***㈣見世物見物***
襖をあけて部屋に入ると、目に飛び込んで来た光景は数人の女性に囲まれている上様の姿。
“おのれ!くノ一め‼”
直ぐに刀に手を掛けて抜きかけたが、慌ててその手を止めた。
なにやら様子がおかしい。
「おうっ、忠相どうだ、この余の姿は」
「う、上様、そのお姿は……」
吉宗の姿は誰が見ても将軍と分かるような裃姿。
しかも、どのように加工を施したのかは分からないが裃は薄黒銀色に光っている。
落ち着きのある輝きは重厚で、まさに天下の将軍に相応しいものであるばかりか、紋様は将軍家を表す葵の御紋。
「どうだ、忠相、似合うであろう!」
「ははあっ、これは、とてもお似合いで……しかし、その様なお姿では“お忍び”には不都合かと思いますが……」
「よいよい。これも見世物小屋だからこそだ。忠相、オヌシも早う着替えさせてもらえ」
「?」
何が“よい”のか皆目見当が付かなかったが、一旦言い出したらナカナカ言うことを聞かない吉宗を説得するのは面倒だし、将軍吉宗本人と衣服の紋の一致など他愛もない事だと思い従うことにしたが自分用に宛がわれた衣装を見て気が変わった。
自分用の衣装には大岡家に代々伝わる『変り大岡七宝』の紋が入っていた。
徳川家の葵紋は庶民にも良く知れ渡っているが、この大岡家の『変り大岡七宝』は非常にレアな紋。
しかも、そのレアな紋を、本人に宛がうとは……。
「おのれ、そなたたち。何を企んでおる‼」
忠相は遂に刀を抜き、女たちを蹴散らせて将軍吉宗を守るためにその前に立ちはだかる。
急に刀を抜かれて驚いた女たちは、キャーっと悲鳴を上げて部屋の奥に逃げて行った。
四方の襖が突然開き、悪党どもに囲まれる可能性もあるので、同じ竹光ではあるが脇差を吉宗に渡す。
ところが四方の襖が突然開くこともなく、人の気配も感じられない。
誰もいないのか……それとも、吊り天井!?
天井を仰ぎ見たが、降りてくる気配もない。
しばらくすると、誰かがこっちに向かって駆け寄って来る足音が聞こえた。
ドスドスと言う重い足音ではなく、シュッシュッっと言う女性特有のしなやかで軽い足音。
“あの足音は……忍びの者”
と、思いきや。
現れたのは、あの楓と言う女。
忠相は、その姿に驚いた。
肩から二の腕が露になった袖のない着物は、まるで子供の着物のように丈が短く、太ももまで見えてしまう。
しかも、その太ももから先の脚全体には格子状になった細くて黒い……まるで鉄を細く編んだような物で覆われていた。
「なっ、なんだ、その奇天烈な格好は!??」
「あらっ、似合わない?」
「似合う似合わないではなく、江戸の風紀を乱す誠に持って“けしからん”格好だ‼」
「いけないの?」
いけないに決まっているだろう!と、叱りつけてやろうと思った矢先、吉宗が「よい、よい」と言い、言い出せなかった。
「しかし、上様!」
「よいではないか、所詮見世物小屋の中でのこと。このような格好をしたものは、吉原に行けば幾らでも居る」
「し、しかし……」
「よいではないか、忠相は相変わらず堅物よのう。楓とやら、その方が来たということは、これで準備は終わったのか?」
「はい。これから、世にも奇天烈な世界と、食べたこともないお料理をご馳走いたします」
「それは楽しみだ。さあ先を急ごう」
「しかし、上様!」
「忠相、もういい加減、その上様と呼ぶのは止めろ。これでは余の身分がバレバレではないか」
「しかし……」
「しかしも案山子もあるまい」
「では、なんとお呼びすれば」
吉宗は楓の方を見る。
「あらっ、ひょっとして私の意見を求めているの?」
「ナカナカ勘の鋭い女だ。その方なら余のことを何と呼びたい?」
「……ヨッシー」
「コ、コレ!なんという無礼な‼」
「では忠相の方は?」
「そーねー……忠相のままでもいいけれど、越前の方が面白いかも」
「それはいい」
ヨッシーこと吉宗は、なんとこの名前にご満悦の様子。
「それからヨッシー、自分の一人称は“余”を改めて“俺”の方が良いわ」
「俺、か。では越前の方も“俺”でいいのか?」
「越前さんは堅物だから“自分”が似合っていると思います」
「はっはっはっ、これは面白い俺は気に入った。郷に入っては郷に従えと言う。越前、そのほうも楓の意見に従え」
「わ、私もですか?」
「私ではない!自分だ‼」
忠相あらため越前は、吉宗あらためヨッシーの意見に従うしかなかった。