ミドリ姫、帰還する 中編
潮干ミドリの話しはまだ続く。
それから。
家族から快く見送られて、ミドリは家を出た。
素っ裸のまま。
出かける際にリエからなにか着たら?と心配されたので、今からまた海を泳ぐから“このまま”の方が良いよ、とミドリは返した。なので、全裸姿で海岸線まで歩くつもりである。ガードレールに添って路肩を歩いていき、海岸線までの最短の直線距離を伺っていく。虹鱒山と螺鈿岩方面へと足を進めて、鱗山の蛇轟秘密教団が見えなくなったところで最適だと思えた場所に着いた。
と。人の気配。
固い動きをして首を回してみたら。
なんと、斑紋甚兵衛がいたではないか。
スポーツタイプのスバルを路肩に停めて、ボンネットに腰かけて、ノンアルコールのビール缶をたしなんでいた。夜風に涼む美男子。実に絵になる。というわけではなく、稲穂色の瞳を見開いて、口も半開きになっていた甚兵衛。
ミドリも緑色の瞳を見開いていく。
「甚ちゃん……!」
「ゆ! 幽霊!」
「え? いやいやいやいや。違う違う違う。生きてる生きてる。生、き、て、ま、す!」
手をパタパタと振り、鈍色の尖った歯を剥いた。
甚兵衛、怯えながらも聞き返していく。
「ミドリさん、生贄にされて海に落とされたのでは……?」
「そして、一時的に帰ってきたの」
「…………。いったい、なにが起こっているんだ。あと、なんで裸なんだよ? 危ないでしょ」
「甚ちゃんなら大丈夫」
「そういう保証は、ない」
最後の「ない」に語気を強めた。
年下のミドリから「ちゃん」付けで呼ばれているほどに親しい仲であるが、あくまでもこれは男と女であることには変わらない。といった一定のポリシーを甚兵衛は持ち続けており、彼のそういったところが伝わってきたミドリは、小さく笑って言葉を続ける。
「ふふっ。甚ちゃんらしい」
そう微笑み、目の前の美男子を見ていく。
「君となら、今ここでロストバージンしてもいいよ」
「お断りします」真顔。
「はああ! なんでよ? 女の私に恥かかせる気? なんなら今そこにちょうど車あるし、カーセッ」
「僕にはホタルさんがいる」遮断してきた甚兵衛。
「…………。そうでした」
スバルを指していた腕を下ろしていく。
疑惑を抱いた眼差しで甚兵衛が聞いてきた。
「目的は、なんだよ?」
「身体の中に光を入れて、成熟したいの」
「それなら、僕以外に最適な人が見つかるんじゃないかな」
「最適な人って誰?」
「僕は知らない。けれど、君のその格好を見ると、今から泳いで町を出るみたいだと判断した。どこに行ってなにをするか予想がつかないけど、自己中心的な行動ではなさそうかな」
「甚ちゃん、スゲー。私なにも説明していないのに、スゲー」
「それはどういたしまして」微笑んで、会釈した。
「そういえば、母さんと同じ会社に勤めていたよね」
「うん。長崎大黒揚羽電電工業」
「じゃあ、ここで見られたのもなにかの縁だからさ、協力してくれない?」
「いいけれど。内容による」
「やったあ!ーーーヘイト役を頼める?」
「それは構わないよ。具体的に、どういう」
「母さんに対して、ホタルちゃんのことを根に持っている粘着的な感じ。もちろん、私がいなくなったことを前提にして行動を協力してほしいの。お願い」
「分かった。やってみるよ」
「わーい、ありがとう!」
快諾を得て、嬉しさのあまりにミドリは甚兵衛に抱きついて、男の頬にキスをした。そして、ニコニコと笑いながら甚兵衛から離れて、ガードレールに立った。
「それじゃ私、行くね」
「はい。いってらっしゃい」
ノンアルの缶ビールを片手にした甚兵衛から見送られて、ガードレールに乗ったミドリは膝を折って力を込めた。そして、意思を高めて集中させていく。両足に力を入れて、膝をグンと伸ばして飛び上がった。これと同時に、緑色の瞳が虹色に光を放って、ミドリは夜空を高く舞っていき前転宙返りをして、その下を走る尾叩き山行き道路と住宅地を軽々と超えていき、美しい放物線を描いて暗い海へとダイブした。
この一連を眺めていた甚兵衛。
「やっぱり普通の人じゃなかったか……」
と、なんだか嬉しそうであった。
同日。場所をさらに移して。
蛇轟秘密教団施設。地下一階。
鉄扉に『摩周ヒメ』と名札のある部屋。
太い円柱が四角に配置されたコンクリート打ちの部屋に、十四型の液晶テレビとガラステーブルと黒色のソファーが二つと、クローゼットと冷蔵庫に流し台、そして奥に加工ガラス扉の浴室。その浴室から、摩周ホタルが細い身体にバスタオルを胸元から巻いて出てきた。姉が浴びたあとにシャワーを使ったのだが。
「姉さん、お待たせー。あとは着替えてから…………って! ここ家じゃないよ! 教団だよ!」
「は! そうだった!」
妹の指摘に目を見開いて驚愕する摩周ヒメ。
たちまち顔中を赤くしていく。
汗を流して、てっきり着替えているものかと思えば、素っ裸であった。ヒメは裸姿のまま、ソファーで長い脚を組んで、ポカリスエットのボトルを飲んでいた。高身長のメリハリあるスレンダーボディーを、ヒメは惜し気もなく部屋で晒していた。もちろん、教団施設内には当然のごとく監視カメラが施設中に設置されており、教団の協力者および協力を強いている者らの専用部屋にも漏れなく設置してあった。なので、ヒメの堂々とした裸族姿が監視室に公開されていたのだ。そしてこれは、このときのヒメは頭の中でいろいろと考えを巡らせていた結果だったというのがあとで分かった。
「早く! なにか着て」赤面して慌てる妹。
「ごめんごめん! つい!」赤面して慌てる姉。
クローゼットからウィング襟の白いシャツとジーパンと白色のレース柄のブラジャーと腰骨ラインのパンティーとを取り出して、急いで着用していく。潮干ミドリ曰く、夏場は家で裸のままくつろぐのは摩周ヒメの影響を受けているそうだ。妹の着替えも確認して、二人で教団施設をさっさと出てから駐車場に停めていた黄緑色のキャデラックに乗り込んだ。ガードマンボックスの美女警備員にお疲れさまと告げて、門をから出ていく。そして、鰤兜岩を通過してヒメの自宅に向かうかと思いきや尾叩き山行きへと走り螺鈿岩を通り抜けて、摩周家の実家に到着した。第二漁港と第二埠頭があって、上がったすぐ側に第二水産加工場があり、それらがある住宅地に摩周兄弟の家がある。摩周安兵衛が家主の摩周家は一軒家ではあるが、それほど大きくはない。瓦屋根の日本家屋のデザインを基本にした、三台分の駐車スペースのある家であった。端から、父親の安兵衛のピンクメタリックの軽トラ、母親のホオズキのマットホワイトのキャデラック、そしてそれらの隣にヒメの黄緑色のキャデラックを停めた。ホタルから先におりてもらったあとにヒメが続いて、それから後部座席に積んでいた生体電気感知機能車椅子を二人で降ろしていく。生まれつき陰洲鱒の筋力を備えているヒメとホタルにとっては「軽いほう」の荷物であるが、それ以外の常人たちには重い荷物であったから、軽量化への改善は必要だと思えた。木製格子のガラス引戸の玄関をノックして、姉妹二人が仲良く「ただいまー!」のあとに「はーい! おかえり!」と返ってきたので、戸を開けてハイテク車椅子ごと家に入った。三和土に車椅子を置いて降りたホタルは、ヒメと一緒に廊下を歩いていく。人間の脚のかわりに烏賊のような触手の両脚を生まれつき持っていたホタルは、通常のときは業者と共同開発した超ハイテク車椅子に乗って移動するが、一時間ていどの歩行なら“この脚”でも問題はなかった。なので、自宅での歩きは自らの脚を使っている。
通過途中。
六畳間にいる父親の安兵衛と母親のホオズキと遭遇。
安兵衛は今年で三百五八歳を迎え、濃い緑色の皮膚となった顔中と身体中には深い皺と弛みが刻まれており、揉み上げから顎と上唇と指先には烏賊か蛸かと思わせるような触手を蓄えていた。頭髪と眉毛は少ないながらも生えているので無いわけではないが、色素が抜け落ちてしまったせいか、ほとんど透明と化しており眉無しの禿頭にしか見えなかった。しかもそれでいて、安兵衛じたいは小柄ではなくて、百八〇センチほどの身の丈と鍛え上げた筋肉の持ち主である。それであるにもかかわらず、遠目からは小柄なお爺さんであった。そんな安兵衛の格好は、白いランニングシャツにベージュの短パンといった部屋着姿。
次に。
ホオズキは今年で百五四歳を迎える、身長が二メートルもある美しい女。夫の安兵衛とは三〇歳のときに結婚してから、それ以来百年以上も連れ添っている。ホオズキは生まれながらにして両腕両脚が人間の“それ”ではなくて、やや細めな烏賊のような触手が各々五本ずつ、計二〇本を持っていて、それぞれをヒトの四肢のごとく器用にまとめて、端から見たら手足がちゃんと五本指あるかのように見える。そして、ホオズキはこの長身のため太い骨格でありながらも決して肥満体ではなくて、まるでキャベツみたいなバストサイズと鍛え上げて引き締まった腰と鍛えて膨らんだヒップ回りといった、いわゆるグラマラスなダイナマイトボディーをしていた。しかし、ホオズキは結婚当初もその前も、身体つきは今の形ではく長女のヒメより細くて、どちらかと言えば次女のホタルくらい線の細い美しい娘であったのだが、それも長女が高校生になったときから横と回りに肉のボリュームを増していって、結果今の体型に落ち着いたらしい。そんな彼女であるから、衣服はだいたいが特注になっていた。デカイと言っても肥満ではないので、注文を受けて作った職人の工房は、難しかったが新鮮で楽しかったと言っていた。このようなホオズキの格好は、特注の白いランニングシャツとXLのベージュの短パンといった部屋着姿。
仲むつまじい夫婦であるが、今日はちょっと暗い。
なぜなら、虹色の鱗の娘で生贄となったのが、潮干リエの長女である潮干ミドリだったから。リエは赤子のころ砂浜で安兵衛に拾われたあとに、しばらくの間は陰洲鱒町の孤児院で預けられて、そのあとホオズキを連れ添った彼に引き取られて養子として育った。百二四年前に、リエは八歳のとき二八歳のホオズキが母親となった。そんなこんなで思い入れのある、血の繋がりはないが娘も同然として一緒に生活をしたリエの愛娘のミドリが生贄にされると決まって、当然明るい気持ちにはなれい。当たり前である。ミドリは孫娘に等しい間柄。その喪失感は、計り知れない。安兵衛とホオズキともども目もとの涙を指で拭っている姿を目にした、姉妹のヒメとホタル。
「父さん、母さん」
涙に震える声で、ヒメは父と母を呼んでいく。
「おかえり……。終わったんだろ……」
「二人とも、おかえり……。大変だったわね……」
涙声で返していく安兵衛とホオズキ。
これに対し、ヒメは。
「ただいま……。ーーーミドリちゃん、消えたよ」
「消えた?」夫婦同時に面を上げた。
ホタルが続ける。
「ミドリさん、虹色の光を目から出してね、海の中に溶けるように消えちゃったんだ」
「ええ…………」不可解すぎて、夫婦とも声をあげる。
「なんかね。私の代でこれを終わらせる、って私たちに言っていたの」
そして、妹の言葉を姉が拾っていく。
「それとね、ミドリちゃん。飛び込む直前に私たちに、また会いましょうって別れの挨拶をして行ったの」
この報告を聞き終えた安兵衛とホオズキは。
「リエくんの娘だな」
「本当。リエちゃんの娘ね」
なんだか納得してしまった。
僅かながら、笑みを浮かべた安兵衛とホオズキ。
そんな父親と母親を見て、ヒメが安心して微笑む。
「私、マルに頼みごとがあって来たんだ」
「じゃ、用事が終わったら食べていく?」
ホオズキからの晩御飯の誘いがきたが。
「ありがとう。ーーーいいよ。ウチはウチで作って食べるから。じゃあ」
「だろうと思ったわ。ーーーホタル。あなたの分けてあるから、あとで食べてね」
「はーい」笑みを向けて手を振る次女。
そうして、家の裏口を出て、少し歩いた場所に末っ子の摩周マルの部屋がある。プレハブ倉庫と先祖代々からの蔵の二つあるが、マルの部屋はプレハブ倉庫に外観を似せており、カモフラージュを狙っていた。鎖と錠前の掛かったライトグレーの鉄扉をヒメがノックしていく。
若々しい元気な声が、やや早口で上のマイクから頭に降ってきた。
『あなたのスリーサイズは?』
どこかに防犯カメラも設置されているらしい。
この声に頬を赤らめるヒメ。
「ぐ……」
『スリーサイズは? 訪問者別に解除番号登録しているから、答えなきゃ開かないよ?』
「え、ええーと……。ーーーー」
恥ずかしがりつつ、上から三ヵ所の数字を答えていくヒメ。
終わった直後に内側から鍵が解除される音を鳴らして、鉄扉は自動的に左右に引かれて開いていった。引戸の取っ手に巻いてある鎖と掛けた錠前は、偽物。不審者を騙すためでもある。招き入れられたヒメとホタルは、靴を脱いで三和土を上がって板張りの床を歩いていき、襖を開けて入った六畳間に着くと、お膳の前に用意されていたスリッパに足を通したのちに、姉妹でお膳を一畳ごと持ち上げて横に移した。そして、畳を剥いだその下から同じ一畳分の扉が現れて、自動的に上に開いていく。鉄製の階段が顔を見せたので、ヒメとホタルは気をつけながら下っていった。するとそこは、ねずみ色を基調にした部屋で、階段を下りた奥の壁側に畳を六畳半敷いた上にお膳と四つの座布団、白色の天井にLED照明で意外と明るく、冷蔵庫と食器棚と白色の木製クローゼットと白色の折り畳み式テーブル、そしてヒメとホタルの目線の先にはライトグレーに塗装した三つ繋げた業務机を壁を背にして八つの二〇型液晶画面を壁取り付けて業務用椅子に腰をかけているマルの姿があった。濃い隈のできた眉毛なしの三角白眼気味な眼差しで姉の二人を確認すると、口角を上げて鈍色の尖った歯を「にいいぃ」っと見せていく。
真ん中縦に三列の細いレースで飾っているノンスリーブの白いワンピースだが、裾から太腿にかけて大雑把に破かれており、この娘の場合は、足首までの裾の長いのが邪魔になっていたから自ら破いた、というのが正しいようだ。細身ながらもメリハリのある身体つきはホオズキの遺伝。そしてマルを一番特徴づけているのは、四肢がヒトの“それ”ではなく、烏賊の触手のような白い両腕両脚だった。彼女も、姉のホタルと一緒で、一時間ていどの歩行なら可能である。さらによく見ると、作業机の隣に、多少の形と色の違いは見られたが、ホタルと同じ生体電気感知機能車椅子を置いてあった。触手を上げて吸盤の“手のひら”を二人に向けて、ひと言労っていく。
「辛かったでしょうけれど、お疲れさま」
「どういたしまして」末妹を見て、ヒメは顔を綻ばせる。
「お疲れー」三女に向けて手を振るホタル。
「ミドリちゃん、最後の最後までミドリちゃんだったね」
生贄の儀式を見ていたか聞いていたのか。
マルは真顔で感想を述べていく。
場所は、教団施設のほぼ裏側に位置する摩周家。
家に閉じ籠っていれば当然見えないわけで。
腕の触手の先端部で、自身の頬を指したマル。
三女の無言の指示に気づいたヒメとホタル。
マルは次に、腕の触手を横に伸ばして。
「あっちで取り出して洗ってきて」
と、冷蔵庫の隣の洗面台を指した。
壁の鏡で確かながら、ヒメとホタルは奥歯に挟んでいる黒い小さな物体を取り外して、水道水で洗い落としたのちにキッチンペーパーで拭いてからマルのもとにやってきて“これら”を手渡した。
「サンキュー」と、ひと言。
「これ、ミドリちゃんから頼まれていた物ね」
ヒメはそう微笑んで、話を続けてきた。
「生贄の前の日に、私の家にきてね。ホタルと二人で使ってくださいって渡されたの」
長女の話を聞きながら、マルは触手の手のひらにある二つを見ていく。そして、ルーペを机の引き出しから取って、その黒い小さな物体を観察していった。
「『㈱秋富士音声映像』の録音機だね。東の『㈱深沢機器』とはライバル会社。“こっち”は探偵会社や防犯の御用達で、“あっち”は医療機器をメインに盗撮盗聴や諜報機関の御用達。ミドリちゃん、この辺は本当にシッカリしているなあ」
「そういうことだから、教団と学会の首謀者の二人の目的は、ちゃんとこの二つに録音されているわ。あとね、前の日にこれを渡したときに、マルへ『しかるべき時が来たら使ってください』って言っていたわよ」
ヒメの報告にマルは。
「あれでしょ。長崎大学の変態二人を逮捕したときにでしょ?」
「変態二人?」少し半笑いなヒメ。
「そう。『深沢機器』の御曹司と、雑誌『月刊敷島』の編集長の御令嬢。盗撮盗聴のストーカーカップルで、真海さん摩魚さんと他いろんな女子生徒に迷惑かけまくりなお二方」
「ヤバそう」
「ミドリちゃんも被害に遭ったんだって。詳しい内容は言わなかったけれど。まあ、実際言いたくないよね」
「え……!」ヒメとホタルが同時に驚く。
「あと、姉さんたちもあるんじゃない? どっか遠目からジーーーッと撮られていたときとか。とくにヒメ姉さんなんか、おっぱいとお尻は盗撮されていたはずだよ」
「うげえ…………。キモ…………!」
苦い顔になるヒメとホタル。
この姉二人の反応を見て頷いたマル。
「ねえ、キモいでしょ」
そして、車輪の付いた椅子で隣の作業机に移動して、引き出しに二つの小さな黒い録音機材を入れて閉めたあと、鍵を掛けた。再び真ん中の作業机まで戻ると、両腕を天井高く突き上げて伸びをした。末妹のこの様子を見ていたヒメとホタルは、可愛さに目じりを下げていた。少し色素の薄い、襟足を伸ばしたボサボサに思えるオオカミヘアーは、よく見ると綺麗になっていた。
「はあーー。お腹空いた」
「じゃあ、私も一緒に食べようかな」
空腹を主張するマルに、ホタルはニコニコして同意する。
「ヒメ姉さんも一緒にどう?」
このマルの誘いに、ヒメは。
「私はじぶんの家で食べるわ。明日の仕事もあるし」
「そういえば、副社長だったね」
「そうそう」
「よ! 美人副社長!」
「ありがとありがと」
ニコニコと手をひらひらと上下に振っていくヒメ。
それから摩周三姉妹は、引きこもりの部屋をあとにした。
同じ年の九月一日。
長崎市内。
アパートの鉄扉に『臼田幹江』の表札が。
時間は昼間。
浴室から出てきたのは、三角白眼の長い黒髪の美女。
百六七センチの長身の線の細い身体をしていて、きめの細かな白い肌には血管の色が若干透けて見えていた。若干痩せ気味の細身といっても胸の膨らみは“それなり”にある。バスタオルと小さなタオルで身体と頭の水滴を拭き取ったあと洗濯機に入れて、上下赤色のレース柄のブラジャーと腰骨ラインのパンツを着けて、上は丈の短い白色のランニングシャツと下はオレンジレッドの短パンの部屋着にしたとき、シャインレッドのスマホに着信が入ってきた。手にとって確かめていく。
着信者が『潮干ミドリ』と表示。
幹恵は、ちょっと緊張気味に出てみる。
「はい。臼田幹江です」
『潮干ミドリでーす』
間違いない。潮干ミドリご本人だ。
「ミドリちゃん。生きてたの?!」
『脱出に成功したよ。生きてるよ』
「凄い凄い! あはははは! 凄い!」涙目。
『ありがとう。嬉しい』涙声。
「ミドリちゃん」
『なあに?』
「あなたが、こうして電話をくれたことだというから、始めるんだよね」
『ええ。計画開始よ』
「分かったわ。事務所に長期休暇を受理してもらったから、私はたっぷり時間があるよ。ーーーあと一年、あなたと一緒にいられるんだね」
『ありがとうございます。ーーーあと、前から言っていた通り、昇子ちゃんも連れてきてほしい』
「任せて。彼女、今日着くはずよ」
『幹江さん』
「なあに?」
『本当に、ありがとうございます』
「いいって。気にしないで。私と“あなた”の仲でしょ」
『うふふ』
「うふふ」
幹江は、目もとの涙を指で拭いながら微笑んだ。
同日。大村市大村空港。
昼間を過ぎて。
ミドリからの電話から一時間経過していた。
サングラスを掛けていた臼田幹江は愛車の赤いスカイラインを空港の駐車場に停めて、メタリックレッドのキャリーバッグを片手に待ち合わせをしていた。痩せ気味で長身で色白な身体に、赤いキャミソールワンピースの上に同色のサマージャケットを羽織っていた。その色白な美貌の両耳から下がる赤いビーズで作った六角形のエジプト風ピアスは、彼女の美しさをさらに引き立てていた。こちらに向かってくる気配に首を回して見たら、蜂蜜色に髪の毛を染めた美しい女性がひとり歩いてきた。
幹江は、待ち合わせに到着した美人を見て笑顔になる。
大きく手を振って呼んでいく。
「昇子ちゃーーん」
「お疲れさまです」
昇子と呼ばれた女は、立ち止まって軽く会釈して微笑む。
片倉昇子。二六歳。
大手芸能事務所のカタクラメディアから小さな事務所のマタタビプロダクションに移籍した、モデル兼タレント。整った顔の造形に、高い鼻柱、瑞々しい唇。切れ長な細い目の中に、赤茶色の瞳が輝いていた。生れつき蜂蜜色の髪を、真ん中分けのセミロング。健康的な肌の色に合わせるように、上は胸元を大胆にV字に切れ込んだ襟元のキャメルイエローのショートジャンパーと、下はストレートのジーパンにキャメルイエローの運動靴といった以上の組合せは昇子の外出着も兼ねた普段着であるが、百七〇センチに近い彼女には実に“様に”なっていた。薄くて細身ながらも、やや小さな胸はちゃんと膨らみがある。そして、昇子の特徴のひとつとして、その美しい顔の両耳から極細の長さ五ミリの鎖から幅一ミリ長さ七〇ミリのゴールドのスティックピアスをしていた。歩く度に揺れて、キラキラと光り、昇子の美しさをさらに引き立たせていた。クラッシックゴールドのキャリーバッグを引きつつ、袈裟にはキャメルブラウンの大きな合皮のバッグをかけていた。
「事務所から長い休みを貰ってきました」
「ありがとう」
「私も呼ばれたということは、ミドリちゃん生きてるんですね」
「ええ。無事脱出成功よ」
「良かった。本当に良かった」
こう言った幹江が微笑むと、昇子も微笑んだ。
臼田幹江。二八歳。
大手芸能事務所の多部プロダクション所属の女優。
多部プロと呼ばれる、一番巨大な事務所のカタクラメディアに次ぐ大きな芸能事務所。院里学会の学会員が九割を占める日本芸能界で、大手にもかかわらず、この多部プロの学会員芸能人は僅か数%で、あとはそれ以外だった。よって、この臼田幹恵も院里学会ではない芸能人のひとりである。学会員であればなにかと(内輪向けに)有利に動くのだが、多部プロの取締役の多部夫妻はこれらを拒否して今まで今も独自に営業と仕事を続けている。その多部夫妻と同期で芸能界に入ったのが、帆立プロの日虎帆立社長であり、彼は美術学校から美容師の道を選び、事務所を立ち上げるまではメイクアップアーティストを続けていた。このように、多部夫妻と日虎帆立は友達関係がいまだに長く続いている仲である。以上、このような方針の多部プロに所属している臼田幹江も、例に漏れず学会員からの嫌がらせを受け続けてきた。学会員上位の片倉暁彦からは、監視目的も兼ねた男を紹介されて付き合わざるおえなかった。強制的になった彼氏というのが、これまたいわゆる半グレで、違法薬物は当たり前のクラブに、入り浸りな男だった。その彼氏は、不良外国人も含めた総勢二〇人の手下を引き連れて夜の街をよく闊歩していた。もちろん、半グレでありながら院里学会の学会員だった彼氏は、銀のアクセサリーと一緒に首から学会の銀製の十字架を誇らしげに下げていた。幹江は問題の彼氏との夜の営みはあったが、その営みというのも一方的で、幹江の意志など尊重などが全くないレイプと言っても間違いではないほどの行為であったのだ。そうして、半グレ彼氏の加害も到達点を迎えたのが、潮干ミドリを集団で襲ったことだ。望まぬ妊娠も辞さない、成人男性が総勢三〇人以上でたったひとりの成人女性を襲うという強姦と暴行が目的であったのだが、これが予想に反して、結果は半グレ集団はヘッドの彼氏も含めて標的のミドリから全員返り討ちにあって再起不能となった。これを機に、潮干ミドリと臼田幹江は各々の事務所に長期休暇願いを提出して受理されて、ミドリは陰洲鱒町に帰郷、幹恵は長崎市内に移住、として今に至る。
そういったことで幹江と昇子は、潮干ミドリから助けてもらったりまたは彼女を助けたりしているうちに、親しくなった。母親がカタクラメディアの社長の妻である片倉日並であるために、生まれたときから自動的に院里学会に入信あつかいで、片倉昇子は今も宗教四世である。正直、学会を抜けたいと決めていた。だが、学会は抜ける者と勧誘を断ったり承諾しなかったりする者などに対する嫌がらせは常軌を逸していたもので、昇子も例外ではなかった。そのような悩みを抱える昇子に妹が二人いるが、ひとりは長崎大学で写真部で活動をしている片倉祐美、あとひとりは東京都で院里学会の教祖の十田耕作の孫息子と結婚を前提に付き合っている片倉日出美、この二人であり、長女の昇子に至っては立場上フリーである。それから、虐待も受けていた。しかし閉鎖的でありながら広くて狭い芸能界、証拠が残り難い。なので、第三者から見たら虐待や加害を受けているようには思えない感じで、“そういうこと”に関しては母の片倉日並が「上手くやっていた」らしい。以上のことがあってきた昇子も、ただ泣き寝入りする気はさらさら無くて、そこはちゃんとネタを掴んでいた。それは、カタクラメディアの社長であり父親でもある暁彦の性癖で、彼は十代女性、主に中学生から高校生までのいわゆる未成年女子を好む者であり、実際に昔から今までに強引なのも含めて未成年女子たちと肉体関係を持っていた。前々から父親の噂を耳に入れていたが、それが聞いていたことが本当だったので、それ以来、昇子は暁彦に対する嫌悪感を抱くようになってしまった。陰洲鱒町での被害もミドリから聞いたこともあった。ミドリ自身も暁彦から被害を受けたからだ。町の被害はミドリだけではない。これらの被害を県警に報告しに行っても、証言だけでは証拠がないだの、体液採取して検査が必要になってくるだの、終いには加害者の名前を聞いたとたんに言いがかりは止さないか帰りなさい、と門前払いをされてきた。これは、警察機関にも院里学会の学会員が多数入り込んでいると知ったときに、昇子は嫌悪感と恐怖感が入り混ざって吐き気を催した。そうして、長崎に帰郷する前のミドリの決意を聞いたとき、昇子もそれに同意して、自身の父親と学会に風穴を空けることを決めた。
そうした訳で、臼田幹江と片倉昇子の二人は長崎市へ移動。
幹江の愛車、赤色のスカイラインの助手席に昇子を乗せて高速道路を飛ばしていく。
同日。長崎市。
大村空港から移動して一時間経っていた。
幹江と昇子は休憩も兼ねて、市内商店街の喫茶店でケーキとサンドイッチと珈琲または紅茶で軽食を取っていた。休憩に入ったときに、幹江はミドリへ到着の電話をかけたところ、私も準備ができしだい“あなた”のアパートに向かうからとの返事を受けた。だいたい三十分以上の休憩を終えたのちに、再び愛車に乗り込んで合流しに向かっていく。
それから、市内アパートに到着。
ちょっと洒落たデザインの十階建てだった。
愛車を月極駐車場に停めて、エレベーターで上がる。
五階で止まり、二人は下りて目的の部屋に行く。
表札『臼田幹江』の鉄扉と鍵を開けて中に入る。
「ようこそ、“我が家”へ」
「おっ邪魔っしまーーす!」
ひゃっほー!と両拳を天井高く上げて、昇子が歓喜した。
女二人、靴を脱いで上がり込む。
部屋中のLED照明を点けて。
エアコンの冷房を入れて、扇風機をつけて。
準備万端。
上着を各々がバンカーに掛けて、靴下も脱いだ。
昇子が床に気づく。
「これ、下はフローリングですよね」
「そう。座ると痛いから、少し厚手の“ござ”を敷いているの。私、テーブルよりお膳が好きだから、座布団も気持ちいいかなって」
なんだか嬉しそうに話す幹江を見て、昇子も笑みを浮かべた。
そんな幹江が、唐突に昇子のいる前でキャミソールワンピースを脱ぎはじめたではないか。これにはさすがに、昇子は顔を赤くさせた。
「ちょっと、幹江さん!」
「え?」脱いだワンピースを肩にかける。
「まずいですよ!」
「まずくないでしょ。女どうしなんだし」
幹恵は、赤いキャミワンピを肩にかけたまま赤系のレース柄のブラと腰骨ラインのパンツ姿で、当然でしょ何か問題でも?と言わんばかりの表情で昇子に話していった。美しいとは言え三角白眼なために、睨まれて見下されているような印象も与えている。
「部屋着持ってきているんでしょう。今から洗濯するから、着替えてね」
「あはは。分かりました」
このあと、実際にやってみた。
で。意外と恥ずかしさはなかった。
幹江は丈の短い白いランニングシャツとオレンジレッドの短パン。昇子はハニーイエローのV字ネックのティーシャツと白い半ズボン。もちろん、昇子も愛用のスティックピアスは外して専用の箱に入れた。
ーうわーー。幹江さん、部屋着のほうがエッチ。ーー
などと思っていた昇子の気持ちなぞ知るよしもない女優・臼田幹江は、ニッコニコしながら二リットルのボトルとコップを二つ差し出した。
「おまたせ。ここの近くの商店街のお茶屋さんに頼んで、ブレンドしてもらったジャスミンティーよ。遠慮なくどうぞ。いっぱい作っているから、大丈夫」
「ありがとうございます。いただきます。ーーーもし、これがアイスティーなら、睡眠薬を盛られていたかもしれないですね。冗談ですけど」
「え? アイスティーが良かった? それならまず屋上に行かないと」
「ここ、十階建てですよね? 屋上は地獄じゃないすか。ていうか私の話し聞いてました? 冗談ですよ」
「あなたこそ私の話し聞いてた? ここの屋上が地獄なことくらい私がよく知っているわよ」
「ああ、乗ってくれたんですね」
「乗るときは乗るよ」
そう言って、幹江はコップのジャスミンティーを口に運んでいく。このあと、女二人はお互いに馬鹿話をして寛いでいたなかだった。ドアのベルを鳴らす音を聞いて、幹恵は膝を伸ばして立ち上がり、出入口まで移動して覗き窓から来訪者を確認していく。次に二重ロックを外して、ドアノブを回して鉄扉を開けていった。
訪問者を笑顔で出迎える。
「いらっしゃい。待ってたわよ」
「お邪魔します。幹江さん」
潮干ミドリが合流した。
大きなビニールバッグを肩にかけていた。
靴を脱いで上がり、先導されてお膳の席に加わる。
目の前の蜂蜜色の髪の毛の美女に微笑みを向けた。
「お久しぶり、昇子ちゃん。私のためにわざわざ長崎まで、ありがとうございます」
礼を述べて、軽く会釈した。
昇子は慌てて駆け寄り、ミドリに抱きついた。
「会いたかった会いたかった。良かったよ。本当に良かった」
その昇子の頭をミドリは優しく撫でていき、二人の近くにきた幹江がミドリの頭を優しく撫でていった。
それから。
「あーー! 涼しい! 外はクソ暑かったから汗びっしょり。私も着替えるね」
頭を撫でられて満足したミドリは、二人から離脱して立ち上がり、しかめっ面に変わってひと言断った。幹江が脱衣所と浴室を指さし。
「だろうと思って洗濯機まだ回していないから、入れてきなさい」
「サンキュー」
と、笑顔で返したのちに、手際よく外出着を脱いで下から順にオリーブグリーンの膝丈スカートから薄い緑茶色のブラウスの上に黄橙色のスカーフを折り畳んで重ねて置いて、緑色のレース柄の下着姿となったところまでは良かった。直後、幹江と昇子がギョッ!と見開いていく。
「ちょっとタンマ! ちょっとタンマ!」
「裸になるなら、あっちで!」
「え?」と、ミドリが顔を向けた。
ブラジャーの後ろホックを外して、脱ごうかとしていた。
すると、理解したのかハッ!と驚き頬を赤くする。
「ごめん、つい……」
恥ずかしげにうつむきながら、胸元を押さえて部屋着と外出着を持って浴室に向かった。数分後、シーブルーにライムグリーンの縁取りをした丈の短いランニングシャツとビリジアングリーンの短パン姿でミドリが戻ってきた。珍しくライトブルーのシュシュでミドルのポニーテールにしている。三人の中で一番年下の潮干ミドリ。格好が格好なだけに“あどけなさ”が引き立つわけで。目じりを下げていく幹江と昇子。
「ああー、かわいい」
「ああん。可愛いん」
「えへへー。ありがとう」
鈍色の尖った歯を見せて、照れ笑いするミドリ。
そして、ジャスミンティーをいただいていく。
洗濯機のスイッチを入れにいってきた幹江。
座布団に座りながら質問していく。
「ねえ、ミドリちゃん。昨日から今日までどこにいたの?」
「ん?ーーー市街地のラブホで寝泊まりしてたんです」
「ああ、なるほど」
「なにせ安いし。冷房完備だし」
女三人ひと息着いていく。
そうして、必要なメンバーがそろったところで。
ミドリが目的の話を切り出していく。
「まず最初に二人に断っておきたいことが」
「どうしたの?」
「かしこまっちゃって?」
昇子から幹恵と続き。
「生贄から脱出成功したのはいいとして、そのあと、私の身体を半分くらい盗られたの」
「なにそれ?」きょとんととする昇子。
「ああー。だからギザ歯に戻っているんだ」
なんか納得した幹江。
これに繋げてきたミドリ。
「そーそー。その半分を取り戻すためには、まずは盗った張本人を探して誘い出して、強い光を持った人と一緒にパワースポットで作戦実行したいの」
「強い光を持った人って?」幹幹江の質問に。
「分からない」と答えたミドリ。
目を擦って話しを続けていく。
「“あて”がないから、どんな人が適当なのか知らないし。だいたい、こうなるって予想していなかったから」
最後は、欠伸を交えての感想だった。
そのようなミドリの態度と仕草に、幹江と昇子は目じりを下げていく。見とれていたままではいけないと思った幹恵は、艶やかな黒髪を襟足でくくったあとに喋り出した。
「それは分かったから。あなたの大事な友達を助けたいんだよね」
「そーそー」頷いていくミドリ。
「一番仲が良い人とって、いくつになっても続くからさ。その、ミドリちゃんは何人だった?」
「八人」
そう断言しつつ、ビニール製バッグからおもむろに緑色のスマホを取り出して、メモリーのデータを探すとフォトのファイルを開く。それをお膳に置いて、二人に見せていった。
「あっ。可愛いー」
「綺麗ー」
幹江と昇子が感嘆していく。
これにミドリは自慢気に言葉出していった。
自身の幼少のころからの友達を褒められれば誰だって嬉しいものだ。
「えへへー。みんな綺麗で可愛いでしょ。私の生まれた町で一緒に育った友達なんだ」
「この両手がない子、あなたに似ているね」
昇子からの言葉を受けて。
「私の妹。強くて生意気だけど、とっても可愛くて好きなんだ。あと、両手は私が東京に行ってから生えたんだよ」
「生えた?」
「生えた」
「なんで?」
「さあ、私もよく分からない」
「まあ生えたなら良いんじゃないかな」
「うん。嬉しかった」
そして幹江は、ミドリと手を繋いで一緒に写る長身の黒髪の少女に気づいた。
「ねえねえ、ミドリちゃん。一緒に並んでいるこのお姫様みたいに綺麗な女の子、誰? めちゃめちゃ気になっていたんだ」
「ああ、この子ね。この写真を撮ったときに知り合ったんだよ。それ以来、ずっと好きなんだ」
「へえー」ニヤニヤしだした幹江。
「ほほうー」ニヤニヤ歯を見せた昇子。
そんな中に、端に並ぶ色白で細い少女に目がついた。
切れ長でも大きめな目は、人のと反転した黒い眼と銀色の瞳がキラキラとして愛らしさにあふれていた。昇子がその異形な少女を指摘していく。
「この端っこの女の子も可愛いんだけど。なんか人と違くない?」
「でしょ、可愛いでしょ。この子はね、人魚なんだ」
「人魚? 妖怪かなにか?」
「うん。妖怪なんだけどね、私の町で出現して孤児院で保護していたあと、反対側の端っこにいる綺麗な人の家に養子として引き取られたのよ。だから両端の女の子は義理の姉妹なんだ。それとね、この子はね、私たちの中で一番歌が上手いんだよ」
「人魚って、こんなに可愛いのね」
「うふふ」嬉しくて、目じりが下がる。
「あ、ミドリちゃんの話しの通り車椅子の女の子もいる。綺麗よねー、この子」
「そうでしょうそうでしょう。私の妹と同じで眉毛がないけど、綺麗なんだよ。そしてね、この子のお姉さんもこれまた美人なんだよ」
「美人姉妹じゃん」
楽しそうに語る昇子に続けて、幹江も再び乗ってきた。
「ねえ、この子、猫みたいで可愛いんだけど」
「ねえ、可愛いでしょ。実際に猫みたいに可愛がられていたんだよ。あと、意外と背が高いのよね」
「本当だ。あなたと隣のお姫様と並んでいるね。大きいわ……。ーーーあと。赤い目の女の子、なんだかお嬢様みたいで綺麗」
「うふふ。でしょう、そうでしょう。実際にお嬢様だもの」
「どこの?」
「酒蔵の」
「あったねえ、確かに。でも、どっち? 町にビールの醸造所もあるよね」
「うん。日本酒や焼酎を作っている会社のお嬢様だよ。ーーーそしてちなみに、ビールの会社のお嬢様は、この端の人」
と、稲穂色の髪の長い少女を指した。
ミドリの示したその少女を見た幹江が、目を細めていく。
「なんだかこの子、一番オトナっぽい……」
「だって一番のお姉さんだもの。私よりも三歳年上。そして、私にいろいろと教えてくれた人」
そう答えていったミドリは、懐かしさに目を細めていった。
このやり取りを見ていた昇子だったが。
「ミドリちゃん……」
「なあに?」
「この写真を撮ったときのように戻りたいんでしょ」
「うん……。もっと言うとね、教団ができる前の町に生まれたかった。悪い人魚がいない町に生まれたかった。そのためには、神様の力を使うしかないんだ」
緑色の瞳に涙を溜めて、輝かせていく。
それから、ミドリは細くて白い人差し指で、端から順に写真に写る少女たちの名前を言っていった。
「黄肌有子さん。海淵真海ちゃん。私の妹、潮干タヱ。私、潮干ミドリ。海原摩魚ちゃん。浜辺亜沙里ちゃん。摩周ホタルちゃん。黄肌玲子ちゃん」
言い終えて口を結んだ。
そして。
「生贄として行方不明になった有子さんと真海ちゃんを、見つけて助け出したい。ホタルちゃんと亜沙里と玲子ちゃんを教団から解放したい。そして、またみんなと一緒に戻りたい。そのために、教団と学会に崩壊のきっかけになる風穴を空けてやるんだ」




