丸山町決戦!雷蔵、ひとりdeクラブに行く
1
潮干ミドリが、女神ハイドラとカーチェイスをしていたとき。
榊雷蔵たち四人は、丸山町の思案橋繁華街に着いていた。
丸山町派出所のある交差点から少し上った百円パーキングにダークシルバーの普通車を停めて、雷蔵たちは降りていく。雷蔵の隣に相棒の瀬川響子が立ち、その横に海原摩魚と有馬虹子の姉妹が並んだ。丸山町公園から上ったところの百円パーキングから、交差点付近の繁華街をあるていど見渡せる。雷蔵は、交差点右手側の角の、元映画館だった建物を買い取って改装したクラブを指さした。
「俺があの『CLUB KING OF THE HERRING』に入って五人を助けるから、響子と虹子さんと摩魚さんは、その先にあるクラブに行って五人を助けてくれ」
そう言って、先の一方通行にある『CLUB LUNA LION FISH』の方へと指した。護衛人の青年の指す方向を、女三人は仲良く見たのちに、うち真ん中に立つ摩魚が顔を向けた。
「私にも手伝えってこと?」
ちょっと怖い顔つきになっていた。
この言葉に、指していた腕を下ろした雷蔵も“姫様”を見て。
「君が退院して帰ってきたことで、俺たちが“みなも”さんから受けた依頼は終わった。よって、依頼人および依頼対象という関係じゃなくなったんだ。あとは好きにすると良い」
「最後の言葉に二言はない?」妖艶な笑みで返してきた。
「まあ、ない」嘘ではない。だから自然な感じで答える。
「だったら」
「好きにしていいけれど、その前に君も民間人協力者として俺たち三人に加勢してほしい。俺と響子と虹子さんは君の身の安全を徹底して確保した。そして次は、摩魚さんがこの二人を助けてほしいんだ」
「あら? 交換条件?」摩魚、ちょっと嬉しそう。
「人手不足でね」含み笑いで返す雷蔵。
「玄人のあなたが“素人”の私に頼むんだ」
「君は物騒な格闘技の使い手と聞いた。三年前に会ったときは、ひと言も“そんな”情報聞かなかったぞ。だが、“経験”は素人ではないはずだ」
「自身の流派を“物騒”だなんて言っちゃうんだ?」
そう含み笑いしながら再びクラブの方向を見て、黒い瞳を流した。
やや吊り上がった切れ長な目は緩やかな弓なりである。
この冷たい美女からの眼差しを受けた雷蔵は。
「え? どういう意味だ?」
驚きと不思議さを混ぜた表情を見せた。
青年の疑問を、摩魚は。
「えへへー。今は内緒」
両手を後ろに組んで、雷蔵へニコッと笑みを向けた。
これを見た響子と虹子が。
ー摩魚さんキャワ!ーー
ー姉さんキャワ!ーー
と、目じりを下げた。
というわけで。
「よし! 任せた。頑張ってくれ」
「分かったわ。雷蔵もね!」
2
『CLUB KING OF HERRING』に到着した榊雷蔵。『ランチタイム』と書かれた札の下がっている扉のノブを回して入ってみたら、そこには厳つい格好と空気を持った様々な国の男女が、総勢二十名以上いて、皆それぞれ昼飯を食べているところであった。割合は比較的男が多かったが、それでもここにいるメンバー全てが鍛え上げた身体をしており、フル装備の軍服姿でもあった。シルバーグレーのヘルメットと防具の胸元に月を冠にしてダビデの星をまとった十字架が赤く描かれていて、同じ色の肩当てと膝当てと軍靴、ネイビーブルーのパンツ。以上このような格好であり、おまけにヘルメットの中央には少し隆起した赤い鶏冠まで付いていて、まるで西洋中世の甲冑のようであった。雷蔵は全体に目を通して理解できたことがひとつあり、それは、長崎大学で“撫でた”二十人以上の体育会系サークルの部員たちとは明らかに比べ物にならないほどに目の前にいる兵隊たちは鍛え上げていることだった。この者たちの傍らに立て掛けてある各々の銃剣の銃弾で現地人を射殺したり、銃剣の剣で現地人を斬殺したりしてきたのであろうか、男女問わずに兵士らの眼差しから躊躇いの無さがうかがえて、“ヒトたる何か”が消失していた。よって、雷蔵はこれまでにない、妖怪や妖術使いや魔法使いなどの異形な者たちを相手してきたときとは全く別の危機感を持った。外観はヒトであるが、思考回路から心情に至るまで中身が化物である。この世だけでなくこの宇宙の果てにでさえ存在するかどうか分からない絶対唯一神といった物に、己の全てを捧げてしまっていて、もはや更生の余地無しである。
無言で兵士たちの顔立ちから筋肉の付き方を見て、それからくる予測できる動作などなどが頭の中に流れていく雷蔵。その中でも、長身で一番ガタイの良い黒人兵士に話しかけてみた。
「お食事のところを邪魔して申し訳ない。俺は榊雷蔵。この店の三階にいる五人の女の人を助けたいんだ。だから、ここを通してほしい」
好青年のこの頼みを相席の兵士の通訳越しに聞いたガタイの良い黒人兵士が少し沈黙して、両隣のテーブルの仲間と目配せをしたのちに再び彼を見て英語で話していく。
「お前は見た目、腑抜けと思ったが。少し違うようだな」
このひと言を聞いた雷蔵は、鼻で軽く笑い。
「外国語じゃ分かんねーよ。日本語で話せ」
と、返した。
これを仲間の通訳越しに受けたガタイの良い黒人兵士が。
「知るか。イエローの言語など使ってたまるかよ。近々この民族も我ら新世界十字軍の物になる。“たった一億人ちょっと”の少数部族の文化や言葉など、要らぬに等しい。よって、お前の要求など端から飲む気も聞く気もない。三階の雌どもがどうなろうと我々には知ったことではない。ーーーまあ、上の黄色い Fish Cuntどもが我々の娯楽の“足し”になるなら考えてやらんこともないがな」
こう続けて、英語で侮蔑の笑みを浮かべて突き返してきた。
瞬間。
ガタイの良い黒人兵士の口が尖り。
背中をワイヤーから引っ張られたかのように吹き飛び。
後ろのテーブルごと兵士たちを巻き込んで突き抜けて落下。
衝突によって、複数の兵士は脱臼や骨折して戦闘不能に。
当のガタイの良い黒人兵士は、白目を剥いて気絶していた。
その彼の胸元に、ゴルフボールくらいの窪みができていた。
不可解な出来事に、残りの兵士たちが立ち上がり銃剣を持った。
十字軍の緊張感とは対称的に、雷蔵は冷静沈着に立っていた。
そして、軽く垂直に曲げた右手の拳から親指を立てていた。
周囲の様子を見ながら、雷蔵が口を開いていく。
「気をつけろ。日本人の俺でも軽蔑くらい理解できるぜ」
両拳に青白い闘気が点っていき、その右手から柄と鍔を出現させて、そして最後は刀身を生やして準備を終えた。半身になり闘気の刀を両手で持って右に構えた雷蔵は、兵士たちに意思を示した。
「悪いが、実力行使だ。仕方ない」
なにがなんだかで呆気に取られていた十字軍たちの中で、焦げ茶色の真ん中分けロングヘアの女兵士が銃剣を構えて現代ヘブライ語で叫んだ。
「なにボサッとしてんだ! 殺れ! 殺っちまえ!」
これに焚きつけられて、一斉に銃弾が発射されていく。
しかも、ただの銃弾にあらず。
世界基督教会と新世界十字軍の共同開発。生体電気破壊銃弾といった、あらゆる生命体の体内電気を狂わせてしまうという使用範囲がひじょうに広い物であった。一発でも撃たれたら脳神経まで破壊されてしまい、普通の人間ならばたちまち泡を吹いて即死してしまう、ある意味“猛毒”の銃弾だった。当たればタイムラグなど無く、秒で絶命する。ただし、当たればの話しであるが。
なので当然のように、榊雷蔵は“それ”を許さなかった。
集中砲火の銃弾を全て弾いていく。
眼球に当たった弾が横に流れて壁に被弾した。
橙色の火花を散らして浴びていくが、雷蔵は無傷である。
店に入った時点で自身の身体中を闘気で包みこんでいた。
彼が得意とする、最小限にして高濃度高強度の闘気の鎧。
ただ虚しく無数の銃声と薬莢が飛び散っていくだけであった。
やがて弾切れとなり、銃身から銃剣を引き抜き構えていく。
一度に三人の兵士が斬りかかった。
闘気の鎧を解いた雷蔵は、ひとり目の銃剣を弾いて二人目の小手と三人目の肩を刀背打ちした。闘気の刀を横に走らせて、ひとり目の胴を刀背で打ち、再び刀を横に構えた。あっという間に三人の十字軍兵士を倒して見せた雷蔵に、困惑が広がっていく。この様子に、雷蔵は口角を上げた。
「どうした? 刀の背で叩いただけだから、お前たちの“お友達”は死んでないぞ。助けたいなら今のうちだぜ」
安心しろ峰打ちだ。
とは言っているものの、倒れた三人は再起不能になった。
ひとりは利き手を折られて。
ひとりは肩を破壊されて。
三人目は臓物を破裂させられた。
治療回復リハビリしても、復帰は難しいだろう。
情けを掛けたとも言うが、無慈悲でもあった。
そして雷蔵は、あと一回だけ警告をした。
「お前たちは拒否した。俺は選択肢を与えた。好きにしろ」
「ええい! たかが猿一匹になに“びびって”んだ! 斬れ! 叩っ斬れ!」
負傷者を放って戦うことを選んだ兵士たち。
手前の兵士が一歩大きく踏み出したとき、雷蔵が素早く群れに飛び込んで前転して片膝を突いた。鞘から抜刀して両側の兵士の臑と脹ら脛を叩いたあと、目の前の兵士の股間を刀背で斬り上げた。特殊カーボンだかファイバーグラス製だかの最新式の股間ガードであったが、いわゆる手加減無しの刀背打ちに対しては何の意味もなさず、哀れ陰茎と陰嚢が破壊された兵士は白目を剥いて口から泡を吹いて倒れた。
プライドとキンタマを砕かれて背中から倒れていく兵士に見向きもせずに雷蔵は立ち上がりざまに、振りかぶってきた天パーの兵士の銃剣を下に流して延髄と肩を打ち、突いてきたワンレングスの女兵士の銃剣を下へと受け流して脊髄を打って通り抜け、両側から同時にきた銃剣を受けて身を捻り口髭の兵士の懐に入って回転ざまに柄の先端部を突き上げて顎を砕き、顎髭の兵士の膝を踵で破壊して片膝を突かせたときに振りかぶって刀背で顔面を殴りつけた。残心を取りつつ両手で闘気の刀を構えていく雷蔵。背後から斬りかかった三つ編みツインテールの女兵士の銃剣を避けて背中を打って肩甲骨を砕き、ブロンドロン毛の兵士の銃剣を凪いてハイキックを決めて、ツーブロックの兵士の下腹部に前蹴りをして身体を折らせてから後ろ頭を刀背打ちした。この以後、斬りかかってきたり突いてきたりしてくる兵士たちの銃剣を弾いたり避けたり“いなし”たりた雷蔵は、ひとり目は小手と袈裟打ち、二人目は胴打ちと顎を叩き上げ、三人目は脳天唐竹割り、四人目は懐に入っての柄で胸元を殴ってからの下腹部に後ろ回し蹴りで吹き飛ばした。
残心を取り、両手持ちで正面に構えた雷蔵は呟いていく。
「あとは、お前だけか。部隊長はどこだ?」
この問いに、ニュアンスだけは理解できたのか。
焦げ茶色の真ん中分けロングヘアの女兵士が左右を確認。
彼女の美しく浅黒い顔中には、小粒の汗が吹き出していた。
手元から銃剣の先端部にまで小刻みな震えがきていた。
雷蔵からの「部隊長はどこだ?」再びの問いに。
ユダヤの美人兵士は、震える人差し指で下を差していく。
と、そこには。
先ほど陰洲鱒の娘たちを『魚女』と侮辱して闘気の指弾で吹き飛ばされた、ガタイの良い黒人兵士の気絶していた姿が。これに軽く鼻で溜め息を着いた雷蔵は、目の前のユダヤ美人兵士の完全に戦意喪失したと判断して、正面に構えていた闘気の刀を空間へと消失させていった。穏やかに揺らいで立ち上っていく青白い気の煙が少し残っているうちに、雷蔵は次の階に足を進めていった。出ていく好青年の背中を見送って扉が閉まったのを確かめた途端に、ユダヤの美人兵士はたちまち膝から崩れ落ちて、床に尻を突いたペタンコ座りになって銃剣を放した。
3
二部屋を通過して二階に辿り着いた榊雷蔵。
二階部屋の中央には、ダンスフロア。
そこを取り囲むように三面に雛壇の客席。
一段高くなった所がDJのデスクとライブ舞台。
舞台の左手側にバーカウンターがあった。
そのバーカウンター席に、女の四人の姿を確認。
雷蔵の気配に気づいて、椅子を回して振り向く。
小さい。中肉中背。長身巨体。尼僧。
鰐愛香。
鰐夢香。
鰐頬白。
そして。
四人目の美しい尼僧を見た瞬間に、雷蔵は顔を引き吊らせた。
「八百比丘尼! なんで、ここに!?」
「久しぶりだね、坊っちゃん。元気だったかい?」
紅を引いた唇の端を吊り上げて、尼僧が返していく。
八百比丘尼。
推定年齢八二五歳。
高い鼻筋の通った面長気味の卵形の輪郭に、切れ長な一重瞼眼の中に輝く黒緑色の瞳を持ち、黒く艶やかな潤いを持つ長い髪を真ん中分けにしていた。若い時分に人魚ーー深者とは別種。太古から日本にいる種族。ーーの肉を食べたことで不死身の肉体と生命力を手に入れた美女。以後、人魚を食してからは定期的な禁断症状に襲われるために、人魚を狩ってはその肉を摂っていたが、ときどき間違えて深者を捕まえて食べてしまうこともあった。即死と言われている人魚の肉は食した人間しだいでは馴染んで機能するが、深者の肉となると関係なく平等に死をもたらすのであったが、この尼僧に限って言えば、幸か不幸か先に人魚を食べていたおかげで深者を食べても死ぬことなく、逆にその能力をも手に入れたのだ。深者の肉は毒性が強く本当に不味くてゲロするほどに役に立たなかったが、肝臓いわゆる肝に限っては美味しいとは言えないが栄養とこの種族の遺伝子に刻まれた能力を身に付けることができた。よって、以降も八百比丘尼はこの現代まで定期的に人魚と深者を狩り続けて食べていた。なので当然、この場にいる深者の愛香と夢香と頬白の鰐三姉妹にとっては天敵であったのだが、そのはずが今はこうして仲良く四人でソフトドリンクを飲んでいたではないか。
これはいったい、どういうことか?
謎を呼ぶ組み合わせだったため、雷蔵が聞いていく。
「お前、服役中だったろ」
「高い保釈金のおかげで晴れて塀の外に出られたのさ」
「誰が払ったんだよ?」
「萬屋の美女、鯉川鮒だ。彼女の用心棒としても雇われたのよ」
「嘘つけ。鯉川鮒は、お前から見たら狩りの対象だろ」
「嘘だと思うでしょ?」
と、口角を上げた八百比丘尼は続けていく。
「これが驚き桃の木山椒の木、柿の木松の木本気。本当なのよ。特殊刑務所にまで来た彼女はね、虹色の鱗の娘について嗅ぎ回っている強い厄介者がいるから撃退してほしいと聞いていたんだけど……さ。ーーーまさか、あんただったとはね。こっちも驚いたよ」
「なんてこった。ヤバい女が解放されたとなると、厄介だぞ」
「くぉら、雷蔵。ご本人を前にしてヤバい女と言うヤツがいるか」
「危ねえ女には変わりないだろ」
「あらやだ。危険な香りがするお姉さんに魅力を感じるのかい?」
「んなわけねえよ」歯を剥く。
適度に脱力して両拳を軽く握っていた雷蔵は、疑問を投げた。
「あとひとつ」
「なんだい?」
「その三人と仲良くしているのは、なぜだ?」
「別に。私の気まぐれさ」
「なんだ、そうか」
「ただ」
「どうした?」
「ちょっと前にね、この子たちそろって私の前で頭を抱えてゲロしちゃったから一緒に掃除したところだったのよ」
「どういうことだ?」
「ゲロする前と後じゃ、目付きが違うんだけど。どうしちゃったの?」
「俺に聞かれても専門外だが、マインドコントロールが解けたのかもしれんな」
二人の会話の区切りを見たのか、鰐夢香から口を開いた。
「私も姉さんも愛香も、今はとってもスッキリしている。今までの考えと行動が間違っていたと気づいたの。そして、私たちがやってきたことが“とんでもない”過ちだったことも記憶に残っている」
「私、同じ町の女の子たちに酷いことしちゃった……」
涙声に震わせていく、末妹の愛香。
そして、長女の頬白は無言で雷蔵を見つめたまま。
隣のゴツイ女子に顔を向けて一拍置いたのちに、八百比丘尼は再び雷蔵に向いた。
「まあ、そういうことらしい。お前の推測が当たったようだね」
「そのようだ。悪いことじゃないな」
「そうね。ーーーけどまあ、私からはこの子たちは対象外だから“どうでもいい”さね」
「おや? 珍しい」
「私の“的”は、あんただよ。榊雷蔵」
こう断言しながら、八百比丘尼は椅子から静かに降り立ち、カウンターに立て掛けていた真鍮製の錫杖を手に取って構えた。次の瞬間、頬白が雄叫びとともに雷蔵をめがけて突進していった。
「あ゛ーーーい゛!」
これにギョッと驚いた雷蔵。
とっさに顔の前で腕をクロスさせた。
「悪い! 先約ができた! お前の相手はこの人が終わってからだ!」
「あ゛ーーー! い゛ーーー!」
「げふっ!」
二メートル超えの筋肉娘のタックルを真正面から受けた雷蔵は、一瞬だけ呼吸困難になる。そしてそのまま護衛人の好青年は、頬白から運ばれたままの体勢で壁に激突してぶち破った。




