虹色の共鳴 part 3
1
同日。同時刻。
昼の時間。
場所は変わって長崎市外。
諫早市。
タイヨウエレクトリック長崎工場。
磯野カメは、工場の事務所の棟の医務室のベッドで目を覚ましたあとに、同じ棟の浴室のシャワーで、全身に吹き出した汗を洗い流しながら先ほど起こったことを思い出していた。二度による虹色の共鳴を受けて倒れ込み、夢の中へと誘われて、自身の過去の思い出を見たあと深い深い海の底にある規格外に巨大な建造物を探索してきた。先祖代々から萬屋ーー今で言うと「何でも屋」である。ーーをしてきた磯野家の子孫である兄弟の磯野波太郎と弟の海太郎。そして、その兄の波太郎の血を引いた娘の姉の磯野マキと妹のカメ。この姉妹は仲良しである。それは、昔も今もこれから先も仲の良いことは変わらない。姉とは三つ違いであるが、戦時中から戦後と姉妹ともに体験してきた。第二次世界中に戦時中の需要増加で長崎市の陰洲鱒町から上京して東京都の工場で姉のマキと仲間のリエたちと一緒に働いて稼ぎ、しかし日本の敗戦後はGHQからの財産没収といった憂いな目に遭ったものの、そのあとの都内工場と長崎市に原爆投下後の市内工場で働いて稼ぎを取り戻したあとは、戦後の需要に乗って今の半導体工場に就いていた。
その磯野カメであるが。
これらの出来事は姉の磯野マキと共通している。
彼女は、虹色の共鳴を受けた影響で三つの夢を見てきた。まずひとつは、蛇轟秘密教団の首謀者であり母親の磯野フナの主導で行われてきた、今まで生贄にされてきた虹色の鱗の娘たちに会ってきたこと。これらの娘たちを、カメは姉のマキとともに見送ってきた。生贄とは名ばかりの、人魚と偽って世界の太客らに売ってきた虹色の鱗の娘たちを儀式のあとに次は“出荷”の船に送るために数日間身の回りの世話をするために一緒に付いておくのだが、この姉妹は娘たちを邪険に扱うどころか逆に当の娘たち以上に泣いていた場合があったせいか、実際夢の中で会ってみたら、再会の歓迎を受けて、その直後に「あなたたちは、私たちの分まで生きているわ。そして、これから私たちと一緒にやることがあるのよ」と摩周虹子から微笑んで言われて「ねえ、虹子ちゃん。いったい、わたくしたちになにが出来るというの。教団とお母様は強大になってしまったわ」こう磯野マキが返したあとに「そうだよね。教団は院里学会の力も借りて、お父様の萬屋の力も加わって、もう、わたくしたち二人ではどうしようもないほどになったのよ」そう磯野カメへと続いたあと、虹子は左右を見たあとに再び磯野姉妹にややつり上がった切れ長な目で見つめて「マキちゃんもカメちゃんも受けたでしょ? 虹色の光りと鱗。荒神の螺鈿様に選ばれたのよ。気性が荒くて乱暴で喧嘩早いどうしようもない荒くれ者だけど、一貫した正義を持っていて、そして女を大切に扱ってくれる良いところがある神様。私たち、そして、あなたたちが巫女として選ばれたのよ。ちゃんとこうして御天道様は私たち陰洲鱒を見ていたんだから。少しくらいは自信を持って胸を張っても罰は当たらないわ」と笑顔で締められて、「とくに神様に興味がなかった虹ちゃんがそこまで言うくらいなら、わたくしとお姉様でやれるかもしれない」カメが隣の姉に笑みを向けたあとに「ふふ。わたくしたち二人で抵抗できるのかしら。でも、できるだけのことはしたいわね。わたくしたちのためにも、虹子ちゃんあなたたちのためにも、そして、今の陰洲鱒の女の子たちのためにも」マキも妹に笑みを向けて見合うと「うふふ。やる気が出てきたみたいね。ーーーでもね、なにもあなたたち二人だけで抵抗しなくても良いんだから」挟まれてきた虹子の言葉に反応して見つめてきた磯野姉妹に「戦時中から戦後の昭和平成そして令和にかけて一緒に生きてきた友達がいるでしょ。ーーーそしてその娘たち。その子たちが七人、新世代の螺鈿の巫女に選ばれたんだから。なにも恐れることはないわ」と、こう虹子は続けて締めた。「ありがとう」と礼を言って、虹子たちに手を振って別れていった。
そして二つ目の夢。
姉が、二三年前まで教団幹部と信者たちと院里学会の学会員たちの性処理係にされて性的虐待を受けてきたところ。これも、母親のフナの主導のもとであった。これは、陰洲鱒町民の特有の常人以上の筋力と瞬発力を持たないで生まれてきた上に種族の人魚としてでも“そこら辺の”常人と変わらない力しか持たなかったーー要するに、人魚の掟から外れた「力なき者。ひ弱な者」とされる“穢れ”と認定された。ーーために、マキは種族では忌み嫌われてきた。では、妹のカメは姉と違っていたのかと言うと、そうではなく、結論から言うマキと同じく種族では“穢れ”とされる「力なき者。ひ弱な者」であった。しかし、彼女は彼女なりに“これら”を妖術でカバーしてきたことで、虐待を受けずに済んできたが、好きな姉を助けたくとも助けられずに今まできていた。それが突然、二三年前の潮干リエによる救出によってマキへの性的虐待は止まってカメは安心していた。してはいたが、それと同時に己の力で姉を助けられなかったといった自身に対する大きな失念があった。そしてマキとカメの唯一の違い、筋力と瞬発力は姉妹ともに常人レベルと共通していたが、人間の血を強く引く姉には涙腺があり涙を流すことができたが、対する妹には人魚の血を濃く引いていたせいで涙腺はなく泣くことはできても涙は流せないという、姉妹の明確な違いがあったのは変わらなかった。“泣けても泣けない”のがカメの悩みでもある。話しを戻すと、姉へ性的虐待をしていた主要メンバーの顔は今まで閉ざされて知ることが叶わなかったが、今回の共鳴による夢のおかげでハッキリと見られて、憎い顔を覚えることもできた。そしてカメは、判明した者たちの顔を今後の標的として定めることを決意する。
最後は三つ目の夢。
姉のマキが生まれたときの百二八年前の出来事を見た。
カメはその三年後の百二五年前に生まれる。
この夢のおかげで、姉妹は母親の正体を知った。
それは、母親の磯野フナの本当の姿は、萬屋の磯野商事の社長でもある磯野波太郎の秘書兼愛人として雇われている白髪の和装の美しい人魚、鯉川鮒だったのである。このことについて知ってしまった磯野姉妹は大きな衝撃を受けて、医務室のベッドから身を起こしたあともしばらくはボーッと呆けていた。その上に、種族の掟から外れた“穢れ”の者に対して何者よりも厳しかったその母親が、同じ性の者に惚れて恋してしまうという“穢れ”の者そのものであったという事実も分かってしまった。鯉川鮒が恋い焦がれていたその相手というのが、百二五年前まで陰洲鱒町にあった貿易を商いとしていた龍宮商会の家主でもある龍宮龍子であったこと。そして現在でも、龍子の愛娘の龍宮紅子に恋慕を寄せているといったことである。その上、百二五年前は鯉川鮒は龍宮商会で使用人として働いていたのだった。
2
そうして今、カメは私服に着替えて棟の廊下を歩いていた。
赤いノンスリーブのワイシャツにジーパンというシンプルな身なりであるが、高身長と細く薄い身体を持ったカメにひじょうに映えていた。戻ったあとは昼食を取るので、一階の社員食堂へと足を進めていた。その間にも、医務室での出来事を回想していく。
だいたい今から約二〇分くらい前にあたる。
二度の共鳴によって、百二八年前のことから龍宮家の崩壊まで見てきたその夢は、体感時間的に数日間も感じていたのだが、実際目を覚ましてみれば今は昼時だったという思っていた以上にほんの一時間から二時間ていどだった。意外と短かったわね、と拍子ぬけしていたときに自身の傍らに二つの人の気配を感じて、顔を横に向けた。
すると、そこにいたのは。
「愛都君……!」
予想外な嬉しさに、銀色の瞳がキラキラ輝いた。
真壁愛都、三二歳。
タイヨウエレクトリック長崎設計販売に勤務。
磯野カメの彼氏である。
さらに、その隣には。
「あ! 実ちゃん」
「えへへー。無事だったねー。良かった良かった」
銀髪の長身美女、皮剥実であった。
しかもその格好は、オレンジ色の作業繋ぎ着。
照れくさそうにカメに会釈。
カメと同じ工場で勤務していた。
皮剥実を含めた同僚たちから運ばれてきたのだという。
愛都の方は、製図の手を止めて駆けつけてきた。
この青年にとって、これは当然の行動であった。
なにせ、磯野カメと真壁愛都は来月に婚約する予定であったからだ。
「本当に無事で良かった」
愛都はそう言って、カメの手を取る。
そのあと、両手で掴んだ。
彼氏のこの行為に驚き頬を赤くして、皮剥実に銀色の瞳を流したあとに再び目の前の青年を見た。
思わず柔らかい微笑みが出てくる。
「嬉しい」
「俺も、君が無事で嬉しいよ」
愛都も微笑み返した。
そして、正直ちょっと気まずい皮剥実。
仲むつまじい二人を見ているこっちが恥ずかしくなる。
このままコッソリ退席してあげても良かったのだが。
「あのー、そこのお二人さん。ちょーっと良いかな?」
静かに挙手していき、顔の位置で止めた。
皮剥実の呼びかけに、カメと愛都が顔を向ける。
いまだにお手々を握り合っている相思相愛の二人。
なにか言えよと思いながら、皮剥実は手を下ろした。
まあ良いかと切り換えて、カメに向けて話していく。
「さっきさ。“そこの近く”にある電電工業から連絡受けたのよ」
と、立てた親指で扉を指した。
電電工業。㈱長崎大黒揚羽電電工業のことである。
“そこの近く”と言っても、車で五分はかかるが。
構わずに話しを続けていく。
「あなたのお姉さんも、同じように虹色の光りを二度も出して倒れたんだってさ。煉ちゃんから聞いたから、間違いないよ」
「え? お姉さまも……!」ーれ……! 煉ちゃん……!ーー
マキも共鳴を受けたと知り、驚きをしめした。そして同時に、吹き出しそうになったが、そこは堪えた。カメは、いまだに彼氏と手を握り合っていたまま。皮剥実曰く、煉ちゃんこと電電工業広報部部長の八爪目煉のことである。どうやら話しを聞いてくれるようなので、皮剥実は続けていった。
「そうそう。ーーーしかも、あなたたち姉妹だけじゃなくてね。リエさんと潮さんも、同じ光りを二度も出したあと倒れて寝ていたんだって。那っちゃんからも聞いたから、間違いないよ」
那っちゃん。
電電工業設計部部長の八爪目那智のことである。
指していた親指を下ろして、膝に軽く握った拳を乗せた。
「ねえ、カメさん。これって凄くない? 諫早の同じ工業地帯で一度で四人もだよ。もう、これ、普通じゃないよね」
「た、確かに。普通じゃないわね……」
尋常ではないことは確かだった。
驚愕して動揺していくカメに構わずに続ける。
「私、神だの奇跡だのオカルトだのには今まで興味なかったんだけどさ、あなたの虹色の目の光りと虹色の鱗を見たら、地元の神様くらいは信じてみても良いかなーなんて思ってみたの」
「螺鈿様のことね」嬉しそうに微笑む。
「そうそう」こちらも笑顔。
この皮剥実に目をやったあと、愛都と見合ったのちにカメは彼氏と繋いでいた手を放した。そして再び皮剥実を見て。
「シャワー浴びてくるね」
「ええ、いってらっしゃい」
そう伝えて、カメは全身に噴き出した汗を流しに事務所棟のシャワー室へと向かっていった。
3
そして磯野カメは、彼氏の愛都と友人の皮剥実と三人で昼食を取っていた。同じテーブルを仲良く三人で囲い、食券で各々が注文した定食を味わっている。
「今さっき、長期の休暇願いを届けてきたわ」
と、チキンライスを口に運びながらカメが切り出した。
「え?」
驚きを見せる二人。
カメは、隣の彼氏と目の前の銀髪の美女に目を配って。
「わたくし、今まで鱗を持っていることさえなかったのに、それが突然に、しかも朝の時間に二度も虹色の光りと鱗を生やすなんてことが起きたのよ。ただ事じゃないわ」
「ええ、まあ、それは、普通じゃないよね」
なんとか感想を絞り出した皮剥実。
「そう。普通じゃない」
と、咀嚼しながら返して、充分に噛み砕いたあとにジャスミンティーで流し込む。マグカップをテーブルに静に置いて話しを続ける。
「これは、わたくしの勝手な推測なんだけれども。ーーー半月前の亜沙里ちゃんに続いて、一昨日の虎ちゃん。今の今までマインドコントロールから解放された鱗の女の子たちって“これっぽっち”のひとりすら出てくることがなかったのに、それが、そのひとりが引き金になって始まったのよ。そして今の時間的に、今日は“お勤め”の送迎は有美ちゃんと鱏美ちゃん鱶美ちゃんの“お肉屋さん”が女手は総出しているて聞いたから、そのうちのひとりが“当たりを引く”んじゃないかしら」
「おーー…………」
アホヅラ丸出しで感心する皮剥実。
それもすぐさま引っ込めて、なにか思い出した。
「あ」
「なに?」銀髪娘の可愛さに笑みを見せる。
「その“お肉屋さん”の他にも、愛ちゃんと玲子ちゃんにも手伝わせているってさ。フナ婆さんがそんなこと言ってた」
「愛ちゃんって、陰洲鱒の人じゃないでしょ」
「そうだよね。彼女、まったくの部外者だね」
「それと、玲子ちゃんは未亡人でしょ」
「うん。蛙野郎に旦那を殺されたって言ってた」
「お母様なにしてんの? 玲子ちゃんは今はその辺をケアされなきゃいけないのよ。おまけに、愛ちゃん無関係じゃない。だいいち、あの子は教団でもないし学会員でもない“至って普通の人”なんだけど。ましてや、愛ちゃんは深堀町の出身。ただただ、わたくしとお姉様と同じ人魚ってだけでしょう。ーーーわけわかんないだけど」
カメが、驚愕と動揺を見せていく。
「まったく、お母様ったら。なんてこと……。本当に休暇願い出してきて良かったわ」
この話しで新たに出てきた人魚、愛ちゃんこと深愛。平成に長崎市深堀町に“出現”してそ町の孤児院で育った、身長が百六七センチの細身で薄い身体をした、ギョロっとした目が特徴的な可愛らしい人魚である。そして、長い髪の毛を脱色してピンク色に染めたものを、三つ編みツインテールから頭上から左右に広げてハート型に象っているのが一番目を引かせていた。成人してからは、地元のデパート内にあるアパレル店で従業員となり、衣服を営業販売している。おまけに、普段から身につける衣服に関してもピンク色を中心にしていた。
あとは。玲子ちゃんこと英玲子。中島川にあった以前の海淵龍海の住居で、稲葉輝一郎刑事と護衛人の榊雷蔵の二人が再捜査と任意同行していたときに現れた人魚の若夫婦である英令一の嫁だった“女”。このとき雷蔵と稲葉刑事は襲撃してきた鰐三姉妹の長女の穂々白と対決していたその横で、現場に同行してきていた潮干タヱと磯辺毅と戦っていたのが英令子と夫の令一であった。結果、蛙野郎こと磯辺毅の躊躇い無し手加減無しから返り討ちにあい、哀れ令一は頭を割って即死し、これ以後は玲子は未亡人となっていた。
三人ともに腹を八分目に満たしたところで、再びカメから話しを切り出した。頬杖を突いて、皮剥実を見る。
「日にちは置いたかたちだけど、二人のマインドコントロールが解けたのよ。これで今日か明日に三人目の娘が解放されたとなったら、偶然では片付けられなくなるわね」
「んーー。連鎖反応が起きるってこと?」
「そうね。シンクロニシティって呼ばれる現象ね」
「へえー」
とたんに、銀色の瞳をキラキラ輝かせてきた。
身を乗り出して、目の前の赤い上着の美女に顔を近寄せていく。
「ねえ、それがもし本当に起こったらさ、ヤバくない? ワクワクしない? ウッキウキにならない?」
「ふふ。そうね。確かに悪いことじゃないもの」
「でしょ! でしょ!」
「わたくしたちの町が元に戻るキッカケになりそうだね」
まるで姪っ子を見るかのような、柔らかい笑顔になる。
さらに乗ってきた皮剥実。
「ねえ、カメさん。教団の“やぐら”が再建されるまでの間は、生贄の女の子がひとりも出なくて平和だったんでしょ。教団が建つ前は、それよりももっと良かったんでしょ」
「ええ、そうね。“アレ”を破壊されてからの十八年間は少なくとも平和だったわ。そして、教団が建つそれ以前までは町は住み良かったわ」
しかし、マキとカメとが生まれる以前からも、鱗の娘が年に二人ほど行方不明になっていたことがあった。そしてそれは、教団を建立した以後も続き、“やぐら”の再建をしていた間も続いていた。これは摩周安兵衛とその弟の刃之介や黄肌ビールや海淵酒蔵や魚醤の太刀、そして螺鈿神社の神主などの“比較的長寿な者”たちが口をそろえて答えたことがあり、町の代々からある老舗の萬屋『磯野商事』の子孫の兄弟である磯野波太郎と弟の海太郎が四体の雄人魚を使用人として雇い入れから、鱗の娘が行方不明になることが始まったのである。よって、この生贄と称した人身売買と“お勤め”と称した違法売春斡旋がなくならない限りは、陰洲鱒町は住み良くなることはないだろうとカメは思った。
「お父様とお母様のやってきたことは量ることができないほど重い。でも、それらを断ち切れる可能性がわいてきた」
今まで静観していた愛都が、切りが着いたところを見て隣の彼女に話しかけていく。
「これは君たちが解決しなきゃいけないことだ。外の俺は口を挟むこと“でしゃばる”ことがおかしい」
「愛都君」
「カメさんが帰ってくるまで、待っているよ」
「え……。そ、それって……」
たちまち、カメの白い肌が耳まで赤く染まった。
愛都は頬を赤くしながら。
「君が戻ってきたら、俺と結婚してほしい」
「きゃあああああああ! ええええー! うそやだ! どうしよう! どうしましょう!」
歓喜の悲鳴とともに、カメは椅子から跳ね上がり、顔中を真っ赤にして熱々になった頬を両手で押さえた。これと一緒に、彼女の黒い眼と銀色の瞳が涙で溢れてきた。ちなみに、もしもこれが成立した場合は、磯野カメは初婚である。成立したらの場合だ。
社員食堂のその他ギャラリーは、この様子にざわめき始めていく。なんだ?なんだ?社内恋愛から社内結婚に“昇格”か?ーーーという感じであった。
熱く熱く火照った頬を両手で押さえたまま、カメは周りを見渡していったのちに、ゆっくりと腰を下ろしてパイプ椅子に座り直していく。頬から手を下ろして、椅子ごと彼氏と向き合う。それから、声のボリュームを少しだけ落として。
「わたくし、真壁になりたい」
「ありがとう。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
二人仲良く会釈。
というわけで。
磯野カメ、初婚。
そして。
「あのーぅ、お二さん。今さらこれは遅いかもしれませんが。“そういったこと”なら、できるだけ会社の外でお願いできませんかね」
顔を真っ赤にした皮剥実から注意を受けてしまった。




