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丸山町決戦!摩魚姫、クラブdeハッスルする


 1


 時間を少し戻って。

 雷蔵と二手に別れた三人娘は、先のクラブを目指していた。

 角に交番とコンビニがある丸山町四差路を通過。

 先にある十三階建ての大きな“城”へと向かう。

 三人娘のうち、前を行く海原摩魚《うなばら まな》の足取りは軽快であった。

 なにもかもから解放されて、“姫様”はウッキウキだった。

 そして、鼻唄まで後ろの瀬川響子《せがわ きょうこ》と有馬虹子《ありま にじこ》に届いていた。

 虹子が聞いていく。

「楽しそうだね」

「楽しいよ」返答する声も弾んでいた。

「なんでですか?」

 響子《きょうこ》からの問いに足を止めた摩魚《まな》は、振り向いて。

「今から、私が騎士《ナイト》で虹子と響子ちゃんが姫《プリンセス》だからよ」

「どういうこと?」虹子からも疑問が飛んできた。

「私が敵の雑魚兵隊を蹴散らしていく間に、姫の“あなた”たちが囚われの五人のお姫様を救出する。ということ」

 少し間を空けたのちに、響子が口を開いた。

「あたしと虹子が前線に立った方が摩魚さんを護《まも》れます」

「ありがとう。その気持ちだけ受け取っておくわ」

 そう微笑んで返した摩魚は、二人の肩に優しく手を乗せて。

「だけど私。今から大暴れしたいんだ」

 ニコッと満面の笑みを浮かべた。


 そして。

「おっ邪《じゃ》っ魔《ま》っしまーーっす!」

 海原摩魚さん御一行『CLUB《クラブ》 LUNA《ルナ》 LION《ライオン》 FISH《フィッシュ》』に到着。

 バアン!と勢い良くドアを叩き開けた上機嫌な摩魚が、先頭となって虹子と響子を後ろから引き連れてズカズカと入店していく。クラブの一階は、お昼の軽食タイムで営業中だった。と同時に、思わず箸とフォークとスプーンを止めて、美しい二人と可愛いひとりに見とれていく店内の来客者たち。ただし、カウンターのキッチンで包丁の手を止めていながも、稲穂色の瞳を流して冷静な眼差しで三人娘を見ていたクラブアルバイト店員の翻車眞人《こぼしぐるま まなひと》。今年で二五歳になる彼は、陰洲鱒町の住民であった。このような周りの反応を気にする感じではない摩魚は、ニッコニコな笑顔で足を止めて眞人《まなひと》に振り向いた。

「失礼。“ここは”平和そうね。ーーー良かったら簡単にクラブの内容を私たちに教えてほしいんだ。そこの君に」

「俺が、あなたたちに?」

 眞人《まなひと》の稲穂色の瞳に、たちまち戸惑いが浮かんだ。

 包丁片手の己に対して、“姫様”は警戒心ゼロだったから。

 彼は蛇轟《ダゴン》秘密教団や鯉川鮒の手下ではない。

 院里学会の学会員や世界基督教会の信者でもない。

 陰洲鱒の身体能力を活かした用心棒だった。

 昼間は割烹《かっぽう》着で包丁を握り。夜は“黒服”で護衛していた。

 次に彼は、響子と虹子の顔は知っていた。

 ときどき二人で仲良く飲みに来ていたからだ。

 雷蔵《らいぞう》を連れて三人一緒のときもあった。

 眞人《まなひと》は彼ら三人とも顔見知りだった。

 細身で筋肉痛な眞人は、色気を持っている美男子。

 酒に弱めな虹子から、酔った勢いで誘われたことがある。

 彼女を持つ眞人は、一度だけならと虹子と夜を共にした。

 そして、摩魚とも顔見知りであった。

 彼女の妹の海原“みなも”と姉妹仲良く飲んでいたからだ。

 さらに、昨年は潮干ミドリとも飲みに来ていた。

 彼女らとは赤の他人たが、クラブの常連客であった。

 包丁を握る眞人の手に、力が加わっていく。

「一階はこの軽食部屋と、その隣はDJルーム。その先はバーカウンター。端はプール付き飲食。ーーー二階はダンスルームとライブルーム。その隣に軽食部屋。二階端は、たこ焼とお好み焼きの酒場。ーーー三階は、全体的に突き抜けてダンスホール。四階はクラブが三部屋と、ガールズバーがひとつ。ーーー最後に。五階は業務管理室。以上」

「ありがとう」

 と、眞人へと手を振ったのちに摩魚は。

「個室があるのは何階かな?」

「四階のクラブに三つ、ガールズバーに二つだよ」

「おかげで助かったわ」

 そう言った摩魚が真っ直ぐとカウンターに近づき。

 包丁を握った眞人の手を優しく掴んだ。

「実《みのり》さんによろしく伝えておいてね。私は無事ですと。ーーーそれからあと……。私の妹と関係持ったでしょ?」

 突如、摩魚の声が低く静かになり、眞人は驚愕した。

「え?」

「虹子に手を出したこと、よく覚えておいてね」

「いや……、その……」全身に噴き出す小粒な汗。

 包丁を持っている彼の手に、グッと指先まで力を込めていく。

「やることが終わったら、“また”飲みに来るわね」

 微笑んでひと言を終えたのちに、摩魚は手を静かに放していき、眞人から離れていった。それから踵を返して再び振り向くことなく先頭となって、響子と虹子を連れて隣の部屋へと移動していった。



 2


「たのもーー!」

 バアンッ!と扉を叩き開けて、摩魚が先頭でDJルームに入室。

 四歩ばかり入り、後ろの二人までの入室も確認。

 静かに扉を閉めていく虹子。

 その入った先は、見渡す限りの新世界十字軍《ニューワールド・クルセイダー》の兵隊たち。

 世界最大級の21世紀の傭兵部隊。

 選民思想を植え付けられて、差別を差別と考えていない。

 ならず者の集まりだ。顔つきが違う。 

 新たな来客者に、少し怯えていた若い男性DJ。

「Who《フー》 the《ザ》 fuck《ファック》!」

 誰だよ!糞っ垂れ!と汚言を飛ばした細身の黒人青年兵士。

「Shut《シャタ》 the《ッ》 fuck《ファカ》 up《ッ》!」

 黙れ糞野郎!と力強く指さして汚言を投げ返した摩魚。

 細身の黒人青年兵士の身が竦《すく》む。

 秒で打ち返されたことに、兵士一同は“ざわつき”出した。

 右中央の席にいた口髭の筋肉質な男性韓国人兵士が立ち上がり。

「五月蝿《うるせ》ぇーぞ! 糞日本《チョッパリ》の牝豚が! 今から、お前ら三人とも我々の“穴”にしてやるからな! 偉大な韓国に賠償と謝罪しろ!」

 と、摩魚を目掛けて韓国語で罵倒してきた。

「お前こそ、その大口《ビッグマウス》と粗末なトッポギ仕舞《しま》っておけよ」

 “姫様”、こっちにも秒で英語で罵声を投げ返した。

 口髭の筋肉質な韓国人男性兵士は思わぬ反撃を受けて。

 ーへ……、ヘイトスピーチ!ーー

 歯ぎしりして驚愕していった。

 そんな中、中央奥の席の眼鏡のスペイン青年兵士が口を開いた。細長いレンズの眼鏡を指先で正して、英語で話していく。

「これはまた、とんでもない狂犬《マッド・ドック》だな」

「Thank《セン》 You《キュー》」礼を返した摩魚。

「礼には及ばん。幸いにも、お前たちはイエローでも美しい。我ら第九団隊の“慰《なぐさ》み物”として手厚く手元に置いてやっても良いぞ。奴隷では一番優遇だ。ーーーどうだ? 悪い話しじゃなかろう?」

「そんなに慰めてもらいたいなら、手前《てめ》ぇの“右手《ワイフ》”に頼め」

 と、英語で摩魚が軽く握った右手を上下に動かしていく。

 しかも、中指を立てた左手で“コレ”を指していた。

「な、なんだって……!」驚愕する眼鏡のスペイン青年兵士。

「お前ら、テンプル騎士団と全く同じことしてんじゃねえか。主の偉大さを布教かなにか知らんけど、やっていることは、侵略、強盗、殺害、強姦。ーーーふざけるな。この、Mother《マザ》 Fucker《ファッカ》どもが 」

「お! お前……! Yellow《イエロー》 Cunt《カント》 の分際で、我々の主と我らを侮辱したな!」

 怒りで席から跳ねるように立った眼鏡のスペイン青年兵士。

 摩魚を力強く指さして、口を縦に開いて罵った。

 その直後。

 彼は天井を仰いで身体を反らせて、後ろへと一回転。

 仲間の兵隊たちを巻き込み、壁に激突して頭から落下した。

 と同時に。

 口髭の筋肉質な韓国人男性兵士も弾き飛ばされていた。

 こちらも仲間を数人道連れにして床に落下。

 一度に発生した、二人の成人男性が吹き飛ぶ現象。

 巻き添えを喰らった兵隊たちは、戦闘不能となった。

 結果、三〇名以上いた兵隊は一気に二〇名以上に減少。

 不可解な出来事に、部屋の空気が困惑していった。

「言葉に気をつけろ」

 そう低く言った摩魚の右拳からは、親指が立っていた。

 サムズアップではない。

 青白い闘気《とうき》の指弾を、二発同時に撃って二人を始末した。これを喰らった二人の兵士の額と鳩尾には、ゴルフボール大の窪みができていた。スペイン青年と口髭の筋肉質な韓国人男性の両兵士の生死は不明であるが、起きても二度と戦闘はできないと思われる。そして摩魚の左手には、いつの間にか鞘に収めた日本刀を握っていた。この状態に気づいた響子と虹子が、チラっと彼女の手元を確認した。

 ーさっきの指弾といい、手の刀といい。摩魚さんって、まさか雷蔵と同じ使い手?ーー

 ー姉さんの依《よ》り代《しろ》になっていたときよりも、“本物”の方が輝きが強い!ーー

 次に、摩魚《まな》の黒い瞳が青白く強く光った。

 デニムシャツの上着の胸ポケットのから人差し指と中指の先で挟んだ千円札を取り出して、後ろ隣の実妹の顔の前へと差し出した。警戒態勢の十字軍兵隊たちに顔を向けたまま、虹子に指示していく。

「“これ”をあそこのジョッキーに渡して、景気の良いのを一曲頼んできてちょうだい」

「え? 私が……?」

 やや吊り上がった目を見開いて、驚いていく。

 前敵を睨みつけたまま、摩魚は静かに低く言ってきた。

「あなた、あのDJとも関係したんでしょ? なら“仲良し”じゃん」

「うへぇ。な、なんで分かったの? 姉さんスゲー」

「いいから早く行ってきて」

「分かった。なにが良い?」

 虹子の質問に、摩魚は唇を動かしていった。

 無音で発した実姉の注文を受けたあと、小走りで向かった。

 緊張しっぱなしで硬直していたDJのもとに着いた虹子が、デスクをパンパンと軽く手のひらで叩いて話しかけていく。

「MACO《マコ》っちゃーん、お疲れー」

「に、虹子、さん……! いい、いったいなにが……?」

「さあ? 見ていたら分かるんじゃない?ーーーそんなことより、私の自慢の姉が君に注文だよ。お仕事お仕事。これで一曲お願い」

 と、千円札を人差し指と中指の先で挟んで、ワンナイト彼氏に手渡した。仕事の依頼を受けた途端に、鮭筋子《さけすじこ》真子斗《まこと》ことDJ《ディージェイ》 SUJICO《スジコ》 MACO《マコ》がプロジョッキーの目付きに変わった。

「オーケー! プリンセス!」親指を立てて了解した。

「Paul《ポール》 Oakenfold《オーケンフィールド》『Ready《レディー》 Steady《ステディ》 Go《ゴー》』」

 そう、虹子のマットピンク色を引いた唇が動いた。

 真子斗《まこと》はデスクの引き出しの中から一枚のLPを取り出して、黒いレコード板を引き抜き両手の人差し指で支えてクルッと回したのちに、人差し指と親指の腹で持って丁寧に“そっと”プレイヤーにセットした。そして、ディスクが回転し始めたときに、プレイヤーの針を溝に乗せて曲は流れ出していった。それから虹子は再び摩魚の後ろへと戻った。


 ほぼ一度に、三人の兵士が銃剣を振りかざしてきた。

 摩魚の抜刀とともに、左右中央と銃剣が弾かれた直後。

 唐竹割りで中央の兵士の頭を叩き斬って。

 流れるように横に振って右の兵士の腹を斬り裂き。

 翻《ひるが》って左の兵士の両手首を斬り落とした。

 この間、数秒。

 まさに秒殺。

 海原摩魚は容赦がなかった。

 刃《やいば》から血を払い落とし、両手持ちで顔の横に構えた。

 文字通り、摩魚は瞬く間に十字軍の目の前にいた。

 摺《す》り足で敵陣の前線に入り込み、左手前の兵士を袈裟斬りして、目の前の兵士を腹から喉へと斬り上げて、右手前の兵士片腕を斬り落とした。そして手を切っ先の背に添えて大きく踏み入れて、アフリカ系の眼鏡の女性兵士の心臓を突き刺した。銃剣を振り回す隙も無く、たちまち四人の兵士を失ってしまった。足で腹を押しやって闘気の刀をアフリカ系女性兵士から引き抜き、血をピュンと振り払って足を進める。ブロンド五分刈り頭のアメリカ青年兵士が銃剣を手にしようとしたとき、ヒュッと銀色の線が首もとを走ったかと思えば、喉仏の真ん中に赤い線を横に引いていき、赤色と赤黒い色の混ざった血を滝のように流していって膝から崩れ落ちた。倒れゆく五分刈りアメリカ青年兵士を見もせずに、摩魚はドレッドヘアのアフリカ系女性兵士の銃剣を弾いて腹を斬り流して、スコットランド中年男性兵士の鼻を肘で砕いた隙に防具ごと股間を斬り上げて、激痛に思わず身体を折ったところを中年男性兵士の首を斬り落とした。銃剣を振り上げて突っかかってきた口髭のドイツ男性兵士の足を払い蹴りして転倒させたその横で、いまだに悶えていた筋肉質な口髭の韓国人男性兵士が目についたので、彼の胸を床ごと突き刺してからドイツ人男性兵士の頭と身体を切り離した。両側からきた銃剣を払いのけてから、赤毛の髭面の青年兵士袈裟を斬りつけて黒髪お下げツインテのユダヤ系中年男性兵士の胴を横に割き、一歩踏み入れてモヒカン頭のロシア青年兵士の胸を突き刺したあとさらに、足で蹴りやって引き抜き、翻りざまに黒髪“おかっぱ”頭のエジプト青年兵士の膝を踵で砕いて片膝になったところで上から喉を突き刺して、背中の腰あたりまで切先を貫通させた。背後からの攻撃に摩魚は、エジプト青年兵士から引き抜く“ついで”に振りかぶりの銃剣を避けて、中国人中年男性兵士の鼻を肘鉄で折ってから、その首に腕を巻いて勢いよく身体を折り曲げた。投げっぱなし背負い投げで飛んできた中国人中年男性兵士と衝突した茶髪ロン毛と金髪ロン毛の青年兵士二人は、思わず銃剣を身体に突き立て二人仲良く転倒した。このとき、二人の兵士の肋骨と内臓が衝撃と重量に破壊された。踵を返した摩魚が、背後と右側からきた兵士三人の銃剣を弾いたり打ったりして数回火花を散らして、右側のメキシコ系男性兵士の膝の腱を切ったのちに刃を上昇させて顎から延髄のラインで切断。細面の若い中国人女性兵士と刃を交わして、手首を捻り上げて脇から刺して心臓を貫き。そのまま押し投げて、隣で構えていた中東系男性兵士へと彼女ごとぶつけた。細面の若い中国人女性兵士の銃剣を拾った摩魚は、中東系男性兵士の顔に剣を突き立てて、彼の手元を蹴った。その先に、振り上げて走ってきていた若いフランス人青年兵士の腹に銃剣が突き刺さり、彼は膝を落としてうなだれた。細面の若い中国人女性兵士に刺していた闘気の刀を脇の下から抜いた摩魚は、斬りかかってきたオーストリア人青年兵士の銃剣を弾いて腹を蹴った。扉に背中を当てて止まったその青年兵士へと向けて、摩魚は、中東系男性兵士の遺体から奪い取った銃剣をぶん投げて、彼の顔に突き立てた。貫通した勢いで、オーストリア人青年兵士は扉を破って隣のバーカウンタールームへと倒れ込んだ。横から斬りつけてきた細身の黒人青年兵士の銃剣を刀で叩き落としたあと、振り上げて彼の首を撥《は》ねた。

 隣の部屋にいたのは、客たちかと思いきや。

「ミヒャエル! ペドロ!」

 と、顎髭のイタリア系青年兵士が名を叫び。

 皆一斉に銃剣を構えて、多数の銃口を摩魚に向けた。

 二部屋に渡り、新世界十字軍の兵士たちが待機していた。

 この部屋だけで、総勢三十三名ほど。

 これら銃口に恐れることもなく、摩魚は足を進めていく。

 背中を向けたまま「おいで」と摩魚は響子と虹子を呼んだ。

 真正面から敵陣に乗り込み、瞳を群青色に光らせた。

 すると、青白い極薄の膜が三人娘を包み込み馴染んだ。

 ファイア!の号令で、一斉射撃が始まっていく。

 情け容赦ない銃弾の雨霰《あめあられ》が女三人を狙ってきた。

 飛び散る薬莢とオレンジ色の火花は、壁や床に無数の穴を開けていく。まさに集中砲火。改めて紹介するが、新世界十字軍の専用装備のひとつ、生体電気破壊銃弾《リズムバスター》はこの名前通りに生命体の体内に流れる電気信号を破壊して短時間で死に至らしめるという『猛毒』の兵器。であるが、当の兵士たちにとっては“細かいことはどうでもよい”感じであり、今は、大切な仲間を目の前で殺したと“思われる”この片手に日本刀を携えた普段着姿の黒髪の女を始末することを優先させていた。いつまで撃ち続けるつもりかって?当然、内蔵された銃弾が尽きるまで。空になったら太股にある予備を補充すれば良い。

 ー黄色い雌猿め! 蜂の巣にしてや…………る?ーー

 こう、顎髭のイタリア人青年兵士が歯を剥いていたが。

 ーな、なんだと!ーー

 銃弾を浴びながら平然と向かってくる摩魚に驚愕した。

 “姫様”は後ろの二人ともに無傷であったからだ。

 銃弾を喰らうどころか、全てを弾いていく。

 この流れ、射撃開始して僅か一秒から二秒の出来事。

 摩魚が、ブンッと闘気の刀を放り投げたとき。

 顎髭のイタリア人青年兵士の鳩尾に突き刺さった。

 転がっていたオーストリア人青年兵士の亡骸から銃剣を取り上げた摩魚は、これもぶん投げて、天パー頭のフランス系青年兵士の胸に突き刺した。膝を落として息を引き取っていく天パー頭のフランス系青年兵士からも銃剣を引き抜いた摩魚は身を沈めて、左右に振って両側のスキンヘッドのウクライナ中年男性兵士とアルメニア中年男性兵士の膝裏の腱を断ち、そして立ち上がりざまに兵士二人の胴体を叩いて流し斬りした。アルメニア中年男性兵士を蹴って、ジャマイカの青年兵士にぶつけて袈裟を斬り、左右からきた銃剣を弾いて流して左の中年黒人女性兵士の頭をかち割り、彼女の両手を捻って剣を取り上げて、右のスペイン系女性兵士の銃剣ごと鎖骨から叩き斬った。正面から剣を振り上げてかかってきた赤毛のゴツイオランダ人男性兵士に対して、とっさに両手を広げた摩魚の顔の前に細長い青白い光りとともに闘気の刀が出現して、一撃を防いだ。数度に渡り火花を散らして刃を交わしたのちに、赤毛のゴツイオランダ人男性兵士の爪先に刀を突き立てて、これに男が驚愕と激痛に目を剥き大口を開けた隙に、彼の両手を捕って捻って銃剣を股間に当ててから奪い取ったあとさらに振り下ろして、首を切断した。血糊の付いた赤毛のゴツイオランダ人男性兵士の銃剣をブーメランのように投げて、次の敵陣を退けた隙に摩魚は彼の爪先から自身の刀を引き抜いて足を進めていく。多少乱暴に放り投げられた銃剣は、血糊を撒き散らしながらブーメランのように回転していき、これを手前の二人はとっさに床に飛んで避けたものの、後方の四人は首を飛ばしていき、最後の五人目の首に当たって頸静脈から赤黒い血を噴出していきながら天井を仰いで倒れていった。これと平行して、首を切断された兵士四人の断面から血を吹き上げていき、青黒い天井とミラーボールを赤々と染めていきながら花弁を開くかのように四方に倒れ込んだ。飛び退けて床に伏せたうちひとりの兵士の背中を、摩魚から刀で貫かれた。これはたまらん!と床から跳ね起きて離脱していくギリシャの青年兵士。彼が向かった先には、バーカウンターに置いていた自軍の無線機。波長は合わせてあるから、あとは通話スイッチをONにして部隊長と団長に連絡するだけだ。

「こちら第九団隊のニコライ! こちら第九団隊のニコライ! 緊急事態発生、緊急事態発生! 情報の無かった“普段着姿の日本人女性”が日本刀《サムライ・ソード》を振り回して暴れています! 至急、応援を要請する! どーぞ!」

 報告の普段着姿の日本人女性。

 海原摩魚のことである。

 上下デニムで、カッターシャツと“ゆったり”ズボン。

 そして、二六センチの白いスニーカー。

 ブルーでコーディネートしていて、動きやすさ重視。

 まさに普段着であった。彼女の愛用。

 そして、無線でのやり取りは続く。

『こちら第八団隊のビアンカ。その人物に思い当たる者はいるか? 現状況は? どーぞ』

「いません! どーぞ」

『はい?』

「い、ま、せ、ん」

『いない訳がないでしょー!』

「思い当たらないのはどうしようもないです! どーぞ!」

 仲間への連絡をしていく間にも、その後では海原摩魚が兵士たちを次々と血祭りに上げていき、床にその屍を築いていった。

『で、状況は?』

「先の部屋で待機していた部隊は全滅したもよう! こちらの部隊も次々と数を減らしていっています! ヤツは、我々の攻撃を全て跳ね返して攻撃をしてきます! 早く、早く応援をーーーーぐ……っ!」

 刃を天に向けて刀背《みね》に手を添えた摩魚が、仲間の女性兵士に連絡していたギリシャの青年兵士ことニコライの延髄に切先を突き刺して、喉仏まで貫通させた。絶命した青年兵士の背中に足をやって刀を引き抜いた摩魚は、カウンターにあったテーブルクロスの角で血糊を拭いていき、響子と虹子に顔を向けて微笑んだ。返り血を一滴も浴びていない、その美しい顔は生き生きと眩かった。

「次行こうか」

 “姫様”の“本物の輝き”に、二人は瞳をキラキラとさせた。

「行きましょう!」

「行こ行こ!」

 エスコートしてくれる“騎士《ナイト》”に、響子と虹子は嬉しそうについていった。初めこの二人娘は、摩魚の情け容赦ない非情な戦闘スタイルに、脅えと恐怖と呆気にとられて口を半開きにして棒立ちしていたが、やがてそれは、“姫様”が次々と敵を減らしていく余裕のある姿を見ていくうちに頼もしさへと変わり、「この人なら大丈夫だ。なにも心配ない」と安心するようになって気持ちをワクワクさせていった。二部屋に渡る新世界十字軍の兵士は総勢七〇名近く。その数を、摩魚は皆殺しにしてしまったのだ。扉を開けて、二階へと続く階段を三人娘は上っていった。



 3


 海原摩魚さん御一行、クラブの二階に到着。

 ダンスルームとライブルームがあり。

 この二部屋は観音開きの扉を開放して繋げていた。

 仕切る壁はあるが、だだっ広く長い印象を受ける。

 紫色の各部屋の天井に、それぞれ三つのミラーボール。

 ダンスとライブという名目の違いはあるが、作りは同じ。

 というわけで。

 勇敢な隊員からの応援要請を受けて、待ち構えていた五〇名ほどの新世界十字軍の兵士たち。皆が皆、額と顔に青筋を立てて銃口を向けていた。そんな中でも、手前で銃剣を構えているウェーブ黒髪の浅黒い肌の長身美女兵士二人に注目した“姫様”。

「Your《ユア》 names《ネームス》?」

 この問いに、右側の女兵士が「え?」という表情に変わり。

「I'm《アイム》 Bianca《ビアンカ》ーー」

「先手必勝」

 と、摩魚が呟いた、次の瞬間。

 美女ビアンカの自己紹介を遮って。

 青白い輝きとともに抜刀して、銀色の一線が横に走った。

 危機を察知した美人姉妹は、とっさに床に伏せた。

 後ろから現れた同じ顔の美女が、二人に覆い被さる。

 左右の壁を高い金属音と一緒に火花が走っていく。

 抜刀は一撃では終わらない。

 右足を大きく踏み出して、刀を斜め下へ振り下ろした。

 天井から床へと火花を散らして走り。

 次に左足を一歩大きく出して、斜め上へと刀を振った。

 床から天井へと火花を散らして走り。

 残心をとって鍔を拳鎚で叩き、天地逆さにした刃を納刀していく。

 カチン。と、虎口が静かに閉まる音を聞いたとき。

 前列の兵隊たちの胴体から真横に煙を立たせて。

 二列目は左斜め、三列目は右斜めから煙が立ち。

 この僅か、コンマ数秒の後に兵隊たちの身体は割かれて落ちた。


 榊《さかき》家《け》格闘術、斬空刃《ざんくうは》三連《さんれん》。

 闘気とともに繰り出した斬撃は、鎌鼬《かまいたち》の如くなりて相手を切り裂く。その威力は周りの建物や物体までも斬るほど。


「Wao《ワオ》! Wao! Wao! Wao! Holy《ホーリー》 fuck《ファック》!」

「Oh《オー》 my《マイ》 god《ガッ》……。Oh my god……! What《ホワッ》 the《ザ》 fuck《ファック》!」

「bullshit《ボウシット》……。Fucking《ファッキン》 serious《シリアス》!」

 順に。ビアンカ、ネーロ、グリージョ。

 伏せていた美人三姉妹が、上体を起こしながら感嘆していく。

 “姫様”。自己紹介を促しておいて先制攻撃とは、此れ如何に?

 直感で危機から退避できたビアンカたちは、単身で駆け込む摩魚の姿を目撃した。先ほどの抜刀で、兵隊の損失は三〇名ほど。ビアンカとネーロとグリージョの姉妹を除けば、残りは二十名足らず。男性兵士の「Fire!」の叫びで銃撃が開始されていくが、闘気の膜を身に纏《まと》った摩魚には効かなかった。部屋の出入口で待機していた響子と虹子にも、摩魚から起こされた共鳴で闘気の膜で保護されていたので、銃撃が当たっても弾くだけだった。無数に浴びせかけられていく銃弾を弾き飛ばしていきながら、摩魚は敵陣の中に飛び込んで前転して、片膝を突いて滑り込んだ。彼女の抜刀とともに、目の前の兵士二人が先に倒れ、背後の兵士は腹を突かれて、左右の二人は首と腹を裂かれて倒れた。突進してきたアメリカ女性兵士に鞘を投げつけて退け、横からきたオランダ男性兵士の腹に刀を突き刺して彼の銃剣を奪取し、横に振りかぶってケニア青年兵士の胸を叩きっ斬り、反対側からきたモンゴル中年男性兵士の頭を叩き割った。後ろ斜めから斬りつけてきたカナダ老人男性兵士の銃剣から身を沈めて避けた摩魚は、手元の銃剣を振って彼の膝を切断。バランスを崩して足を滑らせたカナダ老人男性兵士は、床に後頭部を強打して舌を噛んだ。その追い討ちとして、彼の顔に摩魚から銃剣が突き立てられた。銃身から銃剣を引き抜いた摩魚は、そのままこれを投げつけて、ロシア中年兵士の胸を刺した。横から斬りかかってきたアラブ青年兵士の腕を捕って、身体を深く折り曲げ、頭を床に叩き落とす背負い投げを敢行したあと、その彼から盗った銃剣で迫りくる五人の兵士へと摩魚が立ち向かう。抜刀して手前の兵士二人を斜めに斬り上げて葬り、横の兵士ひとりの両手首を切り落とし、一歩踏み出して、左右に銃剣を振って兵士二人の腕と首を斬り飛ばした。摩魚が剣を振るう度に、兵隊たちの身体の一部がポンポン斬り飛ばされていく。あとの兵士四名も同じく、腕やら首やら胴体を切断されて、摩魚から葬られた。オランダ男性兵士のもとに戻ってきた摩魚は、彼の亡骸から闘気の刀を引き抜いて踵を返した。その“姫様”の目線の先にいたのは、鞘を頭に投げつけられたアメリカ女性兵士だった。駆けて斬りつけてきた銃剣を受けて数回刃を交わしたのちに、彼女の横をすり抜けた摩魚は、横腹を割いたあと翻って刀を振り下ろして背中を斬りつけた。これで、イタリアの美人三姉妹以外は全滅である。

 摩魚の異常な美しさと相まっての容赦無しの残酷さ。

 それはまさに狂犬であった。

 繰り広げられた地獄絵図に、トゥルケーゼ三姉妹は茫然としていた。

 が、そこはさすが新世界十字軍《ニューワールド・クルセイダー》の兵士。

 それ以前に彼女たち三姉妹は魔女である。

 摩訶不思議な技なら、こちらだって負けていない。

 長女のグリージョ。次女のビアンカ。三女のネーロ。

 我が軍隊が遭遇した惨劇は、美人三姉妹の闘志に火を点けた。

「ふざけやがって!」

 銃剣を抜いて銃身を放り投げた、グリージョ。

「調子に乗るんじゃないよ!」

 こちらも、銃身を放り投げて銃剣を構えた、ビアンカ。

「魔女の名に懸けて、あんたを殺す!」

 殺意を固めてバズーカを構えたネーロ。

「マーブル・ストーム!」

 大理石柄の竜巻。と、三姉妹が縦に並んで声を揃えたとき。

 ターコイズグリーンの五芒星の光る円形魔方陣が足下に現れた。

 そして、床から浮き上がると、走りだした。

 地面に“散乱している”仲間たちの屍より上で、三姉妹は走行していく。

 蛇行しながら摩魚《まな》に急接近してきた。

 摩魚は半身で腰を沈めて、柄を上に刃を下にして構えて迎え撃つ準備を整えた。切先を逆さにして、右半身全体を防御する構えで、その闘気の刀で三姉妹の斬撃を受けるつもりである。そうして、ホバー走行よろしく、トゥルケーゼ三姉妹は先頭のグリージョから順に刃を振るってきた。長女次女と銃剣を横に切り流す衝撃に、闘気の刀が火花を散らす。ひとりふたりの斬撃に踏ん張って堪えていた刹那、三女のネーロがバズーカを摩魚の顔を目掛けて引き金を引いた。爆音と爆炎を噴き上げながら、肩から上に煙りをあげて摩魚は吹き飛ばされていく。このまま床に強打するかと思いきや、なんと、受け身をとって二回後転したあとに片膝を突いて立ち上がっていった。背筋を伸ばして頭を正面に向けたとき、摩魚の脳天から肩にかけて黒い物が巻きついていたではないか。その奥で群青色が二つ光ったとき、黒い物はたちまち“ほどけて”いって、姫様のような美貌を現した。三姉妹一緒に身体を横にして片足でブレーキをかけて停止して様子を見た、敵の頭を吹き飛ばしたかと思っていたら無傷だったことに悔しさを覚えて、その浅黒い美貌に青筋を立てて犬歯を剥いていった。グリージョの「今度こそ頭をブチ撒けてやる!」との声を合図に、トゥルケーゼ三姉妹は再び魔法でホバー走行を発動した。ダンスルームの出入口まで行ったあと、大きく反時計回りに舵を切っていく。グルーーッと回り込んで後ろに並ぶ響子と虹子の背後を通過していくトゥルケーゼ三姉妹を死角と気配で確認したすぐに、摩魚は闘気の刀の柄に手を乗せて走りだした。先頭のグリージョが終点の出入口に到達して、標的を狙って舵を切って真っ直ぐに走行してきた、そのとき、摩魚は瞳を群青色に光らせてさらに加速してジャンプした。その光景とは、摩魚が床に散らばって転がる斬殺死体を無慈悲に踏みつけながら、最後は仏さんの頭を強く踏んで跳び上がったのだ。銃剣を横に振りかぶりながら走行してきたグリージョとビアンカの肩に強く足を乗せて摩魚は大きく跳躍すると、宙で前転して逆手で抜刀して、ネーロの背中の中央へと突き刺した。

「私たちを踏み台にしただと!?」

「ネーロ!」

 心臓を突かれて停止した三女が離脱していくのを、グリージョとビアンカは後ろでに見ながら先まで走行したところで左右に分離した。魔法を失い床に立ったネーロの背中で姿勢を保っていた摩魚《まな》は、刀背《みね》の根元に拳の腹を添えるなりに、踵を跳ね上げて後方に振った。そして、下半身を後ろに振ってブリッジになる手前で腹に力を入れて上体を丸めるのと一緒に、刀背に乗せた拳で闘気の刀を押し上げていった、このとき。ネーロは心臓から脳天へと真っ二つに裂かれて、天井高く血飛沫を噴き上げていきながら背中から倒れた。斬り終えて床に着地した摩魚は前転して片膝を突き、身を上げて背筋を伸ばしたあと、ヒュンッと刀に付着したネーロの血を振るい落として逆刃で鞘に収めた。


 榊《さかき》家《け》格闘術。刃車《はぐるま》。

 敵の心臓を突き、体重を乗せて回転して身体を二つに割く技。


 怒りに燃えたグリージョとビアンカは、ネーロの仇《かたき》をとるために、摩魚へと目掛けて走行の速度を増した。距離を取った所から、トゥルケーゼ姉妹はホバー走行で交互に蛇行していきながら勢いを付けて、銃剣を振り上げてかかっていく。残りの二人姉妹が並んで斬りかかってきたのを、摩魚は正面から迎え撃った。銃剣を振り下ろされたとき左に避けて、身を屈めた摩魚は抜刀を利用した柄の先端部でビアンカの腹を突き、打撃と苦痛と反動に相手が身体を折ったところを狙ってさらに踏み入れて自身の背を丸めて下腹部に潜り込み、斬り上げる動作で後方へと放り投げた。

「ビアンカ!」

 屍の中へと落下していく妹を心配して、グリージョは叫んだ。

 通過していく摩魚の背中を睨み付けながら、長女はホバー走行をしてビアンカのもとに駆け寄る。突進の力を利用されて摩魚から放り投げられたビアンカは、銃剣を手放して寸前のところで身体を丸めて受け身を取り、奇跡的に大ダメージを回避した。グリージョは、軽い脳震盪《のうしんとう》を起こして立ち上がっていく妹を気遣いながら肩を貸そうと腕を取ったところ、優しく振り払われて手の平を翳《かざ》された。息も切《き》れ切《ぎ》れで姉に訴えていく。

「今せっかく、あの女に隙ができたのに。私のところに来るなんて」

「あなたは唯一の身内。心配して当たり前でしょう」

 そう妹に返したあと、銃剣を再び構えたグリージョは。

「ネーロを弔うのは、あそこの日本刀《サムライ・ソード》女をブッ殺してからよ」

「それは私も同じだわ」

「よし。じゃあ、行きましょう」

「ええ」

 姉からの励ましを受けて、ビアンカは手前の“転がっていた”同軍兵隊の屍の手元から「あなたの遺品を、ありがたく受け取るわよ」と銃剣を“貰って”構えた。「私は足を。あなたは首を」「うん」小声で役割分担をした姉妹は瞳を青緑色に光らせて、それぞれの足下に再びターコイズグリーンに光る五芒星の円形魔方陣を出現させて、ホバー走行を開始した。交互に蛇行を繰り返していき、間合いの三メートル手前で姉妹は左右に分離して、待ち構えていた摩魚を狙っていく。ほぼ真っ直ぐと向かってくるグリージョと右手側へと大きく離脱したビアンカを把握した摩魚は、抜刀の構えを取りながら“ゆっくり”と身を沈めていった。敵の間合いに入ってすぐに片足で急ブレーキをかけながらキツいカーブを回るように、トゥルケーゼ姉妹は銃剣を振り上げていく。超低空に振ってきたグリージョの銃剣を跳んでかわした摩魚の先には、銃剣を振り下ろそうとしてきたビアンカがいた。そのビアンカへと摩魚は潜水艦のような勢いでタックルを喰らわせて、落ちて一緒に転がっていき、床に背中を着けたときに魔女の腹を踵で押し上げて巴投げを極めた。ビアンカは、落下時とっさに受け身は取ったが、大きめなダメージは避けられなかった。投げたあとの姿勢から、足から跳ね上がって着地した摩魚の目の前に、ホバー走行を加速して迫ってくるグリージョの姿があった。ほぼ不意討ちに近い振り上げられたグリージョの銃剣から、摩魚は僅かに身を引いて回避した。避けられたグリージョは、上げた銃剣を霞の構から切先で敵の心臓を抉《えぐ》り取らんとした突きを放ったが、一歩踏み込むも“スカ”を喰らってしまうも、諦めずにさらに踏み入れて天井高く振り上げた銃剣を真っ直ぐ下ろした。だが、これも“スカ”を喰らい、床に刃先を強く打ち付けた。今度は下から横に凪払うも、これも同じく空を斬るのみで当の標的には掠《かす》りもしなかった。すると、いつの間にか摩魚が彼女の懐まで入ってきていたのだ。銃剣を持った手に腕を巻かれて、腰を腹に当てられたと思ったときには、一本背負い投げが決められていた。放り投げの一本背負いによって、グリージョは床に背中を打ち付けて、衝撃と激痛で思わず銃剣を手放した。多少の脳震盪を覚えながらもなんとか立ち上がって振り向いたときは、すでに摩魚が駆け出していた。床を蹴ってのローリングソバットから、後ろ回し蹴りの連続蹴りを摩魚はグリージョの腹と胸に決めて、追い討ちのミドルキックを肋《あばら》に喰らわせた。グリージョは壁の柱に背中と後ろ頭を強打したのちに、腹を押さえて咳き込んでいく。そんな長女の横では、喰らった巴投げから身を起こしていたビアンカがいた。銃剣を正面に構えて、向かってくる摩魚に備えていた。瞳を光らせて、足下にターコイズグリーンに光る五芒星の円形魔方陣を出現させてホバー走行を始めようとした、そのとき、抜刀した摩魚の手元から闘気の刀がその方向に飛んできて、彼女の心臓を直撃して背中まで貫通した。たちまち足下から魔方陣が消失して、瞳の光も消えたとき、ビアンカは膝から崩れ落ちて天井を仰いで倒れた。

「ビアンカああああーーーー!!」

 絶命していく我が妹へと叫んでいったグリージョが、顔中に青筋と血管を浮かばせて眼も血走らせて、目の前の仇へと殴りかかっていった。

「この! クソ女ぁ!!」

 グリージョの左右のパンチから手を上げて顔を庇った摩魚は、すかさず膝を彼女の腹に叩き込んだ。が、悲しみと怒りが頂点になっているグリージョにとって、このていどの一撃は“どうってことがなく”、摩魚の上着の後ろ襟を捕ったすぐに拳を腹に叩き込んだ。摩魚は“ぐっ”と一瞬だけ息を詰まらせたのちに、次の体勢に入ろうとしたとき、グリージョが繰り出した二段蹴りが太股と頭を狙ってきた。太股はこの際くれてやる代わりに腕を上げて優先的に頭をガードした摩魚に隙を与えることなく、素早く軸足を入れ換えたグリージョからハイキックを受けて、身体を吹き飛ばされてしまった。しかし、神憑りな反射神経が働いてくれたおかげで、摩魚は上げた腕で頭への致命傷を防ぐことができたのと、吹き飛ばされたときに身体を丸めて床を転がって身を起こしていき、大ダメージも回避した。これらは、師範の榊麗子による鍛練もあるが、摩魚が持つ才能とそれを伸ばした努力による結果からでもあった。怒り心頭のグリージョは追撃を与えるために、摩魚を目指して駆け出した。拳を構えて地を蹴って接近してきたグリージョに向けて、摩魚は半身になって両方の手刀を前に出して猫足に構えた。そして二人の間合いが縮まり、グリージョが突き出した拳の甲から短剣が出現して、心臓を狙ったとき、水流のような動きで摩魚から外側に入り込まれて、右の脇に拳ごと腕を挟まれた。そうして、獲物を確実に捕えたとき、ここからが摩魚の繰り出す必殺の技が流れ出していく。

 右の脇を上げて挟んだ腕を折り。

 膝裏を踵で蹴って仰いだ身体を落とさせ。

 左の脇に変えて首を挟み。膝で背中を支えた。

 右拳を高く突き上げ。

「えええええええええい!!」

 と、心臓に肘鉄を突き立てた。

 それは、太く長い龍の牙の如く垂直に振り下ろされた。

 直後、急激な打撃と圧力を受けて、グリージョの心臓は停止した。

 その瞳から生気が失われたとき。

 摩魚は左脇に力を入れて、相手の頸椎を破壊した。


 榊《さかき》家《け》格闘術。龍喰《じゃばみ》 尾絞折《おじめおり》。

 龍のような動きで腕を巻きつけて、その牙で噛み殺す技。

 肘鉄または膝蹴りによって相手の心臓を停止させる。


 絶命したグリージョを、摩魚は静かに寝かせたあと、ゆっくりと立ち上がって虹子と響子の方を向いた。

「二人とも、ちょっと手伝って。私、この三人を弔いたいの」

「分かったよ。任せて」

「はい、手伝います」

 それから、ネーロを背負ってきた摩魚と、ビアンカを脇と膝から抱えてきた響子と虹子は、三姉妹が並ぶようにグリージョの隣に次女と三女を寝かせた。魔女のトゥルケーゼ三姉妹の遺体に向けて、摩魚と虹子と響子が手を合わせて黙祷していった。この一分から二分が経って、女三人は弔いを済ませて次の階へと歩き出した。

「強敵だった」

 階段前で、そう呟いた摩魚に響子と虹子は足を止めた。

「刀で斬るのとは“わけ”が違うのね……。自身の拳で仕止めるというのは、相手の熱と鼓動と脈と波動とそして思いが直《じか》に伝わってきたわ。ーーー私ね。今、身体中が小さく震えているんだ。とくに、この右手が……」

 そう気持ちを述べた摩魚は、右手に力を入れて拳を握った。

 黙って聞いてくれている後ろの二人に。

「さあ行こうか。次が待っているわ」

 と、振り向かずに声をかけた。



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