暗い青緑
この物語は、HPラブクラフトのインスマウスを覆う影とダゴンの二次創作です。登場する人物や宗教団体などは似ていても全て架空のもので、実在のものとは多少異なります。
具体的に形になってきたので、13年ぶりに投稿していきます。初稿の結末は長い間、悲恋物で海原摩魚と磯辺毅との心中で固定だったのですが、昨年の半ば過ぎて相応しくないとの結論が出て大幅に変更したら、あら不思議。しっくりときたので、変更した予定通りに仕上げていきます。題名の通りに大怪獣を出します。一番最後に出します。よろしくお願いいたします。
東京都内にある芸術事務所。
『マタタビプロダクション』と扉に看板がある。その事務所内でパソコンを開いていた、茶髪のグラビアアイドルの難波雉子がたちまち美しい顔を青ざめさせて椅子を後ろに回して、机で書類を製作していた黒髪ロングの美女を呼んだ。その声は、悲鳴が混ざっていた。
「菫さん! きてください!」
そう呼ばれた社長の黒部菫は、ノートパソコンから面を上げて楕円形の縁なし眼鏡を外した。
「ただごとじゃなさそうね」
こう言って立ち上がったその姿は、百八十センチはあろうかと思われる大柄だった。しかし、肥満ではなく細身でありながら腰の“くびれ”が確認できるほどにスタイルが良く、四肢も長めであった。大変露出の少ない衣装ながらも、体つきの良さがうかがえた。真ん中分けした黒髪のロングを襟足でくくり直しながら、雉子のもとへと歩いてきた。
「作業中にすみません」
「いいのよ」
そう微笑んで彼女の肩をポンポンと軽く叩いた。
「あの、これ。この動画……」
なんだか怯えの入った声で、雉子は再生中の動画を指差していく。アーモンド型の茶色い瞳に涙を浮かばせていたようだ。そんな彼女の後ろ頭を撫でながら、菫がYouTubeに目をやると、自身もたちまち切れ長な目を見開いていった。
「なに、これ……! この映像、あの馬鹿ユーチューバーに私たちと帆立さんが二度と上げるなと約束させたヤツじゃないか」
「そうですよね! ね!」
動画から聞こえてくる喧騒は、若い女性の叫び。しかもそれは、涙声も入っていた。
「U、M……」
投稿者のハンドルネームを確認して呟いた黒部菫のその顔は、怒りを含んでいた。
時を同じくして。
こちらも東京都内の芸術事務所。
『帆立プロダクション』と扉に看板があり、先のマタタビプロダクションと同じようにざわついていた。
八二分けのちょび髭が特徴的な痩身の男、日虎帆立社長が「これはいったい、どういうことだね」と呟き、すでに男のもとへと歩み寄ってきていた長身の美しい眼鏡の女に声をかける。
「海星君、とんでもないことになったよ」
「あの馬鹿が約束破ったんですかね」
そう縁なし眼鏡を人差し指で正しながら、怒りを含ませた声で返した。
と、力強く扉を開けて飛び込んできた新たな女が。
「社長! 海星さん! なんなんですか! これ!」
顔面蒼白にしてスマホ見せてきた。どうやら、彼女も同じ動画を確認してしまったようだ。
「あのとき、ミドリちゃんに酷いことした馬鹿ユーチューバーに動画を上げないように約束させたヤツですよね!」
「あの場に飛田さんもいたもんね」
「はい。私も海星さんも一緒にミドリちゃんを庇っていました」
「菫さんも協力してくれたし」
「はい」
その拡散されている動画からは、破かれた上着で馬乗りになって拳を男の顔面に食らわせていた髪の色素が薄い若い女が、飛田典子と日虎海星から「もう、もうやめて……ミドリちゃん」「お願いミドリちゃん、やめて」と引き剥がされながら溜め込んだ怒りをぶちまけて訴えていた。
「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!
なんでここまでアンタたちに言われなきゃいけないんだ! 私たちがなにした! アンタたちになにした!
母さんは『アメ公の女』と言われて襲われて! 尖った歯と両腕の無いタヱは『化け物』と言われて! そして私を『金髪淫売女』だと! ふざけるな!」
涙で顔を濡らし、ミドリと呼ばれた女は続けていく。
口元に指を入れてマウスピースを外すと、そこには鈍色の尖った歯が上下に並んでいた。
「この歯のなにが悪いんだ! 言ってみろ!
この目の色のなにが悪いんだ! 言ってみろ!
教えてやる! この髪は金髪じゃない、黄金色だ!
この髪も目も歯も、私の大好きな母さんからもらった素敵な物だ!
お前たち、私たちの育った町と習慣をなにも知らないくせに! なんで、なんでこんなことするんだよ! お前たちに陰洲鱒町のなにが分かるんだ!」
この動画の女は、潮干ミドリ。十八か十九歳のころに起きた出来事の映像であった。
大海獸ダゴン 第二部『暗緑』