***㈥お祭りの締めにラーメン***
ハロウィンで賑わう街を散策していると、将軍に扮した(本物ではあるが)ヨッシーはご機嫌で何人のコスプレーヤーに声を掛けられるたびに一緒に写真を撮り、いつの間にかハイタッチもお手の物になっていた。
ただ一つだけヨッシーが疑問に思ったのは、街のいたるところで人々は奇天烈な格好をして蒲鉾板のような札を大切そうに持ち歩いているのに、自分たちだけがソレを持っていないこと。。
「俺も、あの蒲鉾板で出来た札が欲しいのだが、どこに行けば買えるのだ?」
皆が持っていると欲しくなる。
たまりかねたヨッシーが、楓にねだる。
「ああ、あれは……」
札ではなく携帯電話だと説明したかったが、どう説明をすれば分かってもらえるか分からないまま迷子になった時様に用意しておいた携帯を2人に渡す。
「ココを押すと光ります。そして鉄鍋の持ち手のような印を(通話のマーク)押して、電話帳の欄を押して“楓”を選ぶと、私と離れていても私と話すことが出来ます」
「離れていても話が出来るとは、コレは異なことを申すのう。いったいどういう原理なのだ?」
現代人でも理解できないことを、将軍とは言え江戸時代のヨッシーに説明しても分かる訳が無いので“八百万の神さまのお導きです”と答えたら以外にも納得してもらえた。
陽気なヨッシーに比べると、越前はさすがに南町奉行だけあって周囲の雰囲気に流されずに用心を怠らない。
いつ何時どこから襲われても直ぐに抜刀できるように、左手は絶えず刀の鞘に添えているのはさすが。
その越前さんが、心配そうな面持ちで私に聞いて来た。
「さっきから気になっておったのだが、ここは何処の国だ? 日本語が通じる人間が多い事から察すると日本にあるどこかの藩のような気もするが……」
「見世物小屋で見せる約300年後の江戸の姿です」
「300年後の江戸……いや、それは違うはず」
「違う……越前さんは、何故そう思われるのですか?」
「それは……基礎となる文化が違い過ぎている」
「基礎となる文化?」
「そう。髪型も服装もおかしければ、男性の威厳は無く女性の奥ゆかしさも無い。楓どのは今日が祭りだと言ったが、だいいち祭りとは神仏に感謝を込めて奉納するための行事であり、祭りの際に踊るのも神仏に喜んでもらうため。しかしこの祭りはまるで自分たちが楽しむためだけに行われており、祭事とは言い難く、しかも無秩序で野蛮ですらあるではないか?これは日本の文化とは程遠い」
「日本の文化とは、程遠い……」
「とぼけるでない!自分は見たのだ。あっちこっちで民どもが小競り合いを繰り返し、この国の町方同心の制止を無視した行為を。たしかに江戸の町も喧嘩は多いが町方が居るところでこのように堂々と喧嘩をする輩はいない」
たしかに越前さんの言う通り。
江戸時代から比べれば、今の日本は2度も大きな文明的崩壊を起こしている。
その最初は、明治維新で、二つ目は第二次世界大戦の敗戦。
ここでそのことについて詳しくは延べないが、そのことを見抜いてみせた大岡越前、やはり只者ではない。
「はあ~、越前。小難しい話はあとにしてくれ。俺は腹が減った。楓、どこかに旨い飯を食わせてくれるところはないか?」
ヨッシーは相変わらず呑気だ。
「はい。ラーメンは如何でしょう」
「ら~めん??」
「中華蕎麦に御座います」
「おおっ!光圀が食ったというアレか!」
「ヨッシーは食べたことはあるのですか?」
「無い!」
「越前さんは?」
「自分も水戸の御老公がそういったものを食したという文献を読んだ事はありますが、食べたことは一切……と言うより、その中華蕎麦がどのようなものなのか皆目見当もつきません」
「ラーメンで良いですか?」
「自分は……」
越前は少し不満気味だったが、ヨッシーは食す気満々。
「光圀が食したとあれば俺も食っておかねば、冥途で会った時にあのジジイに自慢されは悔しいからの。良いな、越前!」
「御意!」
楓は何処に行っても武士らしさを捨てない越前さんの律義さが可笑しくて思わずクスッと笑ってしまった。
「では、ご案内いたしましょう」
しばらく歩いていると“二郎系”の店を見つけたが、コレは一旦通り過ぎることにした。
まだラーメン初心者の、しかも現代人でもない2人にとって暗黙とは言えルールのある二郎系はハードルが高いからごく普通のラーメン店にした。
「いい香りだ。これは何の香りだ?」
「おそらく出汁の香りかと」
「主人、その方、出汁には何を使っておるのだ?」
「へい!うちは豚骨なんで、豚骨に鶏ガラ、昆布に鰹節、あとはネギにニンニク、玉ねぎにセロリと生姜などを一晩煮込んでいます」
「なんと一晩も。それは火の管理が大変だな」
「まあIHなんで、そこは楽になりましたが、このご時世電気代がねえ……」
「愛エッチ?電気代?それは何のことだ??」
「未来のことなので……」
上手く説明できそうにないので誤魔化しているうちに、ラーメンは直ぐに出来て運ばれてきた。
「ほぅっ!これがラーメンか。うどんや蕎麦と比べても香りが芳醇で白濁した汁も珍しいのお」
「豚骨ですから」
「コレは何じゃ!?」
ヨッシーが器から焼き豚を箸で摘まんで見せる。
「豚のお肉を焼いたものです」
「ほぅ~未来の日本では、豚を食べるのか南無~……これは?」
次にキャベツを摘まんで聞いて来た。
「キャベツも知らないのですか?」
「きゃべつ……」
ヨッシーが悩んでいるので、携帯でキャベツの歴史を調べると、江戸時代は未だ食用キャベツは普及していなくて、ハボタンとして観賞用に用いられていたことが分かった。
「コレは?」
「モヤシに御座います」
「モヤシと言うと、豆からとれるアレか?」
「ハイ」
「ほう、コレは健康に良いのお越前!」
「はい、モヤシは痺れや膝の痛み、筋のひきつりなどに効く薬草ですから」
なんと江戸時代でモヤシと言えば、乾燥させて細かくひいたものを薬として使っていたらしい。
「お味は、どうですか?」
「うまい‼ 越前、その方はどう思う?」
「はっ。この濃厚な出し汁は色んなもので出汁を取っているのに味が喧嘩することなく、それぞれの良い所が絶妙に絡み合っていて何度飲んでも決して飽きる事のない濃厚な味わい。しかも細くて弾力のあるコノ麺も独特のコシと食感があるばかりか、蕎麦に勝るとも劣らない喉越しと共に出し汁との相性も抜群。しかもモチモチ感もあるので蕎麦のように直ぐに喉に押し込むのも躊躇われますな」
「さすが越前!上手い、座布団2枚‼」
ヨッシーが唸るのも頷けるほど、越前さんの感想は現代人の私でさえ驚くほど的を射ていたと思ったが、座布団2枚ってもしかして笑点の山田君に言っているの??