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丸山町決戦!摩魚姫、クラブdeハッスルする


 1


 時間を少し戻って。

 雷蔵と二手に別れた三人娘は、先のクラブを目指していた。

 角に交番とコンビニがある丸山町四差路を通過。

 先にある十三階建ての大きな“城”へと向かう。

 三人娘のうち、前を行く海原摩魚うなばら まなの足取りは軽快であった。

 なにもかもから解放されて、“姫様”はウッキウキだった。

 そして、鼻唄まで後ろの瀬川響子せがわ きょうこ有馬虹子ありま にじこに届いていた。

 虹子が聞いていく。

「楽しそうだね」

「楽しいよ」返答する声も弾んでいた。

「なんでですか?」

 響子きょうこからの問いに足を止めた摩魚まなは、振り向いて。

「今から、私が騎士ナイトで虹子と響子ちゃんがプリンセスだからよ」

「どういうこと?」虹子からも疑問が飛んできた。

「私が敵の雑魚兵隊を蹴散らしていく間に、姫の“あなた”たちが囚われの五人のお姫様を救出する。ということ」

 少し間を空けたのちに、響子が口を開いた。

「あたしと虹子が前線に立った方が摩魚さんをまもれます」

「ありがとう。その気持ちだけ受け取っておくわ」

 そう微笑んで返した摩魚は、二人の肩に優しく手を乗せて。

「だけど私。今から大暴れしたいんだ」

 ニコッと満面の笑みを浮かべた。


 そして。

「おっじゃっしまーーっす!」

 海原摩魚さん御一行『CLUBクラブ LUNAルナ LIONライオン FISHフィッシュ』に到着。

 バアン!と勢い良くドアを叩き開けた上機嫌な摩魚が、先頭となって虹子と響子を後ろから引き連れてズカズカと入店していく。クラブの一階は、お昼の軽食タイムで営業中だった。と同時に、思わず箸とフォークとスプーンを止めて、美しい二人と可愛いひとりに見とれていく店内の来客者たち。ただし、カウンターのキッチンで包丁の手を止めていながも、稲穂色の瞳を流して冷静な眼差しで三人娘を見ていたクラブアルバイト店員の翻車眞人こぼしぐるま まなひと。今年で二五歳になる彼は、陰洲鱒町の住民であった。このような周りの反応を気にする感じではない摩魚は、ニッコニコな笑顔で足を止めて眞人まなひとに振り向いた。

「失礼。“ここは”平和そうね。ーーー良かったら簡単にクラブの内容を私たちに教えてほしいんだ。そこの君に」

「俺が、あなたたちに?」

 眞人まなひとの稲穂色の瞳に、たちまち戸惑いが浮かんだ。

 包丁片手の己に対して、当の“姫様”は警戒心ゼロだったから。

 彼は蛇轟ダゴン秘密教団や鯉川鮒の手下ではない。

 そして、院里学会の学会員や世界基督教会の信者でもない。

 陰洲鱒の身体能力を活かした用心棒だった。

 昼間は割烹かっぽう着で包丁を握り。夜は“黒服”で店を護衛していた。

 次に彼は、響子と虹子の顔は知っていた。

 ときどき二人で仲良く飲みに来ていたからだ。

 雷蔵らいぞうを連れて三人一緒のときもあった。

 眞人まなひとは彼ら三人とも顔見知りだった。

 細身で筋肉痛な眞人は、色気を持っている美男子。

 酒に弱めな虹子から、酔った勢いで誘われたことがある。

 彼女を持つ眞人は、一度だけならと虹子と夜を共にした。

 そして、摩魚とも顔見知りであった。

 彼女の妹の海原“みなも”と姉妹仲良く飲んでいたからだ。

 さらに、昨年は潮干ミドリとも飲みに来ていた。

 彼女らとは赤の他人たが、クラブの常連客であった。

 包丁を握る眞人の手に、力が加わっていく。

「一階はこの軽食部屋と、その隣はDJルーム。その先はバーカウンター。端はプール付き飲食。ーーー二階はダンスルームとライブルーム。その隣に軽食部屋。二階端は、たこ焼とお好み焼きの酒場。ーーー三階は、全体的に突き抜けてダンスホール。四階はクラブが三部屋と、ガールズバーがひとつ。ーーー最後に。五階は業務管理室。以上」

「ありがとう」

 と、眞人へと手を振ったのちに摩魚は。

「個室があるのは何階かな?」

「四階のクラブに三つ、ガールズバーに二つだよ」

「おかげで助かったわ」

 そう言った摩魚が真っ直ぐとカウンターに近づき。

 包丁を握った眞人の手を優しく掴んだ。

みのりさんによろしく伝えておいてね。私は無事ですと。ーーーそれからあと……。私の妹と関係持ったでしょ?」

 突如、摩魚の声が低く静かになり、眞人は驚愕した。

「え?」

「虹子に手を出したこと、よく覚えておいてね」

「いや……、その……」全身に噴き出す小粒な汗。

 包丁を持っている彼の手に、グッと指先まで力を込めていく。

「やることが終わったら、“また”飲みに来るわね」

 微笑んでひと言を終えたのちに、摩魚は手を静かに放していき、眞人から離れていった。それから踵を返して再び振り向くことなく先頭となって、響子と虹子を連れて隣の部屋へと移動していった。



 2


「たのもーー!」

 バアンッ!と扉を叩き開けて、摩魚が先頭でDJルームに入室。

 四歩ばかり入り、後ろの二人までの入室も確認。

 静かに扉を閉めていく虹子。

 その入った先は、見渡す限りの新世界十字軍ニューワールド・クルセイダーの兵隊たち。

 世界最大級の21世紀の傭兵部隊。

 選民思想を植え付けられて、差別を差別と考えていない。

 ならず者の集まりだ。顔つきが違う。 

 新たな来客者に、少し怯えていた若い男性DJ。

Whoフー the fuckファック!」

 誰だよ!糞っ垂れ!と汚言を飛ばした細身の黒人青年兵士。

Shutシャタ the fuckファカ up!」

 黙れ糞野郎!と力強く指さして汚言を投げ返した摩魚。

 細身の黒人青年兵士の身がすくむ。

 秒で打ち返されたことに、兵士一同は“ざわつき”出した。

 右中央の席にいた口髭の筋肉質な男性韓国人兵士が立ち上がり。

五月蝿うるせぇーぞ! 糞日本チョッパリの牝豚が! 今から、お前ら三人とも我々の“穴”にしてやるからな! 偉大な韓国に賠償と謝罪しろ!」

 と、摩魚を目掛けて韓国語で罵倒してきた。

「お前こそ、その大口ビッグマウスと粗末なトッポギ仕舞しまっておけよ」

 “姫様”、こっちにも秒で英語で罵声を投げ返した。

 口髭の筋肉質な韓国人男性兵士は思わぬ反撃を受けて。

 ーへ……、ヘイトスピーチ!ーー

 歯ぎしりして驚愕していった。

 そんな中、中央奥の席の眼鏡のスペイン青年兵士が口を開いた。

 細長いレンズの眼鏡を指先で正して、英語で話していく。

「これはまた、とんでもない狂犬マッド・ドックだな」

Thankセン Youキュー」礼を返した摩魚。

「礼には及ばん。幸いにも、お前たちはイエローでも美しい。我ら第九団隊の“なぐさみ物”として手厚く手元に置いてやっても良いぞ。奴隷では一番優遇だ。ーーーどうだ? 悪い話しじゃなかろう?」

「そんなに慰めてもらいたいなら、手前てめぇの“右手ワイフ”に頼め」

 と、英語で摩魚が軽く握った右手を上下に動かしていく。

 しかも、中指を立てた左手で“コレ”を指していた。

「な、なんだって……!」驚愕する眼鏡のスペイン青年兵士。

「お前ら、テンプル騎士団と全く同じことしてんじゃねえか。主の偉大さを布教かなにか知らんけど、やっていることは、侵略、強盗、殺害、強姦。ーーーふざけるな。この、Motherマザ Fuckerファッカどもが 」

「お! お前……! Yellowイエロー Cuntカント の分際で、我々の主と我らを侮辱したな!」

 怒りで席から跳ねるように立った眼鏡のスペイン青年兵士。

 摩魚を力強く指さして、口を縦に開いて罵った。

 その直後。

 彼は天井を仰いで身体を反らせて、後ろへと一回転。

 仲間の兵隊たちを巻き込み、壁に激突して頭から落下した。

 と同時に。

 口髭の筋肉質な韓国人男性兵士も弾き飛ばされていた。

 こちらも仲間を数人道連れにして床に落下。

 一度に発生した、二人の成人男性が吹き飛ぶ現象。

 巻き添えを喰らった兵隊たちは、戦闘不能となった。

 結果、三〇名以上いた兵隊は一気に二〇名以上に減少。

 不可解な出来事に、部屋の空気が困惑していった。

「言葉に気をつけろ」

 そう低く言った摩魚の右拳からは、親指が立っていた。

 サムズアップではない。

 青白い闘気とうきの指弾を、二発同時に撃って二人を始末した。

 これを喰らった二人の兵士の額と鳩尾には、ゴルフボール大の窪みができていた。スペイン青年と口髭の筋肉質な韓国人男性の両兵士の生死は不明であるが、起きても二度と戦闘はできないと思われる。そして摩魚の左手には、いつの間にか鞘に収めた日本刀を握っていた。この状態に気づいた響子と虹子が、チラっと彼女の手元を確認した。

 ーさっきの指弾といい、手の刀といい。摩魚さんって、まさか雷蔵と同じ使い手?ーー

 ー姉さんのしろになっていたときよりも、“本物”の方が輝きが強い!ーー

 次に、摩魚まなの黒い瞳が青白く強く光った。

 デニムシャツの上着の胸ポケットのから人差し指と中指の先で挟んだ千円札を取り出して、後ろ隣の実妹の顔の前へと差し出した。警戒態勢の十字軍兵隊たちに顔を向けたまま、虹子に指示していく。

「“これ”をあそこのジョッキーに渡して、景気の良いのを一曲頼んできてちょうだい」

「え? 私が……?」

 やや吊り上がった目を見開いて、驚いていく。

 前敵を睨みつけたまま、摩魚は静かに低く言ってきた。

「あなた、あのDJとも関係したんでしょ? なら“仲良し”じゃん」

「うへぇ。な、なんで分かったの? 姉さんスゲー」

「いいから早く行ってきて」

「分かった。なにが良い?」

 虹子の質問に、摩魚は唇を動かしていった。

 無音で発した実姉の注文を受けたあと、小走りで向かった。

 緊張しっぱなしで硬直していたDJのもとに着いた虹子が、デスクをパンパンと軽く手のひらで叩いて話しかけていく。

MACOマコっちゃーん、お疲れー」

「に、虹子、さん……! いい、いったいなにが……?」

「さあ? 見ていたら分かるんじゃない?ーーーそんなことより、私の自慢の姉が君に注文だよ。お仕事お仕事。これで一曲お願い」

 と、千円札を人差し指と中指の先で挟んで、ワンナイト彼氏に手渡した。仕事の依頼を受けた途端に、鮭筋子真子斗さけすじこ まことことDJディージェイ SUJICOスジコ MACOマコがプロジョッキーの目付きに変わった。

「オーケー! プリンセス!」親指を立てて了解した。

Paulポール OakenfoldオーケンフィールドReadyレディー Steadyステディ Goゴー』」

 そう、虹子のマットピンク色を引いた唇が動いた。

 真子斗はデスクの引き出しの中から一枚のLPを取り出して、黒いレコード板を引き抜き両手の人差し指で支えてクルッと回したのちに、人差し指と親指の腹で持って丁寧に“そっと”プレイヤーにセットした。そして、ディスクが回転し始めたときに、プレイヤーの針を溝に乗せて曲は流れ出していった。それから虹子は再び摩魚の後ろへと戻った。


 ほぼ一度に、三人の兵士が銃剣を振りかざしてきた。

 摩魚の抜刀とともに、左右中央と銃剣が弾かれた直後。

 唐竹割りで中央の兵士の頭を叩き斬って。

 流れるように横に振って右の兵士の腹を斬り裂き。

 ひるがって左の兵士の両手首を斬り落とした。

 この間、数秒。

 まさに秒殺。

 海原摩魚は容赦がなかった。

 やいばから血を払い落とし、両手持ちで顔の横に構えた。

 文字通り、摩魚は瞬く間に十字軍の目の前にいた。

 り足で敵陣の前線に入り込み、左手前の兵士を袈裟斬りして、目の前の兵士を腹から喉へと斬り上げて、右手前の兵士片腕を斬り落とした。そして手を切っ先の背に添えて大きく踏み入れて、アフリカ系の眼鏡の女性兵士の心臓を突き刺した。銃剣を振り回す隙も無く、たちまち四人の兵士を失ってしまった。足で腹を押しやって闘気の刀をアフリカ系女性兵士から引き抜き、血をピュンと振り払って足を進める。ブロンド五分刈り頭のアメリカ青年兵士が銃剣を手にしようとしたとき、ヒュッと銀色の線が首もとを走ったかと思えば、喉仏の真ん中に赤い線を横に引いていき、赤色と赤黒い色の混ざった血を滝のように流していって膝から崩れ落ちた。倒れゆく五分刈りアメリカ青年兵士を見もせずに、摩魚はドレッドヘアのアフリカ系女性兵士の銃剣を弾いて腹を斬り流して、スコットランド中年男性兵士の鼻を肘で砕いた隙に防具ごと股間を斬り上げて、激痛に思わず身体を折ったところを中年男性兵士の首を斬り落とした。銃剣を振り上げて突っかかってきた口髭のドイツ男性兵士の足を払い蹴りして転倒させたその横で、いまだに悶えていた筋肉質な口髭の韓国人男性兵士が目についたので、彼の胸を床ごと突き刺してからドイツ人男性兵士の頭と身体を切り離した。両側からきた銃剣を払いのけてから、赤毛の髭面の青年兵士袈裟を斬りつけて黒髪お下げツインテのユダヤ系中年男性兵士の胴を横に割き、一歩踏み入れてモヒカン頭のロシア青年兵士の胸を突き刺したあとさらに、足で蹴りやって引き抜き、翻りざまに黒髪“おかっぱ”頭のエジプト青年兵士の膝を踵で砕いて片膝になったところで上から喉を突き刺して、背中の腰あたりまで切先を貫通させた。背後からの攻撃に摩魚は、エジプト青年兵士から引き抜く“ついで”に振りかぶりの銃剣を避けて、中国人中年男性兵士の鼻を肘鉄で折ってから、その首に腕を巻いて勢いよく身体を折り曲げた。投げっぱなし背負い投げで飛んできた中国人中年男性兵士と衝突した茶髪ロン毛と金髪ロン毛の青年兵士二人は、思わず銃剣を身体に突き立て二人仲良く転倒した。このとき、二人の兵士の肋骨と内臓が衝撃と重量に破壊された。踵を返した摩魚が、背後と右側からきた兵士三人の銃剣を弾いたり打ったりして数回火花を散らして、右側のメキシコ系男性兵士の膝の腱を切ったのちに刃を上昇させて顎から延髄のラインで切断。細面の若い中国人女性兵士と刃を交わして、手首を捻り上げて脇から刺して心臓を貫き。そのまま押し投げて、隣で構えていた中東系男性兵士へと彼女ごとぶつけた。細面の若い中国人女性兵士の銃剣を拾った摩魚は、中東系男性兵士の顔に剣を突き立てて、彼の手元を蹴った。その先に、振り上げて走ってきていた若いフランス人青年兵士の腹に銃剣が突き刺さり、彼は膝を落としてうなだれた。細面の若い中国人女性兵士に刺していた闘気の刀を脇の下から抜いた摩魚は、斬りかかってきたオーストリア人青年兵士の銃剣を弾いて腹を蹴った。扉に背中を当てて止まったその青年兵士へと向けて、摩魚は、中東系男性兵士の遺体から奪い取った銃剣をぶん投げて、彼の顔に突き立てた。貫通した勢いで、オーストリア人青年兵士は扉を破って隣のバーカウンタールームへと倒れ込んだ。横から斬りつけてきた細身の黒人青年兵士の銃剣を刀で叩き落としたあと、振り上げて彼の首をねた。

 隣の部屋にいたのは、客たちかと思いきや。

「ミヒャエル! ペドロ!」

 と、顎髭のイタリア系青年兵士が名を叫び。

 皆一斉に銃剣を構えて、多数の銃口を摩魚に向けた。

 二部屋に渡り、新世界十字軍の兵士たちが待機していたのだ。

 この部屋だけで、総勢三十三名ほど。

 これら銃口に恐れることもなく、摩魚は足を進めていく。

 背中を向けたまま「おいで」と摩魚は響子と虹子を呼んだ。

 真正面から敵陣に乗り込みながら、瞳を群青色に光らせた。

 すると、青白い極薄の膜が三人娘を包み込み馴染んだ。

 ファイア!の号令で、一斉射撃が始まっていく。

 情け容赦ない銃弾の雨霰あめあられが女三人を狙ってきた。

 飛び散る薬莢とオレンジ色の火花は、壁や床に無数の穴を開けていく。まさに集中砲火。改めて紹介するが、新世界十字軍の専用装備のひとつ、生体電気破壊銃弾はこの名前通りに生命体の体内に流れる電気信号を破壊して短時間で死に至らしめるという『猛毒』の兵器。であるが、当の兵士たちにとっては“細かいことはどうでもよい”感じであり、今は、大切な仲間を目の前で殺したと“思われる”この片手に日本刀を携えた普段着姿の黒髪の女を始末することを優先させていた。いつまで撃ち続けるつもりかって?当然、内蔵された銃弾が尽きるまで。空になったら太股にある予備を補充すれば良い。

 ー黄色い雌猿め! 蜂の巣にしてや…...…..る?ーー

 こう、顎髭のイタリア人青年兵士が歯を剥いていたが。

 ーな、なんだと!ーー

 銃弾の豪雨を浴びながらも平然と向かってくる摩魚に驚愕する。

 “姫様”は二人の仲間ともに無傷であったからだ。

 銃弾を喰らうどころか、全てを弾いていく。

 この流れ、射撃開始して僅か一秒から二秒の出来事。

 摩魚が、ブンッと闘気の刀を放り投げたとき。

 顎髭のイタリア人青年兵士の鳩尾に突き刺さった。

 転がっていたオーストリア人青年兵士の亡骸から銃剣を取り上げた摩魚は、これもぶん投げて、天パー頭のフランス系青年兵士の胸に突き刺した。膝を落として息を引き取っていく天パー頭のフランス系青年兵士からも銃剣を引き抜いた摩魚は身を沈めて、左右に振って両側のスキンヘッドのウクライナ中年男性兵士とアルメニア中年男性兵士の膝裏の腱を断ち、そして立ち上がりざまに兵士二人の胴体を叩いて流し斬りした。アルメニア中年男性兵士を蹴って、ジャマイカの青年兵士にぶつけて袈裟を斬り、左右からきた銃剣を弾いて流して左の中年黒人女性兵士の頭をかち割り、彼女の両手を捻って剣を取り上げて、右のスペイン系女性兵士の銃剣ごと鎖骨から叩き斬った。正面から剣を振り上げてかかってきた赤毛のゴツイオランダ人男性兵士に対して、とっさに両手を広げた摩魚の顔の前に細長い青白い光りとともに闘気の刀が出現して、一撃を防いだ。数度に渡り火花を散らして刃を交わしたのちに、赤毛のゴツイオランダ人男性兵士の爪先に刀を突き立てて、これに男が驚愕と激痛に目を剥き大口を開けた隙に、彼の両手を捕って捻って銃剣を股間に当ててから奪い取ったあとさらに振り下ろして、首を切断した。血糊の付いた赤毛のゴツイオランダ人男性兵士の銃剣をブーメランのように投げて、次の敵陣を退けた隙に摩魚は彼の爪先から自身の刀を引き抜いて足を進めていく。多少乱暴に放り投げられた銃剣は、血糊を撒き散らしながらブーメランのように回転していき、これを手前の二人はとっさに床に飛んで避けたものの、後方の四人は首を飛ばしていき、最後の五人目の首に当たって頸静脈から赤黒い血を噴出していきながら天井を仰いで倒れていった。これと平行して、首を切断された兵士四人の断面から血を吹き上げていき、青黒い天井とミラーボールを赤々と染めていきながら花弁を開くかのように四方に倒れ込んだ。飛び退けて床に伏せたうちひとりの兵士の背中を、摩魚から刀で貫かれた。これはたまらん!と床から跳ね起きて離脱していくギリシャの青年兵士。彼が向かった先には、バーカウンターに置いていた自軍の無線機。波長は合わせてあるから、あとは通話スイッチをONにして部隊長と団長に連絡するだけだ。

「こちら第九団隊のニコライ! こちら第九団隊のニコライ! 緊急事態発生、緊急事態発生! 情報の無かった“普段着姿の日本人女性”が日本刀サムライ・ソードを振り回して暴れています! 至急、応援を要請する! どーぞ!」

 報告の普段着姿の日本人女性。

 海原摩魚のことである。

 上はデニムのカッターシャツに、下はデニムのゆったりズボン。

 そして、二六センチの白いスニーカー。

 ブルーでコーディネートしていて、動きやすさ重視。

 まさに普段着であった。彼女の愛用。

 そして、無線でのやり取りは続く。

『こちら第九団隊のビアンカ。その人物に思い当たる者はいるか? 現状況は? どーぞ』

「いません! どーぞ」

『はい?』

「い、ま、せ、ん」

『いない訳がないでしょー!』

「思い当たらないのはどうしようもないです! どーぞ!」

 仲間への連絡をしていく間にも、その後では海原摩魚が兵士たちを次々と血祭りに上げていき、床にその屍を築いていった。

『で、状況は?』

「先の部屋で待機していた部隊は全滅したもよう! こちらの部隊も次々と数を減らしていっています! ヤツは、我々の攻撃を全て跳ね返して攻撃をしてきます! 早く、早く応援をーーーーぐ……っ!」

 刃を天に向けて刀背みねに手を添えた摩魚が、仲間の女性兵士に連絡していたギリシャの青年兵士ことニコライの延髄に切先を突き刺して、喉仏まで貫通させた。絶命した青年兵士の背中に足をやって刀を引き抜いた摩魚は、カウンターにあったテーブルクロスの角で血糊を拭いていき、響子と虹子に顔を向けて微笑んだ。返り血を一滴も浴びていない、その美しい顔は生き生きと眩かった。

「次行こうか」

 “姫様”の“本物の輝き”に、二人は瞳をキラキラとさせた。

「行きましょう!」

「行こ行こ!」

 エスコートしてくれる“騎士ナイト”に、響子と虹子は嬉しそうについていった。初めこの二人娘は、摩魚の情け容赦ない非情な戦闘スタイルに、脅えと恐怖と呆気にとられて口を半開きにして棒立ちしていたが、やがてそれは、“姫様”が次々と敵を減らしていく余裕のある姿を見ていくうちに頼もしさへと変わり、「この人なら大丈夫だ。なにも心配ない」と安心するようになって気持ちをワクワクさせていった。二部屋に渡る新世界十字軍の兵士は総勢七〇名近く。その数を、摩魚は皆殺しにしてしまったのだ。扉を開けて、二階へと続く階段を三人娘は上っていった。



 3


 海原摩魚さん御一行、クラブの二階に到着。

 ダンスルームとライブルームがあり。

 この二部屋は観音開きの扉を開放して繋げていた。

 仕切る壁はあるが、だだっ広く長い印象を受ける。

 紫色の各部屋の天井に、それぞれ三つのミラーボール。

 ダンスとライブという名目の違いはあるが、作りは同じ。

 というわけで。

 勇敢な隊員からの応援要請を受けて、待ち構えていた五〇名ほどの新世界十字軍の兵士たち。皆が皆、額と顔に青筋を立てて銃口を向けていた。そんな中でも、手前で銃剣を構えているウェーブ黒髪の浅黒い肌の長身美女兵士二人に注目した摩魚。

Yourユア namesネームス?」

 この問いに、右側の女兵士が「え?」という表情に変わって。

「I'mアイム Biancaビアンカ marmoマルモ cuneoクネオ

 そして左側。

「I'm Neroネーロ marmo cuneo」

 と最後は二人の後ろから新たに美しい女兵士が現れてきて。

「And……。I'm Grigioグリージョ.」

 そう言って真ん中に立ち、同じ顔立ちの美貌が三つ並んだ。

 一際目立つ美しいイタリア系女三人に、見とれていく三人娘。

 摩魚がさらに質問。相手は、グリージョと名乗る美女。

Eldestエルデスト daughterドーター ?」

「Yes」長女と答えた。

 グリージョ、左右に立つビアンカとネーロに目配せしたのちに。

「そう言う美しい“あなた”は何者?」

 驚くほどに流暢な日本語で返されたので。

 摩魚は、なにを思ったのか、刀を鞘に収めて見栄を切り出した。

「愛しい家族、愛しい友、そして愛しい人からの呼び声により。この世に蔓延はびる悪を斬るために死の淵から蘇った女。海原! 摩魚!ーーー二四歳。学生!」

 たちまち異様な空気に包まれていく二階。

 決まった!と満足気な“姫様”。

「二三だったのでは?」

 後ろ両側から、響子と虹子の声が重なった。

「“寝ている間に”美しく歳を重ねました」

 ふふん。と、摩魚は自慢気に可愛い二人に返した。

 おまけに、自己肯定感が高い女である。

 銃剣を構えたまま、兵士たちが呆気にとられていた。

 五〇近い銃口が向けられている状況下でも、余裕だった摩魚。

 そして“姫様”は半身になり柄に手をやり、構えていく。

 視界に五〇名ほどの敵をおさめて、準備完了した。

 黒い瞳を群青色に光らせて、己と後ろの二人を青白い光の皮膜で被った。この現象に、響子と虹子が“じぶん”の両手を見たりして驚いていく。このとき、二人に「効果は三〇分。それより速く雑魚は片付けるわ」と、摩魚から警告を受けていた。やがて三人の身体に馴染んで消えていく光を見ていたグリージョ姉妹は、なにか嫌な予感がしてきた。あの普段着姿の女を、我が軍が自慢の銃弾で倒せるのだろうか?と。

「先手必勝」

 と、摩魚が呟いた、次の瞬間。

 青白い輝きとともに抜刀して、銀色の一線が横に走った。

 危機を察知したグリージョ姉妹は、とっさに床に伏せた。

 左右の壁を高い金属音と一緒に火花が走っていく。

 抜刀は一撃では終わらない。

 右足を大きく踏み出して、刀を斜め下へ振り下ろした。

 天井から床へと火花を散らして走り。

 次に左足を一歩大きく出して、斜め上へと刀を振った。

 床から天井へと火花を散らして走り。

 カチン。と、虎口が静かに閉まる音を聞いたとき。

 前列の兵隊たちの胴体から真横に煙を立たせて。

 二列目は左斜め、三列目は右斜めから煙が立ち。

 この僅か、コンマ数秒の後に兵隊たちの身体は割かれて落ちた。


 さかき格闘術、抜刀。

 闘気とともに繰り出した斬撃は、鎌鼬かまいたちの如くなりて相手を切り裂く。その威力は周りの建物や物体までも斬るほど。


Waoワオ! Wao! Wao! Wao! Holyホーリー fuckファック!」

Ohオー myマイ godガッ……。Oh my god……! Whatホワッ the fuckファック!」

bullshitボウシット……。Fuckingファッキン seriousシリアス!」

 順に。グリージョ、ビアンカ、ネーロ。

 伏せていた三姉妹が、上体を起こしながら感嘆していく。

 直感で危機から退避できたビアンカたちは、単身で駆け込む摩魚の姿を目撃した。先ほどの抜刀で、兵隊の損失は三〇名ほど。ビアンカとネーロとグリージョの姉妹を除けば、残りは二十名足らず。男性兵士の「Fire!」の叫びで銃撃が開始されていくが、闘気の膜を身にまとった摩魚には効かなかった。部屋の出入口で待機していた響子と虹子にも、摩魚から起こされた共鳴で闘気の膜で保護されていたので、銃撃が当たっても弾くだけだった。無数に浴びせかけられていく銃弾を弾き飛ばしていきながら、摩魚は敵陣の中に飛び込んで前転して、片膝を突いて滑り込んだ。彼女の抜刀とともに、目の前の兵士二人が先に倒れ、背後の兵士は腹を突かれて、左右の二人は首と腹を裂かれて倒れた。突進してきたアメリカ女性兵士に鞘を投げつけて退け、横からきたオランダ男性兵士の腹に刀を突き刺して彼の銃剣を奪取し、横に振りかぶってケニア青年兵士の胸を叩きっ斬り、反対側からきたモンゴル中年男性兵士の頭を叩き割った。後ろ斜めから斬りつけてきたカナダ老人男性兵士の銃剣から身を沈めて避けた摩魚は、手元の銃剣を振って彼の膝を切断。バランスを崩して足を滑らせたカナダ老人男性兵士は、床に後頭部を強打して舌を噛んだ。その追い討ちとして、彼の顔に摩魚から銃剣が突き立てられた。銃身から銃剣を引き抜いた摩魚は、そのままこれを投げつけて、ロシア中年兵士の胸を刺した。横から斬りかかってきたアラブ青年兵士の腕を捕って、身体を深く折り曲げ、頭を床に叩き落とす背負い投げを敢行したあと、その彼から盗った銃剣で迫りくる五人の兵士へと摩魚が立ち向かう。抜刀して手前の兵士二人を斜めに斬り上げて葬り、横の兵士ひとりの両手首を切り落とし、一歩踏み出して、左右に銃剣を振って兵士二人の腕と首を斬り飛ばした。摩魚が剣を振るう度に、兵隊たちの身体の一部がポンポン斬り飛ばされていく。あとの兵士四名も同じく、腕やら首やら胴体を切断されて、摩魚から葬られた。オランダ男性兵士のもとに戻ってきた摩魚は、彼の亡骸から闘気の刀を引き抜いて踵を返した。その“姫様”の目線の先にいたのは、鞘を頭に投げつけられたアメリカ女性兵士だった。駆けて斬りつけてきた銃剣を受けて数回刃を交わしたのちに、彼女の横をすり抜けた摩魚は、横腹を割いたあと翻って刀を振り下ろして背中を斬りつけた。これで、イタリアの美人三姉妹以外は全滅である。

 繰り広げられた地獄絵図に、マルモ三姉妹は茫然としていた。

 摩魚の異常な美しさと相まっての容赦無しの残酷さ。

 それはまさに狂犬であった。

 身を起こして立ち上がっていく三姉妹に、刀を鞘に収めながら摩魚が近づいてきて目の前で立ち止まり。

「あなたたちも、る?」と、微笑みかけた。

 これを聞いた途端に、三姉妹は銃剣を床に投げ捨てて。

「とんでもない! 私の負けよ!」目を見開くグリージョ。

「私も私も! 姉さんと同じ」同意するビアンカ。

「右に同じ! 私も死にたくない」挙手するネーロ。

「えーー? マジー?」つまんなさそうな摩魚。

「マジマジ。私たち魔女だけど、あなたとり合ったら絶対死ぬって! 勘弁して」

 眉を寄せて両手を突き出して振り、グリージョが訴えた。

 仲良く横並びになっているマルモ三姉妹へと黒い瞳で流し見していった摩魚は、ニコッと微笑み。

「じゃあ、私たちを手伝う?」

「ごめんなさい。それだけは無理。私たち(十字軍)は征服する側、あなたたちは植民地側。相容れるのも歩み寄るのも難しいわ」

 このように否定してきたグリージョに対し、摩魚が少し間を空けたのちに。

「まあ、好きにしたら? 私たちは鱗の女の子たちを助けに行くから」

「そうね、そうするわ。お互いに干渉無しよ」

 グリージョの答えに、摩魚は“ふふっ”と小さく笑って足を進めた。

 響子と虹子を連れて、ライブルームを抜けようとしたとき。

「ねえ! 最後に、ひとつ聞いていい?」

 と、グリージョの言葉が“姫様”の背中に投げかけられた。

 摩魚は彼女に首を向けて。

「どうぞ」と促した。

「どうして、私たちを見逃すの? 理解できないんだけど」

「バチクソ私の“好み”のタイプだからよ」

「え……っ?」頬が赤らむ。

「じゃあ、そういうことで。また会いましょう」

 こう言い残して、摩魚は響子と虹子を連れて三階を目指した。



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