片倉菊代
1
数日前。
昼の手前。
場所は東京都内。
大手芸能事務所『株式会社カタクラメディア』の四階。
トレーニングルーム。
板張りのフローリングと、壁一面に張られた鏡の部屋。
複数の者たちが、部屋中に打ち合う金属音を響かせていた。
中央のひとりを数人が取り囲み、銃剣を振り下ろしていた。
それも手加減無しで、本気で斬りかかっている。
これらの刃を、中心のひとりがサーベルで弾き捌いていた。
普段は、所属芸能人などが練習をしている場所である。
それが一変して今日は刃物を交わす場となっていた。
短めで太いサーベルが、複数の長い銃剣を流していく。
サーベルの腹で殴りつけて、隊員二人を払い除け。
身を捻り足を振り上げて、頭を蹴り。
身体を沈めて、足を払って。
一段上がって銃剣を弾いて、ミドルキックを決めて。
完全に身を上げて後ろ回し蹴りで踵を腹に刺し込み。
蹴りの勢いのまま回転してハイキックを決めた。
そして、最後は踏み込みからの突き。
隊員の鼻先で切っ先が止まった。
目の前に突き立てられたサーベルにより攻撃を諦めた隊員は、銃剣を床に落として両手を顔の位置まで挙げて「参った」の合図を示した。この若い金髪碧眼の青年隊員の顔には、驚きと緊張と戦意喪失が混ざっていた。その表情を確かめた者は「ふん」と鼻で笑ったあと、サーベルを“ゆっくり”と下ろしていきながら、踏み込んでいた足を引いて背筋を伸ばして姿勢をただした。七三分けから襟足で纏めてアップにした長い蜂蜜色の髪と、掛けた縁無し眼鏡の奥にある切れ長な眼の中の蜂蜜色に輝く瞳で周囲を見渡していったあと、中央で立ち回りをしていたこの女がようやく口を開いていく。
「お疲れ様。みんな、なかなか“イイ線”行っていたわよ。これからも頑張んなさい」
と、口もとに微かに笑みを浮かべて労っていった。
このサーベルの女の言葉を受けた男女の隊員たちは、各々の国の言語で礼を返していった。銃剣を全て弾き返されて敗北した隊員たちが息を切らして汗だくになっているのに対して、この蜂蜜色の髪の女は大して疲労している感じもなく“しっとり”と汗ばんでおり、逆にこれが美しさをより一層磨きをかけていた。ひとつ言っておくと、このトレーニングルームにいる全員の格好は、西洋甲冑を思わせるデザインのシルバーグレーの防護服に軍隊の装備品を付けて、ネイビーブルーのパンツとシルバーグレーの軍靴を履いてのフル装備状態。中央のサーベルの女も周囲の隊員たちと同じ身なりである。そのような同じ条件下で、傷のひとつも負うことなく皆の攻撃を退けて勝ったのだ、この蜂蜜色の髪の女は。
部屋の壁掛け時計に目をやり。
「ちょうどお昼ね。今から休憩に入ろうか」
と、サーベルの女が昼ご飯だと促したとき。
鏡張りの壁で待機していた女隊員二人は、同じ方を向いた。
サーベル女の側近であろう。双子の姉妹であった。
出入口方向に三つの人影。扉は閉まっている。
いつの間にか入室していたようだ。
部屋のフローリングを鳴らしつつ、三人の来客が歩いてきた。
「ハラショー。技もキレも美しいわね。さすがは第九団隊団長」
「もう少し手加減してあげたらどうです? 相変わらずの速さで感心しますが」
「私の身内として実に誇らしい。ーーーというわけで“お客さん”だ」
順に。第八団隊団長。
ロシア美女、イシュタル・サプフィール・コルシュノフ。
次に。第七団隊団長。
ルーマニアの優男、ヴラド・ドラコ・ツェペッシュ。
そして、大手芸能事務所。カタクラメディア社長。
細身の美男、片倉暁彦。
世界基督教会の新世界十字軍の団長二人と、現在の日本芸能界で絶対的権力と支配力を持つ強大なカタクラメディアの社長のこの三人を前にしても、動じることなくこの蜂蜜色の髪の女はサーベルを片手にぶら下げたまま突っ立っていた。そして、ただひと言。
「いらっしゃい。ーーー兄さんも付き合う?」暁彦を見て。
「いや、この二人を案内してきただけでね。事務所に戻るよ」
「そう? じゃあ“お仕事”頑張ってね」笑顔で返す。
「ああ。じゃあ、そういうことで。よろしく」
我が妹に微笑を向けたのちに、暁彦は踵を返してトレーニングルームから出ていく。彼の、パーマをかけた肩甲骨までの長い黒髪が移動する際に靡いて、照明の光を受けてキラキラと輝いていった。
「“彼”、相変わらず美しいわね」
イシュタルは暁彦社長の背中を見送り、こう呟いた。
この感想に、サーベル女は。
「大魔王サタンも“まっつぁお”な筋金入りのロリコン野郎なんだけどね」
「自分の兄に、そこまで言う?」含み笑いで返す。
「いいのいいの。どーせ世間様にはバレていないんだし、都市伝説の陰謀論止まりよ」
縁無し眼鏡の奥の蜂蜜色の瞳を弓なりにして、白い歯を見せた。
近づいてきた双子の姉妹隊員に、サーベルを預ける。
双子の頭を撫でたあと、イシュタルとドラコに歩み寄って。
「そういうお前さん方も、今日はどうしたんだい? ウチの事務所にでもオーディションしにきたの? エキストラなら年齢問わないから受けてあげるよ」
「菊代さんさ。本当に、あなたって人はさ……」
「特にお前さん“べつっぴんさん”だから、理事長に言って読売のチアリーダーに即採用してあげるわよ」
イシュタルの言葉を遮って、菊代さんと呼ばれたサーベル女は顔の前で「ピシャリ」と軽く手を叩き合わせた。菊代さんことこの女は。
片倉菊代。
五〇歳。魔女。誕生石は黒曜石。
通称『黒曜石の魔女』と呼ばれている。
片倉暁彦の妹であり、片倉日並の義理の姉でもある。
そして、新世界十字軍最強の部隊、第九団隊の団長。
百八〇センチ近い長身の細身で、今年で五〇歳を迎えるとはとても思えないほどのスタイルの良さと、若々しい美しさと色香を持ち合わせていた女。主な普段着というか外出着は、黒色の小袖の着物を愛用している。そして、狂信的な読売ジャイアンツのファン。普段から縁無し眼鏡をかけているが、とくに遠視近眼というわけでもないので、この眼鏡は“あくまでも”彼女のお洒落アイテムのひとつであった。その菊代の側近には、同じ団隊の隊員でもある双子の姉妹、花陽と花陰という中国系アメリカの美女が付いていた。この団長の菊代を含めて、新世界十字軍の女性隊員たちは、フル装備の軍隊服からでも分かるほどにスタイルが良かった。
菊代は職業モデルというわけでもないが、その歩く姿がまるでファッションモデルのような足取りであり、ハイヒールを履いているかのごとく“カツカツ”と足音を立てていった。そんなモデル歩きをしてトレーニングルームから側近の双子姉妹を連れて出て行こうとしていた最強の団長の背中に、ロシアの美しい魔女ことイシュタルが声を投げていく。
「あ、そうそう。御宅のベティ、交渉決裂したんですってね」
冷たい含み笑いを浮かべて、イシュタルは口もとを上げた。
この報告に足を止めた菊代が、ゆっくりと振り向き。
「そんなこと承知の上よ」
と、ひとつ返したのちに。オレンジ色を引いた唇の端を上げて。
「あとは制圧するのみ。ーーー私の力でね」
低く静かに答えたあと、縁無し眼鏡を指先で正しながら。
「“あんたら”一神教が昔から侵略で使い続けてきた“手”でしょ? だから私はコレに倣っているだけ。マウントすることじゃないよね?」
「それもそうだわ」
「残ったインスマウスは、あとひとつ。ここ日本の陰洲鱒町を占拠してしまえば全て制圧完了よ。気合い入れて長崎県へ移動ね」
「なんだか楽しそうね」
微笑ましく菊代を見たイシュタルは。
「“ついでに”言っておくとね。あの交渉に応じたのは、あなたの義妹の日並さんと町議会議長の鯛原銭樺と、あと美しい深者の鯉川鮒の町の影のトップスリーだったんですってよ」
「鯉川鮒……。ーーーあのオリックスキチガイか!」
カッと目を見開き、菊代が声をあげた。
この反応に、イシュタルとドラコは「?」となった。
そんな二人に話しかけてきたのが、ファ・インとファ・ヤン。
「鯉川鮒。『萬屋 磯野商事』に勤務している秘書です。店の女中として雇っている双子の姉妹を側近にして、彼女は社長の磯野波太郎と教団を運営しています」
こう解説したファ・インのあとに、ファ・ヤンは続けてきた。
「そして、オリックスバファローズの熱狂的なファン。試合が始まれば県外まで必ず足を運んで観戦と応援に行きます。ちなみに、リーグ戦に出てくるセカパカ君は、おすすめするほど可愛いですよ」
双子姉妹の親切な情報提供に、二人は納得するしかなかった。
このようなやり取りを他所に、菊代は。
「“私の”ジャイアンツを侮辱したことは一生忘れんぞ。ーーーふふ。なおさらヤル気が沸いてきた。おかげで余計に陰洲鱒を制圧したくなったよ。オリックスキチガイの絶望に染まった間抜けな顔を見てやるわ」
そう白い歯を剥いて、笑みを見せた。
新世界十字軍最強の団長の様子を見たドラコが頬を痙攣させて。
「ま、まあ、楽しみにしているんなら良いんじゃないかな?」
「久しぶり菊代さんと組みたかったし。私も楽しみ」
彼の隣のイシュタルも、胸元でパンッと軽く手を合わせてニコニコしていた。
このような二人を見ていた当の菊代は、ファン姉妹からイシュタルにへと目線を這わせていったあとに、蜂蜜色の瞳の目を緩やかな弓なりにさせて白い歯を見せて照明を反射させて輝かせた。
「私とこの子たち、今からシャワーとサウナに行くんだけど。あなたも付き合う?」
「え?」思わず赤面するイシュタル。
「俺は別にいいかな。代わりに、そこの隊員たちと一緒にランチするよ」
割り込んできたルーマニアの優男に、菊代はキッと鋭い視線を刺した。
「てやんでぇ! この、べらぼうが! 端なっからオメェは誘ってねえだろうが。でしゃばってくんな! 青瓢箪!」
青瓢箪。
この罵声を聞いた瞬間、ブフォーーーッ!とファ姉妹とイシュタルが吹き出した。片倉菊代は、第七団隊一番の美青年であるブラド・ドラコ・ツェペッシュを罵った。そして最後は、若い金髪碧眼の青年に顔を向けて菊代は。
「ニコフ」
「イェス、サー」
「ドラコ団長さんを昼飯で接待して“あげな”。頼んだよ」
「イェス、サー!」こう敬礼した金髪碧眼の青年は。
辛子・ニコフ。
新世界十字軍第九団隊狙撃部隊所属。
先ほど菊代からサーベルの切先を突きつけられた男である。
2
ということで。
女四人、シャワーを浴びてからのサウナを堪能中。
カタクラメディアは広く大きな会社なので、こうした浴室の設備などは余裕で設置することができてきいた。十八階建ての巨塔に、バスルームを含めた浴室は三階毎にあって、中でも、最上階の社長室には片倉暁彦専用のバスルームとベッドルームまであった。道は逸れるが、この暁彦社長も妻の日並と同じく未成年女性いわゆる少女と言われる美しい十代女性が好みであり、日並と同じ青紫色の三つ揃いを着て長崎市の陰洲鱒町まで足を運んできて島の少女たちを物色と接触を繰り返していた。その上、蜂蜜色の長い地毛を黒く染めてまでして、それはまるで我が妻に成りきるかの如くしていた。この美しい夫婦は性的嗜好は共通していたが、決定的な違いもあった。少女に対し日並は目じりを下げて“愛でる”だけに止めていたが、対称的に暁彦はその一線を軽く超えて少女を“捕食してしまう”という危険人物であった。暁彦に関する“これ”はひとまず置いておく。
菊代、イシュタル、ヤンとイン。
成人女性が皆さん裸にバスタオル一枚巻いていた。
四人ともに下ろした髪の毛を肩から胸元まで垂らしている。
そして適度に汗ばんで、身体中が“しっとり”となっていた。
“これ”でとくに色気を増していたのが、菊代とイシュタル。
五〇と四五を迎えても、この美しさと艶っぽさは魔女ゆえか?
それとも、生まれついての物か?
手ブラシでブロンドヘアの毛先まで流したあと、イシュタルは。
「ねえ」
「なあに?」静かに菊代が反応した。
「昇子さんは順調かしら?」
「順調だよ」
「そう。それは良かったわ」微笑んだ。
「?ーーーどうした? 私の姪が気になるの?」と、微笑む。
「ええ。三年近く経ったとは言っても、強姦被害にあったんだもの。気になるわよ」
「ふふ。心配してくれるのね。ありがとう」
「いいえ。こちらこそ」
「あの子を支えているのは、ヒナミンとミドリちゃんだ。あと、臼田幹江と有馬虹子。昇子は恵まれた人たちにいる。ありがたいのは私だよ」
「素敵な環境ね」
「どういたしまして」
少しの沈黙を置いたのち。
再びイシュタルから口を開いた。
「ねえ。そのミドリちゃんってさ、あなたのお兄さんが警戒していた女の子じゃないの?」
「そうだよ。だから、彼女に警告する意味で私の姪と幹江さんを襲わせたんだ。そして、その三六人の“ならず者”を使ってミドリちゃんも二人と同じ目に遭わせようとしたんだけど……」
「全員返り討ちにして再起不能にしちゃった。……と?」
「そう」と、蜂蜜色の瞳をイシュタルに流して。
「ヤバいわね」と、青銀色の瞳を菊代に流した。
「私も兄さんも、正直そこまで予測していなかったよ」
「凄くない? それって凄くない? たったひとりの女の子がだよ? 暁彦さんの手下の半グレ集団を返り討ちにしたんだよね? なんなの? あの子? あんな綺麗で可愛い女の子が、私が知らない化物だってこと?」
会話に、身振り手振りが混ざってくる。
鼻の孔が広がっていたイシュタルを見て、菊代がひと言。
「そんなに興奮しないでください」半笑い。
「それは無理よ」
「まあ、気持ちは分かるよ」
手ブラシで蜂蜜色の髪の毛の毛先まで流していったのちに。
「私も正直“びびった”。最初、報告を受けたときは理解できなくてね。宇宙が広がったわ」
「でしょ? でしょ?」
「ふふ……。当時の週刊誌には“再起不能にした”と書いてあったけれど、実際は皆殺しよ。半グレリーダーに私が監視を付けていた隊員から聞いたんだけど。公園がね、人体が破壊されたり折り畳まれたりしている地獄の芸術作品の博覧会場と化していたそうよ」
「私ね、週刊誌で写真を見たときね、バカデカイ黒人に腰を掛けていたのが衝撃だったんだけどさ」
「バカデカイ黒人?ーーーああ、ホセ・マングースのことか。アイツも十字軍第九団隊の端くれだが、ヘビー級のボクサーと重量級の柔道の経験者“だった”んだけどなあ」
「椅子にされちゃったね」
「ホントね」
「……ミドリちゃん、魔法でも使ったの?」
「隊員の話しだと、目が緑色と虹色に光ったらしいよ」
「なにそれ?」
「私も、なにそれ?だよ」
「彼女、陰洲鱒なんでしょ?」
「ええ。征服予定の陰洲鱒町の出身だよ」
「でも、深者なんだよね?」
「いいえ。違うわ」
「違う?」
「違う」
「なにが違うの?」
「ソレとは“別物”なんだよ。遥か昔からいた、あの島の独特な種族かもしれんという可能性が出てきたんだ」
「ふーん。……まあ、どうせそれも私たちの最強の宗教と軍隊で乗っ取るから、それほど気にするまでもないかなあ」
「確かに、ね」含み笑いで同意した。
そう。遥か昔から、“彼ら”は代々から一神教と思想を武器にして、世界各国の民族に地元の宗教や伝統文化を破壊したあとにそれらを押し付けて腑抜け洗脳してから民族浄化を行い、占領支配してきた。そして今度は、世界基督教会を結成して21世紀に十字軍を復活させて、各国のインスマウスを制圧征服して金を略奪して“彼ら”の新たなる新世界政府の活動財源として確保してきたのだ。その残った占領予定の地は、日本のインスマウスこと長崎県の離島の螺鈿島にある長崎市陰洲鱒町。この町が最終目標であった。陰洲鱒町を征服できたら、各国のインスマウスの金鉱脈を抑えることに成功することとなる。ただし、陰洲鱒町の制圧をできればの話であった。
それから。
サウナを堪能し終えた女四人。
脱衣室で各々が身体をバスタオルで拭き終えて。
自身の下着を再び身につけていた。
ファ姉妹は互いに笑顔で歓談を交わしていた。
菊代とイシュタルも、言葉を交わしていく。
赤いレース柄の下着を上下着けて、ブラジャーの後ろのホックを掛けたあとイシュタルは青銀色の瞳を菊代に流して。
「昇子さんて、まるで“あなた”の娘みたいよね。とくに蜂蜜色の髪の毛と瞳がさ、菊代さんにソックリで綺麗」
イシュタルの感想を聞いて、菊代はキャメルイエローのレース柄の下着を身につけたあとに口を開いた。
「ありがとう。ーーーひとつ言っておくとね。昇子は“私と日並の娘”なの。あなたも私と同じ魔女の“端くれ”なら、この言葉の意味が分かるでしょ?」
「…...。マジで?」驚愕。
「ヒナミンの陰部に私の髪の毛を入れたの」
「どう、やっ、て?」青銀色の瞳の目を見開く。
「どうやって?って…...。中指と薬指に挟んだ私の髪の毛を、ヒナミンの膣の中にこう…...」
なにを思ったのか、菊代は突然にその言葉通りに中指と薬指を立てて、次はこの二本指を上下運動させていき、エア指入れを始めていった。これを見た途端に、イシュタルはたちまち顔中を真っ赤にさせて青銀色の瞳をウルウルさせて、熱を持った頬を両手で支えて黄色い悲鳴をあげていった。
「キャーッ! キャーッ! キャーッ! きき菊代さん! ジェスチャーまでしないで!」
「キャーッ! イヤーッ! だだ団長! いきなりナニなさるんですかっっ!」
「キャーッ! イヤーッ! 団長のエッチ! キャーッ!」
ファ・ヤンとファ・インも後に続いて、羞恥の悲鳴をあげた。
しばらく手を下にして二本指を上下運動させていた菊代は、三人の様子にほくそ笑み、やがてエア指入れを止めて上体を上げて背筋を伸ばした。腰に両拳を乗せて、イシュタルのもとに歩み寄ってきた。美しい魔女二人が見合うかたちとなり、菊代は両肩に垂れた蜂蜜色の髪を両手で後ろにやっていく。この何気ない最強の団長の仕草に、イシュタルとファ姉妹は物凄い色気を感じていった。齢五〇歳を迎えるとは言え、今の菊代の色香は同性でさえも虜にせんばかりの魅力であった。イシュタルの両肩を撫でるように優しく両手を乗せた菊代は、さらに一歩踏み入れて接近していく。サウナ上がりで化粧が完全に落ちていた女四人だったが、とくにこの菊代とイシュタルはそれを感じさせないくらいの美貌であった。そんな美しい魔女二人の、張りのある艶やかな唇が触れ合う寸前まで接近していた。
「あなたって、ピュアで可愛いのね」
「え…...?」
ひとつ言葉を交わしたあと、二人は目を閉じて口づけをする。
その手前。
『片倉菊代様。片倉菊代様。長崎から荷物が届いています。一階フロントで預かっていますので、受取りに来てください』
と、社内アナウンスでキスを止められた。
我に返った菊代とイシュタルはお互いたちまち恥ずかしくなり、頬を赤く染めて離れた。