから、約二〇分ほど経ち。
助手席ドアの下の砕石は中ぐらいの水溜まりのように、一部分だけ色濃くなって濡れて光っていた。アニュスは恥ずかしげに俯いたまま、スカートを膝まで下げていって裾の皺を伸ばして整えた。対する運転席では、彼女に背を向けてドアを開けた福子が手の平に乗せていた小さな黒色と銀色の二つの物体を、ペットボトルのミネラルウォーターで洗い流していた最中であった。キスされた唇を愛おしく人差し指で撫でたあと、アニュスは運転席に顔を向けて話しかけていく。
「お姉さま、ソレは……」
と、自身の唇に人差し指を立てた福子から言葉を断たれた。
コントロールパネルにその二つを置いて、福子は今度は手を洗い流していった。よく手を拭いたあと、助手席のダッシュボードを開けてルーペを取り出して小さな二つを確認。小さな物と言っても、米粒や塩の結晶より一回り小振りなていどである。そして、ダッシュボードからさらに緊急脱出用ハンマーを取り出して車を降りて砕石の地面にハンカチを敷いて片膝を突くなりに、ハンマーを振り下ろして“これら”二つを叩き壊した。
新世界十字軍第八団隊通信追跡班。
通信車両内部。
黒髪短髪の青年兵隊が、画面上の異変に気づいた。
「イシュタル団長。こちら通信追跡班のジョセフです」
『あら、お疲れ様。どうしたの?』
「たった今、本河内町からアニュス・アマダス・カリス隊員の通話とGPSが途絶えました」
『おや?』
「失踪したか殺害された可能性もあります。ーーーストーキング部隊から三人を行かせますか?」
『いいえ、その必要は無いわ。信号が消えたなら、死んだんでしょ。放っておきなさい』
「了解」
そう通信を終えたジョセフが、隣でレーダーとアンテナを操作していたニコラスと見合わせた。
ゴールドのラインが真ん中を走るシルバーのプジョー。
の、移動中の車内。
通信を切った第八団隊団長のイシュタル・サプフィール・コルシュノフが、両手でハンドルを持って運転に集中していく。助手席には、副団長のシンバ・ダハブ。ハンドル操作をする、コサックの美女の横顔に見とれながら、シンバは口を開いていく。
「アニュスが消えたんですか?」
「ええ。消えたわ」
「まさか、殺された?」
「逃げたのよ」間髪入れずに否定していく。
「逃げた……? どうしてそう思うのです?」
「あの子なら“そう”すると思ってね。ーーーそして、私も彼女と同じ立場なら全く同じことをするわ。ーーーあくまでも推測だけどね」
「…………。ーーーもし本当にアニュスの逃亡を見て見ぬふりしたら、軍法会議物ですよ」
「ふふふふ…………。ーーーあのさ、シンバさ、あなた、糞味噌の寄せ集めの新世界十字軍傭兵部隊に、軍法って物があると思ってんの? 有って無いような物よ」
「そんなもんでしょうか?」
「そんなもんよ」
そう断言したイシュタルは、微かに笑みを浮かべて極めて小さな鼻唄を歌いだしながら運転を続けていった。このような振る舞いをしていく我が団長に、シンバは何故か笑みを浮かべていた。彼女はイシュタルを“とても”尊敬していた。生まれも育ちも国も肌の色も皆違うが、このロシア美女は“そういった違い”では部隊の魔女たちを見ていなかった。そしてこれは、第九団隊団長の片倉菊代も同じように接していた。なので二人の団長は、尊敬を集めていた。やがて鼻唄が一息着いたのか、イシュタルの口角が少し下がった。
「ひとつだけダイヤちゃんの身の上を話しておくとね」
「はい」
「あの子、父親のモハメド・カリスから部隊に“売られた”のよ」
「え? 消息不明になった、あの男ですか?」
「そう。本当に姿を消した男よ。ーーー彼女ね、十三歳のときに第一団隊団長ジーザス・D・クライシスに買われたの。多額で」
「マジかよ……」
「そして二十歳に成ったその子を私が引き受けた」
「それは良かったです」
「本当に良かったわ。それまで彼女はね、神聖娼婦として部隊の男たちの“慰み”になっていたのよ。生まれつき魔力を持っていたせいでね。ーーーいいえ、アニュスだけに限らず十字軍に“売られた”魔女たちはほぼ慰み物になっているわ」
「今どき? マジかよ……」
「だから、私と菊代さんは“できるだけ”引き取った」
「本当に最善ですね」
「でしょう?」
と、微笑みを向けて、すぐ前方に直った。
「そして、アニュスには妹が“いた”の。アスピス・カリスって女の子が」
「初めて聞きます。どこに所属していたんですか?」
「第一団隊。志願者。しかも団長のお気に入りで、第一団隊の大隊長を任されていたわ」
「現場は、どこです? 中国かイタリアですか?」
「埼玉県全体。川口市を活動拠点にしてね。難民と騙った中東の男たち、主にクルドの連中なんだけど、そいつらと県知事と市長を父親のモハメドと上手く使っていたんだれども、その県知事と市長が暗殺されちゃって内戦が始まったわけ。そんな内戦の“どさくさに”紛れて、アスピスの首が何者かに撥ねられて地面に転がっていたわ」
「ええぇ……」
「近場にナイフを持った反政府組織のメンバーが数名見付かったけれども、その子の首の切り口はどうも長刀で斬られたように滑らかだったわ。実際に私もアスピスの遺体を見せてもらったから」
「マジかよ……」
「そのアスピスなんだけど、彼女ね、遠隔で土人形の魔法を使えるんだけど。それがどうも見破られたみたいでね。長崎市に彼女よりも上手の術師がいるみたいでさ、使った技にまだまだ余裕があったんだ」
「マジかよ……」
「まあ、そういった事情までを含めてアニュスとその他の魔女たちを私と菊代さんの目に届く範囲に置いているわけよ。引き取った引き受けた以上は、私の娘または姪」
「そうですか」
と、微笑みを見せたのちに、ゆっくりと真顔に戻って前を見る。
「団長は、なにか目的があるんですか?」
「ええ。大有りよ」
「どんな?」
「魔女の地位を天高く引き上げて、頂点を目指すことよ」
こう断言したイシュタルの口角が、鋭く吊り上がった。
アメリカ合衆国。
新世界十字軍第一団隊本部基地。
通信追跡本部室内。
第一団隊団長ジーザス・D・クライシス。
「ほっほっほっほっほっ。イシュタル団長殿、これはまた、大層な目的が御有りでありまするな」
高い鷲鼻と細面に口髭と顎髭を長く伸ばして蓄えた、白塗りの麿眉毛の下に切れ長で鋭い眼差しの中に瑠璃色の瞳をギラギラ輝かせながら、団長のジーザスは低音だが柔らかな鼻声で穏やかに笑う。御年五五歳になる、上顎の前歯二本が大きいのが特徴的な男だった。
赤色のベルベットのマントの両端を摘まんで左右に広げると、白い本革ソファーに腰を下ろしていく。そして、脚を広げるどころか、彼はピタッと閉じて真っ直ぐ立てて座っていた。この白色の本革ソファーは、基地内部の各部隊の各部署ごとに設置されていた。“大将”のその様子を確認した通信追跡本部隊長のイカロスは、画面に向き直り後ろの“王座”にいる男に話していく。
「団長殿」
「なんでおじゃる?」
「今の会話からは、アニュスは生きているものと思われますが。どう致します?」
「ほっほっほっほっ、ほっ……。麿の十字軍を抜けて、逃げられるとでも思っておじゃるな?」
「放っておきますか?」
「麿の団隊から、ストーキング部隊を出して追わせるのじゃ。そして、アニュスを“救済”せよ。あの娘は厄介でおじゃるからの」
「了解。ーーーその……。厄介とは?」
「麿と同じ、ダイヤモンドが誕生石じゃからよ。ほっほっほっほっ、ほっ」
「了解。ーーーこちら第一団隊通信追跡本部のイカロス。ジーザス団長殿からの命令が出た。我が団隊からストーキング部隊を出動させよ。標的は脱走兵のアニュス・アマダス・カリス。標的は日本の長崎県長崎市本河内町にて通話とGPSが途絶えたもよう。そして、標的には同伴者がいる。場合によっては同伴者も始末せよ」
以上の指令を送信し終えたイカロスが、再び第一団隊団長に振り向く。ジーザスは穏やかな笑みを浮かべていた。
「グッジョブでおじゃる」
「第八団隊団長の件は、いかが致しますか?」
「そうじゃのう……。彼女は些か麿に反抗する兆しがうかがえるでおじゃるな。ーーーよし。イシュタル団長殿に“なにか”あった際には、助けないでおこうぞ」
「了解です」そう了承して、再び画面に向き直る。
「ほっほっほっほっ、ほっ…………」
2
「お姉さま、“それ”はなんですか?」
コントロールパネルでハンカチに乗せられた、砕けた黒色と銀色の小さな物体を指して、アニュスが福子へと聞いていく。
「おそらくこれは、盗聴機とGPSね」
無表情で答えた福子に、アニュスは軽い溜め息を着いた。
「やっぱり…………」
「どちらも日本産の深沢機器の製品ね。本来の医療用カメラ専門に、盗聴盗撮から追跡などの監視用機械も開発販売している東京都に拠点を置く東日本最大の医療機器メーカーよ。その二つが、あなたの喉と膣の中に入れてあったわ」
「…………。新世界十字軍というか、世界基督教会がユーザーなんですか?」
「そのようね。ーーーずいぶんな太客で逆に感心しているわ。全く…………」
「それと、お姉さま。どうして“その”二つが私の“ここ”と“ここ”にあるって分かったんです?」
ちょっと恥ずかしげに、アニュスは自身の喉と下腹部を指差しながら顔を向けて聞いてきた。対する福子も、切れ長な黒眼に輝く銀色の瞳を隣の相棒に流したのちに、再び破壊した監視用機材に目を向けた。
「私の皮膚感覚とこの耳が微弱な電磁波の音と波を感じ取っていたのよ」
こう言って、福子は自身の耳を指差した。
これをアニュスが、焦げ茶色の瞳でまじまじと見ていく。
「私たちの耳と、違う……」
「そう。外耳はヒトの“それ”と似ているけれども、内耳は全くの別物でしょう?」
「はい。小さな鰭がたくさん並んでいて、なんかまるで、グラインドシャッターみたいですね」
「そうそう。実際にそのグラインドみたいに開けたり閉じたりできるのよ」
「へえ、すごい」
「うふふ。その私の耳にね、入れてあったこの二つからビリビリと揺さぶられていて“ちょっとだけ”具合が悪かったんだ」
「ああー。それで、私のどこにあるか分かったんですね?」
「そういうこと」
こう断言したのちに、福子は切れ長な黒眼を弓なりに緩やかにさせて、アニュスに微笑んだ。その福子の笑みに、アニュスも頬を“ほんのり”と赤らませて親しげな笑みを浮かべた。
それで。
「さーて、と」
キーを回してエンジンを点火する福子。
「ここで時間を使ったおかげで押しているから、あとは運転しながらいろんなお話しをしましょう。ーーー相手さんの追跡を断ったから、お互いに“たっぷり”情報交換ができるわよ」
「はい、お姉さま」
と、満面の笑みを見せたアニュス。
砕石の広場からチリレッドのオープンカーが出てから約十数分。
空間に赤色の逆さ五芒星の円形魔方陣が現れた。
その魔方陣から五名の兵隊がAK改を構えて飛び降りた。
左右に銃口を向けて、状況を確認。
五秒経ち、銃を下ろして顔の左側の通信機器を押す。
「こちらストーキング部隊のマシキマよりジーザス団長殿。目的地に到着しましたが、標的は“連れ”ともども現場を後にしたもようです」
『ほっほっほっほっ、ほっ。ご苦労ご苦労。では、アニュスの魔力を“嗅いで”後を追うのじゃ』
「了解」
『そして追い付いて捕らえしだい彼女を“救済”してくりゃれ』
「了解!」
『ほっほっほっほっ、ほっ、ほっ……』
移動中の車内。
時間的に、広場を発車直後になる。
「実はね、少し前に私の友達から会社が危ないって内容のメールを受け取っていたんだけど。ダイヤちゃん、十字軍が長崎の製薬会社を“どうこうする”ということを聞いていない?」
「第七団隊のヴラド伯爵と第八団隊のイシュタルお姉さまの団隊が制圧に向かったと聞いています」
「それで?」
「第七が諫早市の鷺山製薬株式会社に。第八が松浦市のシルベスター製薬株式会社に」
「導星製薬よ、ダイヤちゃん」
「導星? シルベスターではなくて?」
「そうそう。その社長が導星星朗さん」
「シルベスター・スタローン?」
「顔も声も似ているけれども、全くの別人です」
半分キレ気味。
「分かりました」ニコッとするアニュス。
「で、ね。あなたの話しからして、その私の勤務先の鷺山製薬がテロリストにジャックされたから、今からその私の友達と会社の人たちを助けに向かうからね」
「はい、分かりました。ーーーあの。松浦市の方はいいんですか?」
「いいの」
「どうして?」
この娘の問いに、福子は銀色の瞳をチラッと流して再び前方に注視したあと、ゆっくりと口角を上げて銀色の尖った歯を見せていった。
「裳抜けの殻だからよ」
「へ?」
長崎県松浦市。工業地帯。
導星製薬株式会社。
新世界十字軍第八団隊。
ノン・ラピスラズリ・ナイト大隊長班。
クールな美女で、白磁の肌に青黒い長髪が特徴。
その彼女が率いる、多数の魔女で構成された部隊班。
これは、団長であるイシュタルの方針でもある。
スコープ越しにライフルを構えて、シャッターを開けた。
それは、スッカラカンだった。
銃をゆっくりと下ろしながら、ノンは目を見開いていった。
そして、彼女の後に続く兵隊たちの空気も騒然としていた。
天然パーマの赤毛が特徴的な可愛い副隊長のメグ・ガーネット・ストーンは半ば放心した顔で定まらない足取りで敷地内を歩いてきたあと、部下たちが開けたシャッターの前に着いた途端に膝から崩れ落ちて地面にお尻をペタンと着けてしまった。銃剣を静かに置いて、碧眼に涙を溜めていく。
「うそ……。なんで、なんでなの……? 私たちが下見に来た二週間前までは、なにもかもあったのよ。スタローン社長も息子のロッキーも屈強な男性工員たちも、気立ての良い女性従業員たちもオタクな研究員たちも、全部いたのよ。ーーーそれがなんで夜逃げしたみたいになってんの! おかしいでしょ! 馬鹿みたいじゃない!」
最後は、青筋を浮かべて大口を開けて叫び上げたメグ。
スタローン社長と息子のロッキー。
社長の星朗と副社長の六希のことである。
アメリカ育ちの美しいインド娘、サリー・ルビー・シン副隊長。
彼女も、構えていたピストルを力無く下ろして、立ち竦んだ。
「うそうそうそ。大隊長と私とメグとモモの四人で、わざわざテレビクルーの振りして現場の下見に行ったばかりだったのに、久しぶりに四人でお洒落してイギリスのテレビ局を装って遠く離れた場所まで来たってのに。なに! これ!ーーーいったいぜんたい、なにがどうなってんの!? 説明しなさいよ!」
「おわあ! こっちに銃を向けんな! 馬鹿!」
メグ越しに銃口を突きつけられて、ノンは歯を剥いた。
「私にだって分かるかよ。早く銃を下ろせ!」
「むーーーっ…………!」
眼に血走らせたまま、サリーは不満気に銃口を下げた。
と、そこへ。
ピンクブロンドに染めて内巻きボブを襟足から刈上げて左右に広げた髪型が“ひじょうに”特徴的な、切れ長で鋭い目付きの美女、モニカ・コーラル・カーン班長が肩にショットガンを担いで現れてきた。
ノンは彼女に微笑みを向けて。
「モモ!ーーーあっちは、どうだった?」
「事務所も研究所もスッカラカンだった」
「マジかよ」頬を痙攣させていく。
「マジよ。ーーー事務用品もパソコンも社長室と副社長室のも、ぜーーーんぶキレイサッパリ無くなっていたわ。まるであれじゃ、何者から押収されたとしか思えないんだけど」
「ヤバすぎない?」
「“ただごと”じゃないよ」
「ねえ? 私たちの知らないところで、いったいなにが起こっているの?」
「大隊長の“あんた”が知らないなら、私だって知らないよ」
そう返したあと、モニカは口を結んで鼻で溜め息を着いて、頭を掻いていった。
戻って。
チリレッドのオープンカー。
「よ、夜逃げ……。ですか……?」
「いいえ。匿名の情報を受けた税務署職員が多数来て、一方的に差し押さえしていって全部を押収していったの」
アニュスの問いに、福子は簡潔に答えた。
当然、理由が知りたい美しいユダヤ娘。
「なんでですか?」
「その理由を話す前に、あなたが知っている範囲で良いから、ヤツらが二つの製薬会社を制圧する目的を私に教えてくれない?」
「はい」
と、そう福子に微笑みを向けたのちに、アニュスは語り出した。
「陰洲鱒町に上陸するための、専用の“酔い止め”剤を複製して大量生産することです」
「え? それって、十字軍下っ端の活動家たちが町に上陸して暴れて回っていたはずでしょう? “酔い止め”の違法コピーは出回っていると聞いていたけれど。……違うの?」
「複製と生産は錠剤を入手していた当時から、第七団隊のヘレン・ジキル博士がしていましたが、その制圧した先々の製薬工場で合成して出来上がるものの、試すたびに拒絶反応を示す兵隊や地元民が多数出てきてしまって中には死亡した人たちも数えきれないほどいますが、たまに身体と合う人が出てきまして、そんな人たちを兵隊や信者から集めて派遣していました。ですかやっぱり、違法コピーは違法コピーであって、当然のように純度が悪い物でした」
「なるほどね。海外でやらせたら駄目だったから、やっぱりメイド・イン・ジャパンにしようと実行したんだ」
「そうです」
「でもさ、国内の工場で複製したって違法なものは違法なわけよ。それを私が勤める会社にやらせようっていうのね?」
「ええ。間違いありません」
「よし、ありがとう。ーーーおかげでヤツらの目的が分かったから、今度は私からダイヤちゃんに教えるね」
「はい、お姉さま」
「その導星製薬がね、陰洲鱒町専用の酔い止め剤を町長の安兵衛さんと共同開発して製造生産していたのよ」
「は?」まん丸に目を見開くアニュス。
「録に身元もハッキリしない匿名の出した情報を鵜呑みにして差し押さえして押収した税務署も馬鹿だけどね、個人的な快楽のためにサイバー攻撃をして嘘の情報を流したテロリストたちは“もっと”馬鹿よ」
ーーーーーーーーーー
今から、三日前。
鷺山製薬株式会社の朝の全体ミーティングのとき。
鷺山宗像会長。
「皆さんにお知らせしたいことがあります」
ちょっとなんだか怒り気味で切り出した。
「一昨日、松浦市の導星製薬がサイバー攻撃に遭い、嘘の情報を役所に流されて脱税の濡れ衣を着せられた上に会社にある全ての機材や備品や個人の持ち物まで問答無用で差し押さえされたあげく、全品押収されてしまいました」
やや張り上げ気味な声で言い切った会長のあと、研究員や工員や従業員たち全体が“ざわつき”始めた。隣の席では、神妙な顔つきをしてる社長の宗徳がいた。宗像会長の話しはまだ続く。
「私と星朗くんが原因を調べるために、先日に市内のホワイトハッカーに依頼したところ。アフガニスタンに拠点を置いて活動しているロシアのハッカー集団の『レッド・レボリューション』といった、サイバーテロリストの一団だったことが特定しました。この報告に、長崎県警と東京都本庁のサイバー対策課が動いてくれました」
この一連を聞いた従業員たちの中から「警察が動いてくれるなら、安心できます」「本当に良かった」などの安堵する声が上がっていった。これに宗像会長は手の平を前に出して顔のあたりまで掲げて、私語を制止したのちに、話しを続けていく。
「私も警察が動いてくれたことに、大変喜ばしく思います。ーーーが、しかし。怒った星朗くんは、六希くんと工員たちと一緒に、昨晩アフガニスタンへと飛びました」
これを聞いた瞬間、虎縞福子と新島光も美しい男性と女性の秘書まで含めた、会長と社長を除いた従業員全員が一同に“こう”思った。
ー怒りのアフガン!ーー
そんな皆さんの浮かんだ言葉など“つゆ”知らずな宗像会長は、最後の纏めに入っていく。
「世の中、本当になにが起こるか予測が着きません。皆さんも、出来る限りの危険予知活動をして生き延びることをしてください。お願いします。以上」
ーーーーーーーーーー
「ーーーということがあったのよ。だから松浦市の導星製薬は裳抜けの殻。十字軍は今ごろ、失意のドン底に落ちているかもね。ーーー常にカードを二枚用意して、相手を乗っ取る行為を怠らないようにしてきたつもりでしょうけれども、第三勢力の出現と私たちの反抗に出鼻を挫かれたんじゃない? 知らんけど」
と、言い切ったあとに、福子はニイッと銀色の尖った歯を見せて笑った。そんな彼女の表情に可愛さを感じてしまったアニュスも、愛おしそうにニヤケていった。
3
「盗聴機もGPSも無くなったし、私、ダイヤちゃんの身の上を聞きたいな」
「お、お姉さまったら、もう…………」
バイパスに入ったところで、切り出してきた福子にアニュスが頬を赤らめた。前方と福子の横顔を瞳で二往復させたのちに、呆れを含んだ微笑みを浮かべて、福子に話しかけていった。
「ひょっとして、私の“ここ”に入っていたGPSも含めてですか?」
と、自身の下腹部を指差して丸眉毛を寄せた。
「そうね。“それ”も含めてね。ーーー“普通は”、そういうところには入れない代物なのよ。私からしてみれば、その行いは異常よ。狂っている」
「ですよね」
「ですよ」
「ふふ」ーお姉さまったら可愛い!ーー
福子の返しに目じりを下げたあと、意を決したアニュスの顔に翳りが差してきた。そして、新しいリップを引いた瑞々しい彼女の唇が開いていく。
「私の家はね、太くはなかったけれど平均よりは裕福だったんですよ」
「それは、生まれた地元で?」
「はい。父さんはモハメド・カリスと言って、インテリ実業家だったんですが、賭事に嵌まってしかも負けることが多かった。そして、その鬱憤を異教徒というか他国の女の人たちを襲うことで晴らしていたんです」
「最低ね…………。ーーーおっと、ごめんなさい」
つい洩れた感想で、アニュスに謝罪した福子。
しかし、会話は続ける。
「それはつまり、あなたの父親はハッキリ言うと強姦し続けていたということ?」
「はい。ーーーギャンブルは金がかかるが、“外”の女たちは金がかからなくて良いね。ーーーなどと友達や同じ教徒の男の人たちと話すとき、ときどきこぼしていた自慢でした」
「最悪…………。っと、ごめん。ーーーでも、どうしてダイヤちゃんには父親の罪な行動が分かったの?」
「私、生まれつき魔力を持っていたので、悪いことしてきた人から溢れ出る“匂い”に鼻が痛みを覚えていたんです。なので私だけ天然の魔女で、妹のアスピスは修行して“魔女の力が使える人”になりました」
「へえ、妹さんがいたんだ?ーーーそれから?」
「で。財産が尽きそうになりそうだったころに、父さんは十三歳になった私を新世界十字軍に売りました」
「最低ね」
「はい。ーーーその頃の私を多額で買い取ったのが、十字軍第一団隊団長のジーザス・D・クライシスという男です。そして多額を手に入れた父さんは、ジーザス団長に忠誠を誓って“武器を持たない兵士”となって入隊しました」
「あなたのお父さん、実に分かりやすい人ね」
「ええ。悪い方向で」
「それで、あなたはどうなったの?」
「魔女は神聖娼婦だ。ーーーという理由で、ジーザス団長は私を“貫通”しました。十三歳のときにですよ? 私、初めてだったし、怖かった。それから、団長は私を何度か抱いていくうちの、十五歳になったときに膣の中に射精されたとき違和感があったんです。このことを、第七団隊副団長のメズウお姉さまに聞いたら、私が“彼”の陰嚢GPSをに注射したの、と、そう断言されました」
「はあ? キンタマに注射ぁ? 馬っ鹿じゃないの!?」
「そうなんですよ。馬鹿ですよね」
「その男なんでそういうことしてんの?」キレ気味な福子。
「“買った”魔女たちに限定してみたいですよ。ーーーなんか……。磨が“そなた”の中に放つ神の光により、身の安全を保障されるぞよ。……とか言ってきて、神の光によりどこにいるか探知できるからすぐに助けに駆けつけることができるらしいですけれど」
「それって、第一団隊の団長だけ?」
「いいえ。私たち魔女の身体を『神聖娼婦』として集ってくるのは、十字軍の兵隊でも主に中東…………というか、イスラム教やキリスト教にユダヤ教を信仰している兵隊たちです。三大一神教徒のだいたいが性交中に暴力を振るってくるので、その行為のせいで亡くなった魔女たちが多数います。それも未だに」
「うわあ…………」
ドン引きした声を洩らした福子は、ひとつ気になった。
「そんな劣悪な環境の中で、ダイヤちゃんは生き延びたのね」
と、福子はホッとした笑みを見せた。
これにアニュスも笑みを見せて。
「はい。二十歳になったときに第八団隊団長のイシュタルお姉さまから引き取ってもらって、生活環境が良くなりました。あと、最強の第九団隊の団長の菊代お姉さまからも可愛がってもらっています」
「本当に良かったじゃない!」
アニュスの現在の状況に、福子は安堵の感想を述べた。
そのような福子に、アニュスは愛おしさを感じた。
「はい。本当に良かったです」
バイパスを抜けて、諫早市に入った。
「ひとつ聞きたいんだけど」
「はい」
「あなた、ダイヤちゃんさ、どうして雷蔵くんと一緒にクラブにきたときパンツ姿だったの?」
「敵意が無いことの意思表示で、装備品と脚以外の防具を脱いだんです。本当なら、ロイヤルブルーのアンダーウェアまでで良かったんですが」
「そうよね。でもなんで?」
「あの兄さんを、なんだかちょっと“からかいたくなった”からです」
「はあ……。なるほどねえ」ニヤケる福子。
「私のパンイチ姿に、時折ちょっと迷惑そうな感じを見せる顔が可愛いというか」
「ははあ、なんか分かるわ。てかさ、あなた何歳だっけ?」
「二五歳です」
「あらーーん」と、目じりを下げた福子。
次は、アニュスから話しかける。
「ねえ、お姉さま」
「なあに?」
「占拠されているとは言え、単身で十字軍の群れに乗り込むんですか?」
「そうよ。会社の仲間たちと友達を助けないとね」
「そうですか。でも部隊の数は、六〇から七〇ですよ? 私の銃剣を入れてもらっているトランクの中身の、いろいろな銃器にはビックリしましたが、あれで足りますか?」
「足りるわ。心配しないで。あと、あなたにも少しだけ手伝ってもらおうかなー、なあんて」
「お姉さまの頼みなら、喜んで」
「うふふ。ありがとう」




