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潮干タヱ Ver. 2,0


 榊雷蔵御一行、諫早市を目指して移動開始。

 車内装備のナビ画面に映し出されたニュース映像に注目していく、助手席の潮干ミドリと後部座席の瀬川響子と潮干タヱの女三人。

「すごーい。私たちニュースになってる!」

「あー! 本当だ! 私と雷蔵さんと響子さん、バッチリ写ってますね」

「凄い凄い。全国デビューじゃん」

 ミドリとタヱからの響子の楽しげな話しを耳に入れながら、雷蔵は高速道路も目的地への道半ばまで走っていた。

 そして。

「ゴーゴー、ミドリ! レッツゴー、ミドリ!」

 女神ハイドラから潮干ミドリが身体の奪還も終わろうかとしていく場面まで地上波で流されて、虹色の瞳の光も虹色の鱗の出現までも放送されていて、液晶画面から聞こえる諏訪神社境内の声援に女三人が声を合わせて手を叩いていた、そのときであった。

 運転席の榊雷蔵が第一声を放つ。

「なんか、焦げ臭くないか?」

「あれ? なんか煙たくない?」

 助手席のミドリと続き。

 後部座席の響子。

「あ。ホントだ、焦げた臭いがする」

「ん? 私なんだか熱くなってきた」

 そして最後はタヱでしめた。

 自身の身体が火照りとは全く別物の熱さを感じはじめていき、それは徐々に明確な箇所を現してきた。

 それがなんと。

 いの一番に気づいたタヱ当人。

「わっ、わっ、わっ、わっ、わっ! なになになになになに?」

「タヱちゃん! 手っ、手っ、手っ、手っ、手っ、手っ!」

「きゃああああ! タヱちゃん!」

 ミドリと響子が頬を両手で押えて、驚愕していく。

 潮干タヱの烏賊の触手のような両腕が、肩から“手”の先端部からと両側から段々と虫食いみたいな様子で黒焦げした縁から焼けた煙を立てながら穴を広げていき、それはいくつも発生していって、火の粉を舞わせながら空間に消失していくかのようであった。両手のひらを顔に向けて、己の腕の欠けて消えていく様を見ながらタヱは涙を浮かべて悲しみと驚きの叫びを上げていく。

「うわあああああ! 腕が! ううう腕が! ひいいいいいっ!」

「駄目! 消えちゃ駄目!」

 上腕を掴んだ響子は、手のひらから青白い光を出した。

 我が妹の異常事態発生を見て、助手席から慌てて後部座席へと移ってきたミドリが、タヱの上腕を掴んで虹色の光を瞳と手のひらから放っていく。そして、緑色の瞳をした目から涙がこぼれ落ちていった。

「タヱちゃん! 消えちゃヤダ消えちゃヤダ! 駄目! やめて!」

 これは緊急事態と判断した雷蔵は、適当な路肩にハザードランプを点滅させて車両を寄せて停めたあと、後方確定してから運転席から飛び出してトランクを開けてから三角板を二枚取り出して、ひとつは車体から近くの路肩の白線の内側に、あとひとつは車体から先へと離れた場所にガードレールに添って置いた。トランクから発煙筒を取り出して、後部座席を開けて覗き込み。

「場所は確保した。このドアから出て車の後ろのそばでタヱさんを介抱していてくれ。俺はコレで追突されないようにしていく」

「あ、ありがとう。でも、なんかおさまったみたいだよ」

 こう礼を返していく響子を見て。

「そうか。なら次は、第二波がくるぞ」

「へ?」

 彼女の間抜けな返事に、タヱとミドリとが続いてきた。

「大丈夫、です」

「ありがとう、雷蔵くん。この通り、もう無事だから」

「“第二波”がくると言っているんだ。君は、じぶんの妹を見届けておいてくれ」

 頑なな雷蔵の主張に、女三人は「?」となる。

 護衛人の好青年を宥めにかかるミドリ。

「あ、あのね、雷蔵くん…………」

「ヴっっ!」不意打ちの嗚咽。

「タヱちゃん!」

「ほら、ゲロまみれの車に乗りたくないだろ。早くこっちだ!」

 真剣に訴えた雷蔵は、女三人を車体から出してガードレールに沿うように行かせた。次は、発煙筒を点火してこれを持った左腕を斜め上に大きく掲げながら先の三角板へと歩いていき、大きく右から左に振って走行車線を走る車たちへ合図をしていった。これを数回繰り返したのちに、正面を見たまま片膝を突いて三角板の隣に発煙筒を置いたあと、走行車両の動きを確認してから女三人のもとに戻って様子を見ていく。

「おげえええええ!」

 と、ミドリと響子から背中をさすられながら、タヱはガードレール越の地面に吐瀉物としゃぶつを滴らせていき、それはやがて汚い白い溜まりを作っていった。これを数回ほど吐いたあと、タヱは今度はビクンと大きな痙攣を見せて背中を反らせて青空を仰いだ。顎で天高く突いたまま、次は膝をガクガクと震わせていき、数歩後ろに下がったと思ったら、ゆっくりとアスファルト舗装道路に両膝を突いたのちに、最後は背中を丸めて上体を前にうなだれた。この一連の様子を、ミドリと響子はただ驚愕して見守ることしかできなかった。そして、タヱが顔を上げて前を見たと思えば、小刻みに震え出したではないか。これとともに空間に消失していく、烏賊のような触手の両腕。走行車両の走る音に紛れて、聞こえてきた肉の割けるような音。

「タヱちゃん! タヱちゃん!」

 涙ながらに駆け寄ろうとした姉に向けて、タヱは首を横に振って静止させた。このあと、タヱの顔から首そして足まで一気に身体中に“ひび”を走らせていき、大きな叫び声をあげて天を突き上げるかのごとく勢いよく立ち上がった。このとき、黒いワンピースの裾を踏んづけて太腿から下を豪快に破いてしまう。次の瞬間、亀裂の走った肉体の隙間と瞳から虹色の光を強く放って、腕を失くした両肩からも両側に広く虹色の光の槍が突き出していった。すると、肉片は虹色の光を発したままタヱの身体と服の間を抜け落ちて、アスファルト舗装道路に“びちゃびちゃ”と血濡れた音を立てて落ちて足下に溜まっていく。これと同時に、黒衣のワンピースの胴体と腰を引きちぎるように身長が伸びて、境界線のみだった分け目もハッキリと七三分けになり、眉毛も生えてきて、髪の毛はブロンドから黄金こがね色にへと変化した。そしてしまいには、鈍色の尖った歯は全て抜け落ちてエナメル質の黄色味がかった白い「人の歯」へと生え変わっていき、最後は、両肩から突き出していた虹色の光が、たちまちヒトの両腕を形成して完了した。両目と口から虹色の強い光を発して、タヱは正気を取り戻したのだ。

 しかし、後ろに転倒することなく、息を切らしつつも目の前のメンバーを見ていく。

「なに? 私に、なにが、起こった、の?」

「ああ……、タヱちゃん……、目が、目が緑色……」

 うるうるさせた緑色の瞳で、姉は妹に語りかけていく。

「え? 私、変わったの?」

「変わったんだよ!」

 歓喜に満たされた叫びを妹に投げたミドリは、両手を広げて駆け寄っていった。自身の身体に新しく生えたヒトの両手をまじまじと見ながら、タヱが声を震わせていく。

「私に、“手”が。“人の手”が!ーーー姉さん!」

 そしてタヱも、嬉しさのあまり肉片の溜まりから飛び出して駆けていった。この動きをしたときに、上下に裂けた黒衣のワンピースの腰から下がスルスルと滑り落ちた。だが、これに気づいていない姉妹はお互いを抱きしめて喜んでいく。

「私、母さんと姉さんと同じになれたんだね!」

「凄い! タヱちゃん凄い! おめでとう!」


 数秒間の長い包容を堪能したときのこと。

「あれ……?」

「どうしたの?」

「なんか、おっぱいから下がスースーする」

「え?」

 潮干姉妹は言葉を交わしたあと、お互いに身を放して仲良く目線を下に向けていった。すると、それは。

「あ!」

「下がすっぽんぽん!」

「きゃあ!」

 一気に耳まで赤くなって、タヱは慌てて落ちていたワンピースの下半分を取って穿いていく。黒い腰紐を以前よりも絞って蝶結びしてとりあえずは見てくれを整えた。

 そう。

 潮干タヱは再び変わったのである。

 身長はさらに五センチ以上伸びて。

 髪の毛は黄金色に変わり。

 瞳も緑色に変化して。

 細く長い人の四肢を持った姿になった。

 しかし。

「タヱちゃん。ブラとパンツは?」

「ええと……」

 後ろに向き直って、かつての“潮干タヱだった”肉片を見ていくと、そこには。なにやら黒いレース柄と思われる物が二つほど顔を出していたが、不明な液体でベトベトに塗られてしまっており、例えサルベージしても再使用は不可能なものとうかがえた。ブラとパンツ、御愁傷様です。

「うげえ…………。ーーー駄目みたい。というか、また着けるのは、嫌! 絶対、嫌!」

「だよね。ーーーていうか、私が買うよ」

「わあ、ありがとう!」

 緑色の瞳をキラキラとさせて、タヱはミドリに抱きついた。


「とりあえず、掃除するか」

 雷蔵の出した提案に、女三人は納得。

 トランクから取り出してきたデッキブラシで、ガードレールの外に虹色にテラテラと濡れて輝く“以前の潮干タヱだったもの”の肉片を押しやっていったあと、二リットルのミネラルウォーターをかけて洗い流していった。これで、いままで愛用していた黒いレース柄の下着とも“おさらば”である。ミドリとタヱを後部座席に、響子を助手席に着かせたのちに、後方からの走行車両を確認した雷蔵は最後の最後に運転席へ乗り込んだ。

 シートベルトを掛けて。

 サイドブレーキを下ろして。

 エンジンに点火して。

 ハンドルを握って。

「よーし、先のサービスエリアで買い物するか」

「お腹空いた!」

「私も、もーペコペコ!」

「雷蔵くん! 私もお昼にしたーい!」

 助手席の響子から後部座席のタヱとミドリと同じ主張と挙手をしていった。これを微笑ましく見ていた雷蔵。

「じゃあ、ついでに昼飯も済ませるとするか」

「やったあ!」




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