有子姫と真海姫を回収:精神体の弱点と対策編
1
精神体の面々の話しはまだ続く。
とくに予定なく、精神体の龍宮龍子が寝ていたところを“乗りと気分で”引き上げてきてしまった潮干ミドリ。これと言って龍子の肉体の“あて”がある、といった訳でもなく純粋に「見付けたから思わず拾って来ちゃった」であった。
「私は“ついで”だったってこと……?」
龍宮龍子が、一気に怒気を浮かべた。
最強と言われた女の迫力に、この場の一堂の空気は凍りついた。
龍子の強い目線が、当のミドリに突き刺さっていく。
怒り気味な眼差しを受けて、息を飲み緑色の瞳を逸らすが。
再び目線を合わせて切り出した。
「精神体が消えていない以上は、あなたの肉体が“どこか”にあるはず。だから私は見つけたとき放っておくわけにはいかなかったの」
「ふーん。ーーーじゃあ、私の身体があるところは見当が付いているわけね?」
「とくに」真顔で断言したミドリ。
「こんの糞餓鬼ゃ」歯を剥いて青筋浮かべた龍子。
「でもでも! 龍子さんが完全消失していないから、肉体があるのは確実なんです!」
慌てて返してきたミドリに、龍子が眉を寄せた。
「んんー、もう。なら、噂くらいでもいいからなんかひとつ上がっていないの? あまり“おちょくらない”で。本当に、おばさん怒るよ」
「島に蛇轟秘密教団という宗教施設があるんですけど、そこの地下三階か四階に鯉川鮒さんがメイドを連れて出入りしていたりいなかったりといった噂話がありまして……」
「え? 宗教施設? 鮒さんとメイドが? 連れ込み宿の間違いでは?」
「陰洲鱒にラブホはないですよ」
「いや、ちょっと待って。おばさんに記憶整理させて……」
以下。鰐恵から説明を受ける龍子。
これこれしかじか。
かくかくしかじか。
「なにそれ? うちの荒神の他に、ダゴンとハイドラが居座っちゃったってこと?」
「螺鈿神社より馬鹿デカいモン作ったおかげで、そうなったの」
驚愕する龍子へと、恵は説明をしめた。
おかげで、町の現状は“だいたい”分かったが。
「ありがとう。おおかたは分かったよ」
「よかった」龍子の答えに、ミドリはニッコリした。
「ミドリちゃん、もう一度聞くね」
「うん?」
「私が消えていないってことは、身体は無事なのね?」
「全体じゃなくても、頭が無事なら」
「おいおい」
ミドリに突っ込む龍子へ、恵が割って入った。
「龍子さん、百二五年前じぶんで首を斬ったんでしょう。町の誰かが保管している可能性が高いんじゃない?」
「誰かがって、誰よ?」
「あなたの会社内での“いざこざ”は私と朱美と鱏子は知るよしもないけれど、当時そこで働いていた人やその子孫なら知っているんじゃないかな。ーーー例えば……」
「例えば?」身を乗り出す龍子。
「鯛原さんや平目さんや、あとは、鮒ちゃん」
「やっぱり鮒さんが出てくるのね」
「流れ着いてきた彼女を積極的に雇ったのは、あなたくらいでしょ」
「そうでした」真顔で納得する龍子。
「なんだか喪失というか燃え尽きた姿だった鮒さんを、魅力的な“女”に仕上げのは“あなた”、龍子さんでしょ?」
そう言って、彼女を指差した。
「私が考える限り、鮒さんしか思い当たらないわよ」
最後にこう追加した恵に、龍子は。
「そうね、そうかもしれない……」
2
「ひとつ言い忘れていたんだけど」
「お? まだなんかあるのか?」
人差し指を立てたミドリに、黄肌有子が促した。
緑色の瞳で彼女を見たあと、龍子へ流して。
「肉体があっても死んでいたら精神体は現れないのね。あと、死んだ直後か死ぬ危機に遭遇したときに消え失せていくの」
「え? じゃあ、私は首だけで生きている可能性があるってこと?」
「そうかも」
「そうかも。ってね、あなたねえ」
「だってだって、確かめようがないんだもの」
「そらそうだわ」
納得する龍子の上着の袖の裾を、クイクイッと引っ張られたので隣を見たら、臼田幹江が人差し指と親指で摘まんで三角白眼で彼女を見ていた。さすがは元売れっ子女優、ノーメイクでも綺麗だった。その幹江は、艶やかな唇を開いていく。
「鮒さんに直接聞くのが引けるのでしたら、彼女のメイドに訊ねてみたらどうです?」
「あの子、本当にメイドを雇ってんだ?」
「ええ。鮭川育良さんと紅佳さんという双子の姉妹で、とっても可愛い女の子ですよ。小袖に腰エプロンの、昔の日本の女中って感じで可愛らしい仕事着です」
「え。なにそれ可愛いズルい」
「まあ、それはそれで。ーーー私、前に彼女たちに聞いてみたんです」
「へえ。あなたって、行動力あるのね」
「ありがとうございます」
感心する龍子へ微笑みを向けたのちに、幹江は語りを続けた。
「あの施設の内容を聞いてみたら、意外と素直に教えてくれました。地下のこと以外は」
以下。そのときの様子。
酔い止めの薬も飲んで準備万端で螺鈿島を回っていたとき。
愛車の赤いスカイラインを磯野商事の脇に停めて、会社の玄関周りを竹箒で掃いていた鮭川姉妹に歩いて近づいてきた赤いキャミソールワンピース姿の幹江が、サングラスを外して声をかけた。色白な美貌の両耳から下がる、赤色のビーズで作った六角形のエジプト風ピアスが、彼女の艶やかな長い黒髪の隙間からキラキラと見えていた。
「おはようございます」
「わあ……! お、おはようございます」
彼女に見とれた鮭川姉妹は、一緒に興奮気味に声をあげた。
芸能人のオーラは消していたが、幹江の個人的なオーラは隠せなかったもよう。双子姉妹の可愛さとその和風メイドの衣装にも可愛さを感じていきながら、幹江はグロスレッドを引いた唇を開いていく。
「この町の都市伝説に、生首だけで生きている美女がいると聞いてね。観光がてらにそのお話しも聞きたいなあと思いまして、こうしてあなた方と会ったのもなにかのご縁だから」
「ええ。構いませんよ」と、紅佳から始まり。
「街中に貿易商館の焼け跡があるんですけど、そこの女主人が町の不届き者と争ったときに自分の赤子を守るために犠牲になって首を斬った、そうです」
育良へと続いて。
「その現場に転がった女主人の首はそれ以後は行方不明。身体はバラバラにされて闇市で売られた“らしい”です」
紅佳に戻って閉めた。
「へえ、ありがとうございます。やっぱりこの町の都市伝説はあったんですね」
こう礼を述べて微笑む幹江に、鮭川姉妹は惚けていく。
双子姉妹の反応をよそに、当の幹江は腕を後ろに伸ばして。
「その女主人の生首が、あの宗教施設の地下にあるっていうことも聞いたんだけど。どうなんですか?」
と、教団の建つ方向を指差して情報を引き出そうと試みたが。
これを聞いた途端に、鮭川姉妹の顔はたちまちスッと表情を失い。表面上の笑顔を見せた。
「さあ……。私たちも“そこまで”は……。話しに尾鰭が付いたんじゃないですか?」
「噂話では“よくある事”ですから……。都市伝説も半信半疑のうちが一番楽しいですよね」
育良から紅佳と流れて。
「“お気をつけて”」
再び育良から放たれたひと言。
胸元のポケットからサングラスを取った幹江がこれを受けて。
「そうね。“気をつける”わ。ありがとうございました。いろいろと話せて楽しかったです」
再びこれを掛けたあと、軽く会釈して愛車に乗り込んで玉蟲山を目指した。
「なるほどねー。私って、そんな風な話のネタになってたんだ」
「ええ。でも、龍子さんの身体の一部が教団の“どこか”に保管されているのは確実だと思いました」
眉を寄せて話を受け入れていく龍子に、幹江はそう返した。
この話を聞いていたミドリは「ん?」という顔を浮かべ。
「ねえねえ、幹江さん。“その話し”のネタ、よく知っていましたね」
「『マルのマルッとオカルト』というブログを読んでいたからね。私、あのブログ好きなの」
「あの子の愛読者が他にもいたなんてね。マルちゃん喜びますよ」
幹江の答えを、海淵真海が鈴の鳴るような声で拾った。
彼女のひと言に、ミドリは「へえー」という表情をして。
「あのブログ、真海も愛読してんの?」
「いいえ。一度も」即答。
「…………」真顔になるミドリ。
この二人のやり取りに、有子と片倉昇子が「わはは」と声をあげた。
「ねえ、ブログって何?」
幹江の肩に肩をくっ付けて質問していく龍子。
「インターネッツです」
「インターネッツ?」
「インターネッツ」
「もしかして、幹江さん。コーヒーを“コーシー”と発音する人?」
「それは言いません」
「言わないんだ」
以下。幹江から説明を受けていく龍子。
あれこれそれこれ。
かくかくしかじか。
電脳の世界を簡潔にまとめて要点のみを解説した。
隣から肩から離れて、龍子は頷いていく。
「なるほどねえ。百年ちょっとで進化が速いのね」
そして、両手を組んで天井高く突き上げて「んんーっ」と“伸び”をしていく。背筋と肩甲骨が反って、彼女の大きな胸の膨らみが突き出されて左右に広がり強調されていった。このときの龍子の片方の乳房は、隣の幹江の頬に触れる寸前のギリギリまで接近していた。“これ”を幹江は、三角白眼の黒い瞳を横に流して凝視していく。
この時この場の龍宮龍子以外の女性たちが。
ーデカい!ーー
と、顔には出さずに内心で驚愕していった。
そうとは知らずの龍子は、両腕を下ろして幹江の肩に腕を回した。
「まあ脳味噌が無事なら、生首でも良いってことで。前向きに行くわ。ーーー今日は皆、いろいろとありがとうね。私、久しぶりにワイワイ話せて楽しかった」
と、ニッコニコの満面の笑みをミドリたち全員に向けた。




