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鱗の娘救出作戦! part1


 1


 日にちは同じ。

 ほぼ同じ時刻。昼前。

 場所は長崎市内。

 ラブホテル一階駐車場。

 潮干ミドリが引き起こした、二度目の虹色の共鳴のとき。

 “鱗の娘”を“お勤め先”各所へ派遣して、一番最初に派遣したホテルの駐車場でメタリックダークブルーのハイエース車内で時間が来るまで待機していた、長身美女の梶木有美かじき ゆうみ。陰洲鱒町で肉屋を営みながらも、有美ゆうみは、運転手の人手不足から人魚の野木切鱶美のこぎり ふかみ鱏美えいみの双子の姉妹に協力していた。この野木切姉妹は、先祖代々から肉屋を経営し続けている有美に二三年前に弟子入りして以来、女三人で『肉屋の梶木』を営んでいる。そして、虹色の共鳴は有美にも起こり、初めて味わう苦痛に悶えた。潮干リエを含めた他の旧世代と新世代の螺鈿の巫女たちは気絶してしまって夢の世界を彷徨ったが、この有美は特殊なのか、そのような出来事を体験せずに済んでいた。以上のことから、有美は共鳴を体験し終えたあと運転席の背もたれを斜めに倒して、仮眠していたところである。

 有美のその美しい顔立ちに、とても陰洲鱒町の出身の者とは思えないほどに、白く四角い人の歯を先祖代々から受け継いでいた。黒く艶やかな本革のワンピースタイプのライダースーツと、手袋とブーツといったバイク乗りの一式を身にまとっていて、細身で背の高い有美にとても似合っていた。そして、彼女の年齢は四〇歳を超えていた。ダッシュボードに乗せたタイマーが鳴って仮眠から覚ました有美は、欠伸をひとつして両腕を車内の後方に伸ばして“伸び”をしていった。“鱗の娘”たちは、三時間の“お勤め”を果たして派遣先からは決して時間オーバーすることなく三時間なら三時間で、というふうに鯉川鮒の術が解けたときには車内にいる感じが今までおこなってきたことである。が、しかし、タイマーが鳴っても鱗の娘は姿を現す気配がない。本当ならば、運転席の窓を軽く叩かれているはずであった。そして、あと五分だけ待ってみたけれど、いっこうに鱗の娘の姿は確認できなかった。

「遅い」

 腕時計を見ての低音ボイスで呟く有美。

 すると、胸騒ぎがしたので、車外に出てからトランクルームを開けて刀を二つ取り出し、派遣先のラブホテルへと入っていった。部屋番号『774』のノブを掴んで回してみたら、鍵がかかっていたので、数回ほどノックして呼びかけてみた。

笠子かさこさん、海雲みくもさん、梶木有美です。迎えにきました。時間オーバーしてますよ」

 と、反応はなかったものの、なにやら外国語で罵声を投げつけられた。次に、二言目の罵声を部屋の中で飛ばされたあとに、鈍く重く硬い物を殴る音が響き渡ったのを扉越しからも有美は確認できた。そして、途端に嫌なモノが有美の身体中に広がっていった。唇を強く結び、刀を背中に二つ差して、両拳を力強く握っていく。長い脚を突き出して、扉を蹴破ったときに入ってきた有美の視界には、全裸の中東系の大柄な男が床で裸の笠子に突き入れたまま彼女の髪の毛を掴んで拳を振り上げていたところであった。二五歳を迎えたばっかりの笠子の美しい顔の半分は、左目蓋と左頬が腫れて赤黒くなり、鼻孔と切れた唇から血を滴らせて床に赤と黄ばんで白濁した液と混ざりあった溜まりを作っていた。たちまち状況と情報を理解した有美は、額に青筋を浮かべて叫んだ。

「Stop!」

 このひと声に、中東系の大柄な男は振り下ろそうかとした拳を止めた。そしてそれは、総勢十五名以上の周りの男信者たちと男学会員たちと雄人魚たちをも黙らせた。隣のベッドでは、雄人魚から後ろから突き刺されていたもうひとりの鱗の娘こと海雲みくもを確認。腰の動きを止めたまま、有美から睨み付けられた雄人魚。ベッドに滴り広がる、鱗の娘の吐瀉物も発見。全てを把握した有美は念を押して、中東系の大柄な男に指をさしていく。

「You!」

 追いやる仕草をその男に向けていき、彼女から離れろと無言の指示を出した。この有美の言いたいことが伝わったのか、中東系の大柄な男は顔中に青筋を立てて、眼を血走らせて歯を剥き出した。そのような事態であっても、笠子から離れずにいた。

Bitchビッチ!」

 と、有美を指して恫喝と罵声を浴びせたとき。

 その黒いライダースーツ姿の美女が、目の前から消えていた。

 いや、床の絨毯が足の形に窪んで、繊維の飛沫を上げていた。

 これは、有美は移動しただけである。

 どこに?

 そして、中東系の大柄な男の視界に黒い長身の影が入った。

 刹那、横から振ってきた拳が、中東系の大柄な男の顎を殴りつけて吹き飛ばした。あっという間に笠子の身体から離れていき、その男は壁に男信者ごと叩きつけられて、ずり落ちて尻を強く打った。哀れ巻き添えを喰らった男信者は、頭から出血をし頸を折り、胸を潰されてあばら骨は心臓を突き刺して絶命した。中東系の男を殴り飛ばした姿勢のまま、有美は瞳を虹色の光らせていた。やがてそれがおさまって元の黒い瞳に戻って、笠子へと振り向いた。

「酷い」

 笠子の変形した顔を見ての感想であった。

 晴れた頬に優しく手をやって、手首を引いてゆっくりと起こしていく。後ろへ目をチラッとやり、海雲みくもの様子を伺う。雄人魚はいまだにベッドの上で後ろから突き入れたままで、海雲から離れようともしていない。そのような雄人魚を睨み付けながら、肩を抱いて笠子を立たせた。

「おい、お前。邪魔だ。抜いて離れろ」

「嫌だね。こいつら二人してゲロしやがった。きたねぇ女だ。約束はチャラだ」

「約束は約束だ。その女の人から離れろ」

「うるせぇな。じゃあ、こいつから離れたらお前が俺たちの相手をしてくれるのか?」

 明らかな侮蔑と嘲りの笑みで、雄人魚が有美に言葉を浴びてきた。これに歯を剥いた有美は、黒い瞳を虹色に光らせたときであった。四つん這いの姿勢からゆっくりと上体を起こしていく海雲が、肩まである大巻の癖毛を浮かせていきながら、雄人魚に背中を見せたまま静かにひと言を投げた。と同時に、海雲の両側の首筋から鎖骨と肩そして二の腕にかけて赤い鱗が現れた。

「よっそわしい」

 その直後。

 後方に髪の毛が伸びたと思ったら、雄人魚の顔と胸元を叩いて電気を走らせた。そして、雄人魚は吹き飛ばされて壁に激突してめり込んだ。次に、ベッドに突いていた両膝を伸ばしていき、海雲は完全に立ち上がると、その雄人魚のもとへと歩み寄り、再び彼女の髪の毛が伸びたと思ったら、先ほどとは段違いに強力な打撃音を響かせて稲光を部屋中に走らせた。それらがおさまったあとは、壁にさらにめり込んで黒焦げになって絶命していた雄人魚と、朱色に瞳を光らせている全裸の海雲みくもの姿があった。それからベッドから降りて、有美に近づいてきたところで、朱色の光りが消えて赤い瞳に戻して海雲は二人の女に微笑みを見せた。それは、美しく可愛い娘の笑顔である。有美も、これに微笑みで返したのちに、笠子へと優しく話しかけていく。

「さあ、帰ろうか」

「待って」

「え?」

 低く静かに、かつ確かなひと言を笠子から聞いて、有美は驚く。抱かれていた肩から有美の手を優しく剥がして、静かに離れていった笠子は、壁を背にして項垂うなだれている中東系の大柄な男に近づいていき、間合いを空けて足を止めた。そして次は、右の稲穂色の瞳と潰れて腫れた左目蓋の細い隙間からの瞳で、その男を見下していって鈍色の尖った歯を剥き出した。

「このクルドの野郎、私に頭からションベンかけやがった」

 と吐き捨てた瞬間、瞳を金色に光らせて足を振り上げた。

 木の折れたような乾いた音を立てたときには、中東系の大柄な男の頸は破壊されて折られて、完全に息を切らしていた。金色の光りから稲穂色の瞳に戻って、笠子は再び有美のもとへと帰ってきた。なんだかスッキリした笑顔を有美と海雲に見せていく、笠子。そんな女三人の背中に、中年男性の声が投げつけられた。

「おおおお前たち! その人は大事な移民なんだぞ! それを殺すなんて、馬鹿か! これを聞いたらイスラエルが黙っちゃいないぞ! 分かっているのか!」

 見た目は、有美と同じ四〇歳を超えている感じか。

 この訴えを、黙って聞いていた女三人だったが。

 海雲みくもは有美に顔を向けたまま唇を開いていく。

「自由社会主義党党首、福澤瑞希ふくざわ みずきの御子息様の福澤瑞照ふくさわ みずてる“くん”。与党と日本人を揺さぶる自慢のカードを連れてきたみたいなんですよ」

 後ろで手を組んで愛らしく笑みを見せて、有美に情報を伝えたその声は、若き野党政治家の福澤瑞照への侮蔑を含んでいた。この話しを耳に入れながら、梶木有美かじき ゆうみは周囲に目配せしていく。

「話しは分かったから、二人ともシャワーを浴びてきなさい」

「ねえ、有美さん。その前に片付けていいかしら?」

 赤い瞳の眼差しを緩やかに弓なりにさせて微笑みながら、海雲みくもは有美に訴えてきた。そして瞳を朱色に光らせて、首筋と鎖骨と肩そして二の腕と下腕、あばらと乳房の外側から太腿の外側と脹ら脛までといった海雲みくもの身体の両側に赤い鱗が輝いて現れて、これとともに肩まである大巻癖毛が浮き上がったすぐに、有美と笠子を避けるかたちで部屋中に稲妻を走らせていき、それらは部屋に残っていた男信者たちと男学会員たちと雄人魚たちと福澤瑞照へと満遍なく命中して、男衆全てを壁に叩きつけてめり込ませた上に黒焦げにさせた。四方八方に海雲の髪の毛が伸びたと思われた、ほんの一瞬の出来事であった。この赤い瞳の長身美女は、十人以上の男衆を文字通り瞬殺したのである。最後は、ふふっと可愛く微笑んで小首をかしげた。電気の脈が小さく消えていくのを景色にして、浮いて広がった髪の毛が落ち着いて下がっていった。この海雲みくもの魅力に、有美と笠子はドキドキしていた。

 気を取り直していく有美。

「シャワー浴びて、服を着てちょうだい。次は下の部屋の海月みづきちゃんを助けに行くから」

 この言葉を受け止めた二人は、微笑んで頷いたあと、浴室へと足を運んでいった。それから、だいたい十五分くらいでシャワーを終えた海雲と笠子は、頭と身体を拭いたあとにプラ製の網籠あみかごに入れていた下着と衣服を身につけて、再び有美の前に並んだ。

 簑原笠子みのはら かさこ。二五歳。

 身長は百六五センチで、浅黒く健康的な肌色をした細身の美しい女性。もともと赤みのある茶色い髪の毛を、オレンジレッドに染めた上に、肩より上で切り揃えてから耳の辺りから外側に広がるように大きなカールをかけてボリュームを持たせてセットしている髪型が特徴的である。その浅黒い肌に合わせるように、肩口と裾にレースのフリルが付いた白いランニングシャツと、膝丈のデニムパンツ。

 海淵海雲うみふち みくも。二八歳。

 海淵流海うみふち るみの双子の娘。身長は百七五センチの色白な細身。赤色の瞳は、陰洲鱒町で唯一の海淵家の女系でしか見られない特徴。その美しく整った顔の中央を走る、高い鼻梁は緩やかなカーブを描いており、多少彫りの深い造形を引き締めていた。黒く艶やかな大巻癖毛の髪を肩で切り揃えて、毛先をいていた。白色のノンスリーブのワンピースに赤色で縁取りしていて、スカート丈も太腿を半分まで露出しているといった大胆なものであった。

 笠子と海雲の身なりに、黙って頷いていく有美。

「二人とも、綺麗よ」

 そう言ってから、笠子の顔の左側へ手のひらを被せていった。次に、黒い瞳を虹色に光らせていき、これに続くように手のひらから柔らかな虹色の光りを発していった。

「二三年前にね、リエさんが鱶美ふかみ鱏美えいみを助けるために使った“力”なんだ。彼女はみずから公言する人ではないけど、私と同じ虹色の鱗と光を持っている人ということを昔から感じていたの。だからね、私もリエさんと同じように、今こうして笠子ちゃんが受けた傷を少しでも癒せられないかなと思ってこうしているんだよ」

 その昔、雌人魚の磯野フナこと鯉川鮒が雄人魚たちと男信者たちを使って、雌人魚の双子姉妹の鱶美と鱏美に“制裁”を与えて、性的暴行と傷害を加えて彼女たちを瀕死に追いやっていた。それから、嫌な胸騒ぎを覚えた潮干リエが会社から昼から休みを取りつけて、陰洲鱒町まで車を飛ばしてやってきたときにこの瀕死状態の人魚の双子姉妹を発見して、その傷口に手をかざして青白い光を出して応急処置的に傷を塞いだ。このことを知った有美は、もしかしたら私も彼女と同じようなことをできるのではないか?と、思ってからは、光の力の調節をじぶんなりにしていく鍛練を武道とは別に積み重ねていって、今に至る。

 そうしているうちに五分ほどが経ち。

 有美と海雲みくもから呟くように声が上がった。

「やった。できた」安堵の溜め息を出した有美。

「あらー。いつもの可愛い笠子ちゃんが帰ってきた」

 目じりを下げていく海雲。

 かざしていた手を下ろして、有美は聞いていく。

「今の感覚は、どう?」

「あ! え、うそ? 左半分が“カッカカッカ”して熱持っていたんだけど、だいぶんなくなった。ーーーああ! 左目も広がった。右と同じように見える! 凄い凄い!」

 ぴょんぴょんと跳ねて、手を叩いて喜ぶ笠子。

 なんと、笠子の赤黒く醜く腫れ上がっていた左目蓋と左頬は、今は嘘のようにおさまり、薄い赤色に落ちて、腫れ具合も浴びた熱湯をすぐさま冷水で対処した直後のような軽い火傷みたいな隆起まで落ち着いた。

「よし。今度こそ海月みづきちゃんを助けに行こう」

 有美の言葉に、笠子と海雲が頷いた。

 そんな瞬間であった。

 ドンッ!と、落雷の如き音と揺れが有美たち三人のいり部屋まで伝わり、一瞬だけバランスを崩したが、踏んばってとどまった。そして、遅れてきたかのように部屋の全ての角と壁の下から電撃の余韻が昇っていって消えた。

「なになになに? なにが起こったの?」

「え? ラブホの中で落雷? え?」

「あーー…………。今の多分、海月みづきだと思う……」

 目を見開き驚く有美。

 ライダースーツの長身美女の腕を掴んでいた笠子。

 我が双子の妹が原因ではないかと思った海雲みくも



 2


 ということで、六階の部屋まで降りてきてみた。

 部屋番号『675』とある扉をノックしても反応なし。

海月みづきさん。有美です」

 呼びかけても返事がない。

 なんの応答もないが、扉の隙間から焦げ臭いのが鼻をついた。

 有美は決意して、後ろに立つ二人に距離を取らせた。

 そして、足を突きだして扉を蹴り開けた。

 すると、一気にむせるような肉の焦げた臭いと、化学繊維や石油加工製品などの人工的な品々が燃えて気化していく危ない臭いもしてきた。要するに、部屋中のさまざまな物体が焦げて大半がすみになっていた。ベッドの角の下に、黄ばんで白濁した吐瀉物の溜まりを確認。鼻を突いていく臭さに、有美は顔をしかめながらも足を踏み入れていく。そしたら、シャワーを浴びていく音が耳に入ってきて、浴室の方を向いた。やがてシャワーの音も止まり、待つこと五分ほど。りガラスの扉を開けて出てきたのは、赤い瞳をした長身美女。なにやらスッキリとして、なにもかもから解放された感じであった。棒立ちしていた有美に気づいて、微笑みを向ける。そして、赤い瞳の鱗の娘が無事なのを見て安心したのか、有美は声をかけていく。

海月みづきちゃん、無事で良かった」

「お疲れさまです」

 手を後ろに組んで、ふふっと可愛く微笑んで小首を傾げた。

 海淵海月うみふち みづき。二八歳。

 海淵流海の双子の娘。百七五センチの身長に、色白な細身。大巻癖毛の艶やかな黒い髪の毛を、肩で切り揃えて、シャインレッドに染めていた。顔立ちは海雲みくもと瓜二つなので、当然のように美しく整っていた。白色のノンスリーブのワンピースを、赤色で縁取りしていて、スカート丈は太腿の半分まで露出していた。

 「さあ、みんなと一緒に帰ろうか」

 有美の呼びかけに、海月は笑顔で頷いて足を進めていった。

 身内の無事な姿に、海雲は手を振る。

 お互い姉妹の解放された姿に、海月は手を振る。

 微笑ましい双子姉妹の姿に、有美と笠子は目じりを下げた。


 ラブホテルを出て、駐車場に停めていたダークブルーメタリックのハイエースに女四人は乗り込んだ。運転席の有美は、エンジンをかける前に三人に聞いていく。

「今の気分は、どう?」

「なにもかもが“すっきり”」と、笑顔の海雲みくも

「私が私を取り戻した感じ」微笑む海月みづき

「今までの悪いモノを全部吐いたよ」

 と、最後はニコニコ笑う笠子で閉めた。

 もうひとつ、有美は気になっていた。

「海雲ちゃんと海月ちゃん。あと、笠子ちゃんも。あなたたち陰洲鱒の力を使ったりしたの初めてだよね? なんか、使い馴れていた印象を持ったのよ」

「なんかね。受けていた洗脳が解けて、嘔吐していた間にね、使い方を教わったの」

「誰から?」

 中央座席の海月の答えに、有美はさらに質問した。

 隣の海雲が、指折り数え出して、三本指を妹に見せた。

 差し出された数に同意したのちに、海月は再び語る。

「そう。三人なの。ーーー龍宮龍子りゅうぐう たつこさん。摩周虹子ましゅう にじこさん。そして、螺鈿様らでんさま

 嬉しそうな笑顔で、海月は三人の名を上げた。

 これを聞いて、笠子が助手席から身を乗りだして。

「それそれ! 私もその三人に教わったんだよ!」

 と、海雲の立てた三本指を指して叫んだ。

 これらの名を聞いて、一番驚いていたのは有美だった。

「それ……。一番強い人と、最初の生贄の人と、荒神じゃない」

「へえー。龍宮龍子さんって強かったんですか?」

 笠子からの質問に。

「ええ。螺鈿島のというか陰洲鱒町で一番強い美女だったの。神憑かみがかりのね」

「そんな強かった人が、死んじゃったんだ?」

「そう。双子の赤ちゃんを守るために、悪い雄人魚たちを引き付けてじぶんの首をじぶんで斬ったらしいんだよ」

「え……っ? なにそれ? かわいそう。ーーー首は? 身体は?」

「身体は人魚たちから売りに出されて、首はいまだに行方不明のまま」

「え? なに? それって酷くない? ていうかその悪い雄人魚たちって、まだ生きてんの?」

「ええ。まだ生きているわ。教団の幹部として。鰐蝶之介わに ちょうのすけ橦木交太郎しゅもく こうたろう野木切鱶太郎のこぎり ふかたろう。この三体が町を変えた原因よ」

「じゃあ、その三体を倒さないとね」

 口調も表情も明るくして、笠子は言った。

 これに驚いて目を丸くしていた有美だったが。

「そうだね。そうしないとね」

 と、笑みを浮かべて返したあとに。

「アイツらの一族はね、人魚の中でも絶対的に斬れないんだって。刃が通らないの。だと言ってもカチカチに硬いんじゃなくて、生き物らしい柔らかい皮膚なんだけど、名前の通り鮫肌なの。龍子さんがアイツら三体を倒せなかったのも、刃を通さない皮膚だったかららしいわ」

「で。三体とも強いの?」

「いいえ。強くないけれども、鮫肌のせいで倒せない」

「ずるい」笠子が、不満げな顔でのひと言だった。

 そのような彼女に可愛さを感じた有美は、頭を軽く撫でて。

「そうね。ずるいよね。ーーーそのおかげで、私の不知火一派が通用しない。あの三体と闘ったことはないけれど、斬れないなら私の流派も役に立たない」

 笠子の頭から手を下ろして、そのように呟いていった有美は、悔しそうに下唇を噛んでいった。この様子を、女三人は心配して見ていた。六つの視線に気づいた有美は、ハンドルを握り直してエンジンを点けていく。

「さあ、お話しはいったん“ここ”でお仕舞い。次のラブホに行って、町の女の子を“お勤め”から助けにいくよ」

 有美の言葉に、笠子と海雲と海月は小さく微笑んで頷いた。



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