***(十七)江戸の夜鳴き蕎麦と酒㈠***
次の間に進むと空の籠が置いてあるだけで、着替えを手伝ってくれた女子衆も居なければ注意書きの札もない。
「どうする?忠相。引き返して楓に聞くか?」
「いえ、前に進みましょう。 引き返すと何やら大変な災いが待っているような気がします」
「うむ……たしかに、余もそのような気がする」
二人は着ていた服を脱ぐと元あったように丁寧にたたみ、籠の中に入れて次の部屋に進んだ。
次の部屋で風呂に浸かった。
「なあ忠相……」
「はっ」
「見世物小屋の世界は、どうであった?」
「どうであったと言われましても、所詮は只の……」
大岡越前守忠相は、今迄のことを只の見世物として処理すべきかどうか迷っていた。
現実の未来として見るには今と大きく異なり過ぎているし、未来をコッソリと見てしまうことに対して言い知れぬ罪悪感もあった。
「アレが未来だと思うか?」
「さあ……」
「アレは、未来に間違いない」
ヨッシーこと、吉宗は湯気が上がる風呂の天井を見上げながら言った。
「しかし、それでは……」
「未来には間違いないが、幾つもある未来の一つに過ぎない」
「幾つもある?」
越前さんこと忠相が驚いた顔で吉宗の顔を覗き込む。
「何かを間違えれば、未来はまた違うものになり。何かに成功すれば、それもまた違う未来になる」
「是非、ご成功あそばされませ」
「いや、成功が良いとは限らん」
「と、言うと?」
「もしも秀吉や信長が完全な日本国統一に成功していたとして、その世界は今のように落ち着いた平和な世界だろうか」
「……」
「余は迷っていた」
「迷っていた?」
「大きな改革に手を出すべきかどうかを」
「……」
「せっかく将軍と言う職を授かったのだから、良い世の中にしたい。人間の歴史は戦争の歴史と言われるように、平和はそう長くは続かない。だがせめて100年、いや200年平和が続く世の中を築きあげたい。そのためには様々な改革が必要なのだ。誰もが認める強い幕府で居なければ、あの見世物小屋で見たような若者たちによって他国を侵略し、戦争の絶えない世界に変えられてしまう」
「そのような世界が訪れないように、改革を成功させなければなりませんな」
「忠相! 余に力を貸してくれるであろうな」
「わたくしのような者で良ければ、何なりと」
「うむ、頼んだぞ」
「有難き幸せ」
2人は手順通り来たときと逆を辿り、無事に見世物小屋である“山狐軒”の玄関を出ると、そこには歩く人もまばらな見慣れた夜の江戸の町の情景があった。
そして振り向くと、見世物小屋“山狐軒”の大きな屋敷など無くなっていて、そこには古びた一軒の空き家があるだけだった。
「これは奇怪な!?」
「いつの間にかこの世に生まれ、いつの日かどこかの世界に去って行く我らこそ奇怪の塊ではないだろうか……」
驚いた忠相の言葉に吉宗が返す。
「確かに上様の仰る通りに御座いますな。私たちはいったいどこから来て、どこへ行くのやら」
忠相が笑うと、言った本人である吉宗もまた笑った。
帰り道、橋の向こうに蕎麦屋が出ていた。
「忠相、蕎麦でも食っていくか」
吉宗は蕎麦を誘いながら、手では酒を呑む真似をしてみせる。
「もう“時蕎麦”は無しですよ」
「分かっておる」
二人は橋を渡り、蕎麦屋に駆け込む。
「オヤジ、蕎麦をザルで2人前、それに酒だ」
「へいっ!」
屋台の店主は先ず湯飲みに注いだ日本酒を出した。
少しだけ白く濁った酒。
二人はそれを口に運ぶ。
「見世物小屋の世界の酒のようにガツンとは来ないが、やはり吞みなれた酒は良いのう」
「左様で」
同意したとき隣に席に客が来たので、忠相は席を開けるために少し腰を上げて驚いた。
「あら、またお酒。私にも奢ってくださるかしら?」
「楓どの‼」
隣に来た客は、なんと着物を着て日本髪を結った楓だった。
いよいよ次の回で最終話となります。
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本日中に書き上げて、書きあがり次第投稿いたしますので、是非読んで下さいね(o^―^o)ニコ