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三人の娘の行方

 四人の美しい妻たちとの話は、これで終わります。次回からは、潮干タヱや浜辺亜沙里などが再登場します。


 1


 場が落ち着いたところで、榊雷蔵はもうひとつの事を話し出す。

「俺が皆さんに時間をとって集まってもらったのは、有馬鱗子さんの他にあとひとつ重要なことをお伝えしたいと思っていたので。今から話します」

 なんだか、やたらとかしこまった好青年に、リエたち四人は嬉しそうにドキドキしだした。

「なになに? あなたたちの関係が進展したとか?」

「ああ、もう。オバサン緊張しちゃうなあ」

「二人の結婚発表かしら? あたしドキドキしてる」

「雷蔵くんと響子ちゃん。プ、プロポーズとかしたの?」

 すると、雷蔵と響子ともに含み笑いになったのだ。

 今度は、お互いを肘で軽く小突いたあとに、雷蔵から。

「プロポーズ、ですか? “それっぽい”ものなら、もう済ませてありますよ。護衛人は基本的に男女の相棒関係です。お互いの固定が決まったら、変更することはないですね。ーーー俺は響子以外の相手は考えられないです」

「あたしも、雷蔵以外の相手は考えられないです」

 コイツらは、本当にもう……!といった感じで、美人ママさん四人は頬を赤く染めた。榊雷蔵と瀬川響子、この二人の揺らぎのない意思は大したものである。そして最後には、お互い顔を見合せてニッコリ笑う。それから再び、リエたち四人に向き直る。

「その、あとひとつ重要なことなんですが」

「ああ、そうだったわ。ごめんね。オバサンたち調子に乗っちゃった……」

 なんだか謝罪しなくてはいけない気になったママさん四人。

 赤面しながらリエが代表して謝った。

 雷蔵は気遣う。

「いいえ、構いません。ーーーまずは、結論から言います。黄肌潮さんの娘の有子さんと、海淵海馬さんの娘の真海まみさん。この二人、死んでいない可能性が出てきたんですよ」

「ええ。変な希望は持たせないほうが良いかとは思ったんですが。昔の新聞記事や週刊誌、あとは当時の目撃者を探して聞いた上でのことから、これは、娘さんたちを生贄にされたリエさんたちに必ずお話ししないといけない。そう雷蔵と話し合って判断しました」

 この二人の言葉に、母親四人はたちまち顔色が変わり、瞳を潤ませていった。そして、うしお海馬みまはたまらず言葉を吐き出した。

「え……! ゆ、有子が生きて……いる……?」

「真海が、真海が生きているの……?」

 もう、泣き出しそうな女二人だった。

 雷蔵が手元の資料をめくって話し出す。

 響子も連携していく。

「その理由というのがですね。一昨年と五年前に、日本を出航した小型の輸送船が太平洋沖で難破して、乗組員が全員死亡している姿が確認されています。乗組員は全て男性。しかし、出航するときに乗組員たちが若い女性ひとりを船に連れ込む様子を目撃されていました。一昨年は、黒髪で巻き毛の女性。五年前は、金髪というかブロンドの女性。どちらも身長が目測で百八〇センチくらいだったとの証言を確認できました」

「奇妙なことに、乗組員の男性たちは全員死亡していたのに、船に連れ込まれた若い女性二人の遺体は確認すらされていないんですよ。小型でも輸送船なので、けっこう大きい船なんですが。それがなぜ難破してしまったのか、原因は分からずじまいなんです」

「そうなんです。この、連れ込まれた女性二人の特徴というのが、真海さんと有子さんとほぼ一致してしまうんですね。でも、今のところ遺体が確認されていないだけで、正直生きているとまでは言えないです」

「乗組員たちが全員死んでしまった以上は当事者から証言は取れないですが、目撃されていたことと当時の記事が食い違っているんですよ。一昨年と五年前に同じ型の船に若い女性がそれぞれ二人連れ込まれるのを目撃されたのに、難破して死んだのはなぜか乗組員の男性たちのみ。おかしいんですよ、これ」

「若い女性二人の目撃証言はあるのに、記事になったのは乗組員の男性たちの死亡のみ。はじめっから、これ、若い女性二人は“いない者”とされてしまっています。最悪の場合、虹色の鱗の娘たちは“物”として扱われていたということになりますね。ーーームカつくなあ……」

「あたし、海馬さんと潮さんの娘さんたちの写真を拝見しました。本当に綺麗で可愛い女の子たちですね。なんで、どうしてこんなに可愛い女の子たちが酷い目にあっているんですか? いったい誰が指揮をとっているんです? 生贄を調べれば調べるほどに、やった奴が許せない」

 怒りを隠しきれなくなってきた雷蔵と響子。

 この若い二人の気持ちに、リエたち四人は嬉しくないわけではなく。それぞれが涙を浮かべて、リエが代表してかすれた声を絞り出していった。

「ありがとう……。あなたたちのその気持ちで、私たちは救われるわ。ありがとう、ございます……」

 そして、女四人は深く頭を下げた。

 雷蔵と響子も礼をして返した。

 それから雷蔵が資料を再びめくって、今度はテーブルに置いてリエたち四人にも見せていく。

「今回、リモートやアポ取ってまわって聞いたけっか、生贄というか虹色の鱗の娘という名の人身売買の首謀者が磯野フナといった小柄な老婆が共通して上がりました。“彼女”は人魚だそうですね。なので、五ヶ月前に俺の家に来てもらった福子さんから、世界に生息している人魚の数を妖気で探ってもらいました。それがこの図です」

 テーブルの半分ほどのサイズの大きな世界地図に、赤色と緑色のマーカーで書かれたゼブラーゾーンと数字を指し示していった。話しを聞いた浜辺銀は、福子の協力した方法に驚いたようだ。

「え? 福子、妖気とかあれ、妖術を使えるの? マジ?」

「はい。俺と響子が、最近増えた若い人魚の数を探ってくださいとお願いしたら、福子さんは快く、お安いご用ですよと言って協力してくれました」

「凄いわね、彼女」

「あとは、磯野マキさんにも来てもらって、福子さんと同じように数を探ってもらいました。彼女たち二人のを照らし合わせてまとめたのが、この図なんです」

 範囲と数には相違はあるものの、それは微小の誤差であった。ゼブラーゾーンはほぼほぼ重なって、赤黒い線で「最近」増えた若い人魚の生息範囲を示していた。数字にいたってもほとんどは同じ数を記載しており、差異などは、福子とマキとの妖気を扱う種類の得意不得意の差ていどである。だいたいの若い人魚の数は、万単位で増えていた。それは当然で、世界各地に生息しているものと各地で国籍を得て生活しているものとを合わせたら、その万単位の数になる。

「赤色は福子さんから書いてもらった分で。緑色のはマキさんに書いてもらった分です。若い人魚の数だけでも、個体数は少ないとはいえ万単位で増えているんです。磯野フナはどれだけの数を望んでいたのか知りませんし、知りたくもない。しかし、この数はじゅうぶんだと思っています。妖気で探ってくれた福子さんもマキさんも、近年は、不自然な減り方はしていないまたは極端に少ないと言っていました。美食家や悪趣味たちによる乱獲は落ち着いていたみたいですね」

「最初は青色のマーカーでお願いしますと雷蔵が渡そうとしたら、マキさん、わたくしは緑色がいいですってちょっとねた感じで言ってかえてもらっていたところ、すごく可愛かったですよ」

 響子が嬉しそうにそのときの状況を語っていた。

「福子さんは福子さんで、チリレッドはありませんか?と雷蔵に聞いたら、コイツったら、ありませんと力強く断言したんですよ。そしたら福子さん、物凄い目付きで雷蔵を睨み付けていたの。可愛かった」

「ええ! なにそれなにそれ。あたしも見たかったなあ」

「ずるいなあ。私たちに見せてくれない可愛さじゃない」

「マーカーの色にこだわるとこ、可愛いなあ」

「私も見たかった……」

 二人の人魚のこだわりと状況を知った途端、四人の美人ママたちは一斉に羨ましがっていった。雷蔵と響子だけに見せた福子とマキの可愛さを、見られなかった恨めしさが爆発した……のだろうか。雷蔵が追い討ちをかけてきた。

「後日、福子さんとマキさんと一緒にきてもらって、時間を置いたあとのチェックをしてくれたときに、響子を二人の間に挟んで作業してくれましたよ」

「あたしそのときは、物凄く緊張しちゃって。ーーーあ。二人から頬っぺたグリグリされたり。ツインテールにされたり、三つ編みにされたり、ハーフアップにされたり。だから、あたしもやり返してやりましたよ」

 数秒の空白ののちに、海淵海馬うみふち みまから切り出してきた。

「え? なになに? 二人とも響子ちゃんと遊びにきたの? てか、めちゃめちゃ可愛がっているじゃない。もうそれ、二人の妹だよ、響子ちゃん」

「それさ、もう、二人とも響子ちゃん目当てで来てない?」

「福子とマキちゃん、仲良しすぎない?」

「いいなあ。可愛いなあ。その、やり返してやりましたってさ、なにをやり返してやったのか、あたしたちに教えてもらえないかな」

 黄肌潮の問いかけに、響子は答えていった。

「二人の髪の毛をブラッシングしてから、ツインテールにしたり、三つ編みにしたり、ハーフアップにしたり。マキさん髪が長いから、ツーサイドアップにしました。可愛かったですよ」

「雷蔵君の家で女子会してんじゃん」

「ほんと。それ女子会だよ」

「ねえねえ。今度は、あたしも呼んでよ」

「それ、私も参加したいんだけど」



 2


「まあ、その若い人魚の個体数なんですけどね」

 榊雷蔵が、無理やり舵を切ってきた。

 もうすでに、この場が女子会も同然なわけで。

 君さあ、じぶんから話題振っておいてそれはないんじゃない?といった顔になったリエたち四人。響子はというと、隣の彼を肘で軽く小突いただけ。いったいなんの意味の小突きだったのかは、不明なままで進行していく。

「人魚どうしの独自のネットワークがあれば、この個体数は磯野フナはすでに知っているはずですよ。謎の突風で一度は破壊された“やぐら”を再建して以後は、資料を見る限り、虹色の鱗の娘を毎年生贄にといった執着がないんですね。ーーーはっきり言ってしまえば、雑。そして鱗の娘たちを“買い取って”いた太い客たちも飽きていたのだろうと思います。鱗子さんの脱出以降は、五年前の有子さん、一昨年の真海さん、そして昨年のミドリさん。これに関しては、明らかに鱗子さんの脱出に関わったリエさんたちを標的にした、個人的な復讐にしか思えないんです。ーーー聞いた話しだと、磯野フナの太い客の中には中央情報局がいます。俺たちも、その自称CIAの連中と戦闘しました。ひとりは、魔女。もうひとりは、アフロヘアの功夫クンフー使い。あとひとりは……、ただ居ただけだったなあ……。なあ、響子。あの白いの、なにしに来てたんだっけ?」

「なにしにって……。あの白いの、ニーナさんがバックでぶつけた勢いで、車内で気絶してしまったけれど。みなもの話しだと、二丁拳銃持っていたんだって」

「ヤバいなあ。なんで“そんなの”がCIAにいるんだよ」

「あたしに言われても分からないわよ」

「俺、署で三姉弟を見たとき、なんでチョコレート工場の奴がいるんだよと思ったぞ」

「白いの、ジョニーって名乗ってたじゃん。あれ絶対ウォンカだと思ってたのよ」

「あいつ、二丁拳銃より板チョコ投げるほうが似合うよな」

「本当、なにしにきたの? 白いの」

「まあ、いいや。ーーーその太い客のCIAも、鱗の娘たちに対して執着が落ち着いていたようです。ここでも、陰洲鱒の娘たちの扱いが酷かったですね。様々な実験や解剖や検査、もちろんこれは人道的に大いに外れた行為で続けていたようです。完全に彼女たちを“物”としてしか見てなくて、話すたびに腹が立ってきます」

 この情報量に、リエたち四人はやっぱりという顔になったあとに、悲しげな表情を浮かべた。正直、もうこれ以上は聞きたくはなかった。聞きたくはなかったが、気になっていたことがある。

 浜辺銀はまべ しろがねは問うていく。

「あたしたちの娘が標的にされたのは分かったわ。その情報、どうやって仕入れたのかが気になって。ていうかさ、雷蔵君と響子ちゃんが闘ったその三人って、本当にCIA職員? めちゃくちゃ怪しくない? マンガすぎでしょ」

「ああ、それね。雷蔵と一緒に街を歩いていたら、なんか後ろから怪しい二人がつきまとっていたんで、尾行をまいて今度は、あたしと雷蔵が後ろについて追い詰めて締め上げてやったら身分証を見せてくれたんで、二人で確かめたら中央情報局の人だったんですよ。暴力は好かないから話してしまいなさいと言ったら、ペラペラと話してくれたんです」

「え? 締め上げたんでしょ? それで暴力は好かないっておかしくない? ねえ、響子ちゃん雷蔵くん。おかしくない?」

「んー? 威嚇?」

「威嚇ってあなた……。もう、可愛いん」

 響子から骨抜きされつつある浜辺銀。

 潮干リエが続けてきた。

「ねえ、それ。私たちが知るCIAと違いすぎない? なんで魔女やアフロヘアやウォンカがいるのよ? え? 私たちの町の娘たちを、あのフナ婆さんはハロウィンの仮装行列の御一行に売りさばいていたわけなの? わけ分かんないんだけど。てかさ、中央情報局もずいぶん様変わりしたのね。ーーーあー。私も腹が立ってきた」

「あたしもだよ」

「私もだよ。なにしてんの、アメリカ」

「あたしもよ。リエ」


「俺は正直、CIAがあれで引いたとは思えないです」

「あたしも雷蔵と同じだよ」

 隣の彼に相づちを打ったあとに、響子は続けてきた。

「その三人姉弟と初対面したタヱちゃんから聞きました。アメリカ合衆国が陰洲鱒町の金脈を狙っているそうですね。これに関して、あたしから言わせてもらうと。鉱脈は町長の摩周安兵衛さんのでしょうと。女の子たちをさんざん“物”扱いした次は、町の金脈ですかと。どれだけ欲深いんですかと」

「響子ちゃん。怒ってる……?」

「はい。怒ってますよ」

 心配してきた黄肌潮に、響子は正直に気持ちを答えた。

「ありがとうね、響子ちゃん」

 微笑んだ黄肌潮へと響子は頷いて返す。

 隣の雷蔵がポニーテールの彼女の肩を優しく撫でた。

 そして、言葉を出していく。

「今回、いろいろ調べてみて、俺と響子の闘う相手はCIAどころかアメリカになりそうだなと思って腹をくくっています。いつも命がけですが、今回ばかりは桁が違いすぎる。仮にあなたたちを護衛できたとしても、俺たち二人はいなくなる可能性が高いです。相手は軍を率いて島に町に上陸することが予想されて、制圧したあとは金脈を所有したがるはずですよ。アイツらの本命は、多分、金脈です。リエさんたちが経験された、東京大空襲なみのまたはそれ以上の爆撃は平気でしてくるでしょう。なにせ、アメリカですから」

 響子の肩を、力強く掴んだ。

「俺はまだ、こいつと知り合ってたった三年ですよ。正直に言うと、まだ長く一緒にいたかったですね」

「あたしも、もうちょっと長くあんたと一緒にいたかった」

 真っ直ぐ、隣の雷蔵を見て言った。

 こういうことに、リエたち四人は弱かったらしく。

 無言で各々が指で出かかった涙を拭っていった。



 3


「まあそういうことで。うしおさんと海馬みまさん、あとリエさんの娘さんたちには、あるていどの生きている希望は可能性としてあることが分かったわけです」

「ちょっと雷蔵君。どういうことでそういうことなのよ。ていうか、娘が生きている可能性があるってマジ?」

「ええ。俺はそう思います」

「そう思う理由は、なんなの?」

「まずは、紅子さんの目撃したところだとミドリさんの瞳が虹色の光りを放ったとあるので、リエさんたちの話を聞いたことも合わせたら、みずからの意思を持ってからはじめて発動するのではないかと俺は考えます」

「あ、あら……、よく話を聞いてくれていたのね。ーーー確かに、それ。私たち陰洲鱒の女は、ここで力を使うと意思を持った場合のみ瞳が光るの。初見殺しの技も、それ以外の技も、強い意思から発動するようになっているのよ」

「そうです。それを踏まえた上で、ミドリさんは消えたというよりも透明化したと考えたほうが自然だと思ったんですよ。それなら、リエさんも透明化できる力を持っているんじゃないかと。俺は見たことないですが」

 この雷蔵の言葉を聞いたとき、リエの表情が止まった。

「気になっていたことがあったんです。陰洲鱒の女の人たちで、瞳を光らせるときの使う技ってだいたいは殺意を前提にしてのときじゃないですか。一撃必殺です。これは正直、俺でも難しい技です。一撃必殺は生半可な気持ちではできないし、強い意思を持ってでもしても、一撃で相手を仕留めることは今の俺ではできないです。ーーーそれとは別に、瞳を光らせて透明化することができるというのは、よっぽど特殊ではないとできる技じゃない。まず、人では無理です」

「あ、あのね……、雷蔵くん……」

「これをできる者は、俺と響子の経験上、妖術または魔術を使う者。妖怪や魔物などの異形の者。そして、神。ーーー以上のことを踏まえたら、仮に人でも使えることができる場合は、その血を半分でも受け継いでいる者になるんですよ。なので、消去法でいくと。リエさんの経歴と話を聞いていた上で、あなたの性格からして小細工は好きではなさそう、だから妖怪や魔術を使う柄じゃない」

「え? なにその消去法の理由。面白いんだけど。ーーーい、いやだなあー。私だって忘年会や新年会で余興で手品することくらいあるわよ」

「それとこれとは別です」

「うぐぐ……」

「次は、妖怪や魔物などの類いですが。これはハッキリ言えます。俺も響子も、リエさんからは妖怪や霊気などはひとつも感じていないですね。というか、“そういうもの”が初めからないんです」

「私、百年以上も生きているから、妖怪っちゃ妖怪だよ」

 そして、隣の女二人と浜辺銀が一斉にリエへと瞳を流した。

 その妖怪って、あたしたちも入るのかよと。

 両サイドからの強い視線に、ビクッとなるリエ。

 両側に向けて笑顔で手を振ってごまかす。

 そして正面に向き直ったとき、雷蔵が話を続けてきた。

「あと残ったひとつ。あなたは、もしかしたら人の姿を借りた神なのではないかと。どうして俺がそれを選択肢に入れているかと言うと。ーーーなんでもかんでも特異体質で済ませていませんか? 例えば、肉体の再生。他者の傷を治癒させたり。原因不明な自然現象を起こすことができたり。あとは、ときどき変なことを口走ったり。ーーーそして、つい数日前に教団に監禁されていた女神ハイドラが、リエさんの娘のミドリさんの姿を借りて脱出して行方をくらませているんです。“彼女”はミドリさんの姿で、すでに数人の民間人を殺害しているんですよ。神であれば、人の姿を借りることくらい雑作もないでしょう。その神の力をどう使うのかはその神様自身です。基本的に神は気まぐれなんで、その場そのときだろうなんだと。ーーーだから、女神ハイドラが人を殺害してまわる方向に力を使っているのに対して、リエさん、あなたは人としての生活を送って二人の娘さんを産んで育てて。このように仲間や友達がいて。あまりにも人として溶け込んでいるのです」

 雷蔵の独自の推測に、だんだんと顔を強ばらせていったリエだったが、最後らへんに出てきた女神ハイドラの名に驚きに変わった。

「へ? ハイドラちゃん? あの、カルト教団に監禁なんかされていたの? 旦那と一緒だと思っていたのに……」

 こうまるで親しい友人みたいな口ぶりで口走ったのちに、今度は嫌悪感をあらわした顔つきに変わり、歯を剥いた。

「勝手にミドリの姿で殺しまわるって、最っっ低!」

 と、言い切ったとき、リエは周りの視線にハッと気づいた。

 しどろもどろになり、はぎれが悪くなる。

「あ、いや、これは、その、あの、あのね……私……」

 そして、諦めたのか、肩から力を抜いて軽い溜め息をついた。

「凄いなあ……、雷蔵くん……。私を“けなす”どころか、褒めるんだもの……。泣きそうになっちゃった」

 そう最後に雷蔵へと笑顔を向けた。

 リエは後ろ頭を掻いていく。

「今の今までいろんな言い訳してきたけれど、もう、隠し通せるのは限界かなー」

 両隣の浜辺銀と黄肌潮の手を優しく握りしめた。

「私も人の姿を借りているんだよ。だけどね。この格好は誰のものでもないんだ。“家”を出てきて、人の赤ちゃんの姿で浜に打ち上げられて安兵衛さんに拾われてホオズキさんと一緒育ててくれて、その成長したのが今の私の姿なんだ」

「リエって家出娘だったの?」

「ん? 出るまでは箱入り娘だったよ」

 隣のソバージュ美人に笑顔を向けて返した。

 次は、反対側の黄肌潮と海淵海馬に微笑みを向ける。

「深い深い海の底にある、ルルイエって家でお父さんと一緒に住んでいてね。私、箱入りのままじゃ駄目になると思って一大決心してしおの流れに任せて出てきたところが、あなたたちの住む陰洲鱒町だったのよ」

「まあ、あなたがそう言うなら、本当のことだと私は思うわ」

 海淵海馬が腕を伸ばしてきて、手の甲でリエの頬を優しく撫で下ろした。そして、思い出したかのように言葉を続けていく。

「確か、旧姓は宮帝螺みやていらって言ってよね」

「懐かしいなあ。私、前の名前が長かったのに、短く感じているよ」

「雷蔵くん。リエの前の名前はね、宮大工の宮とみかど螺鈿らでんの一番目の文字を組み合わせて、宮帝螺みやていらて書くのよ。戦時中の東京にいたころはね、名前のおかげで宮家の人に間違われていたんだよ」

「説明するのが大変だったよ」

「リエ、あのね。私も黙ってたんだけど」

「なになに?」

「あなたの旧姓がずっと気になっていたから、いろいろと情報ツールが充実した最近になって調べてみたのよ。そうしたらね。現代文明の利器や書類では一件もヒットしなくてね、原点に還る意味で陰洲鱒町にある神社に行って町の文献を、というか古文書を神主さんに断わって借りて読んでみたらね。ーーーなにがあったと思う?」

「私の家系図……なんてね」

「それ! 当たり!」

「ぶっっ!」

 直後、咳き込んでいく。

 隣の浜辺銀から背中をさすられていった。

 上体を起こして、海馬みまに向き直る。

「はああ? 本当に?」

「本当に本当だよ。文献には、宮帝螺みやていらて書いて宮帝螺クテイラって片仮名でフリガナが書いてあったの。そして、父親にあたる名前が、宮崇龍クスルとあったんだよ。あとは、家の名前が留龍家ルルイエ。ーーーこれらを見たとき、私、びっくりしちゃってさ。あなたが言っていた特異体質ってのが理解できちゃった」

「そこまでされていたなら、本当にもう、あなたたちに隠す必要ないよね。でもね。こんなことって、自慢することでもないし、知った人だけ知っていてくれれば良いと私は思っているよ」

 そう言って腕を伸ばし、海馬の頬を手の甲で優しく撫でた。

 たまらず、瀬川響子が割り込んできた。

「あたし、こんなに綺麗で可愛い神様って素敵だと思います」

「あら? 響子ちゃん、ありがとうね」

「いいえ、どういたしまして。ーーーあたし、皆さんのこと好きになっちゃった」

 と言って、隣の雷蔵を肘で軽く小突いた。

 すると。

「あらー。私たちもあなたのことが好きになったのよ。ーーーてか、あなたたち二人、さっきから人前でイチャつくのいい加減にやめてくんない?」

「もうさ。二人ともさっきからお互いを小突いてて、イチャイチャが半端ないわけよ。見ているこっちが恥ずかしくなっちゃうんだけど」

「見ていて、オバサンたち恥ずかしいんだよ。知り合って三年も経ってていまだに新婚気分てのも、ある意味感心するけどさ」

「私も帰ったら海蔵うみぞうさんとイチャつきたいんだよ。でも我慢しているんだからね? そうやって見せつけられている人の気持ち考えたことある?」

 目の前の女四人に火が付いた。

「私も早く舷吾朗げんごろうさんとイチャイチャしたいのよ? 可愛いイチャつき見ていて我慢するのって辛いんだから。ねえ、オバサンも間に入ってあなたたちを可愛がっていい?」

「未亡人のあたしにただ見ていろってのこくだよ? 響子ちゃんたちをハグしていい?」

「オバサンも早く旦那とイチャイチャしたいんだけどさ。我慢してんのよ我慢。どうしてくれんの? そこに行って二人とイチャついてもいい?」

「可愛いイチャつき見ていたら、そろそろ限界なんだけど。ねえ、オバサンも仲間に入れてくれないかな?」



 4


「俺たちの間に入りたいんですか? 良いですよ」

「え? あたしの隣に座ってもらえるんですか? 嬉しい!」

 雷蔵が笑顔で二人の間を指さし。

 響子は胸元で軽く手を合わせてニッコリと笑う。

 思ってもいなかった歓迎してくれる反応に、リエたち四人は後ろ頭を掻いていった。そんななか、浜辺銀が照れくさそうに頬を赤く染めて、猫のような瞳を響子へ流した。

響子も浜辺銀の目線に気づいて、“んふふ”と笑みを向ける。

 そして。

「リエさんが神なら、ミドリさんとタヱちゃんは半神半人になるはずですよ。半分神様って素敵じゃないですか。あたしの知る限り、神様を倒せるのは神様。仮にもし、ミドリさんが半分神様だったなら、死んでいないはずですよ。多分、どこかに行っているのかもしれない」

「あら。響子ちゃん、良いこと言ってくれるのね。嬉しい!」

 リエが胸元で軽く手を合わせて満面の笑みを向けた。

 ーああ、もう。リエさん可愛いんだから!ーー

 目の前の黄金色の髪の毛の人妻に、抱きつきたい響子。

 先ほどの雷蔵の話しをさかのぼり、あることを思い出した。

「ああ、そうだ、雷蔵」

「ん? どうした」

「あんたさっき、女神ハイドラが行方をくらませたって言ってたよね。あれ違うよ」

「え? そうだったっけ?」

「先日、紅子さんが来てくれたとき、そのの居場所を教えてくれたじゃん。海馬みまさんの息子の龍海たつみさんがかくまっているって」

「そういやそうだった」

 そう言って後ろ頭を掻く。

 これに一番驚いたのは、当然、海馬みまだった。

「ええ? あの蘭ちゃん、ハイドラだったの? ミドリちゃんにそっくりだなあって思っていたけれど。ーーーまったく。アイツったら、私にはひと言もそんなこと言ってなかったじゃない。龍海ったら、亜沙里ちゃんだけでなく摩魚まなちゃんを保護してる上に、ミドリちゃんを勝手に借りた女神までかくまっているなんて。私の知らないうちに大変なことになっているわね」

 少しばかり深刻な顔つきで海馬みまは呟いた。

 これに雷蔵が疑問を抱く。

「摩魚さんを保護? 誘拐とは違うんですか?」

「え? ああ。雷蔵くんと響子ちゃんたちには悪いけれど。龍海には、ちょっとばかし“お芝居”をしてもらっているのよね。息子にとっては、いろいろと苦しいけど」

「お芝居……、だって?」

「もう、雷蔵くん。そんなに怖い顔しないで。気持ちは分かるわ。けれど、私たちにはとっても大事な亜沙里ちゃんといった鍵が手元にある。そのしだいで、教団を崩壊させることができそうなのよ。フナの婆さんの動きが、最近目立ってきたし。イイ気になっているところをへし折るチャンスよ」

「亜沙里さんが大事な鍵? どういうことです」

「ここではまだ種明かしすることはできないわ」

「そうですか。それは楽しみです」

「ふふ。雷蔵くん。私たちね、大切な娘をそれぞれが失ってしまって、仕事が手につかないときが長かったの。最初のうちは、全然仕事にならなかった。そうして最近になってようやく、本当にようやく気を持ち直して、私たちが本来どんな仕事をしていたのかを確認することができるようになってね、病んでいたのも少しだけ治ってきたのよ。そのときだったかな? 半年くらい前に、私の酒蔵に買い物にきた教団信者が新しい虹色の鱗の娘の居場所の情報を掴んだから楽しみが増えたと嫌な自慢話が聞こえてきてね。私、蛇轟だごん秘密教団を崩壊させることを決めたんだ。実はね、私に対する龍海は人質なの。私がフナの婆さんに直接手出しできないためのね。でも、これを利用しようと思ったんだ。“ふり”をして、近づいたところで一矢を報いるの」

「あなたたちの敵は、教団ですか」

「そう。私たちの敵は、蛇轟秘密教団でもあり磯野フナよ」

 そう言い切ったとき、海馬の瞳が朱色の光りを放った。

 そして、赤い瞳に戻り。

「じぶんの娘のマキちゃんを男どもを使って虐待していたような者には、私たちの気持ちは、たとえ死んでも分からないでしょうね」


「私、海馬みまさんの目が光るところ初めて見たんだけど」

「あたしも初めて見た」

「あたしもだよ」

「私は初めて見せることになるね」

 そんな四人の陰洲鱒の女たちの会話は、異様なほど静かだった。



 5


「そういや雷蔵くん。君さ、龍海の居場所をどうやって紅子から聞き出したのさ?」

「そういやそうだわ。紅子が先日君たちん所にきたっつったじゃん。あの子、なにしにきたの? なんか目的あった?」

 気になった海淵海馬うみふち みま黄肌潮きはだ うしおが質問してきた。響子とアイコンタクトしたのちに、美女四人を向いた雷蔵は答えていく。

「紅子さんと一緒に晩御飯を食べたんです」

「はい?」拍子抜けした海馬みま

「俺と響子とタヱさんとソーメンや漬物と刺身を食べていたら、紅子さんが遊びにきまして。輝一郎くんはいるか?と。今日は非番じゃないからここにはいませんよと言ったら、ちょっとだけ残念そうな顔をしたんで、せっかく俺の家まできたんですから晩御飯をご一緒しませんか?と聞いたら、誘いに乗ってくれて一緒に食べました」

「なにそれ? 彼女まるで君たちの妹じゃない」

 微笑ましそうな顔をした海馬。

 話しを続ける雷蔵。

「で、追加の分も湯がいて四人で楽しかったですよ。そして紅子さん、晩御飯ご馳走してもらったから俺たちに龍海くんの“家”と今の状況を教えるねと快く話してくれました」

「紅子、よく食べるでしょ」

 なんだか我が妹のように嬉しそうな海馬みま

 悪い気はしない雷蔵。

「本当によく食べますよ。合わせて十束分くらいひとりで食べたんじゃないですか? まあ、在庫も減って良かったですよ」

「ねー、紅子さん可愛いかったよね。美味しい美味しいって。隣のタヱちゃんもホワホワしていたよね」

 先日のことを思い出したのか、響子は目じりを下げて語りだした。



 そして、時間も過ぎて。

「今日は、本当にありがとうございました。いろいろと話しをしていただいて感謝しています」

「私たちも、あなたたちに会って良かったと思っているわ。二人の気持ちと考えが知れて良かったし。また、近いうちに会いたいね」

 そう席を立ちながら、別れの言葉と礼を述べて立体駐車場へと皆が足を運んでいく。



 別れ際。

 思い詰めた顔の黄肌潮きはだ うしおが浜辺銀を呼び止めて。

「さっきは、ひっぱたいてごめんなさい」

 と、彼女の頬に優しく触れた。

 浜辺銀がその手に優しく手を被せ。

「いいのよ。娘のマインドコントロールを解くために、あたし頑張ってみるよ」

 そう微笑んで返した。




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