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摩魚姫、女神ハイドラと対面する


 1


 というわけで。

 榊雷蔵の四人は、長崎市に戻って竹の久保町の病院に来ていた。

 あれからすぐ、メンバーは解散して、長崎大黒揚羽電電工業から撤収して高速道路をすっ飛ばした。身の安全を最優先して、最低でも二人一組で行動をするようにと八爪目那智《やつめ なち》と妹の煉《れん》は念を押したのだが、人魚の虎縞福子《とらしま ふくこ》だけは組む相手がおらず、幸か不幸か単独行動となってしまった。皆がそれぞれ愛車で長崎市を目指していき、鱗の娘たちを“お勤め”から救出するために向かっていった。これによって、教団崩壊の足がかりになれば幸いである。


 そして。

 昏睡状態から目覚めた海原摩魚の第一声。

「やったじゃん! 飲もう!」

 我が育ての親と愛しい人の存在に気づいた。

 心の奥底から沸き出てくる感動の泉。

 母親の慶子と潮干ミドリから抱きつかれた摩魚は、二人を優しく腕で包んだ。

 なんやかんやがあって。

 様子見にきた物腰の軟らかい男性担当医の助けによって、ミドリは二週間分の入院費を追加の支払いをせずに済み、摩魚は予定通り無事退院することになった。長い間ベッドで生活していた割には、摩魚は問題なく歩いているようだ。そうして、病室から出てきたときに、退院を祝う声とともに出迎えてくれる親しい面々が目に入ってきた。雷蔵と響子とタヱから労われたあとに、血の繋がりはないが我が最高の妹、海原みなもから抱きつかれた。

「お姉ちゃああーーーーん! おめでとう!」

「みなもーー! 会いたかったよ!」

 妹を思い切り抱きしめて、顔をスリスリとしていく。

 そのような我が娘たちを横に置いて、慶子は雷蔵たちの前に手荷物を持ってきて差し出した。そこには、赤色の薄地のニットシャツとジーパンと、太さ一ミリ径八〇ミリのゴールドメッキのリングピアスが二つ。

「はい、これ。電話で頼まれた、虹子さんのアイデンティティー。あと、摩魚の着替えの分ね」

「ありがとうございます」と、頭を下げる雷蔵。

 虹子の一式と、摩魚の着替えを受け取った。

 次に、引き取って育てた親友の娘に顔を向けた慶子。

「摩魚。あなたはやることができたみたいね」

「うん」

「全て終わったら帰ってきなさい。それまでは、雷蔵くんのところでお世話になるといいわ」

「ありがとう、母さん」

 そう微笑んで、育て母親と妹に手を振って一時《ひととき》のお別れをした。


 院内の女子更衣室の外で、雷蔵と響子とミドリとタヱが摩魚の着替えの終わるのを待っていたときである。廊下の先の突き当たりに、女の影を発見した。常人以上に視力のあるミドリとタヱは、先に立つ者《もの》がなんなのかを即座に理解することができた。それは、長い銀髪で銀色の眼と縦長の瞳孔を持ち、背の高くて細身の女性。しかも、肌の色人の“それ”とは全く違っていて、強いて言えば、虎縞福子や鯉川鮒などに似た文字通りの白い肌であった。

「見つけた」

 異形な銀髪の女性から放たれた、第一声。

 更衣室の“姫様”へ、ミドリが扉越しに呼びかけていく。

「摩魚ちゃーん。下着は着《つ》けた?」

「うん。ーーーどうしたの?」

「今ね、ヤバい女に見つかってね、今からなら逃げてもじゅうぶん間に合うと思うんだよ」

「ヤバい女って?」

 摩魚は扉を開けて顔だけを出して、ミドリたちの目線の先に首を回した。僅かな沈黙ののちに。

「ヤバそうね」

「でしょ」

 患者用の衣服をリネンの箱に投げ入れて、上着とジーパンを片手に掴んで更衣室から下着姿のままで摩魚は飛び出した。そして、ミドリの手を取る。

「逃げよう」

「ハイドラよ、ハイドラ!」

 ミドリは雷蔵と響子とタヱに声を投げて、しっしっ!と早く行けといった仕草をしていく。雷蔵が先のエレベーターを指さして。

「早くあそこに入るんだ」

 摩魚の駆け出したのを見たときに、ハイドラも床を蹴って走っていた。まるで、短距離走者のごときフォームで、先を急ぐ五人に追いついていく。最後に走っていた雷蔵は、女四人を庇うようにして両腕を広げて、エレベーターを目指していた。敵に背中はいくら打たせても構わないと思っていたのが、この護衛人の好青年であった。そして、雷蔵を含めた五人がエレベーターに入って自動ドアが左右から閉じた瞬間、薄く長い両刃のサーベルような物が密閉の高いドアの僅かなコンマミリの隙間を突いてきた。これをギリギリでよけて、左右に別れた五人。この極薄の両刃のサーベルが、たちまち膨らんで厚みを持ち、先端部から二股に割けて鉤爪のような形になると、二つに離れて白い蛸《タコ》のような触手になってエレベーターの扉を強引に引いて開けた。現れたその顔は、間違いなく女神ハイドラであった。銀色の眼《まなこ》に黒色か緑色の血管を血走らせて、銀色の尖った歯を剥いて睨んでいた。雷蔵は女神の顔を確認した直後、手刀を突き出して、青白い炎の光を撃った。瞬間、ボンッと音を立てて、ハイドラは顔を左右に割られて、打撃の勢いに負けて思わず触手を扉から放して、数歩ばかり後退した。この隙を逃してはならないと思った響子は、ボタンを押してエレベーターで下がっていった。

 ハイドラは思わぬ攻撃を受けて、よたよたと後退して踏みと止まり、割れた頭を何回かパクパクさせたのちに、顎から頭にかけて癒着させていく。粘性のある白濁した肉の断面から極細の糸か筋繊維または神経系統がたくさん出てきて、お互いに手と手を取り合い溶けてひとつになり、引き寄せてくっ付けていった。あっという間の修復である。そして、両腕が触手のまま、ハイドラは獲物の乗るエレベーターを追って飛び下りた。

 先の階から二つほど下がったときに、天井に何者かが落ちる音を聞いた雷蔵たち五人。これは、ローヒールで着地した感じだ。顔を仰いで上を警戒していたら、天井を突き破って白い蛸の触手が出てきて、雷蔵は響子を庇って避けた。そして、その攻撃は一度ではなく、二度三度と数回にわたって手当たり次第に突き破ってきて、手応えを得るまで続けた。そうしているうちに、ミドリの肩甲骨のあたりに当たって、声をあげた。雷蔵が「大丈夫か!」と心配したら、ミドリは微笑んで「うん。軽く斬っただけ」と返して、摩魚の頭を庇う。やがて、目的の地下一階駐車場で止まったエレベーターから、五人は急いで小走りで脱出していき、彼の愛車のダークシルバーへと無理やり全員乗り込み、雷蔵はサイドブレーキを下げてクラッチとアクセルを踏んで、シフトレバーを動かしてエンジンを吹かして走り出した。そのころ、エレベーター内では、割れた天井の“ひび”を大きく引き裂いていき、滑らかで“ぬるぬる”とした塊が垂れて伸びてきて、それは床にボテッと落ちたと思ってら、今度は上へ上へと細く伸びていき、人の型を形成して、女神ハイドラとなった。それから、女神は走り出して、ダークシルバーの車を追いかけていく。だんだんと縮まっていく、女神と車との距離。平日は他の一般車両も多く、飛ばすにも限界があった。そしてそれは、通行人やその他の通行車両などから大いに目立った。しかし、そんなことには構っていられない雷蔵たち五人。全力疾走をしてくる女神から逃げることを優先していた。ここで戦闘をバチバチと始めようものなら、間違いなく多数の犠牲者を出す。だが、この女神は“しつこい”ようで、諦める様子などはなく、それはやがて後部バンパーに追いつき、飛び上がった。振り上げた触手の先端部を鉤爪の形にして振り下ろして、トランクルームを刺して、両腕を使って穴を空けながら上ってくると、今度はリアガラスを叩き割って車内で振り回していく。

「ミドリさん、変わってくれ!」

「分かった!」

 雷蔵からそう頼まれて、ミドリは運転席へと無理やり移動して、雷蔵と役割を交代した。片腕を伸ばしてハンドルを握りながら、運転席に腰を下ろしたミドリ。後部座席に身の丈百八五センチの筋肉質の雷蔵がなんとか入ってきて、摩魚の隣に腰を下ろして、サイドミラーを開けた。そしてそこから上体を出したあとハイドラの位置を確認して、手刀を突き出した。そして、狙いを定めて、手刀の指先から青白い炎の光を撃ち、トランクルームに突き刺していた触手の先端とハイドラを引き離した。思わず後ろに倒れそうになるも、突いた両膝で踏ん張り耐えた女神の左胸を、二発目の青白い炎の光から撃ち抜かれて、バランスを崩してしまい、後頭部からアスファルト道路に落ちて転がっていった。親切なドライバーが停めてくれたおかげで、ハイドラは轢かれずに済み、スクッと立ち上がって追跡を再開していく。だがしかし、先ほどとは違って、今度はどんどんと距離が開いていき、追うことをやめて、一般車両に手を上げていきつつ歩道に移った。遠くなっていく女神ハイドラを見ながら、雷蔵は安心して後部座席に腰を下ろしていく。しかし、摩魚の隣に座っていたタヱは、トランクルームに突き刺さっていたハイドラの残りが気になっていたようで、風通しの良くなったリアガラスから用心しながら身を乗り出していき、苦い顔を浮かべてその触手の先端部を親指と人差し指の先で摘まんで引き抜き、ポイッと放り投げた。それから、コロコロと車道を転がっていった触手の先端部は、走りくる多数の車のタイヤを縫うようにすり抜けて這っていき、やがて“主”の気配に気づいて、青色のローヒールの爪先に溶け込んで、女神ハイドラと一体化した。すでに獲物の車が見えなくなっていた車道の先を睨んだのちに、ハイドラは踵を返して足を進めていった。



 2


 西山町のコンビニ駐車場に逃れてきたダークシルバーの車を停めたミドリは、運転席から降りて回り込み、後部座席のドアを開けた。

「ごめんね。雷蔵くんの車、傷だらけにしちゃった」

 申し訳なさそうな笑みで、座席に腰を下ろしている好青年に詫びを入れた。この金髪美女の態度に目を向けた雷蔵も、笑みを見せて。

「なあに。もらった報酬から修理に出すよ。問題ないさ」

「うふふ」思わず洩れた微笑み。

 このまま和やかな雰囲気に入りたかったが。

 だいいち、摩魚は真ん中に座っていたわけで。

 彼女を挟むかたちで左右にミドリとタヱが座っていた。

 しかし、女神ハイドラから追いかけられたときに、これを引き離すために雷蔵とミドリは役割を入れ代わり、そのまま“ここ”にたどり着いた。よって、雷蔵の隣にはいまだに下着姿の摩魚がいたわけである。

「ねえ、雷蔵くん。そろそろ服着ていいよね」

「あ。そうだった、ごめん」

 “姫様”から指摘されて、後ろ頭を掻いて、雷蔵は車外に出ていく。その車内では、摩魚が自前の衣服を着けていった。隣に腰を下ろしていたミドリと目を合わせて、お互いに小さく笑った。それから摩魚は、外で待っていた雷蔵に声をかけていく。

「雷蔵くん。終わったよ」

「よし。じゃあ、次に進むか」

 明るい感じで運転席に乗り込み、シートベルトを掛けた。

 好青年の後ろ頭に、摩魚のひと言が投げられた。

「ありがとう。ーーーでも、私の裸同然を見たんだし、意味ないんじゃない?」

 これらの言葉と表情には、嫌悪感などが無かった。

 むしろ、親しい友人に話している感じである。

 これに雷蔵は、座席の頭に肘を乗せて摩魚に顔を向けた。

「まあ、そういやそうだった」

 と、笑いかけたあとに姿勢を戻してハンドルを握った。

 艶やかな黒髪をブラッシングしながら、摩魚は雷蔵の後ろ頭に話しかけていく。

「今からどこに行くの?」

「君の、あとひとりの妹さんを迎えに行くんだ」

「まさか、虹子ちゃん?」



 ターミネーター2の、病院脱出のパロディです。

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