潮干タヱ Ver.1,5
イチャラブを書くことでしか得られない養分があるんですよ。
1
海原摩魚が誘拐されて約二週間ほどが経ち。
そして、ミドリが涙の叫びの動画も榊探偵事務所の面々に知られることとなって約四日。
榊雷蔵と瀬川響子が潮干リエを含めた、四人の陰洲鱒の母親たちと話しを聞かせたり聞いたりし終えた、その翌日。
長崎県警察署視聴覚室。
縦横合わせて六つ並ぶモニターを、検死官の新島悟と稲葉輝一郎刑事と、そして潮干タヱの三人が目を通していた。傍らには映像を操作するために、映像解析の鬼束あかり刑事が補佐としてついている。
今日も、例の私人逮捕系ユーチューバーの撮影した、潮干ミドリの動画をタヱから確認してもらっていた。
「今の止めてください」
タヱの指示で動画を止める。
「見てください、この蹴り方」
と触手の先端を器用に縦に丸めて先細りにして、映像内のミドリの出している蹴りを指した。動画の撮影者は私人逮捕系ユーチューバーの他に、彼のアシスタントの男性が撮った物も投稿されており、合わせて見ていた。その中のアシスタントが撮った映像内で蹴りを突き上げて放つミドリについて、タヱが口を開いていく。
「これです。この突き上げる急角度。姉は確実に殺意を持っている蹴り方だと思います。この時点で相手の内臓が破壊されてしまっています。あと、上着のここ、腰のところが摘ままれたよううな感じに見えますよね。ーーーこれ多分、蹴りの衝撃が背中まで突き抜けているんじゃないかと」
「この場合、どうなっているんだ」
触手の女の解説に動じてすらいない、新島悟は聞いていく。
「これだと、背骨に“ひび”入っているんじゃないですか」
潮干ミドリの力量というか、陰洲鱒町の住民の潜在的に有する筋肉量に圧倒されていた稲葉刑事と鬼束刑事。
「えらい冷静なんだな。君の姉が被害を受けた動画だぞ」
悟が少し不思議そうに聞いた。
「もう、なれました。最初は泣きましたけど。いつまでもメソメソしていられませんし」
そう答えたタヱの顔つきがなんだか大人びていた。
ーあれ? そういえば、潮干さんの顔が……変わっている、ような……?ーー
傍らにいた鬼束あかり刑事がタヱの変化に気づく。
今の顔立ちのほうが、二二歳という年相応に近づいている。
初対面のころが年齢の割に幼すぎたのかもしれない。
このあと。
姉のミドリに関する資料にタヱが目を通したり証言と照らし合わせたりして、中休みを向かえる。
自販機の設置してある、白く丸い板のテーブルと赤茶けたソファーがひとつづつある質素な休憩所のソファーに、潮干タヱは腰を下ろしていた。脚を少し開いて、両肘を両膝に乗せているという「格好いい」スタイルでひと息着いていた。
「タヱさん、お疲れ」
「悟さん」
微笑んで労いの言葉をかけてきた悟に、彼女は思わず嬉しそうに返した。
「なにか飲むか」
「ありがとう。いただきます!」
ソファーから跳ね上がって、悟の隣にいそいそと並んだ。
これに悪い気をしていない悟は、黒衣のブロンド娘に聞いていく。
「あんまり種類ないけど、どれがいい?」
「これ」
と、触手の先を縦に丸めて先細りにして、コーヒーのレインボー缶を押した。悟は紺色のコーヒー缶。
「ありがとう。悟さん」
こう笑顔で言ったのちに、触手を器用に使って缶の蓋をプシュッと開けた。笑みを返した悟も、乾杯の仕草をタヱに向けた。
警察署内は、こうした新島悟の変化にも驚いていた。
2
時間は前後する。
朝早くスマホの着信音に気づいた榊雷蔵と瀬川響子は、それぞれじぶんの充電中の物を確かめてみたら着信が入っていなかったものだから、お互いに顔を見合わせてアイコンタクトで「いったい、なんだろうね?」と笑顔になる。すると、上下イカ墨色の寝間着姿でブラッシングしていた潮干タヱが奥から小走りに現れてきて、掛けてあった自身の黒衣のワンピースのポケットから黒いスマホを取り出すなりに、触手の先端部で器用に操作して、電話に出たのだ。
「はい、おはようございます。潮干タヱです」
電話の向こうの声を聞くこと数秒。
パッと顔を明るくして、声のトーンも明るくなった。
「分かりました、悟さん。私今から準備してそちらに向かいますね」
……?「悟……さん? だと?」と、雷蔵と響子は同時に含み笑いで疑問を持った。そして、ようやく護衛人の二人に気がついた触手娘。みるみる顔を赤らめていく。
「お、おはようございます」
「おはよう!」
雷蔵と響子が仲良く挨拶をハモらせた。
「あああ、あの、私、今からちょっと警察署まで行ってきますね」
「どうぞどうぞ。いってらっしゃい」
「タヱちゃん。朝ごはんはしっかり取っていってね」
そう二人から快く送られて、昔実費で購入していた自前の自転車を走らせて長崎警察署へと向かった。
タヱが出かける姿を見送ってから、響子は雷蔵に向き合い。
「ねえ、雷蔵。タヱちゃん、なんだか成長というか大人びてきたよね」
「ん? ああ。俺から見たら少し痩せた印象だな。胸と腰回りの肉が落ちて、機動力が上がって強そうだ」
「んんん?」
なに言ってんのアンタ、と含み笑いの表情で返した響子。
お構い無しに雷蔵は続けている。
「あれは適度な身体づくりしている。感心するなあ」
「まあ、そんなことより。目を通さないといけない書類と資料がいっぱいあるでしょ。朝ごはん取ったし。続きしよ続き!」
物凄く嬉しそうに雷蔵の手を引っ張っていった響子。
このあと、夕方に虎縞福子と磯野マキが二人に差し入れを持って事務所に来ますとの連絡を受けた。
昨日の母親たちとの別れ際に、響子は潮干リエから「タヱの面倒を見てくれて、ありがとうございます」と頭を下げられて。
「そのかわり、あの子のお金の面は心配いらないわ。ミドリが東京に行ってから消えてしまう前までアルバイトして貯めた分があるから、しばらくは大丈夫よ。生活必需品とかその他のじぶんで要る分に関しては、全部あの子で買わせてね。なるべく甘やかさないでいてほしいの。私の母親としての、雷蔵くんと響子ちゃんへのお願いだから」
と話しを終えたあと。
「しばらくの間、娘を頼みます」
こう二人に向けて、今度は深々と頭を下げた。
いろいろと情報の量があった。
潮干タヱがアルバイトだって!?
そして夕方ころ。
響子のチタンシルバーのスマホに、タヱからの着信が入る。
摩周鱗子から提供してもらった資料と母親たちの話しとを照らし合わせていた手を止めて、電話に出た。
「はい。瀬川響子です」
『お疲れさまです。潮干タヱです』
「どうしたの。タヱちゃん」
『あの……、私、今からちょっとだけ、悟さんと出かけてきます』
「あらー!」
『え、あ、その。もしかしたら帰りが遅くなるかもしれないので、私のことは心配しないでください』
「寝るとき鍵かけるけど、良いの?」
『はい。ビジネスホテルで寝泊まりして戻ってきます』
「そう。それは良かったわ。いってらっしゃい!」
『ありがとうございます』
こう会話を終えて電話を切る。
響子は嬉しそうに雷蔵を見て。
「タヱちゃん。デートしてくるんだって」
「へえー。そりゃまた、おめでたいな」
「相手は誰だと思う?」
「んー? 駄目だ、想像がつかん。降参だ」
と、響子に向けて両腕で「✕」バッテンを作った。
雷蔵へと微笑み。
「彼女のお相手は、新島悟さんよ」
「ぶっっ!」
資料を避けて吹き出した。そして咳き込む。
「は? え? に、新島さん!」
「今朝の電話の感じで、だいたいは予想がついていたけれど」
「俺は、相手を名前で呼ぶくらいに親しくなっただけかなと思ったけど。違うんだ」
本当に、響子以外は細かい理由などどうでもいいと思っている男である。そんな雷蔵に対して、響子は続けてきた。
「ひょっとしたら、あのとき新島さん。あたしらの中からわざわざタヱちゃん“だけ”を引き抜いて、一緒に視聴覚室に行ったときから彼女のことが好きだったのかもよ」
「そうかあ? そうかな。ーーーじゃあ、今から一緒に出かける理由はなんなんだ?」
「理由なんていらないんじゃない。お互い好きどうしならね。あんたとあたしみたいにさ」
そう、雷蔵を指さしたあと、自身も指さして微笑んだ。
すると、たちまち目の前の男が赤面した。
「ま、まあ、確かに……。そうだな」
「ふふ。そういうことだよ」
響子は、目の前の愛しい相手を見て笑顔になる。
数十分が経ち。
リモートでの摩周鱗子への報告なども一通り終えて、ソファーで腰かけていた響子と雷蔵はほぼ同時に両腕を天井高く伸びをして、ひとつ欠伸をした。指で目もとを拭っていたとき、響子は雷蔵から肩を抱かれてしまう。いつの間に隣にきたのか。そして、頬を赤らめた。
「な、なに? 隣にきたの、気づかなかった」
「お互い、一段落着いたんだ。そして今日はタヱさんは帰りが遅くなるときている」
このように言いながら、響子の顎を指で持ち上げていき。
「明日の朝まで二人きりだ」
「ここ、仕事場だよ?」
「俺たちには、関係ないだろ」
「関係なくないよ……。今からする理由なんて、あるの……?」
雷蔵は、響子と“おでこ”と“おでこ”を付け合わせ微笑みあった。
そして、彼女に優しく語りかけていく。
「理由なんていらないだろ。お互い好きどうしなら」
「んふふ。いらないよね」
耳まで赤く染めた響子は、彼の首に両腕を巻いていった。
やがて、二人の唇が重なり合う。
長めに口づけを堪能したあとに、離れて。雷蔵の口が下に移動していき、白くて細い響子の首筋を這っていった。愛しい彼氏の唇が当たるだけで、彼女は最高の気分に達することができ、たちまち身体中が火照っていった。たまらず吐息を洩らしていく。
「ああ……、ん……」
カッターシャツのボタンを上着の半ばまで外して、白いレース柄のブラジャーを指で撫でて後ろに手を回して、ホックを外した。それから、響子の小さめな胸に手をやったとき、雷蔵はソファーに押し倒された。すると、彼女が上着のボタンをベルトまで外して脱いで、両袖を腰に巻いて結び、白いブラジャーを取って小さめな胸の膨らみを露にさせる。そして最後は、ポニーテールにしていたベージュ色のシュシュを外して、黒髪を肩より下までおろし、手ブラシで“ならして”片目の半分くらいが隠れる形となった。すでに響子の白い肌は、腰まで赤らんでいたのだ。興奮によって、息も小刻みに吐いている。今の状況の響子は、二二歳にしては色気が尋常ではなかった。
雷蔵の上着のボタンを外していきながら、響子が呟いていく。
「今日は、あたしが上になるから」
今日“は”とは?
みずからベージュ色のスラックス生地の膝丈スカートの中に手を入れて、腰骨ラインの白いレース柄のパンツを脱ぎ捨てた。あと、白いソックスも忘れずに脱いで、雷蔵に跨がる格好になって、彼氏の唇を数秒ほど吸ったあとに下がっていき、ベルトを外してジッパーを下げていった。
確か、夕方あたりには、誰かと誰かが仕事場に来てくれると電話を受けたはずだったが、今は“そんなこと”がどうでもいいと思えてしまっているほどに、二人は没頭していたのだ。
3
定時を過ぎて。
瀬川響子に今日は帰りが遅くなるといった内容を伝えたあと、潮干タヱは黒いスマホを黒いワンピースの後ろポケットに仕舞った。今日は事故死や殺人などもなく、検死の作業に追われることもなかったから、新島悟は夕刻の五時で上がることができた。そして、いつの間にか親しくなっていた潮干タヱと、今日の仕事を終えたら自宅の生活必需品を含めた買い出しを手伝ってもらうことが自然と決定していた。
そのときタヱは、ニッコリと笑みを悟に向けて。
「良いですよ。喜んでご協力します」
「ありがとう。助かるよ」
悟もタヱに向けて微笑んだ。
浜の町商店街と長崎駅前の西友で買い物を終えて、ブルーメタリックのワゴンタイプの乗用車の後部座席に荷物と一緒にタヱが乗り込んだのを確認してから、悟は車を自宅へと発進させた。途中、浜の町商店街のデパートで、悟から黒いヘアバンドを買ってもらってプレゼントされた。タヱは稲穂色の瞳を涙で潤ませて、烏賊の触手の両腕で手に取り、頬を赤くしてさっそく猫っ毛をしたブロンドヘアに取りつけた。
やがて、彼の自宅こと賃貸マンションに到着した。
十階建ての、駐車場は別にある建物。
青色の系統で塗装と同色のタイルで装飾された四角い形。
あたしは黒系が好きだけど、悟さんは青系が好きなのね。
タヱは彼の知らなかったところを知れて嬉しくなって微笑んだ。
買い出しの荷物を二人で両手に下げながら、出入口のセキュリティを通過して、エレベーターで階を上がっていき、五階で止まったあとそれを降りて通路を真っ直ぐ行ったところの三つ目の鉄扉に『新島 悟』と書かれた表札があった。ブルーグレーの鉄扉を内側に開けて、タヱは彼の“自宅”に招かれた。意外と広い。2LDKくらいか。板張りの廊下を歩いて、リビングに入り、隣の部屋の台所まで行くと、そこには冷蔵庫とそれに関連した消耗品を置く棚があった。悟の指示を受けながら、冷蔵庫と棚に買い物をした食料品や生活必需品をなおしていき、次は台所を出て、洗濯機と浴室とトイレに残りの必需品を二人で一緒に補充していった。彼の住むマンションのリビングには、テーブルやソファーが見当たらない。あるのは、広めのお膳と座布団、シルバーに塗装された長四角い棚の上に乗る二四型の液晶テレビ、二つの黒いスピーカー、そして最後は、エレキギターが数本ほど確認できた。しかし、この壁は。
お膳に生ビール缶を置いて、二人で座布団に胡座をかいてひと休みしていた中で、先ほど目にした数本ほどのエレキギターの中にタヱの印象に残ったエレキギターが二本あった。ダークブルーメタリックのとマリンブルーメタリックの二本。液晶テレビを背にして胡座をかいていたタヱが、悟を向いて話していく。
「ギターを弾いているんですね」
「ああ。下手の横好きでだけどね」
「リビングで演奏するんですか?」
「ここでも弾くけど、今、君が座っているところの壁の向こうに専用の部屋を作ってあるんだ。だいたいは“そこ”で弾いているよ」
「もちろん、防音はされていますよね」
「しているよ」
「本格的ですね!」
とたんに顔つきが明るくなった。
これに対して、悟は不思議そうな顔つきになる。
「その君の食い付きがいまいちよく分からないけど。タヱさんも、なにか趣味というかハマっていることがあるのかな」
「私は、遊びでなら姉とよくオンラインゲームをしていました」
「意外だなあ」
「それ、よく言われます」
「あはは。あとは、なにか?」
「ワードとエクセルを同じ町の人から教えてもらって、市内で書類製作やチラシ製作のアルバイトをしたことがありました。最近は、CADを勉強しています」
「感心するなあ。俺は書類作るの苦手だから、羨ましい」
「私だって、ギターが弾ける人羨ましいと思っています」
「君も弾きたいのかい」
「はい」
ちょっと悲しげな顔で笑みを浮かべたタヱを数秒ほど見つめたのち、悟は微笑んで語り出す。
「いつか弾けるようになるよ」
「もし、そうなったら、私は悟さんと一緒に演奏したい」
「大丈夫。きっとそうなる。ーーー実は言うと。俺には、君の本来の姿が見えていることがあるんだ。今の両腕ではなくて、人としての両腕のあるタヱさんの姿がね」
「え? 私に? “これ”じゃなくて? 人の?」
両腕の触手の先端部を顔の位置まで上げて、驚きを見せた。
これに悟は。
「うん」
と、自信あり気に頷きを見せる。
タヱは自身の触手の先端部をまじまじと見ながら。
「へえー。“これ”も、いろいろと良く働いてくれていると思っていたんですが。私も、そんな贅沢な希望を持ってもいいんですか?」
「良いと思うよ」
それから、悟から二品料理を作ってもらったお礼に、タヱも腕をふるって一品の料理を提供した。触手の先端部を器用に丸めたり細めたりして、調理器具を扱ってみせたり、食材を刻んでみせたりしたのだ。悟は終始感心しっぱなし。そして、食事を終えて生ビール缶を計三つほど空けたときは、窓からの景色は青黒くなって建物の電気が地上に星空を描いていたくらい、夜の時間を迎えていた。タヱは意外にもお酒に強かったらしく、三五〇の生ビール缶を三つ空けても“けろっと”していた。これは、陰洲鱒の血…………いや、“彼女”の場合は違っていたか。
俺はさすがに少し酔い出したのに、タヱさんときたら、意外すぎるなあと、正直驚きを見せていた。このような悟の気持ちを知ってか知らずか、タヱは二人で一緒に洗い物をして片付けて再びお膳を挟んで座ってくつろいでいた。悟は壁に背を預けて片膝を立てて、タヱは今度は座布団に横座りになってという各々のかたちで。陰洲鱒町の猫っ毛をしたブロンドヘアの彼女が、何度目かであろうか、彼の各部屋各所に目を配ったあとに、次はお膳に身を乗り出して、眉毛のない猫のような稲穂色の瞳を興味津々に見開いて、壁でひと休みしている彼に言葉をかけていった。
「ねえ、悟さん。どうして、その、私をあなたの家に入れてくれたんですか?ーーー今さらですが。私、ここまでされたことが、本当に嬉しくて」
「君に俺の全てを知ってほしいと思ったからだよ」
彼女の疑問を、笑顔で返した悟。
そんな彼の表裏のない答えに、タヱはみるみる大きな瞳を潤ませていき、口を強く結んで、なにかを決心していったようだ。そして、お膳から身を離してスクッと元気よく立ち上がり、ワンピースの腰に巻いていた黒い紐をほどいていきながら、今の気持ちを声に出していく。
「あ、あの。私も、私も。悟さんに私の全てを知ってほしいと思って。こんなかたちでしか今はできないけれど、私もあなたに知ってほしいんです!」
頬を真っ赤にして、背中のジッパーを下ろし、黒いワンピースを足下に落として現れたその身体は、黒いレース柄のブラジャーと腰骨ラインのパンツを着けているものの、以前のタヱの体型からは考えられないくらい明らかに細くなっていて、白い肌に黒い上下の下着が映えていた。元々が鍛え上げた筋肉痛な面がある体つきなため、胸回りと腰回りとには肉は若干残っているが、“くびれ”も含めて胸から腰にかけて繋がるラインが適度に緩やかになっており、スレンダーではないが細身に変化していた。そしてなんといっても、丸みのあった頬の肉は落ちて、ややシャープな輪郭になり、ギョロっとしていた目もとは落ち着きを持ちはじめた感じになって、全体がボサボサな印象だった猫っ毛のブロンドヘアはボリュームダウンしていた上に、七三の分け目が生じていた。ただ、陰洲鱒町民特有の鈍色の尖った歯はそのままだった。全体像として、潮干タヱはバージョンアップしていた感じである。
そんな行動に呆気にとられていた悟を目にしながらも、タヱはさらに黒い上下の下着を脱いで、ついに白い裸を彼の目に晒した。触手の両腕と身体の継ぎ目などはなく、肩から鎖骨にかけてなだらかな線を描いていた。
「よく見てください、悟さん。これが私です。ーーー私は、“これ”が生えたときから、あんまり悩むことがなくなったんです。キーボードも打てる、服も着れる、書ける、料理も作れる、姉とゲームして遊べるようになったし、母さんと姉と父さんを抱っこするもできた。私は“これ”に対して不便に思ったことはありません」
「そうか。俺は、君のそういうところも含めて、素敵だと思ったよ」
「だから、だからね! 悟さんに、この先の私を知ってほしいと思って。ーーー私を、私を抱いてください!」
そう駆け寄ってきて、彼の首に両腕を巻いて抱きついた。
悟の耳元で、彼女の軽くすすり泣く声を聞く。
「私、嬉しいんです……」
と、感動している涙声を耳にしたとき、タヱの身体に両腕を巻いて抱きしめた。そして、その身を畳に寝かせていく。
そんな中、悟は小声で。
「タヱさん。本当にいいのか?」
「あなたと初対面のとき、視聴覚室で言いましたよね。私、こう見えても男の人と経験があるんですよ。だから、ここからは悟さんに任せます」
「分かったよ。君がそう言うなら、任せてもらうよ。ーーーでも、ここは全体を防音にしていないから、お隣さんに聞こえてしまうこともあるんだ」
「じゃ、じゃあ。私、なるべく声をあげないように頑張りますね」
そうしてタヱと悟は、お互いに重なり合っていった。
4
悟と身体と心を交えていくタヱは、美しかった。
肩と太腿と肋のあたりから、虹色の光りを放って電灯をキラキラと反射して輝いていた。白く細めな身体中を桜色に染めて、張りのある胸の膨らみの形にそって吹き出した汗が流れ落ちていく。やがて、悟の首に巻いた触手の両腕と鍛え上げた腰に巻いた白い両脚に力を込めて、桜色に頬を染めたタヱは鈍色の尖った歯を食いしばっていき、最後はたまらず声を洩らした。
「んん……っ! くあ……! 悟、さ……あん……!」
そして一度目を終えたあと、タヱは座布団を敷いて裸のままうつ伏せになって、両肘を突いて面を上げている格好をしていた。悟も横に寝て片肘を突いて頭を支えて、うつ伏せ寝の彼女を見つめている姿になっていた。触手の先端部で“手交ぜ”をしながら、余韻に浸っていたタヱが、自身を見つめてくれている彼に話しかけていく。
「悟さん、大切な人っていますか?」
「いるよ」
「…………え?」
これを聞いて、一回やったあとだぞオイ、といった顔色になる。この反応を知ってか知らずか、悟は構わずに言葉を続けていった。
「父親と母親。そして、妹の光。君も見ただろ? 俺の妹が署に挨拶にきたところ」
「あの、可愛くて綺麗な人ですね。あの娘、悟さんの妹さんだったんですね」
「そうそう。ちょっと俺より背が低いのも特徴だ」
「いやいや。悟さんって、百九〇……ある、から……。妹さん、私よりデカい……」
遠目では長身には感じなかったが、直に聞いてみたら驚愕もの。
さらに悟は、言葉を続けてきた。
「あとひとりいるよ」
「だ、誰、ですか?」
「眉毛がなくて、目の色が薄くて」
「ん?」
「歯が全部尖ってて、髪の毛の色が薄くて」
「んん……?」
「黒が好きで、変わった腕を持っている君だよ」
「え!? ええーっ! ちち、ちょっとタンマタンマ!」
とりあえず座布団で胸元を隠して、畳にペタンコ座りになった。
そう言い切った悟も、恥ずかしさに頬が赤くなっていた。
タヱは顔中を真っ赤にして、目線を外して彼に聞いていく。
「あの……。私、今のこの気持ち、どうすればいいですか?」
「今度は、君に任せるよ」
そう微笑んで胡座をかいた悟を見て、タヱは再び抱きついた。
「私も、私も、あなたのことを大切な人だと思っています」
正直な気持ちを伝えて、彼と口づけをする。
今のタヱの唇は、リップを引いているかのように艶やか。
長めの時間を堪能したあと、お互いの唇をはなした。
両腕の触手を悟の首に巻いて、再び語りかけていく。
「榊さんと響子さんには、帰りが遅くなりますと伝えています。だから、もう少し楽しみましょう」
「タヱさん。君は、けっこう積極的な人だったんだね」
「私、積極的だなんて言われたの、初めてです」
「俺も、こんなに積極的になれたのは初めてだよ」
「嬉しい。私、今日の時間が許す限り、悟さんとしたいんです」
「よし。じゃあ、次は寝室に行こう」
そう言って、タヱと“手”を繋いで次の部屋へと向かった。
5
場所は戻って、榊探偵事務所の所内。
同日の夕方過ぎ。
時間的に、夜も近いか。
潮干タヱが、新島悟の住む賃貸マンションへと行っていたとき。
白いアクリル板のテーブルを四つのビリジアングリーンのソファーが囲っている部屋で、所長の榊雷蔵と従業員の瀬川響子が身体と心を交わしていた。ソファーで仰向けになっている雷蔵から、細い両手首を掴まれた状態で跨がっていた響子は、とうとう下からの衝撃に堪えかねて、全身を力ませ、一旦拳を開いたあとすぐに今度は力強く拳を握りしめ、太腿で彼の腰をギュッと挟んだ。声をあげないように頑張っていたが、愛しい雷蔵との行為にたまらず彼の名を小さく叫んでしまう。
「っ……んん! 雷……、蔵……!」
そして、力が抜けて、彼の鍛え上げた胸元へと倒れ込んだ。
この余韻は、二人にとって幸福な時間であった。
浸っていたときに、ノックする音を聞いたかもしれない。
しかし、今の雷蔵と響子にはお互いのこの時間が重要だった。
「響子さーん! 雷蔵くん! お待たせ!」
「お二人とも、お疲れさまです!」
勢いよく事務所の扉を開けて、虎縞福子と磯野マキがニッコニコな笑顔で登場してきた。そして、福子はおつまみの袋と純米酒の一升瓶を片手に、マキは焼酎の一升瓶を片手に、上機嫌そのもので所内に入ってくるなり、二人は声を合わせて雷蔵と響子へと呼びかけていく。
「差し入れ、お持ちしまし…………たあ!!」
「きゃあ!!」
「うわあ!!」
人魚の虎縞福子と人魚と人との合の子の磯野マキ、ソファーでいまだに騎乗で繋がっていた雷蔵と響子の姿を目撃。愛の行為を見られてしまった、相思相愛な護衛人カップルは、上から順に悲鳴をあげた。慎重に彼から降りた響子は、真っ赤な顔で腰に結んでいた上着を解いて、慌てて羽織った。雷蔵も、乗っていた彼女を慎重に降ろしたあとに、慌ててトランクスを穿いて上着を羽織っていく。そんな二人の焦っている行動を見ていた福子とマキ。女二人は頬を赤くして、口もとを上品に指先で隠した。
思わず口を滑らせてしまった福子。
「お二人さん。“本当に、お疲れさま”だったようで」
「わたくしと福子さん、夕方過ぎに差し入れお持ちしますって連絡していましたよね?」
マキも乗ってきた。ちょっと怒っているのか?
着衣がまだまだな雷蔵と響子へ向けて、福子が声をかける。
このとき、彼女の生まれだろうか。
関西の訛りが出てきた。
「どちらが先に、まずシャワー浴びてきたらどうです?」
「そ、そうします」
スラックスのズボンを穿きながら、雷蔵は返事した。
この着衣をし直していく事務所の男女の姿を、意外にもしっかりと見ていたマキが、口を滑らした。
「響子さんの胸、小さくて可愛いけど、意外にも張りが……」
「やめんか!」
福子から口を手で塞がれた。
「痛あ……」と呟いて、上体を折る。
再び上体を起こすと、マキは今度は。
「そういえば、雷蔵くんのって、けっこう……」
「それ以上はアカンて」
次は両目を福子から塞がれた。
「ちょっと、叩くのやめてくださる?」
と、痛がりながらマキが不満を訴えていく。
そんな仲間を無視して、福子は雷蔵と響子に促す。
「一緒でもいいから、早よ浴びてきーや」
この四人のやり取りでも、数分とは経っていなかった。
なので、早々と次の来客を招き入れてしまうこととなる。
「来ちゃった」
呼んでいない女。
龍宮紅子の登場だった。




