鱗の娘救出作戦! part3
1
こちらも同日。
長崎市内でまた違う場所。
このピンク色のホテルでも、事態が同時発生していた。
ここまでくると、さすがに偶然とは当然言えなくなる。
マインドコントロールからの解放の火蓋は切って落とされた。
連鎖反応。シンクロニシティの始まりである。
深愛。人魚。二四歳。
深堀町に“出現”して、町の孤児院で育った。身長が百六七センチの細身で薄い身体をした、丸くてギョロっとした黒い眼に銀色の瞳が特徴的な可愛らしい人魚の娘。顔の中央を走る高い鼻柱をして大人びて整った造形であるが、全体的な顔立ちは幼く見えるために、小柄な印象を与えがちではあるけれども、先に記した通りに間近で見たら実に背の高い“娘”であった。そして、深愛を最も特徴付けているのは髪型であり、足首まで達していた黒く艶やかだった長い髪を全て脱色して、一度真っ白にしたものを鮮やかなピンク色に染めて、真ん中分けにしてから、襟足から後頭部にかけて上へと三つ編みツインテールにしたものを頭上から左右に分けて再び襟足にまとめてから、三つ編みをさらに三つ編みにして、最後は腰のあたりに尻尾がくるといった“実に”手間と時間をかけた頭にしていた。そうしてそれは、後ろ頭にハート型を象った物をくっ付けているという、一番目を引く姿でもあった。それと、彼女は今は、地元のデパート内にあるアパレル店で従業員となり、衣服を営業販売している。おまけに、普段から身につける衣服に関してもピンク色を中心にしていた。上は両肩と胸元まで露出した襟元の裾丈は肋までのピンク色の七分袖のカップ付きのシャツと、下はピッタリ気味なデニムパンツ。ベルトのピンクメタリックのバックルには、鮫の口の骨格が彫刻しており、見た目には逆さまのハートにも見える。もちろん深愛は人魚なので、首筋に五つの鰓、肋のあたりに三つの鰓をそれぞれ持っており、その肌は文字通り白色で、影の差しかたによっては青色だったり紫色だったりする。
以上、そのような娘の深愛であったが。
彼女は人魚であっても出身は陰洲鱒町ではなく深堀町。
なので、町だけではなく蛇轟秘密教団の信者でもない「本当に部外者」であった。だがしかし、深愛は今日は“お勤め”の派遣先の駐車場で待機していた。その理由というのも、教団側の人手不足からきたもの。“鱗の娘”の噂が狭い界隈で知れ渡り広まると、当然のように“顧客”の口コミによって“その世界”の男衆が興味を持ってくるわけである。そして、その元締めの鯉川鮒のもとへ「新たな“顧客”になりそうな人の」話しが来て、結果増えていき、派遣先へと“鱗の娘”を届ける運転手と車が足りなくなっていた。今までは教団信者たちだけで回していけたが、これだけでは足りなくなった次は院里学会の学会員たちに加勢を頼んだり、それでも足りなくなった今は、人魚の雄雌問わずに加勢をさせていた。で、その話しが野木切姉妹を通して深愛に回ってきて、現在こうしていた。野木切姉妹は彼女が勤務しているデパート内のアパレル衣料品店に衣服を買いにきていた顧客であった。
「ミドリちゃん、分けわかなんなくなっちゃった…………」
と、ピンクメタリックのスマホをダッシュボードに乗せてニュース速報の映像を見ていた呟き、というか洩れた感想。ちょうど、潮干ミドリの復活するところが流れていたときだ。運転手のシートを後ろに倒して、後ろ頭に両手を組んでくつろいでいた。欠伸をひとつしたところで、ダッシュボードに置いていたタイマーが鳴ったので、腕を伸ばして止めた。
ー三時間かー。意外と長いなあ。陰洲鱒の女の子たち、大変だなあ……。ーー
溜め息をひとつ着きながら、深愛は鱗の娘たちを心配していく。“お勤め”送迎の初心者であるこの深愛も、八から九ヶ所回ってきてから一番最初のピンク色のラブホテルに戻って時間までに待機していた。そうして、タイマーが鳴り、これを止めて窓から外を見ても鱗の娘はきておらず。野木切姉妹から聞いていた、時間がきたら“娘たち”は車に戻ってくるはずであったが、いっこうに現れる気配は無し。このとき、唐突に深愛の中に嫌な予感がわいてきて、画像を止めてピンクメタリックのスマホをパンツの後ろポケットに仕舞い込み、トランクルームを開けて、テニスラケットよりも大きなハート型の物を取り出して肩に担ぐと、足早にラブホテルに入った。
部屋の名札に『四の雅』とある前に立って、深愛はノックしていく。
「牡丹さん。伊世さん。時間です」
と、部屋の中の蝦名牡丹と蝦名伊世の姉妹に呼びかけていく。しかし、反応がない。もしやと思った深愛は、瞳を銀色に光らせて、脚を横に伸ばした。
「時間ですよーーっと!」
多少重量のある扉が吹き飛んで、ベッドの上で鱗の娘に覆い被さっていたパキスタン系の中年にぶち当たった。そしてそのまま扉と一緒に仲良く横に飛ばされていき、装飾硝子の窓を突き破って落下していった。部屋中の者たちが驚愕していく。文字通りの出落ちに、もうひとりの鱗の娘を後ろから突いていたツーブロックのオールバック頭の青年が腰の動きを止めて、乱暴に現れた“お勤め”の送迎者を目を丸くして見ていった。ベッドでドン引きしていた鱗の娘へと手招きしていく、深愛。周りに目配せしてからベッドから降りて、ピンク色のハート頭の人魚娘のもとへと小走りして駆け寄った。セミロングの茶髪をソバージュにしていた鱗の娘が、インテリアに両手を突いて青白い吐瀉物を吐き出したあと咳き込んでいた我が妹を呼んでいった。
「伊世。伊世。あなたも解けたなら、早く“こっち”きて」
その呼びかけのすぐあとに、伊世という鱗の娘は後ろ向きのまま踵で青年の膝を砕いた。膝が逆方向に折れ曲がり、ツーブロックのオールバック頭の青年は悲鳴をあげながら伊世の尻から引き抜いて、そのまま尻もちを突いて座り込んだ。全身に寒気が走り回り、吐き気と恐怖に襲われていく、ツーブロックのオールバック頭の青年。
そのような大の大人の男が晒していく醜態をしり目に。
深愛は目の前の姉妹に目じりを下げていく。
「“おかえりなさい”。ご家族さんが喜ぶよ」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
茶髪のソバージュの可愛い娘、蝦名牡丹が笑顔で礼を言い。
その可愛い妹の蝦名伊世も続けて微笑んで礼を言った。
うふふ。と、深愛は小さく笑ったあとに。
「さあ、あっちで身体を綺麗にして着替えてきてね」
「はーい」「りょーかーい」と蝦名姉妹は浴室に向かった。
そして深愛は、いまだに床で悶え苦しむ青年に顔を向けた。
「あんた、さっきから五月蝿いんだけど。いい歳した大人がさー、みっともなくない?」
「はあああ? テメェ! 俺を誰だと思ってんだよ!」
「ごめん。マジで誰?」
本当に困った顔を見せた愛《 あい》。
途端に、顔中の青筋が増えていくツーブロックの青年。
「後悔させてやる……! NPO法人クラッカーズの奥藤愛生等だ!ーーーそしてテメェが突き落としたあの方はなあ! 地元で札付き、日本で“あらぬ罪を着せられて”結果不起訴になった可哀想な移民の」
「ごめんね。うざくなっちゃった」
そう強引に断ち切った深愛は、腰の入った見事なミドルキックを奥藤愛生等の顔面に叩きつけて、意識を遥か彼方へと蹴飛ばした。極左の御輿…………じゃない、希望の星、散る!
2
「レディーたちが身体を綺麗にしている間に、さっさと片付けちゃおうかな」
そう銀色の尖った歯を見せて笑みを浮かべた愛が、背中にかけていたテニスラケットよりも大きなハート型の鉄板を取って前に構えた。次にこれの下から生えていた二本の棒を両手で持ったあと、左右に引いて割った。割かれた辺がギザギザになって、その先端は鋭く尖り、さらにはハートの輪郭をよく見てみたら美しい波紋があった。この重そうな割れたハートを両手に構えた愛は、軽々しくクルッと回した。
「あんたら、私が目の前でハートを割ったんだ。もう終わりだよ。お前たちの負けね」
「人魚の雌が、生意気な」
そう言ってきた鮟鱇の顔をした雄人魚を皮切りに。
「そうだそうだ! お前たちのような雌は我ら学会に黙って奉仕しておけばいいのだ」
「妖怪のクセに。芸能界の怖さを教えてやる!」
院里学会やら芸能関係者やらが糞味噌に混ざって、愛に対して罵声を浴びせはじめた。その当のハート好きなピンク色づくしの雌人魚はというと、大して受け止めておらず、全てを聞き流していた。
「田舎娘がイキりやがって! ここにいるのが誰か知ら」
「喝!」
深愛、皆まで言わせることせずに銀色の衝撃波を放った。
高速で迫る銀色の波は、この場の芸能関係者や野党党員や人権派活動家一味や人権派弁護士などに忖度など知るかと主張するかの如く、人魚も人類も皆平等に吹き飛ばしていった。ある者は壁にめり込んで。ある者は壁や柱に押し潰されて。ある者は窓ガラスを突き破って放り出され。またある者は、飛んできた信者や学会員や人魚に衝突して全身打撲してしまったり。などなどの、愛の発した言葉通りに早々と片付けられてしまった。しかし、そのような状況の中で、銀色の衝撃波に耐えた者が一体残っていて、両足を床が窪むほど踏ん張り顔の前で交差させていた両腕を下ろしていったとき、鮟鱇の顔をした雄人魚が現れた。
これに感心していく深愛。
「へえー。やるじゃん!」
「この……。クソガキ……!」
鮟鱇雄人魚が銀色の尖った歯を剥いて青筋を立てた、瞬間。
ブン。と蝿蚊の羽音ようなのを聞いたと思ったら。
鮟鱇の首は構えた両手ごと切断されて吹き飛び。
後ろのピンク色の壁にぶち当たって赤色をペイントした。
愛が右手を前方に伸ばしていたその先には。
同じくピンク色の壁に突き刺さっていた割れたハートの刃物があった。残心を取ったのちに、部屋中の不届き者たちを片付けたのを確かめてから首と手首を失った鮟鱇雄人魚の死骸を通り過ぎて、壁からハートの半分を引き抜いてもう片方と合わせてから背中に掛けた。そしてこのあと少し経ってから、蝦名姉妹がシャワー室から衣服姿で出てきた。姉の牡丹は膝丈のワンピースで、妹の伊世はツーピースのミニスカートといったものであり、服の色は姉妹ともに赤みが差したオレンジ色だった。しかし、身長は愛とほぼ同じだった姉妹二人。愛は牡丹と伊世の顔を見て目じりを下げていき、両手を伸ばして蝦名姉妹の頭を“ヨシヨシ”と撫でていった。
「よし、可愛い。ーーーさあ、下の階の女の子を助けに行こうか」
愛からの呼びかけに、牡丹と伊世がニコッとして頷いた。
そしてこのあと。
下の階の部屋『五の蓉』の扉を無言で蹴破って、愛が突入。
背中に掛けていた斧ハートを割って二刀流にすると。
“のっけ”から振り回して、不届き者たちを蹴散らしていった。
手際よく片付けたあと、部屋の角で見物していた“お勤め”していた鱗の娘こと、鰯村藍子を救出。藍子は、艶やかな黒髪ロングのストレートヘアーで、少しばかりGOTH 《ゴス》入った色白細身で百七三センチの長身娘であった。息を切らすことなく邪魔者たちを全てノックダウンさせて残心を取った愛を見ていた藍子が、ミッドナイトブルーのリップを引いた唇を開いてきた。
「終わった?」
「え?ーーーああ。うん。ーーーシャワー浴びてきなさい」
「はーい」
声には抑揚はあるが、表情には抑揚がない藍子。
愛に向けて小さく手を振ってシャワー室に行った。
十五分くらい待っている間、愛は牡丹と伊世と歓談した。
そうしてシャワー室の扉が開いたとき、衣服姿の藍子が出てきた。マットブラック一色で固めた、インナーのカッターシャツからツーピースのジャケットとスラックス姿。という、パンツスタイルだった藍子。愛の隣に並んだときは、まるで彼氏みたいな印象であった。それから、愛の腕に絡めてきた藍子は微かな笑みを見せた。
「さあ、行きましょう」
「え? あ……。うん。行きましょう」
彼女のこの行為に、愛は思わず頬を赤らめてしまった。
そんな女二人を後ろから見ていた蝦名姉妹が、「素敵なカップルね」「本当ね」と楽しそうに言葉を交わしていった。




